「お姉様!」
「えっと……?」
ベルゼルグ王国の王都、そこの王城にて、頼みがあると言われ帰ってきたペコリーヌを出迎えたのはアイリスであった。彼女がいるのは大体予想が出来ていたが、しかし他に並んでいる面子は予想外。
そのおかげで、頼み事が何なのかも分からなくなってきた。
「アイリス、これってどういう状況ですか?」
「はい、実は」
ふんす、と姉に向かって語ったところによると、どうやらブライドル王国のアイドル代表戦に彼女の友人が参加するらしい。そのことを聞いたアイリスは、ならば自分も、と考えたのだそうだ。
念の為に言っておくが、リオノールがアイリスに手紙を送った時点ではチエルは了承していない、どころかなかよし部を出すアイデアすら出ていない。リオノール自身も、自分が出るよ、程度の内容しか送っていない。純然たるアイリスの勘違いである。もっとも、今現在は勘違いではなくなっているのだが。
「そうなんですね。ん~、でも、アイリスが出て大丈夫なんですか?」
「向こうではリオノール姫も出るそうなので、私達が出ても問題はありません」
本当に? と視線をアイリスの後ろに控えているクレアとレインに向けたが、全力で首を横に振られた。どうやら問題大アリらしい。
が、しかし。ペコリーヌは視線をそこからスススと横に向けた。楽しそうに立っている一人の女性を、見た。
「クリスティーナ」
「ん? どうしたボス」
「何でここにいるんですか?」
「何で、だと? 決まっているだろう? 姫様達のプロデューサーをやるためさ☆」
一瞬動きが止まり、目をパチクリとさせる。視線を再度クレアとレインに向けると、先程よりも勢いよく首を横に振られた。全力の更に先があったらしい。
え~っと、とアイリスを見た。そういうわけなのです、と自信満々に答えられ、ああなるほどとペコリーヌは理解する。
「面白がってますねクリスティーナ」
「これが面白くなくてなんだというんだ。最近魔王軍の襲撃も少なくて退屈していたところだからな。丁度いい暇潰しになる」
「はぁ……やばいですね」
溜息混じりに呟くと、ペコリーヌはまあいいやと気を取り直した。別にアイドルフェスに参加するのは嫌ではない。めぐみんとシェフィ、そしてコッコロがアクセルで代表戦に勝ち進むためにしている練習を見て、楽しそうだと思っていた部分もある。それでも、自分の立場的に応援に回るしかないだろう。そう考えていた矢先に、この提案だ。
ある意味、渡りに船とも言える。
「分かりました」
『ユースティアナ様!?』
クレアとレインが叫ぶ。メンバーが集まらなければ渋々諦めるだろうと考え、アイリスの提案を必死に断っていた二人にとっては、彼女の了承は地獄への道をまた一歩進んでいくことに他ならない。
だが、と二人は思う。アイドルフェスに参加するためのユニットは最低三人。ユースティアナとアイリスだけでは一人足りないのだ。このままメンバーが決まらなければ、どのみち立ち消える。まさかクリスティーナが参加することはないだろうから、三人目の当てなど。
「それで、残りはどうする? ララティーナちゃんかアキノちゃんでも呼んでくるか?」
「そうですね……クリスティーナの提案に乗りましょうか」
「ん~。でもあの二人はアクセルの代表戦の運営の方で忙しいと思いますよ」
無理矢理引っ張ってきてもいいぞ、と言わんばかりのクリスティーナの顔を見ないようにして、ペコリーヌはううむと考える。クレアやレインの様子からすると、王城でメンバーを集めるのは無理だろう。となると、アクセル側から誰か、ということになるわけで。
自分もアイリスも素人。クリスティーナはプロデューサーとは言っていたが面白がっているだけなのであまり期待できないだろうから、ある程度アイドルの基礎を知っている者が望ましい。それでいて、話をスムーズにするために自分とアイリスの正体を知っている人物というおまけの条件を付け足すと。
「あ」
該当者が一人いた。いたが、間違いなく全力で拒否られる。というか実際拒否ってた。あれは照れ隠しとかツンデレとかそういうのではなくガチだったので、ペコリーヌとしても改めて親友に声は掛けにくい。
とはいえ、他に丁度いい当てがあるかといえば、答えは否なわけで。
「……ダメ元で、一応、聞いてみましょうか」
「私も、交渉についていきます」
「なら、ワタシも行くとするか☆」
この時ばかりは、流石のペコリーヌも露骨に嫌な顔をした。
「嫌に決まってるでしょうが!」
「やっぱりそうですよね~……」
即答であった。アメス教会にて、いつでも逃げ出せるように開け放した窓を背にしながら、ペコリーヌが思い付いたその該当者――いわずもがなキャルであるが――は、全力で拒否った。そもそも、めぐみんの時とは違ってこちらは事情を知った上での交渉なのだ。キャルの心象もだだ下がりのスタートである。ぶっちゃけ成功するわけがない。
「大体、そこの後ろ!」
ビシィ、とキャルが指を差す。ペコリーヌの背後で彼女の交渉を見守っているのは、結局ついてきたアイリスとクリスティーナだ。アイリスの方は真剣にお願いをする、という様子なのでまだいいとして、問題はもうひとり。
ワンチャン力尽くでメンバーへと組み込まれる。そんな確信があった。だからこそキャルは教会を飛び出す準備をしているのである。
「やれやれ。人聞きが悪いな、ワタシはボスが交渉するのを見ているだけだぞ」
「それだけで十分怪しいのよ!」
「あ、あの……キャルさん。どうしても、駄目でしょうか?」
おずおずといった様子でそう問い掛けたアイリスに対し、キャルはうん駄目、と即答した。何がどうあってもアイドルなんかやらない。そう宣言した。
「別に心配しなくても、ゼスタ元最高司祭はアクセルにも王都にも来ないよ」
「そういう問題じゃ――」
振り返った。窓の外側の壁にシズルがもたれかかっており、その横にはリノも立っている。お前らカズマがいないのに湧いてくるんじゃない。そんなツッコミを入れながら、キャルは気を取り直して、と再びペコリーヌの方へと視線を。
「ぶげっ!」
「よし、ボス、捕まえたぞ☆」
「頼んでませんよ!? わたし何も言ってませんよ!」
肩をがしりと鷲掴みにされたキャルは、そのまま床から足を離されでろりと伸びた猫のようになる。クリスティーナの勢いが強すぎたのだろう、壁に押し付けられたキャルの呼吸が若干止まったが、まあ彼女にとっては些細なことである。
「さて、では王城に戻るとするか」
「交渉終わってませんよ!? ただ捕まえただけじゃないですか!」
ペコリーヌの珍しい絶叫ツッコミをクリスティーナは軽く受け流し、これ以上は時間の無駄だと言い放つ。何もかもを諦めたような顔をしたキャルが動くこともなく彼女に担がれた。
「く、クリスティーナ……それは、流石に」
「そうは言うがな、妹様。貴女達がアイドルフェスで勝ち進むには必要な人材だろう、このお嬢ちゃんは」
「ですが、嫌がる相手を無理矢理参加させても、望んだ結果は得られないのではないですか?」
完全に拉致の体勢に入ったクリスティーナであったが、アイリスのその言葉にふむ、と足を止めた。そっちはどうだ、とペコリーヌへと視線を動かすと、彼女も同じなようでコクリと頷く。
やれやれ、と肩を竦めたクリスティーナは、絶望で心を閉ざしていたキャルをぽいと捨てた。ぶげ、と美少女としては完全にアウトな悲鳴と共に、キャルの瞳に光が戻る。
「さて、そういうわけらしいが。……どうする?」
「いやだからどうするもこうするも、あたしは……」
嫌だ。勿論答えはそれである。だが、そのまま黙っていれば無理矢理メンバーに出来たのにも拘わらず、アイリスもペコリーヌも自分を解放することを選んだのだ。ここで頑なに否定するのが果たして正しいのか。キャルは思わずそんなことを考えてしまう。
誤解なきように言っておくが、この流れで彼女は全くもって二人に恩はない。強硬手段を止めただけで、そもそもの元凶はこいつら王女姉妹である。が、いかんせん恐怖を刷り込まれてから助けられるという行動を経たおかげで、何だか絆された気分になってしまったのだ。
これを俗にマッチポンプという。そう仕向けたのはクリスティーナだが。
「……ねえ、シズル。本当にゼスタのおっさんは来ないのね?」
「マスターが結構強力な制約叩き込んでいたからね。流石の元最高司祭でも難しいと思うよ」
「ペンキで原っぱを塗っちゃうくらいのレベルですよね」
「『連木で腹を切る』じゃないかな、リノちゃん」
「とにかく、来ないのね」
「うん、キャルちゃんがアイドルフェスに出ても、ゼスタ元最高司祭は来ないよ」
シズルのその言葉に、キャルは床に座り込んだまま暫し唸る。いやまあ絶対やりたくないんだけど、でもこのままだとこいつしょうがないですねとか言いつつ内心絶対寂しがるしなぁ。ペコリーヌを見ながらそんなことを考え、ぐるぐると頭を振り。
うにゃぁぁぁぁ、と叫びながら頭をガリガリ掻いた。
「分かったわよ! やればいいんでしょやれば!」
「本当ですか!」
「いいんですか? キャルちゃん」
「よくない。けど……もう、しょうがないじゃない」
「あはは。カズマくんの口癖移っちゃってますね」
「うげ。やめてよそういうの、鳥肌立つ」
「ふふっ、やばいですね☆」
決まりだな。楽しそうに話を締めたクリスティーナは、ならば早速練習を始めようかと踵を返す。王城では練習用ステージの手配も済んでいるからな、と彼女は口角を上げた。
「では、行きましょう」
「はい、キャルちゃんも」
「はいはい」
嵐のようにやってきて、嵐のように去っていく。そんな連中を窓の外から見送ったシズルは、さてじゃあ弟くんのところに行こうかと足を踏み出した。そんな背中に、リノがちょっといいですか、と声を掛ける。
「シズルお姉ちゃん、さっき何だかゼスタ元最高司祭『は』を強調しませんでした?」
「何のことかな? お姉ちゃんは分からないなぁ」
場所は再度ブライドル王国。聖テレサ女学院の学院長室で、少しおでこを出した黒髪の少女が黙々と書類に記入をしていた。そんな彼女を見ながら、モニカは労いのコーヒーとケーキを置く。ありがとうございます、と少女は彼女に視線を向けるとお礼を述べた。
「礼には及ばない。そもそも、姫のやらかしが原因だからな」
「いえ。この程度ならば正直なところ、問題ありません」
書類仕事で終わる程度の問題ならばむしろばっちこいだ。そんなことを続けながら、黒髪の女生徒――生徒会長マリアは記入を終えた書類に不備がないか確認すると、学院長の机に纏めたそれを置いた。ちなみにそこには誰も座っていない。
「というか、モニカさんはいいのですか?」
「……私は、その、あれだ。ここを貴公だけにするわけにはいかないからな」
あ、やりたくないんだ。それを覚ったマリアはそうですかとだけ返した。ちなみに何をやりたくないかといえば当然アイドルレッスンであり、ここにリオノールがいないのは別の場所で練習しているからである。マリアの書いていた書類の内半分は、暫く学院長が不在になるのでその引き継ぎを行うためのものだ。
モニカに淹れてもらったコーヒーを飲む。めっちゃ甘い。そんなことを思いながら、マリアは彼女に再度視線を向けた。
「どちらにせよ、予選を抜けた以上覚悟を決めるべきでは?」
「うぐ。それは、そうなのだが……いや、しかしだな」
あの衣装を着て歌って踊るのはぶっちゃけどうなのだ。ノリノリのリオノールと気にしていないフェイトフォーに挟まれているモニカは一人頭を抱えた。流石はラブリー☆モニカ、とか褒められても嬉しくない。
ふう、と貰ったコーヒーとケーキを食べ終わったマリアは、ありがとうございましたと席を立つ。では私はこれで。そんなことを言いながら学院長室を出ようとする彼女の背中に、少し待ってもらえるかと声が掛かった。
「貴公は今から、行くのだろう? ……その、見学に」
「ええ。学院長はともかく、あちらの自称アイドル部の方が何かしでかしていないか確認しないといけないので」
「なかよし部は今回どちらかといえば被害者側だからな……。いや、やらかさない保証はどこにもないが」
はぁ、とモニカが溜息を吐く。そう仕向けた、といえば聞こえが悪いが、リオノールのユニットの予選となかよし部の予選のエリアは見事に別であった。おかげで二組とも予選突破である。どこかをフラフラしているかテレ女にいるかの二択が多いせいで、自分の所在地が王城なのを失念していたリオノールの完全なるミスであった。流石のリオノールも平謝りである。普段あれだけ好き勝手やっている第一王女のその姿に、キレ散らかそうとしていたチエルも毒気を抜かれてしまった。
そんなわけで。
「はい、ワンツー、ワンツー、ちぇるちぇる、ワンツー」
「ワンツー、ワンツー」
「わんちゅー、わんちゅー」
「ふぅ……うん、無理」
「パイセン、はい水」
学院に併設されている運動場で、何だかんだ真面目にアイドルとしての練習を行っていた。なかよし部も、リオノール達も、である。
マリアと共にそこに向かったモニカは、その光景を見て諦めたように溜息を吐く。皆が真剣な中、一人恥ずかしいからとサボっているのは騎士としての矜持に関わるのだ。
「あ、モニカ。遅かったじゃない。もう大丈夫なの?」
「……はい。マリア殿の仕事も終わったので」
気付いたリオノールにそう答え、ええい、と頬を叩くと練習の中に加わりにいった。リオノール、フェイトフォーと共に、本選でのパフォーマンスを出来るだけ完璧に近付けていく。
マリアはそんなモニカを目で追っていたが、次いで反対側へと視線を動かした。木陰でバテているユニを経由し、やると決めたからにはカルミナに恥じない動きをとマジモードで練習しているチエル。そして。
「お、マリアじゃん。どしたん?」
「自称アイドル部が問題を起こしていないかを確認しにきましたが、何か?」
メガネを外した状態のまま、マリアはこちらにやってきたクロエにそう答える。それを聞いた彼女は、あー、と何かを考えるように一瞬だけ言葉を濁し、いやまあ大丈夫と言い直した。
「チエルは珍しくマジだし、パイセンは、うん、まあ、やってんじゃね?」
「……貴女は、どうなのですか?」
「ん? うち? ……ま、やるからには手抜きなんてダサめなことはしないつもり」
そう言って笑みを浮かべたクロエを見て、マリアはそうですか、と視線を逸らした。が、すぐに視線を戻す。眼の前の相手を、クロエを真っ直ぐに見る。ついでにしっかり顔を見たいのでメガネを掛けた。
「えっと……クロエちゃん、頑張って。応援してるから」
「……おう、まかしとき」
笑みを強くさせたクロエをはっきりとした視界で見てしまい、マリアは思わずよろけた。ではこの辺で、とどこか逃げるように踵を返す。そうして運動場を後にしながら、彼女はよし、と心に決めた。フェスの本選、どうにかして映像を手に入れよう、と。
「りょ~かい。それじゃあ、後で生徒会にも配布しておくね~♪」
「あ、はい。よろしくお願いします。……え?」
すれ違いざまにそんなことを言われたので、思わず返事をしてしまったが、今のは誰だ。勢いよく振り向いたマリアは、しかしそこに誰もいないのを確認し首を傾げた。