紆余曲折の結果。臨時で四人パーティーとなった面々は、とりあえずクエストになるほどではないが討伐すれば報酬が出る相手、早い話がジャイアントトードを相手取るために草原へとやってきていた。
「狙撃」
どす、とカエルに矢が当たる。急所をわざと外しているといわんばかりのそれは、カエルの腹に突き刺さったまま、ジクジクと何かを染み出させ。
ばぁん、と音を立て破裂した。腹に矢が突き刺さったカエルと、その隣にいたカエルが毒まみれになり、悶え苦しんだ後に絶命する。
ふう、と一仕事終えた顔をしていたカズマは、どうだと言わんばかりに後ろにいる三人へと向き直った。
ドン引きである。
「え? 何あれ? え?」
「《狙撃》に複数のスキルを組み合わせているのね……」
理解が追いついていないらしいキャルと、ある程度は分かったちょむすけ。そして、何も言うことなく立っているめぐみん。
そんな三人を見て、カズマはおかしいぞと首を捻った。ここは、「何という機転でしょう、冒険者としての力を利用した、主さまらしい見事な戦い方です」と称賛してくれても。
「それコロ助だけだから。普通はね、《冒険者》がそんな戦い方なんかしないのよ」
はぁ、とキャルが呆れたように溜息を吐いた。この間の教会襲撃の際に発想がおかしいのは知っていたが、改めて見せられると若干引く。そんなことを思いはしたが、向こうの二人に比べれば驚きは多少は少ないだろう、と結論付ける。
つかつかとめぐみんがカズマに近付いた。少し尋ねたいのですが、と前置きして、彼女は真っ直ぐに彼を見る。
「職業は?」
「《冒険者》だよ。てかお前、さっきそれで俺を馬鹿にしてただろうが」
「違います。私はあくまで、大きな意味での冒険者のつもりで言っていました。本当に最弱職の《冒険者》なんですか?」
「おう。何ならカード見せてもいいぞ」
ほれ、とカズマは冒険者カードをめぐみんに差し出す。どれどれとそれを受け取った彼女は、職業の部分に冒険者と記されているのを見て本当だと目を見開いた。
「って、なんですかこのスキルの量!? 登録だけして覚えていないのが殆どですが、どこをどうすれば冒険者がこんな山盛りにスキル伝授されるんですか」
「ん? いや、基本的に知り合いのスキルを出来るだけ全網羅させてもらってるだけだ」
「アホですか!? アホですね!? アホなんですね!?」
「おいこら。何でそこまで言われなきゃいかんのだ。別にいいじゃねーかよ、覚えられないスキル登録したって」
「いやアホでしょ。職被ってるゆんゆんとかウィズとかユカリさんからのスキルも全部紹介してもらってたじゃない」
「お前は黙ってろ」
うんうんと同意するように頷いていたキャルへとツッコミを入れたカズマは、めぐみんから冒険者カードを取り返すとそれを仕舞う。そうしながら、どこかドヤ顔で彼女を見た。さっきの言葉は覚えているからなと言わんばかりに、上から目線を取った。
「それで? 何だったか? こんなに酷い冒険者は初めて見た、だったか?」
「久々に見た、です。いやまあ、ここまでだと初めてと言ってもいいかもしれませんが」
「お前まさか酷いを褒め言葉に使ってないだろうな」
「……まあ、ここまで突き抜けているとそういう意味でもいいような気がしてきましたが」
むむむ、と顎に手を当てながらそんなことを呟くめぐみん。そのまま暫し考えていたが、まあいいと気を取り直し、ぺこりと頭を下げた。さっきの言葉を訂正し、謝罪すると言ってのけた。
「何かやけに素直だな。俺の知ってるアークウィザードってもっとこう」
「それは多分アクセル変人窟に毒されてるわ」
訝しげなカズマにちょむすけからのフォローらしきものが入る。そうだろうかと彼女の言葉で少し考え込んだものの、キャル、ゆんゆん、ウィズ、そして今回のめぐみんとちょむすけを踏まえても同意は出来そうになかった。
「ここに来てそう経ってないけど、五人に出会って全員そこまでだぞ? 何かもっと他の参考になりそうなアークウィザードはいないのか?」
「後ここで有名なのは私達が所属する町外れにある研究所の所長くらいですね。言っておきますが私や師匠と比べ物にならない変人ですよ」
カズマの言葉にめぐみんがそう返した。はぁ、と溜息を吐いていることから、まず間違いなく駄目な部類だと判断できる。なんだやっぱりそうじゃないかと彼の中でアークウィザードのイメージが確定となった。
「というか、その所長ってめぐみんが俺を実験動物として提供しようとした相手だろ? どう考えてもヤバい奴じゃん」
「あー、いや。悪い人ではないんですよ? 私がこうして師匠と爆裂道を歩めているのも、所長が紅魔族を実験しようと里に来ていたからですし」
「はいアウトー! 何か良い話風にしとけば不穏な単語スルー出来ると思うなよ」
決めた。その所長とやらには会わない。決意を固めたカズマであったが、彼はすっかり忘れている。絶対に見る機会を作らないでおこうと思っていたドMの共演をえらくあっさりと見てしまっていたことに。
それで結局さっきのはどういう原理なのだ。話を元に、あるいは発展させたそれについて、カズマはどこか勝ち誇った顔で胸を張った。どうやらアークウィザードが三人揃っても分からなかったようだな、とドヤ顔をした。
「まあ、毒矢にブービートラップ仕込んで発射しただけなんだけどな」
「ちょっと何言ってるか分かりません」
「毒矢そのものに《ブービートラップ》を掛けておけば、設置した後触れられるって手順踏まなくても何かに当たればその場で発動するんじゃねって」
「酷い」
その結果があの矢が毒を撒き散らす光景である。どちらかというとああいうのは魔王軍とかそういう悪側所属の存在がやるやつではないだろうか。そんなことを思ったキャルは短く一言で簡潔にまとめた。
そしてちょむすけは、その説明を聞いて成程と頷く。そうしながら、カズマの顔をまじまじと見た。
「えっと? ちょむすけさん? どうかしました?」
「……あなた、実はスライムが擬態とかしてたりしない?」
「失礼極まりないな!」
よりにもよってそんなモンスターと一緒にしやがって。そんなことを思いながら憤るカズマであったが、キャルがやれやれと肩を竦めながらこいつはそこまで上等じゃないと言い放ったことで矛先が移動した。
スライム以下だと言われたのだ。カズマにとって、様々なゲームでザコ敵として出てくるあのスライムよりも下だと。
「だってそうでしょ? 擬態出来るスライムってそこそこ上級なやつじゃない。物理も魔法も効きにくくて何でも食らう、かなりの強敵よ」
「一度張り付かれたら消化液で溶かされたり窒息させられたりしますからね。厄介な相手です」
「マジかよ……」
なにそれ怖い。そんなことを思いながら、カズマは某クエストのあれとは違うということを認識してげんなりした。スライムと聞いても油断しないようにしよう、と思い直した。
そしてふと気付く。人に擬態するスライムの特徴。物理や魔法に強く何でも食らう、そして相手を窒息死させる。
「……心当たりがあるぞ。そうか、あいつの正体は人に化けたスライム……」
「あら、心当たりがあるの?」
「ああ、物理や魔法に強く、何でも食う……そして、あれに挟まれたら間違いなく窒息死する。条件を全て満たすんだ」
おいっすー☆と笑う一人の少女を思い浮かべる。成程、何か厄ネタを抱え込んでいるかとは思ったが、まさかそんなだとは。何かのピースがかっちりとはまるように、彼の中で点と点が一つの線へと。
「カズマ、親切心で言ってあげるわ。それは絶対に違うから、絶対に、ぜーったいに他の人の前で言うんじゃないわよ。死にたくなければね」
「お、おう……?」
「あら、でもスライムの擬態って、ものによっては食った相手に化けるから間違いとも」
「相手が魔王軍の幹部とかじゃない限り、あいつがスライムに負けるわけないわ」
「随分と評価しているのですね、その人を」
「……まあね」
ふん、とそっぽを向くキャルをどこか生暖かい目で見ながら、めぐみんはちょむすけを見る。そういうことなら多分違うわねと頷いた彼女は、変なことを言ってしまってごめんなさいと頭を下げた。
「まあ、一応魔王軍の幹部にデッドリーポイズンスライムはいるけど……この街にそいつの気配はないものね」
「名前からしてやばそうだな」
「そうね。出会ったら逃げた方がいいわ、触れたらまず即死するもの」
「即死……」
うげぇ、とキャルの顔が歪む。カズマは迷うことなくそんなものとは戦わないと答え、気を取り直すようにこちらへとやってくるカエルに狙いを定めた。今の会話で少し思い付いたことがあったからだ。
「《クリエイト・アース》に、これを混ぜこぜして、よし、《クリエイト・ウォーター》で発射!」
水によって泥と化したそれがカエルへと勢いよく飛来する。びしゃりとカエルの顔面に張り付いたその泥は、あっという間にどす黒い色へと変わって。
「……あなた、実はハンスが化けてない?」
「いや誰ですか」
毒泥団子をぶつけただけで何故そんなことを言われなければいけないのか。カズマはやれやれと頭を振り、同意を求めるようにキャルへと視線を動かした。何で毎回毎回毒殺しようとしてるのよ、とジト目で見られたので誤魔化すように咳払いをした。
そうしながら、更に追加で来たカエルに向かい、攻撃を。
「……あ、魔力切れた」
「早い!」
「しょうがねぇだろ、組み合わせると燃費悪くなるんだから。元々の魔力も少ないしな」
「何でそういうところは普通に《冒険者》基準なのよ……」
「はぁぁ!? 文句あるならお前がやれよ。最近ロクに活躍してないアークウィザード(笑)さんよぉ!」
「なっ、アンデッドの時ちゃんと戦ってたじゃない! 大体それならペコリーヌの方がよっぽど暇してるでしょ」
「お前人に責任転嫁するのは良くないぞ」
「どの口が言うか!」
ギャーギャーと言い争うカズマとキャルを見ながら、やっぱり違うみたいねとちょむすけが笑う。めぐみんがそんな彼女を少し不安そうに見上げていた。ひょっとして、とその目が訴えていた。
くすりと笑ったちょむすけは、そんなめぐみんの頭を撫でる。心配しなくても大丈夫、と微笑みかける。
「魔王軍幹部ウォルバクはもういないわ。ここにいるのは、あなたの爆裂魔法の師匠、ちょむすけよ」
「し、心配なんかしてませんよ……! 私はただ、そう、ちょっと爆裂魔法を撃ちたいので許可が欲しかっただけです!」
「そう。じゃあ、やってちょうだい」
あの二人は言い争いに夢中でジャイアントトードのこと忘れているみたいだし。微笑みながらめぐみんの背中をポンと叩いた彼女は、一歩下がって弟子の魔法を見守る体勢に入る。
真っ直ぐに目の前を見る。突っ込んでくるカエルと、その後方にもいるカエル。この季節ならわらわらといるそれらを見据えながら、めぐみんは己の瞳を紅く光らせながら杖を構えた。
「では、行きます。見ててください師匠、今日の! 爆裂!」
彼女を中心に魔法陣が展開される。強力な魔力を漂わせたそれは、カズマとキャルが思わず言葉を止めてそちらを見てしまうほどで。
え、これやばくない? そんなことを言いながらキャルを見たカズマは、既にそこに彼女がいないことを確認すると視線を巡らせた。盛大に距離を取って逃げる彼女を発見し、成程、と一人彼は頷く。
「《エクス――」
「おっ前! 待ちやがれぇぇぇぇ!」
「――プロージョン》!」
爆風で盛大に転がりながら、そうかこいつらがあの時の、とカズマは大分どうでもいいことを思い出していた。
「へっくしゅ」
酒場でくしゃみをあげたペコリーヌは、ごめんなさいと謝りながら注文をどうぞとお客に問い掛ける。そんな彼女を物凄く複雑そうな顔で見ていたお客、ダクネスは、飲み物を頼むと溜息を吐いた。
「本当に、大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですって。もう、心配性ですね」
そうやって言う彼女は笑顔。そこに取り繕いは何もない。それならいいんですと再度溜息を吐いたダクネスは、だとしてもと眉尻を上げた。
どこの馬の骨とも知れない男と雑魚寝はどうかと思う、と。
「駄目でした?」
「駄目に決まってるでしょう! 嫁入り前の、しかも……もう!」
口には出せないので言葉を濁しつつ、彼女はペコリーヌにお説教をする。言い返す言葉は特に無かったため、ペコリーヌとしても素直にごめんなさいと謝るしかなかった。
まあ、今はちゃんと部屋がありますから。そう言って言い訳するように述べる彼女に、ダクネスは当たり前ですと言い放つ。
「それはそれとして。あのカズマとかいう男は、大丈夫なのですか?」
「んー。そうですね、面白い人ですよ。《冒険者》なのに、何だか凄いことやってくれそうな気がしますし」
「いや、まあ確かにその意味もありましたが、そういうことではなく。その……男として、というか」
少しだけ顔を赤くしながらそんなことを問い掛ける。ダクネスのその顔を見てクスクスと微笑んだペコリーヌは、今のところは大丈夫ですよと答えた。別に悪い人でもないですし、とついでに続けた。
「そうですか? あの男は出会い頭に私を罵倒するような――んんっ、男ですが」
「ララティーナちゃん、真面目な話するなら控えましょうよ……」
何かを思い出して悶えたダクネスを困ったような顔で見たペコリーヌは、しかし、それも踏まえての評価ですよと言い切った。良い人、と手放しで褒めるような人格ではないかもしれない。けれども。
「悪い人ではないんですよ」
「何故、そう言い切れるのですか?」
「そうですねぇ……あ」
んー、と思案していたペコリーヌの視界に見慣れた顔が映る。こっちこっち、とその少女を呼んだ彼女は、これが証拠ですと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「コッコロちゃん、おいっすー☆」
「はい、ペコリーヌさま」
「ああ、君は、ペコリーヌさんと一緒にいる」
「はい、こんにちは、ダクネスさま」
何故か勧められるまま相席することになったコッコロがペコリと頭を下げ、ダクネスもつられて頭を下げる。そうした後、何がどう証拠なのですかとペコリーヌに目で問うた。
この娘が一緒にいるんですよ。何故か胸を張ってドヤ顔で、彼女はそう言い切った。
「……はぁ」
「信じてませんね?」
「いや、信じるというか、何が何やら」
確かに、見る限り善人の部類であろう。そんな彼女が一緒に行動しているということは、悪人ではない証拠になりうるかも知れない。だが、それは少し根拠として弱いような。
むむむ、と悩み始めたダクネスであったが、何やら騒がしい声が聞こえてきたことで我に返る。何だ、とそちらを見ると、何故か泥だらけになった先程話題にしていた人物が。
「ふざけやがって。覚えてろよ」
「覚えてろもなにも、あの後大して魔力残ってないくせに即魔法使ってあたし泥だらけにしたじゃない! 見なさいよこれ、うー、お風呂入らなくちゃ……」
生乾きの泥を入り口で落としながら、二人はギルドの受付へと向かう。その後ろに少女を背負った美女が続いていた。
そうして報酬を受け取ったらしい二人はそこで美女たちと別れるとこちらに歩いてくる。どうやらコッコロがいたのを確認していたらしい。が、ここまで来るとダクネスがいることを知りうげ、とカズマが顔を顰める。
「ふ、随分な態度だな……ふぅ」
「何なのお前? 何でそこでいきなり興奮するわけ?」
「してないぞ」
「……ああそうかい。まあ俺はお前なんかどうでもいいからちょっとどけ」
「くぅ、このいきなりぞんざいな扱いっ……お前という男は」
「ああもう邪魔だドM!」
「あふぅん!」
遠慮なく押しのけたがビクともしないで悶えるので、カズマは諦めたようにコッコロの隣に座った。キャルもそのままカズマの隣に座る。どうやらあれの横は嫌らしい。
お疲れさまです、とコッコロが二人に述べる。クエストをこなしてきた二人を労うようなその言葉に、揃って思わず視線を逸らす。純粋なその気持が、どこか心に痛かった。
「い、いや。いつも働いているコッコロの方がよっぽど大変だろ?」
「いいえ。冒険者としてクエストをこなしたお二人の方が、わたくしよりもずっと疲れていらっしゃるでしょうし」
「そ、そんなことないわよ? 大したクエストでもなかったし。報酬だってほら、今日の皆の食事代でほとんど無くなる程度よ」
わたわたと彼女に述べる二人を見て、コッコロはくすりと笑った。自分は幸せものだ、と微笑んだ。こうして素晴らしい仲間が自分のことを思ってくれている。今日もこうして自分の食事のために、自らのクエスト報酬を使ってくれるのだ。
「ありがとうございます、主さま、キャルさま。お二人に負けないよう、わたくしも精進いたします」
「……俺、明日からもう少し真面目になるわ」
「奇遇ね。あたしもそう思ったところよ」
物凄く神妙な顔で謎の決意を固めている二人を見ながら、ダクネスは成程、と思う。ペコリーヌの言っていた言葉の意味を何となく理解し、一人納得したように頷いた。
はいどうぞ、と飲み物をペコリーヌが持ってくる。そうして、どうですか、と彼女に問うた。
「わたしの自慢の、パーティーメンバーですよ」
「……そうですね」
そう言って胸を張る彼女を見ながら、ダクネスは苦笑しつつカップに口をつけた。
ミツルギどうするかなぁ……