プリすば!   作:負け狐

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Q:何で章始めをこのエピソードにした?

A:ごめんなさい。


第九章
その152


 ある朝、カズマが寝苦しい夜を迎えて目覚めた時、自分がベッドの上で一匹の巨大なカエルに変わってしまっているのに気付いた。彼はぬめぬめの背中を下にして横たわり、頭を少し上げると、盛り上がっている真っ白の自分の腹が見えた。腹の盛り上がりの上には、掛け布団がすっかりずり落ちそうになっていて、まだやっともちこたえていた。普段の大きさに比べるとあまりにも大きな水掻きの付いた足が目の前にでっぷりと光っていた。

 

「ゲコゲコ!?」

 

 俺はどうしたのだろう、と彼は叫んだが、カエルの鳴き声しか出てこない。目の前に広がるのは自分の部屋だ。何だかんだもはや仮でもなんでもなくなった我が家であるアメス教会だ。

 

「ゲコゲコゲ!」

 

 いやここで冷静に部屋見てる場合じゃねぇだろ、とカズマは一人ツッコミを入れた。のっそりと起き上がると、窓ガラスに映るカエルを見て一瞬現実逃避をする。

 それと同時に、これはなにかの呪いだろうかと思考を巡らせた。

 

「ゲコ……ゲコゲコゲッコゲコ」

 

 でも、心当たりはないんだよなぁ。溜息とカエルの鳴き声を零しながら、彼は別の方向を考える。つまり、自分に関係ないところでナニカされた。

 

「ゲーコー……ゲゲコゲコ」

 

 やべぇ、心当たりがありすぎる。先程とは真逆の結論を出したカズマは、まず真っ先に思い付いたネネカ研究所へと向かおうと踵を返した。

 そして、この体でどうやってアクセルを移動するのかと動きを止めた。

 

「ゲコゲコゲッゲッコォ……」

 

 やべぇ詰んだ。絶望したカズマは、もうこのまま部屋で干からびたカエルになろうかと思い始め。

 

「ゲコ?」

 

 何かが語りかけてくるのを耳にした。それによると、この姿になったのは確かに呪いであり、そして呪ったのはカエルの怨念。そしてこの数多のカエルの怨念を鎮め元の姿に戻るためには、世界をぬめぬめにしなければならないのだ、と。

 

「ちょっとカズマ、あんたいつまで寝てうぉあ!? カエル!?」

 

 そのタイミングでドアが開く。呆れた表情で部屋にやってきたキャルは、しかしカズマを見て目を見開き声を上げた。まあカエルだしね。

 そしてカズマもまた、そんなキャルを見て低く鳴いた。成程、ぬめぬめか。そういうことならば仕方ない。怨念が若干困惑するのも気にせず、カズマはそのまま迷うことなく目の前の猫耳美少女をぬめぬめにするべく舌を伸ばした。

 

「あひゃぁぁぁ!」

 

 口の中でキャルを堪能したカズマは、べ、とぬめぬめになった彼女を吐き出す。べっちょりと粘液まみれになった彼女は、そのまま死んだような目で床で倒れていた。何で朝からこんな目に。この世に絶望したようなその呟きは、カエルカズマにはどこか心地よく感じられて。

 

「ゲッコゲーコー♪」

 

 この調子でアクセルの女の子をぬめぬめにしてやるぜ。テンションの上がったカズマは、部屋を破壊する勢いで飛び出すとそのままアメス教会の外へ。

 

「行かせませんよ!」

「ゲコォ!?」

 

 一閃。斬撃によって教会の敷地に舞い戻らされたカズマは、目の前に立っている人物を見て、あ、と思わず間抜けな声を出した。

 剣を構え、こちらを真っ直ぐに見ている。ロングのストレートで胸がデカくて割と甘やかしてくれる、ついこの間告白してめでたく付き合うことになったこの国の第一王女。

 

「ゲコゲーコ……」

「どういう原理か分かりませんが、街に危害を加えるのならば、容赦はしません」

「ゲコっ!? ゲコゲコ! ゲッコゲッコ!」

「大丈夫です。きちんと美味しく頂きますから」

「ゲコゲコゲーコゲコゲッコ!」

「行きます。はぁぁぁ!」

「ゲコォォォォォォ!」

 

 ずんばらり。まあ所詮ジャイアントトードに毛の生えた程度の強さじゃベルゼルグ王国第一王女という名のバーサーカーに勝てるはずもなし。あわれカエルと化したカズマは恋人の食料へと成り果ててしまうのでした。

 

「さあ、御馳走にしてあげますね、カズマくん」

「今日は主さまの唐揚げでございますね。わたくし、主さまと一つになれるかと思うとワクワクいたします」

「その前にあたしのぬめぬめをどうにかして……」

 

 

 

 

 

 

「いや分かってんだったら食うなよ!」

 

 がばぁ、と跳ね起きたカズマは、荒く息を吐きながら辺りを見渡した。自分の部屋である。視線を落とした。自分の手である、カエルではない。

 窓ガラスを見た。映っているのは自分の顔である、カエルではない。

 

「夢かぁ……」

 

 いやそりゃそうだろう、と思う。いくらなんでもあのカエルがカズマだと分かったのならば、ペコリーヌは食おうとしないはずだ。やるとしたら、どうにもならなかった時の最終手段にするはずだ。結局食うんじゃないかと言ってはいけない。

 というかそれ以前に最後に唐突に出てきてやべーこと言い出したコッコロの方がインパクトでかかったので、何だかもうどうでもよくなってくる。

 

「カズマ? あんた何変な声出してんのよ」

 

 ドアの向こうから声。ああそういや夢の中でもこいつだけ酷い目に遭ってたな、と大分余計なことを考えながら、カズマは何でもないと言葉を返す。それで納得するかといえば答えは否だろうが、キャルはキャルで別に詳しく聞く気もないのかあっそ、と流した。

 

「まあいいわ。というかいい加減寝てないでご飯食べに来なさい。ペコリーヌとコロ助が待ってるわよ」

「あー、今行く」

 

 ベッドから這い出ると、カズマは夢見のせいで嫌な汗を掻いていたシャツを脱ぎ捨てる。後で洗濯に出さないと、などと思いながらズボンを脱いで。

 パンツ一丁になった彼は、そこで妙な違和感を抱いた。何だか普段とバランスが違う。そんなことを考えた。

 

「……」

 

 視線を下に向ける。恐る恐る、パンツのゴムを引っ張って伸ばし、生まれた時からの付き合いである我が息子の状態を確認し。

 

「俺の○□@@¥$*%&*ッ!?」

「うっわびっくりした!? 何よ」

 

 食堂へと向かいかけていたキャルが振り向く。カズマの部屋に戻り、一体どうしたんだとドアをノックし、そして。

 

「……え、どうしたの?」

「うぅぅぅぅ、ぐっすぐっす」

 

 マジ泣きしているカズマを見て、彼女は引いた。とにかく泣いている彼に事情を聞こうにも、情緒が振り切っているのかしばらくは落ち着きそうもない。

 これはお手上げだな、と溜息を吐いたキャルは、泣きべそをかいているカズマを引っ張って食堂へと向かった。他の連中にどうにかしてもらおうという算段である。

 そんなわけで。おはようございます、とやってきた二人を見たペコリーヌとコッコロは、泣いているカズマを見て即座に表情を変えた。どうしたんですか、と慌てて駆け寄った。

 

「うぅ……ぐすっ……ずずぅ……」

「キャルちゃん、何があったんですか?」

「あたしが聞きたいわよ。何か急に部屋で叫んで」

「……不覚でした。主さまとキャルさまのいつものやり取りかと思ってしまい、つい」

「うぅ……ぐすん」

「いやコロ助は悪くないわよ――ちょっと待って、いつものやり取りって何!?」

 

 ツッコミを入れるキャルの横で泣き続けるカズマ。話が進まない、と叫んだ当の本人が無理矢理に軌道修正をした。

 それで一体どうしたんだ。時間が経って少しは落ち着いただろうかともう一度カズマに尋ねると、彼は鼻をグズグズとさせながら、ゆっくりと顔を上げた。その表情は大分絶望、というか落ち込んでいる。

 

「……笑わない?」

「内容によるわね」

「…………」

「キャルちゃん……」

「キャルさま……」

「笑わないわよ! え、何? そもそも笑うようなことなの?」

 

 この流れで笑うような状況って一体何だ。そんなことを思いながらカズマを見たキャルは、その思い詰めた表情を見て怪訝な顔をした。どこでどうやるとここから笑える内容が出てくるのか。彼女の思考は大体これである。

 

「俺の……、……が」

「はい?」

「主さま? 今なんと?」

 

 そんな中、カズマは普段とはまるで違う、か細い蚊の鳴くような声で呟いた。ペコリーヌとコッコロもそれが聞こえなかったのか、申し訳無さそうにもう一度尋ねている。勿論キャルも聞こえなかった。

 だからだろうか。彼はもはやヤケクソだとばかりに顔を上げると、泣き腫らした目を思い切り見開きながら叫んだ。だったら聞けよとばかりに叫んだ。

 

「俺のぉ!」

「カズマくんの?」

「カズマさんのカズマさんが! 小さくなられてんだよ!」

 

 一瞬時が止まる。え今なんつった。そんな空気が流れ、ゆっくりと彼の言葉の意味を咀嚼し、そして。

 

「あの……主さま。主さまの主さまというのは」

「コロ助! ちょっとあんた黙って!」

「コロッ!?」

 

 コッコロを一喝したキャルは、ギロリとカズマを睨む。が、どうやら本気で言ったらしいことを理解すると、床に届くほどの長い溜息を吐いた。

 そうした後、よし解散、と告げる。

 

「おまっ!」

「いやどうしろってのよ! 確かに聞いたあたし達が悪かったわ、それは認める。あと、あんたにとって深刻な悩みなのもまあ理解した。でもどうしようもないでしょ?」

 

 ごもっともである。原因を調べようにもそもそも元のサイズが分からないし、当然患部を確認など出来るはずもなし。

 

「いや元々のサイズは知ってるだろ。見たんだし」

「あたしが自分から見たみたいに言うな!」

 

 不可抗力な上にキャルもその時マッパである。多分ダメージとトラウマは彼女のほうがでかい。

 ともあれ。彼女達では力になれそうにもない、というのは間違いないのだ。

 

「でも、何も出来ないのは、歯がゆいですよ」

「はい。わたくしの出来ることでしたら、何なりと」

「いやあの、分かるんだけど、場所が場所よ? 場合によっちゃ警察行きだから」

 

 勿論留置所行きになるのはカズマである。第一王女と年端もいかない少女の眼前で原因究明と称してナニをボロリさせたら問答無用でアウトだ。

 

「いえ、大丈夫でございますよ。わたくしは以前、主さまとお風呂にも入りましたので」

「何も大丈夫じゃない」

 

 というか何が大丈夫なのか小一時間ほど問い詰めたい。現状ツッコミ一人でかつ残りが口を開くたびにツッコミポイントが増えていくこの状況で、キャルは割と限界であった。

 ものっそい盛大な溜息再び。そのまま疲れたように椅子に座ると、とりあえずご飯食べましょうと言い放った。そうですね、とペコリーヌも同意し、コッコロは落ち込むカズマを慰めながら席に座らせる。当然ながら、そのまま甲斐甲斐しくご飯を食べさせた。

 そうして食事を済ませた後、非常に不本意だが、とキャルは口を開く。このまま知らんと彼女が言っても、残り二人は関わろうとするだろう。ならば、どうにかして身内に犯罪者を出さないように監視する必要があるのだ。

 

「あの、キャルちゃん。わたしたちそこまで信用ないですか?」

「今の状態のあんたはシズルとリノの次に信用ないわ」

「やばいですね」

「ちなみにコロ助はあいつらと同レベルだから」

「え」

 

 そこまで言い切られると流石に我が身を振り返る。逆に言うとそこまでになってもその上を行く偽姉妹がアレ過ぎるのだが、それはまあ今更であろう。コッコロはもう言うことはない。

 

「……えっと。カズマくん、その、なにか心当たりとかあります?」

 

 そういうわけで出来るだけ行動を減らし、まずは事情を聞くところから始めることにした。それが普通である。

 とはいえ。カズマとしてもこんな状態になる心当たりなどあるわけがない。何か変わったことが無かったかと言われても、精々今朝の夢見が悪かったくらいだ。

 

「夢、でございますか」

「どうしたのよコロ助」

「この教会は夢の女神アメス様のお膝元です。もし主さまの夢見が悪かったのならば、そこには何かしらの理由があるのでは、と」

「成程。カズマくん、その夢ってどんなのだったんですか?」

「どんなのって……呪いだかなんだかで、俺がカエルになって、ペコリーヌ達に食われる夢……」

「ペコリーヌ……」

「濡れ衣ですよ!?」

 

 こいつ遂に、みたいな目でキャルが彼女を見たので、ペコリーヌはブンブンと首を横に振る。流石にそうなっても食べるのは最終手段ですよ、と力強く反論した。やっぱり最後は食べるらしい。

 

「ふむ。……となると、主さまの現在の状態も呪いの可能性があるのではないでしょうか」

「え?」

「夢の中で明確に呪いだと断言されたのならば、現実のそれも同じなのでは、と」

 

 夢の女神の教会で悪夢を見るということは普通に考えておかしい。だからそれはヒントである可能性が高い。コッコロのその言葉に、成程と頷いた一行は、ではそうなると一体全体どういう呪いで誰が呪ったのかという話になるわけで。

 

「……あんたのそこを使えなくしたってことは、そういうことよね」

「いやまだ使えないことはないよ多分! ……そういうことって、そういうことか?」

 

 心当たりが一人浮かんだ。浮かんだが、流石にそれはちょっとどうなのと思わなくもない。コッコロは二人のやり取りに首を傾げ、ペコリーヌは何となく察してあははと苦笑した。

 ちなみに、もしそうだった場合詰みである。

 

「王城行って俺の、カズマさんのカズマさんを元に戻してくれってアイリスに言いに行ったら」

「合ってても違ってても死刑でしょうね」

「あ、じゃあわたしがアイリスに頼めば」

「言いに行った時点で間違いなくカズマが死刑ね」

「えっと……そもそも、アイリスさまが本当にそのようなことを……?」

 

 コッコロの純粋な疑問に、三人はピタリと黙る。そうして、いやまあ違うだろうと断言した。彼女は姉に似てあまり回りくどいことをせずに真正面からぶつかるタイプである。わざわざ呪いで小さくさせるくらいなら自ら聖剣でカズマのカズマさんをぶった切るであろう。

 

「となると……あんた、何か変なもんでも食ったんじゃないの?」

「お前らと同じもんしか食ってねぇよ。そもそも夢で呪いだって言われたんだから呪いの方で考えろっての」

「う~ん。呪い、ですか……」

「呪い……」

 

 あ、とペコリーヌとコッコロが声を上げた。どうした、とカズマが二人に尋ねると、そういえばそうだったと揃って頷く。今日、今この場にドラゴン兄妹がいない理由がそういえばそうだった、と口にした。

 

「シェフィちゃんを元に戻せないかって話をこの間していて」

「少し調べた結果、呪いのようなものではないかと」

 

 呪い。そのキーワードが出たことで、カズマが食いつく。このタイミングでその話題、関係がないと言うには少し出来すぎだ。

 

「それで? どんな呪いなのよ」

「子供に戻っちゃう呪い、みたいな感じじゃないかってミツキ先生は言ってましたけど」

「はい。ただ、通常のものとは少し違うらしく、簡単に治療が出来ないのだとか」

「いやそれと俺のこれに何の……関係、が……」

 

 カズマの言葉が段々とか細くなっていく。子供に戻ってしまう呪い。シェフィの場合は、精神が子供に、幼児になってしまっている。

 では、カズマだったらどうなるのだろうか。肉体が子供に戻ってしまうのだろうか。あるいは。

 

「……子供に戻ったんですね」

「あぁぁぁぁぁ!」

「ペコリーヌ、あんたちょっと言い方考えてやんなさいよ」

 

 ダクネスやクウカと似通った性癖を持っていないカズマは、ペコリーヌのそれに致命傷を負った。

 

「大丈夫でございます主さま。わたくしは主さまが可愛らしくなられても、精一杯お世話させていただき――主さま!?」

「コロ助ぇ……」

 

 そして、コッコロの追撃で死体蹴りをされた。

 

 




前回までとのギャップが酷い

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