「ヤです」
「えー」
やたらハイテンションでやってきたチエルに向かいリオノールが提案したそれに、当の本人は短く簡潔に述べた。
「いいじゃない。アイドルフェスのカルミナを見たいけど金欠だから、ブライドル王国第一王女に引っ付いてタダ乗りしたくて来たんでしょ? お金かけたくないなら、それ相応に体で対価をもらわなくちゃ」
「言い方。いやまあ、ぶっちゃけそうなんだけど。手付きとか表情とか、明らかに援交せまる脂ぎったおっさんの動きじゃん。正直引くわ」
「待ち給えクロエ君。その手の交渉を迫る輩が皆そうとは限らない。案外紳士な見た目の男性の方がそういうやり取りに慣れていることもあるだろう」
「パイセンがそういうの語ってると頭でっかちのマセガキ感半端ないな……」
「そういうクロエ君こそ。表面上は悪ぶっているものの中身は清純派を地で行く身でそのような事例を語ったところで、説得力は皆無だぞ」
「貴公ら二人はどうでも良さげだな……」
リオノールの提案を聞いて即座に拒否ったチエルとは違い、クロエもユニもそこには触れていない。触れていないだけで肯定もしていないのだが、それはモニカが言うようにどうでもいいという意見の表れのようでもあった。
実際、彼女の言葉に二人はまあ別にどうでもいいという旨の答えを返す。学院長でありブライドル王国第一王女でもあるリオノールの無茶振りは今に始まったことでもなし。突拍子もない話ではあるが、驚愕に値するかといえば答えは否だ。
「いやまあ、アイドル活動に興味あるなしでいえばナシだけど」
「然り。ぼくも少女舞踊合唱団の存在は認知しているし、その活動による効果の是非は興味を持ってはいるが。自身でそれを実践しようとはあまり考えてはいないな」
「まあ、そうだろうな。……チエルはそうでもないだろう? 何故あんな?」
「ちえる、かるみな大ちゅきなんだって」
「それは分かるが」
ならば憧れのアイドルと同じ舞台に立てるかもしれないというこの機会はむしろ喜ぶべきなのではないだろうか。そんなことを思っていた、というか呟いたモニカに超反応したチエルがぐりんと振り向いた。
「何頭ちぇるったことほざいてるんですか!? カルミナといえばアイドル、アイドルといえばカルミナ、むしろアイドルという言葉の語源がカルミナってなくらいのトップオブアイドルですよ! 人生がアイドルで出来てるような真剣MAX本格派の前に、顔とスタイルがいい超絶美少女だから人生イージーモードだけど何の努力も苦労もしていない素人が付け焼き刃で対抗とか、無礼の極みですよ!」
「そ、そうか……」
「だかしかしチエル君。アイドルフェスはこれが初開催でもないだろう? カルミナ某と共に壇上に上がった者達も既に存在しているはずだが。もしや君はそれらの存在を記憶から抹消しているのかね?」
「ちゃんとアイドル目指しているユニットが憧れのカルミナと共演は推せるじゃないですか。百歩くらいギリギリ譲っちゃって、アイドルの頂点に立つって考えでカルミナに対抗する女神への反逆者マインドのアイドルもそれはそれでアリよりですけど」
「じゃあいいじゃない」
「っんはー! 分かってない! ッなんっにも分かってない! チエルがここまで説明したのにその認識とか、ちょっと頭大丈夫です? 学院長その若さでその理解度は親御さんが泣きますよ! むしろどんな育て方したのか小一時間ほど問い詰めたいくらい」
「学院長の親御さん国王だけど。えちょっとこれ大丈夫なやつ?」
「姫の育て方について説教した場合、恐らく陛下は同意して項垂れるな」
「そこ、余計なこと言わない。いやまあ、お父様は私の育て方云々は実際溜息吐きそうだけど、でも流石にこれについては同意しないわよ」
「そりゃなぁ……」
アイドルとの距離の在り方がチエル基準を満たしていないと言われても、国王としてもリアクションが取りづらいだろう。そもそも聞いてもらえるという前提な時点でここの空気が大分おかしいのだが。
ともあれ。現状彼女の言いたいことを理解している者が誰一人としていない状態である。
「しかしチエル君。その物言いならば、君がきちんと努力と苦労をすれば条件を満たすということに相違ないのではないか?」
「相違ありまくりですから。かけ離れて過ぎててお互い何の話してるのか分からないまま物事が決まってくけどみんな帰りたいから流しちゃう心の底からしょうもない系会議やってるんじゃないんですよ?」
「あ、これ面倒くさいやつだ」
「いいですか? チエルは見守りたいんです。壁に隠れて、とかじゃなくて、壁でいいんです。モブですらなくていいんです。ストーリーに介入しないで、ただ観測したいんですよ。理解できました? どーゆーあんだーすたん?」
「ふむ。とりあえず、理解できないということは理解した」
「推しに認知されたくないタイプのオタ拗らせてんなぁ……」
「ちえる、壁なの?」
欠片も理解できていないらしいフェイトフォーが首を傾げているが、モニカはそんな彼女に向かってまあ気にするなと声を掛けた。
リオノールはチエルのそれを聞いて、ふむふむと頷く。とりあえず参加したくないということだけが彼女にとって今は重要だ。そこをひっくり返さねばならないということだけを気にすればいい。
「ねえ、チエルちゃん」
なんですか、と彼女の方を向いたチエルに向かって、リオノールは笑みを浮かべる。まあそれならば仕方がないとは思うけれど、と頬に手を当てた。
その場合、自分達がカルミナとステージに立つことになる。そう続けた。
「は?」
「ちえる、声低い」
「……でもそうなると、やっぱりちょっと不安よね。カルミナに情けないパフォーマンスを見せないためにも、サポートをしてくれて、かつアイドルに詳しい人がいてくれると助かるんだけれど」
「姫、どう考えても喧嘩を売っています」
「それな」
「どうしましょう。チエル今穏やかな心を持った美少女が激しい怒りに目覚めかけている瞬間をこの身に感じちゃってます。別名キレそう」
「まあまあ。落ち着き給えチエル君。これは考え方によっては朗報だ」
はぁ? と割とドスの利いた声でユニへと振り向いたチエルは、彼女に再度落ち着き給えと言われ渋々下がった。それで一体何が朗報なのか、そう問い掛けると、ユニはふむと顎に手を当てる。
「まず第一に、君はカルミナ某の出るアイドルフェスに行きたいのだろう? 学院長の提案を飲めば、当初の予定通り自身の懐が痛むことなくベルゼルグ王国へと向かえる」
「そこ妥協するくらいならチエル冒険者ギルドでも行ってお金稼いで自腹切っちゃいますけどね」
「だろうな。だが、ここで第二だ。学院長はこれでも一応真面目にアイドルフェスの代表戦を勝ち進もうとしている。第一王女として、国のために身を粉にするつもりだろう」
「それはどうなんスかね……」
「一応、無いことはないぞ……」
クロエとモニカの呟きに、リオノールは信用ないなぁと笑った。そこで笑顔な時点でしょうがないとは二人の弁である。
それがどうした、というチエルに、ユニは言葉を続けた。少なくとも、苦労も努力もしないわけではないし、ベクトルは違えどその在り方には人生を注いでいる。そんな彼女の言い分に、そうかもしれませんねとチエルは聞き流すように返した。が、多少は理解を示そうとする素振りは見せている。
「ふむ。では第三。学院長をサポートする名目で言質を取り、結果としてチエル君が代表戦に出場し予選を勝ち抜いてしまえば解決だ。ベルゼルグ王国にさえ辿り着ければ、後は本選を棄権するなりなんなりでカルミナ某との対面を避ければいいだろう」
「それ堂々と言っていいやつです? 学院長が妨害しません?」
「失礼ね。そんなことしなくても、私達が勝つから問題ないわ」
ふふん、とリオノールは胸を張る。そうしながら、提案を受けてくれるということでいいのかしらとチエルに問うた。
普段ならば即答することが多いチエルが、そこで迷う。断ればアイドルフェスに向かう道のりが遠くなるし、リオノールがカルミナと共演してしまう可能性が高まる。しかし受ければ、あの手この手で気付いたらカルミナの横でライブをしている可能性が高まる。
「………………本選に出たら棄権しますからね」
「おっけー。交渉成立ね」
非常に苦い顔を浮かべたチエルを見て笑顔を浮かべたリオノールは、さらさらとアイドルユニットのメンバー表に名前を書いていく。チエル、クロエ、ユニ、と。
「あそっか。流してたけど、これうちらも巻き込みセットされてんじゃん」
「然り。まあ、タダでベルゼルグ王国に向かえるのだから、多少の対価は許容すべきだとぼかぁ思うよ」
「あれパイセン乗り気? いいの? わりかし激しく動くよアイドル」
「その辺りは創意工夫でどうとでもなる。ぼくは動かない彫像系アイドルを目指そう」
ふーん、と軽く流したクロエは、まあいいけど、とぼやく。彼女としても、ベルゼルグ王国に行けるのならば願ったりだ。短い間ではあったが、その期間でしっかりと友情を結んだ、年下の友人に会えるのだから。
「あ、そうそう。アイリスちゃんにフェス参加するって連絡したら、自分もやってみたいって言ってたわよ。ユニットの当てもあるみたいだし、案外本選に出てくるかも」
「マジか。うわきったねぇ……これ棄権出来ないやつじゃん」
「既に書類は記入済み。してやられたな、チエル君」
「え? 何で?」
「あこれ素ですね。……怒るに怒れないやつじゃないですかやだー」
「いや、怒って構わないと思うぞチエル……」
場所は戻って変人梁山泊アクセル。そこの広場で三人のパフォーマンスを見ていたカズマは、盛大な溜息を吐いた。
「三十点」
「どうしてですか!?」
「当たり前だろ! お前アイドル嘗めてんのか!」
めぐみんの抗議にカズマがそう返す。が、納得いかんとばかりに彼女は残り二人を見た。シェフィはよく分かっていないので首を傾げているが、もう一人は。
どこかいたたまれない、そんな立ち姿であった。
「コッコロ? どうしたんですか?」
「い、いえ、その。……何でも、ございません」
「お前の用意したパフォーマンスのせいだよ! コッコロに何やらせてんだお前は!」
「だから、何でですか!? 紅魔族らしさの詰まったかっこいいパフォーマンスだったでしょう!」
「だからだよ!」
この面子で紅魔族らしさをどうこうした時点で大事故である。めぐみんはいつものこととして、シェフィはまあギリギリかもしれないが、コッコロは間違いなく駄目だ。練習を野次馬していた街の住人も、うんうんと同意するように頷いている。
でも恥じらうコッコロちゃんはいいよね。野次馬の心は一つであった。
「何でもかんでもそれで通用すると思うなよ。そりゃ、かっこよさで売れるアイドルもいるだろうけどな、それはその適性が高いからだ。キュート系やパッション系にクール系のパフォーマンスさせるもんじゃないし、芝を走るやつにダート走らせちゃいけないの!」
「言っている意味はよく分かりませんが、ならカズマはどういう風にするんです?」
「え? 俺なら、か」
うーむ、と暫し考える。とりあえずめぐみんは当初の路線を突き進めばいいだろう、変に曲げるとそれこそバランスがおかしくなる。なので、問題は残りの二人だ。
「シェフィは一見クール系だけど中身は天然だから、その辺を押し出すのがいいだろうな」
「成程。参考になるわね」
「シェフィシェフィ、これ褒められてませんからね」
「そうなの?」
めぐみんとのやり取りで思い切り体現したので、カズマは満足そうに口角を上げた。そんな彼の顔を睨みながら、なら最後の一人はどういくのですかと彼女は詰め寄る。
決まってるだろうとカズマは頷いた。コッコロはキュート系でかつ包容力を兼ね備えた癒やしのアイドル。全ファンをバブみの海へと溺れさせるのが目標だ。
「頭沸きましたか?」
「どういう意味だ」
「コッコロだけ分析ひん曲がってるじゃないですか。身内贔屓も大概にしてくださいよ」
ジト目のめぐみんをカズマは睨み返す。だとしても、立ち位置自体は何も間違っていない。そう断言し、その方向に舵を切ればいいと続けた。
「最後のトチ狂った提案はともかく、それ以外は確かに一考の価値はありますね」
「まあ少なくとも、即予選落ちするようなイカれたパフォーマンスよりはマシになるぞ」
「そこまで言いますか?」
「さっきの三十点の内訳は見た目がほぼ全てだからな。お前らが美少女じゃなかったらマイナスだ」
分かったらさっさと改善するぞ。そう言いながらカズマはああでもないこうでもないと案を練り始めた。いつの間にか滅茶苦茶やる気になってますね、とめぐみんはそんな彼を見て思わず呟く。
「それだけ、キミ達のことを真剣に考えてくれてるんだよ」
「まあ、それはそうかもしれませんが……」
とりあえずシェフィとコッコロの改善が最優先、とカズマが二人に指示を出しているのを見ながら己の動きを見直していためぐみんの横から、声。ん? とそちらへ振り向くと、一人の見知らぬ少女が、こちらを眩しそうに眺めながら立っているのが見える。眼鏡とマスクで顔がほとんど分からないが、その奥で見える綺麗な瞳や恐ろしいほど丁寧に手入れされた髪を見る限り、恐らく美少女であるのは間違いないであろうことを確信させた。
「あ、ごめんね。一生懸命レッスンをしてる現場を見ちゃったから、つい」
「いえ、それは構いませんが。あなたも、アイドルフェスの代表戦に出るのですか?」
「……どうして、そう思うの?」
「ただの野次馬ならば、こちらに近付いてくることはありませんからね。何かしら感じ入るものがあったからこちらに来たのでは?」
「……ふふっ。うん、そうだね。私たちも出るよ、アイドルフェス」
「やはりそうでしたか。ということは、私のライバルということですね!」
マントを翻しビシリとポーズを決めるめぐみんを見ながら、少女はマスク越しに笑みを浮かべる。うん、そうだよ。そう言って、楽しそうに笑った。
「ふ、しかし残念でしたね。この地の予選は我らが『
「す、凄いユニット名だね……」
「我ら三名の力を結集するという意味が込められています。そんじょそこらのアイドルでは太刀打ちできませんよ」
自信満々にそう述べるめぐみんを見て、少女はそっか、と頷いた。そうしながら、いい名前だね、と彼女に述べる。そうでしょうとも、とめぐみんはユニット名を褒められたのが嬉しかったのかテンション高めに胸を張った。
「でも、私たちだって負けないよ。アイドルとしての想いの強さなら、誰にも負けない自信があるもの」
「ふ、言いましたね。では、勝負といこうではありませんか! アイドルフェスでどちらがよりアイドルの頂点かを決めましょう!」
「――うん。その勝負、受けて立つよ」
ピリ、と少女の雰囲気が変わった。それを感じ取っためぐみんは、目の前の相手が相当の実力者だと看破する。相手にとって不足なし。己の赤い瞳を輝かせながら、彼女はポーズを決め、いつものように。
「我が名はめ――」
「ストップ。それは、後に取っておこうよ。私とキミが、改めて、ふさわしい場所で出会った時のために」
「……ふ、ふふふふ。ええ、そうですね。名乗りを止められてここまで嬉しくなったのは初めてですよ! 約束しましょう! 相応しい場所で、その時に!」
「約束だよ。待ってるから」
そう言って少女は踵を返す。負けないように、もっと気合を入れてレッスンしなきゃ。そんなことを言いながら、彼女はその場を去っていった。
よし、とめぐみんは気合を入れる。向こうで二人を見ているカズマへと突進すると、さあ練習を再開しますよと拳を振り上げた。
「あ、どこに行ってたんですか? アクセルハーツの皆さん、もう来ちゃいますよ」
「あはは。ごめんね、凄くキラキラしてる人たちがいたから、つい」
「まったく……。大丈夫だったんですか?」
「うん。凄く真っ直ぐな子で、ライバル宣言されちゃった」
「そういう意味ではなかったのですけど……」
「でも、ちょっと気になりますね。何ていう人なんですか?」
合流した少女は、メンバーであるピンクブロンドのツインテールの少女のその問い掛けに、分からないと返した。え、と目を瞬かせる少女に向かい、彼女はだって、と言葉を続ける。
「フェスのエキシビジョンで改めて名乗り合おう、って約束したから」
「それ……伝わってます?」
「この調子では、伝わってなさそうですね……」
ツインテールの少女と、もうひとりのメンバーである緑がかった長く綺麗な髪を左右で一房ずつ編み込んでいる少女が、どこか自慢気にそう宣言する彼女に少々呆れていたが、本人はどこ吹く風である。