プリすば!   作:負け狐

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まあfigmaやねんどろでも顔芸フェイスつく娘だし。


その162

「いたた……って、どこよここ?」

 

 後頭部を押さえながら起き上がったキャルは、どこかの廊下のど真ん中にいることに気付いた。ぬいコロをさらった相手を追いかけ、扉が後ろから激突し、盛大にすっ転がる。

 そこから即座にここだ。何が起きたのかさっぱり分からない。

 

「転移の罠? こんな街の屋敷にそんな御大層なもの仕掛けてあるとは思えないんだけど……」

 

 ううむと首を傾げながら、とりあえずどちらかに進もうと視線を動かす。前か、後ろか。まるで夜中のような廊下はほとんど先が見えず、どこに何があるかも分からない。ああもう、と頭をガリガリとしながら、とりあえずと壁に手を添える。位置を見失わないように、壁伝いに進む算段だ。

 そうしてとりあえず前に歩き出すと、ほどなく手が壁ではない物に触れた。ん、と視線を動かすとそこには大きな絵画が一枚。額縁もそこそこ年季の入ったもので、そこに描かれている貴婦人が静かにこちらを見下ろしている。

 

「……」

 

 何かこっち見てない? そんなことを思いはしたが、気のせいだろうとキャルは頭を振って散らした。が、手は壁から離した。絵を触りたくないらしい。絵画の絵の具で手が汚れるかもしれないしね、とどこか言い訳じみたことをわざわざ口にした。

 そうしながら絵画を通り過ぎ、再び彼女は壁に手を当てる。べちゃ、と音がした。

 

「え? ――ひっ!」

 

 べっとりと赤い手形がつく。何でどうして、と自分の手を見ると、そこにはまるで血に塗れたような手のひらが。

 思わず振り返った。先程通り過ぎた絵画は変わらずそこにある。こちらを見下ろしている貴婦人の視線もそのままだ。変わらず、じっとキャルを見詰めている。

 無数の赤い手形がついた絵画の中で。彼女が見ているその眼の前で、新しく手形がつく中で。バン、バン、とそれがはみ出してくる中で。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 

 全力で走った。何だあれ何だあれ。目を若干グルグルとさせながら、とりあえずキャルは走った。逃げた。

 そうして気付くと曲がり角。赤い手形は追ってきていないらしい。ふう、と息を吐いた彼女は再び先へと進む。もう絶対引き返したくない。

 

「――え?」

 

 ふと、廊下の先に明かりが見える。耳も尻尾もビクリと跳ね上がったが、もはや戻る選択肢を潰されているキャルはそこへと向かうしかない。ゆっくりと、一歩一歩、恐る恐る。前に足を動かし、段々と大きくなる明かりへと。

 ある程度近付いたところで、それはランプであることに気付いた。そして、それを持っている誰かがいることにも。顔は見えない。服装も、暗闇に溶け込んでいるかのように黒いメイド服と、空中に浮き上がるかのように白いエプロンだ。屋敷を管理するダスティネス家のメイドなのだろうか、そんなことを思いながらおっかなびっくり近付いたが、向こうはこちらに何の反応もしない。怪訝な表情を浮かべながら、キャルはもう少しだけ近付いた。まだ顔は見えず、どのくらいの年齢かも分からない。

 違う。彼女は気付いたのだ。ここまで近付いて、服装もちゃんと認識できるのに、何故顔だけが分からないのか。

 分からないのではない。無いのだ。明かりを持って立っているメイドは、首から上が存在していない。

 

「――――っ!? い、いや、デュラハンだって首がついてないんだから、こ、こここのくらいで取り乱したりはしないわよ。さ、さあ、かかかかかってくるなら、きな」

 

 す、とメイドがランプを持っていない方の腕を動かした。人差し指を立て、それを真っ直ぐにキャルの方に向ける。否、キャルを指差しているのではなく。

 

「う、後ろ? 後ろに何があるって――」

 

 振り向いた。

 そこには、目に光がなく、無機質な瞳でじっとこちらを見る。逆さまの、女性の生首が。

 

 

 

 

 

 

「な、なんだぁ? 今鶏を絞めたような声が聞こえたぞ」

 

 屋敷に足を踏み入れたカズマ達は、突如夜中になったようなそこをゆっくりと歩いていた。今のところ何か襲ってくるような様子はないが、暗闇を進むというのはそれだけで大分精神力を削られる。

 

「キャルじゃないかしら。やっぱり何かあったのかも」

「だとしても、無闇に動いてもしょうがないぞ」

「それは、そうだけど……」

 

 シェフィはカズマの言葉にしゅんと項垂れる。これまで何十年と兄と旅をしていたドラゴンの少女は、こうして仲間と生活するというのに慣れていない。だから過剰に心配してしまうのだろう。子供状態の時も寂しがりやだったので、根っからの性格かもしれない。

 

「しかし、シェフィの言葉も一理ある。この屋敷の状態は明らかに異常だ。キャルを孤立させておくのは好ましくはないだろう」

「そりゃそうかもしれんが。っていうかダクネス、今聞き捨てならんこと言ったな。お前屋敷の状態知ってたんじゃないのかよ!」

 

 彼女の発言は情報を持っている人物のそれではない。カズマがそこに食って掛かると、ダクネスは誤解だと頭を振った。事前調査はきちんと行っていたと話した。

 

「だが、その時はここまでの状態ではなかったのだ。ここまで来ると流石にこちらも本腰を入れなくてはいけなくなるからな」

「多分、調査の奴らが来た時は隠してたの。ずる賢いやつなの」

 

 け、とミヤコが吐き捨てるように述べる。そんなことしなくても正々堂々やればいいのに、と続けながら、彼女は虚空に向かってあっかんべーをした。

 上から降ってきた花瓶がミヤコに直撃する。殺人事件の現場のような状態になったミヤコは、そのまま廊下で動かなくなった。

 

「あれ今どっから出てきたんだ?」

「転移させた、というわけではないだろうが……花瓶自体は見る限り近くにも飾ってあるからな」

「カズマさん、ママ……。一応少しはミヤコさんの心配をしたほうが」

「何しやがるなの!」

 

 シルフィーナの心配をよそに、ミヤコは何事もなかったかのようにガバリと起き上がった。ばーかばーかとそのまま幽霊アンナを追加で挑発した結果、今度は突如倒れてきた棚に潰される。第二の殺人事件現場が出来上がった。

 

「一応、ミヤコ以外には物理的な危害を加えないようにしているみたいね」

「まあ、そこら辺は分かってんだろうな」

 

 シルフィーナと、シェフィ、そしてミヤコ。恐らくここにはいないイリヤも加えて何かしらやっていたのだろうから、やっていいことと悪いことの分別自体は出来ているに違いない。

 つまりこの空間は、物理的な危害を加えずに何かをやらかす場所なのだろう。

 

「考えられるとしたら、お化け屋敷か……」

「お化け屋敷? それは幽霊屋敷とは違うのか?」

「ああ、そういう曰く付きの物件とかじゃなくて、アトラクションだよ。スタッフがお化けに変装したり仕掛けを作ったりして、お客さんを怖がらせるんだ」

「ほう。……それは何の意味があるのだ?」

「いや意味っていうか、そういう催し物だから」

 

 遊園地とかにあるものをイメージしたカズマがそんなことを説明するものの、いかんせんこの世界にお化け屋敷の概念は存在していない。ひょっとしたらどこかの転生者がやらかしていた可能性もあるが、少なくともベルゼルグ王国に浸透はしていないようであった。

 

「人形劇の主役を観客にする、みたいな感じですか?」

 

 肩から声。ぬいペコがカズマの説明を聞いて、自分なりの答えを出したらしい。厳密には違うが、まあそれでもいいかと彼は頷く。ふむ、とぬいペコのそれを聞いたダクネスもそれで少し合点がいったらしい。

 

「ということは、今私たちは、その、お化けに怖がる話の主役にされているのでしょうか」

「多分な。ミヤコに当たりが強いのはその辺台無しにされるからじゃないか」

 

 私怨も混じってそうだけど。そんなことを言いながら棚に潰されジタバタしているミヤコを見下ろす。早く助けろなの、と騒いでいるが、正直こいつ置いていったほうがスムーズに話が進むような気がするとカズマは思った。

 

「ねえ、カズマ。それじゃあ、これからそのお化け屋敷みたいなことが起こるのよね?」

「まあ俺の勝手な予想だけどな」

「カズマなら何が起こるのか分かるでしょう?」

「あー、まあな。そうだな……例えばそこの絵」

 

 シェフィの質問に答えるように絵画を指差す。顔色の悪い男性が描かれているそれを見ながら、この絵が気付いたら血塗れになっていたり、こちらをじっと見詰めていたりとかするんだよと話した。現状この絵にはその仕掛けはないようだが、成程この暗闇で知らずに遭遇したら肝が冷えるかもしれない、とダクネスもシルフィーナも顔を顰めた。

 

「……? そうなの?」

「うん、ドラゴンにはちょっと難しかったかもな」

「馬鹿にしないで頂戴。私だって分かるわよ。……えっと、それは実は絵じゃなかったのよね?」

「絵じゃなかったら何なんだよ」

「幽霊でしょう?」

「……そうだな」

 

 それを込みで、人としてはそういうのに恐怖を覚えるという話をしているのだが。感性がドラゴンのシェフィにはどうやら理解できないらしい。

 

「ほら、やっぱり私も分かっているのよ。あ、見て。男の人が骸骨になってるわ。こういうことよね?」

 

 え、と絵画に視線を戻すと、そこにはボロボロの額縁に腐り果てた男性が。眼球だけがきれいに残ったその目がこちらを見ているようで、シルフィーナはひっ、と短く悲鳴を上げて後ずさり、ダクネスに抱えられた。

 

「……成程。カズマに言われていなければ私も驚いたかもしれんな」

「こういうのが怖いのね」

「説明しちゃった俺が言うのも何だけど、そういうリアクションはスタッフ泣かせなんでやめて差し上げて」

 

 

 

 

 

 

 首無しメイドを突き飛ばすように必死で走ったキャルは、気付くと扉の前にいた。廊下はそこで突き当たり、戻るか部屋に入るかの二択しか無い。カツン、カツン、と何かがゆっくりとこちらに歩いてくる音が響く中、元来た道を戻る勇気は彼女にはなかった。

 何より、廊下の突き当りに女の子の書いたような落書きが目に入ったのだ。みぎはからだ、くびはひだりから。うしろ、みないでね。

 

「見るわけないでしょうが!」

 

 叫びながら部屋の扉を開ける。後ろのなにかが入ってこれないように、部屋に入った後扉を閉めると鍵をかけた。

 そして後悔した。部屋の中には、所狭しと西洋人形が並んでいたのだ。暗闇の中そんなものを見たキャルは当然短く悲鳴を上げ、後ずさる。

 何かを踏んだ。それによってバランスを崩した彼女は尻餅をつく。いたたた、とお尻を摩りながら、一体何を踏んだのかと視線を下ろし。

 

「――イ――タイ――ヨォ」

 

 顔を半分砕かれた西洋人形が、残った片方の目から血を流しながらそんなことを口にした。

 バッタのように跳ね跳んだキャルは、高速で左右に首を動かしながら、四つん這いで部屋の入口に向かう。閉めた鍵を必死で開け、転がるように廊下へと飛び出した。

 首無しメイドが立っている。ゆっくりとランプを掲げると、それに合わせるように部屋の中が騒がしくなった。笑い声と、すすり泣く声。そして、痛い痛いと悲鳴も。

 

「あひゃぁぁぁぁ!」

 

 抜けていた腰を無理矢理立たせ、キャルは走った。背後にはどんどん近付いてくる笑い声、すすり泣く声、悲鳴。追いつかれる、追いつかれたらおしまいだ。だから走る、必死で、後ろを見ずに、ひたすら前だけを見て。

 

「また悲鳴だ。って、うおぉぉぉ!?」

「キャルか? なっ!?」

 

 目の前に見たことのある顔が見えた。が、彼女は止まれない。追い付かれないように必死なのだ。完全にパニックになっているキャルは、カズマ達をすり抜けて逃げていく。

 勿論カズマ達もそれに続いた。彼女の後ろには大量の西洋人形が笑いながら、すすり泣きながら、悲鳴を上げながら向かってきていたのだ。お化け屋敷とかそういうのを抜きにしてもこれは普通に逃げる。

 

「成程。分かったわカズマ。これがお化け屋敷なのね」

「違うわドアホ!」

「シルフィーナ、しっかり掴まっていろ」

「は、はいママ。……あれ? ミヤコさんは?」

 

 ダクネスに抱えられたシルフィーナがキョロキョロと視線を動かすが、友人のプリン幽霊はどこにもいない。ということは、あの西洋人形の波に飲まれたのだろう。どうしようと悩んだものの、結局どうしようもないので彼女もミヤコのことは諦めた。

 

「キャル! おいキャル!」

「いやぁぁぁぁ――え? あれ? カズマ?」

「おう、カズマさんだ。お前大丈夫だったのか?」

「大丈夫じゃないわよぉぉ……! 怖かった、すっごく怖かったんだからぁ」

「そうかそうか。ちなみに状況は全く好転してないぞ」

「へ? ……いやぁぁぁぁ!」

 

 振り向く。大量の人形を視界に入れ、キャルは再びパニックになった。あたしじゃないあたしじゃないごめんなさいごめんなさい。そんなことをブツブツと口にしながら、完全に目の焦点が合っていない顔で走り続ける。

 これはどうしようもない。そんなことを結論付けたカズマであったが、しかし彼本人も立ち位置はそこまで変わらない。あそこまでパニックにはなっていないが、あの大量の西洋人形が笑いながら泣きながら悲鳴を上げながら迫ってくるのは普通に怖い。ゴブリンとかならば開き直ってしまえるかもしれないが、どうしてもホラーの様相をしているとその辺りの判断が鈍るのだ。

 

「ああちくしょう、どうすれば」

 

 ふと気付いた。肩が軽い。先程まであった重みが、いつの間にか消えていたのだ。

 まさか、と首を動かす。ぬいペコの姿がそこにはなかった。そのまま視線をシェフィ、ダクネスに向けたが、そのどちらにもくっついていない。

 幽霊アンナはぬいぐるみが好きだと聞いた。だからぬいコロはさらわれた。迂闊だった、ぬいペコだって見た目はぬいぐるみだ。この屋敷に足を踏み入れた以上、同じように捕まってもおかしくない。

 

「ちっくしょう。一体どこに――」

 

 半ば八つ当たりのように西洋人形へと振り返った。実行犯かどうかは知らないが、この幽霊屋敷にいるのだから同罪だろう。そんなことを思い、恐怖より別の感情を優先させて大量の人形を睨んで。

 その中に紛れて一緒に飛んでいるぬいペコを見付けた。無表情だが、どこか満足げであった。

 

「……」

「あの、無言で掴むのはやめてください。出ちゃいます、綿」

「うるせぇよ!」

「……いいなぁ」

「ママ?」

「何でも無いぞシルフィーナ」

 

 


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