アイツはもう消した!(AA略
三馬鹿女神の溜まり場。そこで、とある水の女神が呼吸困難に陥っていた。カヒューカヒューと割とやばめな音が口から漏れているが、幸いにしてここは女神達の空間だ。多分死なない。
「……」
ちなみにアメスも無言である。微妙に肩を震わせているあたり、案外似た者同士なのかもしれない。
「あの、先輩、アメスさん」
そんな中一人だけリアクションを取りづらいという反応をしていたエリスが、残り二人におずおずと述べた。笑い事ではないのでは、と。
荒い息を吐きながら、なんとか呼吸を復帰させたアクアは、そんな彼女を見て何でと短く簡潔に返した。ぶっちゃけこれが笑い事でなくてなんなのか。そういう返しであった。
「え、でも、呪いなんですよね?」
「そうね。まあ一応、呪いではあるでしょうね」
今度の返答はアメス。それを聞いたエリスはだったらなんでと再度問いかけたが、二人はむしろ怪訝な表情をするのみだ。
ねえアメス、とアクアが呟く。そうね、とアメスが頷いた。
「この子、分かってないわね」
「何エリス、あんたあれだけいかにも真面目な女神でございみたいな顔して無駄に信徒集めてたくせに、こんなのも分かんないの? あらら、ちょっとそれは由々しき問題じゃない?」
「え? え?」
「そう言ってあげないのよアクア。多分この子はあれよ、場所が場所だからきちんと確認もせずに向こうの話の流れだけで判断しちゃっただけなのよ、きっと」
「えー、それって女神としてありえないんですけどー」
物凄いディスられっぷりである。言われた当の本人も、理由は分かったが原因が分かっていないのでオロオロすることしか出来ない。
というかいくら女神とはいえ年頃の少年の股間の呪いをまじまじと分析とかやりたくない。
「……先輩たちは、平気なんですか?」
「何が?」
「ですから、その、カズマさんの、か、カズマさんに掛かっている呪いを分析、とか」
「何カマトトぶってんの?」
「清純派気取るには遅くないかしら」
ボロクソ再び。二人のそれに圧されて言葉を止めたエリスは、そのまま俯くとプルプルと震え始めた。あ、キレた。二人がそんなことを思うのと同時、ああもう分かりましたよとヤケクソのように叫ぶ。その姿は斗鬼白頭戦で見せたどこぞの盗賊少女のリアクションと寸分たがわぬものであった。
「それで! 何なんですか!?」
「いやだから何が?」
「呪いには違いないですよね。流石に私もカズマさんのか、ズマさんをじっくり見なくてもそこは分かりますし」
「というかエリス、あんたカズマのカズマってこないだ生で見たのよね?」
「私が自分から進んで見たみたいな言い方やめてくれます!? ……ちらっとしか見てませんよ」
「ムッツリだわ」
「ムッツリね」
「あぁぁぁもぉぉぉぉ!」
間違いなく向こうのエリス教徒には見せられないリアクションを取る。そんな彼女を見て堪能した二人は、じゃあ話を戻しますかとからかいの笑みを潜めた。とはいえ、表情自体は別段真剣なものではない。むしろしょうもない話を今からしますよと言わんばかりの、ちょっとした雑談程度の空気だ。
「まずそもそも、呪いっていう言い方がおかしいのよ」
「まあ原因は呪いでしょうけど」
どういうことですか、とエリスが首を傾げるので、アメスが先程までの観測モニターとは別のものを隣に設置した。こちらには先程のペコリーヌ達の会話に出てきたシェフィの診察の様子が映し出されている。
はいじゃあこれで確認したやつと向こうを比べてみて。アクアに促され、エリスはシェフィの方を眺め。
「あれ?」
「そういうことよ」
カズマのカズマさんに纏わりついているものとは少々差異があることに気が付いた。とはいえ、全然違うものかと問われればそれもまた違うと言えてしまうもので。
非常に苦い顔を浮かべながら、エリスは最初のモニターに目を向けた。そして、子供になったカズマのカズマさんを観察する。露出はしていないので勿論ズボン越しだ。
「……うぅ」
「意を決して青少年の股間を睨む女神ってシュールよね」
「本人は真面目なんだから、そこは流してあげないと」
アクアとアメスの茶々が後ろから聞こえたが、無視無視とエリスはそれを調べる。調べて、そして出した結論に何とも言えない表情を浮かべた。
成程、だからこの二人そういうリアクションだったんだ、と。
「分かってくれたかしら?」
「……まあ、一応」
「笑っちゃうわよね。診察をきっかけにホワイトドラゴンの抵抗作用が活性化を始めて、シェフィの呪いを体内から少しずつ排出したんだけど、その場にいた面子でカズマが特別へっぽこだったおかげで、その呪いの毒素を受けちゃった。なんてね。まあギリギリカズマもカズマが子供になるくらいで済んだみたいだけど、他の人には一切影響なかったんだから一緒よね。ぷーくすくす」
笑い事じゃないですよ、とエリスが溜息を吐いた。
アクアとアメスは、まあ笑い事よ、とそんな彼女にさらりと返した。
「それで、どうやったらシェフィの呪いは解けるんだ?」
普段の三割増しで真剣なカズマがそう述べるが、それが分かるのならばそもそもシェフィはとっくに解呪されている。ミツキの言によるならば、通常の治療では解呪が困難であるということなので、おそらく一番簡潔で効果的なのは原因を排除することだろう。
そんな結論を他の面々が出せないはずもないわけで。
「とりあえずゼーンさんとシェフィちゃんが帰ってきたら改めて聞いてみましょう。案外簡単に解呪出来る方法見つかってるかもしれないですし」
ペコリーヌの言葉に、カズマは渋々ながら頷く。どちらにせよ、今の状況ではそれくらいしか方法がないのだ。やみくもに走り回ったところで何も解決しない。ミツキが診ているという時点でアクセル変人窟に相談しているも同然なのだから。
「あの、主さま」
「ん? どうしたコッコロ」
「お二人が帰ってくるまで、一度試してみてもいいのでは?」
「試す、っていうと」
ミツキの解呪には及ばずとも、プリーストも当然その手の呪文は使用できる。駄目かどうか、実際確かめてみようという算段なのだろう。
ただ、重大な問題が一つ、やばいくらい重大な問題が一つ、ある。
「コッコロ」
「はい」
「呪文を、使うんだよな」
「はい」
「……どこに?」
「勿論、主さまの主さまにでございます」
間違いなくアウトだ。どこをどう切り取っても絵面がアウトである。カズマのカズマにそっと手をかざす年端もいかない美少女。果たしてこれは治療の一環なんですと主張してどこまで通るであろうか。
「コロ助」
「はい?」
「あんた今回の件でこいつに関わるの禁止」
「何故です!?」
「あはは~……。わたしもそれについてはキャルちゃんと同意見ですかねぇ……」
ポリポリと頬を掻きながらペコリーヌも目を逸らす。お付き合いしている相手が幼女にいかがわしいことをした罪でしょっぴかれたら目も当てられない。というか普通に婚約破棄になる。
「しょうがないなぁ。じゃあ代わりに、お姉ちゃんがやってあげる」
「帰れ」
「もはや私達が存在することに疑問も持たなくなってますね」
ひょい、とシズルが割り込み、リノもキャルの隣でうんうんと頷いていた。アクシズ教会よりアメス教会に行ったほうが会えるんじゃないかなどと一部で言われているこの偽姉妹に一々驚いていたら身が持たない。キャルはそう学んだのだ。思い出したとも言う。
そんなシズルであるが、カズマをじっと見詰めた後、成程成程と頷いていた。その顔は少々難しい表情を浮かべている。
「確かにこれは普通の解呪じゃ駄目そうかな。でも、一時しのぎくらいなら出来ると思うよ」
「一時しのぎ、って」
「うん。弟くんが望むなら、お姉ちゃんが弟くんの弟くんを一時的だけど大きくしてあげるよ」
「リノ、あんたの姉が教会でいかがわしいことしようとしてるわよ」
「い、言い方の問題ですよ。ほら、地下にかんぬきをただ刺すだけじゃ駄目みたいな」
「『李下に冠を正さず』だよ、リノちゃん。そもそも、お姉ちゃんは誤解を招くような事は言っていません」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
本気で分からない。むしろ分かりたくないと言うべきであろうか。キャルからだいぶ表情が抜け落ち、コッコロも何となく状況を把握し始めたそのタイミングで。
ペコリーヌが、少しだけ不満そうにカズマの隣に立った。
「……心配しなくても、お姉ちゃんは弟くんの恋路の邪魔はしないよ」
「どの口が言ってるんですかね」
「もー。リノちゃんも人を疑っちゃ駄目だ、ぞっ☆」
アメス教会に激突音が響き渡った。衝撃が頭を突き抜けたリノは、そのまま悲鳴も上げずにぶっ倒れる。はらひれほれ、と倒れてからは発していたので、とりあえず無事ではあるのだろう。
「ふふっ、弟くんは愛されてるね」
「どうせなら別のシチュエーションで感じたかったなぁ……」
「もー、贅沢だなぁ」
微笑みながらシズルはカズマの頭を撫でる。そうしながら、じゃあこの方法はやめておこうかと引き下がった。
帰ることはしない。
「いや帰りなさいよ」
「弟くんが心配だからね」
嘘がない。それが分かるので、キャルとしてもそこを否定できずにぐぬぬと唸った。まあもしもの時の戦力が増えたと思えばいいか。そう開き直ることにした。
そんなことをやっているうちに時間が経ったのだろう。教会の扉が開く音がして、お目当ての人物が帰宅してきた。相変わらず基本無愛想なゼーンと、何も考えてなさそうな精神幼女のシェフィ、そして向こうの診療所の。
「あれ? ミツキ先生じゃないのか?」
「ミツキさんでしたら、紅魔の里に残っています。流石に診療所を空け過ぎるわけにもいかないので」
そう言って、ボブカットの少女はクスクスと口にした。そのまま視線をカズマ、ペコリーヌ、コッコロ、キャルと動かし。
知らない顔を見付けて、あら、と声を漏らした。
「はじめましてですわね。私はエリコ、診療所の手伝いでここに来ました」
「はじめまして。私はシズル、そこのカズマくんのお姉ちゃんだよ」
迷いなく、心の底から一片の疑いもなくそう述べたので、エリコもそこを気にしない。そうですかと頷くのみだ。ちなみにそこで目を回しているのがリノちゃんだよ、とシズルは追加で紹介を行ったが、やはり彼女にとっては別段驚くに値しない。
「それで、シェフィの呪いってどうなったんだ?」
「……どうした?」
そんなやり取りを横目に、カズマはゼーンにそんなことを尋ねていた。やけに真剣なその表情に、彼も何かを感じ取ったのか少しだけ眉を顰める。対するカズマは、どうもこうもない、と自分の現状を語った。相手が男なので、ここら辺はペコリーヌ達に話すより迷いがない。
「お前に呪いが……?」
「何だよ。何かおかしいのか?」
「ああ」
即答する。ミツキの診察によると、彼女にかけられた呪いは特定の存在による呪術であり、本来はテリトリーに誘い込んで呪うものらしい。テリトリーに心当たりはないだろうかと問われ、彼は彼女にそれを伝えていた。
つまり、同じ呪いだったのならば、カズマもそのテリトリーに足を踏み入れていることになる。
「え? じゃあこれ違うの?」
「それは分からん。……似ているのならば、シェフィの呪いの影響かもしれんが」
「……どっちみちシェフィの解呪が必要ってことか」
それで駄目だったらその時は。最悪定期的にシズルに解呪してもらうのを視野に入れながら、カズマはよし、と気合を入れた。呪った相手のテリトリーに心当たりがあるのならば、さっさと行ってそいつをぶちのめせばいい。
「あれ、でもゼーンさん。心当たりあったのに何で行かなかったんですか?」
「それは――」
「ちょっと。いつまでワタシたちを待たせるつもり?」
教会の入り口から声がする。何だ、と皆が視線を向けると、そこには三人の女性が立っていた。服装もバラバラで、共通点がまるで見られない。
その内の一人、盗賊風の露出の多い服装をした女性は、呆れたような、不満げな表情でこちらを睨んでいる。
「え? 誰?」
「いきなりご挨拶ね。わざわざ協力してやろうって来た相手に」
「おおぅ、初っ端からこの喧嘩腰。メリッサさんはブレませんなぁ」
「言ってる場合かい」
ふん、と鼻を鳴らすメリッサと呼ばれた女性と、ケラケラ笑いながら茶化す奇抜な格好をした魔法使い。そして、そんな二人を見て溜息を吐く、日本の着物のような物を着た女性。
その着物の女性は、動きやすいように項あたりで纏めた髪を揺らしながら連れが悪いね、と苦笑した。
「ちょっとルカ」
「まあまあ。向こうさんもちょいと焦っている理由があるみたいだし、ここは大人の余裕ってやつを見せてもいいんじゃないか?」
「……ふん」
そっぽを向いたメリッサを見て再度苦笑したルカは、それじゃあどうしようかとカズマ達に述べた。自己紹介が先か、自分達の目的が先か。
「いや別にどっちも一緒にすればいいじゃない」
「それもそうだ。アタシはルカ、それでこっちが」
「サイカワ魔法少女、ナナカちゃんでっす」
「……メリッサよ」
服装だけでなく、キャラも立ち位置もバラバラらしい。いやなんでこの三人一緒にいるのと思わないでもないが、流れからすると恐らく紅魔の里の、ミツキの関係者だろう。さもありなん。
「えっと、それで。一体何の御用でこちらに」
「さっき龍の兄さんが言いかけてただろう? 呪いの原因となる領域について」
心当たりに向かわなかった理由は単純明快で、その領域が同じ場所に存在しなかったからだ。領域自体が移動を行っているらしく、見付けるのが困難な上にそこに足を踏み入れると精神が幼児化してしまう危険性を孕んでいる。そんな場所に好き好んで行く物好きがそうそういるはずもなく。
「そこで私達にご指名かかっちゃったんですねこれが。どんどん、ぱふぱふー」
「ワタシたちなら大丈夫だろうって……ミツキも勝手言ってくれるわよね」
「……まあ、そういうわけさ。それで、アンタ達はどうする?」
ついてこなくても、こっちで勝手にやるが。そんな意味合いを込めたルカの言葉に、コッコロとペコリーヌは迷うことなく同行を申し出た。そんな二人を見て、キャルも仕方ないと溜息混じりで参加を決める。
「いつもならじゃあよろしくって見送るところだが、今回は自分の息子の危機だからな」
そしてカズマも。言っていることは割と最低だが彼らしからぬ気合の入れようで一歩前に出た。お姉ちゃんも行くよ、とえらく軽くシズルも加わる。
決まりだ、とルカが笑う。じゃあ行こうかとそのまま即座に出発を決めた。あまりにも急なそれであるが、今更その程度でこの面々が驚くはずもなし。
そうして、教会の管理者であるユカリが戻ってくるまでピヨっているリノが取り残された。