「ラァァイト・オブ・セイバァァァ!」
「うるさいわよナナカ」
「おっとこれは失礼」
たはは、とてへぺろしながらメリッサの文句に謝罪をしたナナカは、しかししょうがないと小さく溜息を吐いた。その横では、ルカも彼女に同意するように頭を掻いている。
眼前に転がっているのは人形の残骸。正確には、モンスターを模した人形だ。偽物なので素材も碌に手に入らず、ただただ鬱陶しいだけの邪魔者である。
「これは、外れか」
「ですねぇ」
「案外こういう場所の方が貴重なお宝が眠っている可能性もあるけれど……まあ、なさそうね」
やれやれ、とメリッサがつまらなさそうにぼやく。これ以上探索しても無駄骨になりそうだし、戻ろうか。そんなことまで考える始末だ。
「まあ、アタシたちとしては外れだとしても、あちらさんには関係ないだろうし」
「まあ、ついでだし調査もパパッとやっときますかね」
「ワタシは嫌よ。面倒だもの」
ルカとナナカにそう返すと、メリッサはさっさと踵を返す。そんな彼女の背中を見ながら、二人は苦笑しそれを追いかけた。
そもそも、もう調査することもないでしょう。振り返らずにそう続けるメリッサに、まあそうだなと返して。
「ここはそういう場所ってことさね」
「場所というか、街そのものが元凶な感じですなこれは。スケールの大きさだけは結構評価ポイント?」
「別に、何でもいいわ。趣味が悪いのは変わりないもの」
三人が去っていったその場所の残骸には、彼女達を模したであろう人形も転がっていた。
「しっかし」
「どうしたんですか?」
カズマの呟きに、ペコリーヌが問い掛ける。いや、大したことじゃないんだけど、と返しながら、彼はぐるりと周囲を見渡した。
「これ全部作り物って、何か不気味だな」
「そうですか?」
「いやまあ、ダンジョンだって思えば全部人工物でも不思議じゃないんだけど」
見た目がなぁ、とカズマはぼやく。なまじっか明るく開けた空間なおかげで、ダンジョンだという感覚が薄れてしまうのだ。そのおかげで、人工的に作られた自然などというレベルを通り越したここが異質に映る。
そんなことを話しながら歩みを進めるが、道中ですれ違う街の住人として作られたのであろう人形や自然を飛び交うよう設定されている動物の人形以外何も見付からない。中心部には近付いているはずなのだが、向こうからの反応が何もないのだ。
「変ね」
「どうされたのですか?」
「いや、どうしたもこうしたも、絶対おかしいわよ。ここはダンジョンであたしたちは侵入者。だっていうのに、ここまで何もないのはおかしいわよ」
「そうでしょうか?」
「……そうよ」
コッコロのその返しに、キャルはじっと彼女を見る。どうしましたと首を傾げる仕草はコッコロのもので、おかしな点は見当たらない。見当たらないのだが。
カズマカズマ、とキャルはペコリーヌと歩いているカズマを呼んだ。どうしたんだとこちらに来る彼と、それについてくるペコリーヌを見て、彼女はなんとも言えない表情を浮かべる。
「ペコリーヌ、あんたはちょっとどっか行ってなさい」
「……わかりました」
コクリと頷いたペコリーヌはコッコロの方へと向かう。それを見ていたキャルは、視線を横のカズマに戻すとそれでどうなのと問い掛けた。
「コロ助もそうだけど、なんか変なのよね」
「様子がおかしいのは何となく分かるけど。呪いを食らったんならシェフィみたいになるだろうし」
「コロ助は加護があるし、ペコリーヌは王家の装備持ちだから抵抗できるじゃない? その結果とか」
実際カズマもシェフィとは違う症状に悩まされた結果が今現在なのだから。そう言われると彼としてもそうかもしれないと思わなくもない。ただ単に凹んでいる可能性も無きにしもあらずだが、そうなるとその理由を話してくれないのも気になるわけで。
「んー。調査に行ってくれたお姉ちゃん待ちかなこれは」
彼女を一人にさせていいのか、と思わないでもなかったが、まあいかんせんシズルだからいいかと結論付けてしまうのもまた仕方ないわけで。そもそも調査で別行動しているのに待たずに移動している時点で色々とアレである。どうせ弟くんを起点に湧いて出てくるからいいだろうというやつだ。
「弟くん」
「ほらね」
背後から聞こえた声にキャルは呆れたように溜息を吐く。はいはいそれで、と振り向いた彼女は、しかしそこで怪訝な表情を浮かべた。
「シズル?」
「どうしたの、キャルちゃん」
「……あんた、何かテンション低くない?」
「そうかな?」
「カズマカズマ!」
「俺!? あー、いや、どうしたんだお姉ちゃん」
「別にどうもしないよ。お姉ちゃんは大丈夫だから」
絶対何かあった。二人は確信を持ってそう結論付けたが、しかしやっぱり何がどうなったのかは分からないままだ。三人が向かった場所に何か精神に異常をきたすものでもあったのだろうか。そんなことを思いはしたが、この三人が駄目になるほどの何かが存在していたならば恐らく王国の街が二桁単位で滅んでいる。むしろ近隣の国が滅ぶ。
「……どうしようカズマ。あたしたち、ひょっとしてとんでもないヤバい場所来ちゃったんじゃない?」
「今更だろ。ここまで来たら、もうやるしかない」
「そうだけど……」
こんな状態になった三人をほっぽりだして逃げるわけにもいかない。シズルはまあ別にいいかもしれないが、コッコロとペコリーヌは駄目だ。キャルの出した結論は大体そんな感じである。
ともあれ、もうここまで来たら中心部まで向かうしかない。二人揃って頷くと、行くぞと様子のおかしい三人と共にキャルとカズマは歩みを進めた。変わらず視界に映るのはのどかで平和な風景のみ。こんな状況でもなければ、これが本物ならば、デートにもふさわしいかもしれないなどと思ってしまうほどで。
「……はぁ」
「どうしたんですか?」
「いや、こんなことがなければ、お前とのんびりデートでもしたかったなぁ、って」
「そうですか」
滅茶苦茶そっけない返事がきて、ちょっと調子のいいことを口にしたカズマは大ダメージを受けた。いや彼氏彼女なんだし、こういうときはもうちょっと反応してくれてもいいじゃん。そんなことを思いながら、彼はペコリーヌの横顔を見る。そうは言いつつ、照れてる感じだとカズマとしてはごちそうさまですといったところだからだ。
普通だった。追加でダメージを受けた。
「な、なあペコリーヌ」
「はい」
「……怒ってる?」
「どうしてですか?」
「いや、何かこう、そっけないっていうか……。いやほら、いくらダンジョン探索中でそういう状況じゃないっていっても、俺とお前ってほら、あれだ……恋人同士じゃん? 少しくらいは」
「恋人同士――」
カズマの言葉を聞いて、ペコリーヌは暫し動きを止める。何かを染み込ませるようなその素振りを一瞬見せると、彼女はそのまま彼の腕に抱きついた。
「ぺ、ぺぺぺペコリーヌさん!?」
「どうしました?」
「いきなり何をしちゃってんの!?」
「恋人同士なんですよね?」
「いやそうだけど。そうなんだけど! こんなこといきなりやってくるタイプだったっけ!?」
「愛してますよ、カズマくん」
「あ、もうそういう細かい事どうでもいいかな」
ぎゅむ、と腕におっぱいを押し付けたペコリーヌは、彼の頬に口付ける。そうして、耳元でそんなことを囁いた。ある意味当然というべきか。されたカズマは思考の大半をおっぱいと柔らかな唇で埋め尽くす。そうだよな、恋人同士だし、そういうのもありだよな。本人的にはキメ顔でそんなことものたまった。
そこまでをしてから、大事な部分が無反応なのに気付いた。ああ、そうだった。俺はなんてことを忘れていたんだ。噛み締めるように涙をこらえながら、カズマはゆっくりとペコリーヌに向き直る。
「この続きは、俺の息子の呪いが解かれてからゆっくりと」
「ぶっ殺すぞ!」
後頭部を思い切りぶっ叩かれた。冒険者の低ステータスでは割と痛い。とはいえ、殴った方も物理攻撃力自体はそこまでないアークウィザードだ。ただ、視線だけは物凄かった。お前を殺すと目が述べていた。というかそもそもさっき宣言していた。
「あんた何やってんのよ!?」
「何で俺!? ペコリーヌがいちゃついてきただけだろ!?」
「この恋愛奥手な天然スカポンタンがこんな場所でそんなことするわけないでしょうが!」
ズビシィ、と殴った勢いで離れたペコリーヌを指差す。指差された方は首を傾げていたが、キャルはその反応を見てほらこれ、とカズマに追撃を放っていた。
「それを言うならコッコロだってそうだろ。この状況で俺達を見てるだけって」
いつつ、と頭を押さえながらコッコロを見る。その言葉の意味が分からないのか、彼女は不思議そうにこちらを眺めていた。
「そうよ。シズルはまあ確かめるまでもないから置いとくとしても――待って。あんた分かっててされるがままだったの?」
「しょ、しょうがないだろ! ペコリーヌにそんなことされたら拒めないじゃん!」
「正気でやってんならあたしだってそう思うけど」
明らかにまともな精神状態じゃないだろう。そう続けながら、キャルは改めて三人を見やる。カズマも同じように彼女達を確認しながら、どうしたもんかと頭を悩ませた。
もし何かしらの状態異常、ないしは呪いを受けているのだったら、回復なり解呪なりでどうにか出来る。が、いかんせんそれが出来るコッコロとシズルが向こう側だ。《冒険者》でしかないカズマとアークウィザードのキャルでは如何ともしがたい。
「いっそ今ここであんたが解呪覚えて使うってのはどう? 冒険者カードには載ってるでしょ?」
「いやそりゃあるけど。俺のステータスでどうにか出来ると思うのか?」
「そうよね」
「というかそもそも、そのどっちかなのか? まああの様子じゃただ凹んでるとか隠し事してるって感じじゃなさそうだけど」
「でも、他に何があるっていうの?」
「そうだよなぁ…………ん?」
ううむと悩んでいたカズマは、そこでふと気付いた。そういえば、と目を見開いた。
さっきから向こうの三人は、こちらの会話に参加しようともしていない。というより、こちらが意識を向けない限り反応すらしない。
「……なあ、キャル」
「どうしたのよ?」
「似てないか?」
「似てないかって、何が何によ」
向こうを、ペコリーヌ達を見ないように、カズマは指で指し示す。街を歩く住人の人形達を、自然を飛び交う動物の人形達を。
そうだ、よくよく考えたら。ペコリーヌが急におっぱい押し付けてきたりキスしてきたりしたのも、自分が彼女に恋人同士だという情報を与えてからだ。それまで淡白な反応だったのに、急に。そう結論付け、カズマはキャルにこっそりと持論を述べる。
「……あんた、それ本気で言ってる?」
「え? 駄目?」
「いや、まあ確かに特定の行動しかしない感じは似てるけど」
「それにだ。ほれ、恋人同士って言った途端あれだろ? ペコリーヌっぽさも別になかったし」
「決められた行動してるって言いたいわけね」
でもそれならば操られている可能性だってあるだろう。彼女のその言葉に、それもそうだとカズマは頷く。そうしながら、どちらにしろ、と少し考える素振りを見せた。
「そうだったんなら、それを指摘すればボロを出すかもしれないだろ」
「解呪や回復よりは分かりやすいわよね。で、どうするわけ?」
その口ぶりだと何か方法を考えているのだろうと当たりをつけてキャルが続けると、カズマは無言で首を縦に振る。
視線をキャルから三人に向けると、なあ、と彼は声を掛けた。コッコロとシズルの名前を呼んだ。
「実は二人も俺の恋人だったんだ」
「頭沸いてんのあんた!?」
いくらなんでもそれはないだろう。もし操られていたとしても、操ってる方がツッコミを入れるはずだ。そう指摘するキャルの意見はもっともである。
の、だが。
「愛しております、主さま」
「愛してるよ、弟くん」
「どういうやつ!? ここのダンジョンマスター馬鹿じゃないの!?」
コッコロもシズルもカズマにイチャイチャし始めた。ツッコミどころ満載の展開に、キャルも思わずこの街のボスであろう存在に文句を叫ぶ。
その一方で、カズマはよし、と確信を持った。とりあえず操られている方ではないだろうと結論付けた。もしそうだとしたら、いくらなんでも雑すぎる。
「つまり、この三人は偽物ってことね」
「多分な」
ちなみに傍から見ているとカズマにベタベタ寄り添うペコリーヌ、コッコロ、シズルの三人を冷ややかな目で見ているキャルの図である。何だこれ、と言わざるをえない。
「もういいから、さっさと離れなさいよ偽物ども!」
「キャルさま? 何をおっしゃっているのですか?」
「どうしたんですか? キャルちゃん」
「変なこと言うんだね、キャルちゃん」
彼女のそれに、三人は不思議そうにそう返すのみだ。こちらが確信を持ったとしても、確たる証拠を突き付けなければならない。そういうわけなのだろう。ぶっちゃけ目の前の行動で十分な気がしないでもないが。
「……もうまとめてぶっ飛ばそうかしら」
「待て待て。俺に考えがある!」
「何よ。返答次第じゃあんたごとドカンだからね」
「さっきは操られてる本物の可能性もあってやらなかったやつがあるんだよ」
偽物だと確信を持っている今なら、証拠を突きつける意味でも問題ない。ゆっくりとカズマは右手を上げ、そして、三人に向かってその手を向けた。
「《スティール》!」
「は?」
キャルが呆気にとられる中、カズマの右手に三枚の女物の下着が握られる。白のレース、可愛らしい薄緑、ほぼ紐。それらを掲げ、彼は目の前の三人を見た。お前らこれを見ろと言わんばかりに。
「主さま? どうされたのです?」
「どうしたもこうしたも、ほれこれ!」
「女物の下着ですね」
「お前らのパンツだよ! えちょっと待ってお姉ちゃんすげぇの穿いてる」
捲し立てようと思ったカズマはその中の一つを見て思わず素に戻る。そういえば混浴の時見たのは上だけだったなと至極どうでもいいことを思い出しながら、コホンと咳払いをして再度向き直った。それを眺めているキャルの表情は無である。
「スティールでパンツを取られたのに平然としてるなんて、本物なら絶対にありえない! いやお姉ちゃんは分からんが、コッコロとペコリーヌならもっと恥ずかしがるはずだ」
「……あんたさぁ……もっと、こう、あるでしょ……」
ツッコミを入れる気力すらなくしたらしい。キャルは力なくそう呟き、まあ偽物だって分かったんならどうでもいいやと前を向く。
その視界に、自分と同じ顔があることで目を見開いた。
「あたしぃ!?」
「見破られてしまったなら仕方ないわね」
「ああ。流石の手強さだ」
「俺までいるのかよ!?」
キャルとカズマの驚愕をよそに、コッコロ、ペコリーヌ、シズルも向こうのキャルとカズマに合流する。そうしながら、ゆっくりと武器を取り出し、構えた。搦手が失敗したので、直接こちらを始末する方向に切り替えたのだろう。
向こうは五人、対するこちらは二人。
「……ねえ、カズマ」
「なんだ」
「これ、ヤバくない!?」
「ヤバいなんてもんじゃねーよ! 逃げるぞ!」
「了解!」
戦う、という選択肢は二人には欠片もないらしい。即座に踵を返すと、一目散にダッシュした。元来た方向は偽物に塞がれているので、必然的に先へ、中心部へと進むことになる。
「あ、これひょっとして誘導されてる?」
「ああちくしょう、結局向こうの思う壺かよ!」
そうぼやきつつ、カズマは手に持っていた三枚の布をポケットへと突っ込んだ。あまりにも自然に下着泥棒を完遂したので、キャルですらそこを気にしない。むしろ本人さえも意識していない可能性があった。
Q:偽物だって確信持ってたら十一歳のママのパンツスティールしていいの?
A:そもそもパンツスティールするのがアウトだからセーフ