ベルゼルグ王国、王都。王城の門の前では、やってきた三人組を怪訝な表情で見ている門番がいる。服装を見る限り冒険者ではなさそうだが、一体ここに何の用で。
そう思った矢先、その中の一人がやあお勤めご苦労と言いながら堂々とした足取りで通り過ぎようとした。勿論門番は止める。
「ん? どうしたのかね?」
「いやどうしたのかねじゃないだろう。ここは許可なく立ち入って良い場所ではない」
「ほらユニ先輩、駄目じゃないですか~。顔パスでオールオッケーみたいなドヤ顔宣言出してないで、素直に学院長から許可証もらえばよかったんですよ。そりゃ確かに、アイリスちゃんならこっそり根回ししてくれてるかなとか思わないでもなかったですけど、まあそれにしたってせめて名乗りくらいは入れとくべきだったくないです?」
「それな。まあ、アイリスもここ最近忙しかっただろうし、しょうがなくね?」
門番達は更に表情を歪める。会話に出た名前、アイリス。第二王女の名を気軽に呼び捨てにできるような存在に彼らは心当たりがなく、この無礼な三人組は一体何なのだと思わず武器を構えかけ。
「おい、待て。この三人組って、ひょっとして例の……」
横にいたもう一人の門番が彼を止めた。同僚のその言葉に動きを止めた門番は、自身の記憶を探るように思考を巡らせる。アイリス第二王女が王城で働く者に教えるのは、まず冒険者をしているために不在である最愛の姉ユースティアナのこと。彼女への対応を間違えることはアイリスの逆鱗的な意味でも第一王女に対する不敬でもアウトなので、これについては細心の注意が払われる。それ以外の意味でも、アイリスの口からはしょっちゅう話題に出るので、王城では彼女がシスコンなのはお約束となってはいるのだが。
最近、そんな彼女からもう一つ、頻繁に出るようになった話題がある。ブライドル王国で出来た、大切なお友達。アイリスにとっての、ユースティアナのパーティーメンバーのような。そんな存在。
「確か、今度のアイドルフェスでベルゼルグ王国に来るって話じゃなかったか?」
「そういえば、そんな話をしていたな……」
ちらりと門番は三人組を見る。粗野な冒険者とは違うが、話に聞いていたお嬢様学院の生徒にしては、どうにも変な気が。
そもそも、アイリス第二王女が言っていたお友達は全部で四人。一人足りない。
「失礼ですが、あなた達とアイリス様との関係をお聞きしても?」
「え? アイリスちゃんとチエル達はお友達ですよ? 強敵と書いてともと呼ぶとかそういう殺伐でデンジャラスな関係じゃないくて、友情と青春でちぇるっとデコられたふんわりキュートな関係です」
「然り。彼女はぼくらと青春を謳歌するために固い絆で結ばれた、ユニちゃんズの大切な仲間なのだよ」
「そうですね、なかよし部の大切な仲間ですね」
ちらりと、恐らくこの中では話が通じそうなショートツインテールの少女を門番は見る。とりあえずそういうわけなんで、アイリス呼んでもらえます? そんなことを言われたので、あ、これ全員話通じないタイプだと彼は思い直した。
まあ、話が通じないといってもあの方ほどじゃない。というかただ通じないだけならマシだ。うんうんと頷きながら、さてではどうするかと門番は難しい顔をした。
「アイリス様は、現在アイドルフェスの練習のためにメンバーと集まっておりまして」
「あ、そゆこと? どするパイセン、チエル。うちらこのままだと敵の偵察ポジに早変わりするっぽいけど」
「ふむ。敵情視察というわけか。勝利を掴むために情報収集は避けては通れない。この機会を逃す理由はないだろう」
「いやこれ遠回しに帰れっつわれてんだけど」
「えー。でもでも、アイリスちゃんだったらそんな固いこと言わないで、正々堂々どストレートに情報フルオープンしてくれるんじゃないです? 真っ向勝負とか好きですし」
ちらり、とチエルが門番を見る。肯定も否定もせず、とりあえず伝達だけしておこうと一人が城内へと走っていった。もし本当に彼女達がアイリス第二王女のお友達だった場合、いくら事情が事情とはいえ伝えもせずに門前払いは流石にまずい。
そうして暫くすると、城の兵士がこちらにやってくる。通していいらしい、と門番に告げ、そのまま彼は案内役となる。ならばもう足止めは必要なし。門番達はどうぞお通りくださいと道を開けた。
「ですが、申し訳ありません。先程伝えられたように、アイリス様は現在練習のために他の方々とおりまして」
「あ、チエルそういうの気にしないんでオールオッケーです」
「そうそう。ま、アポ無しで来たのうちらだし」
「ああ。ついでだ、本気で敵情視察と洒落込もうじゃあないか」
そんなことを言う三人を見ながら、兵士は大丈夫だろうかと苦い顔を浮かべた。今あの場にいるのはアイドルフェスのユニットとして組んだ三人と、少し用事があるクリスティーナに面倒を押し付けられたおまけの一人。そのうちの一人は、アイリスの最愛の姉である。いくら友人といえども、逆鱗に触れる可能性が無きにしも。
「カズマくん!?」
「待て! 話せば分かる!」
「何を分かれというのですか? お義兄様が出来ることは、この場で真っ二つになって詫びることだけです」
「いやちょっとポーズの矯正しただけじゃん!? 俺悪いことしてなくない!?」
「手付きがいやらしかった」
「……不可抗力です」
「そうですよアイリス。それに、わたしはほら、カズマくんなら、ちょっとくらいは……」
「エクス――」
「死ぬわぼけぇ!」
ああこれは大丈夫だ。案内役の兵士はどこか安心したように胸を撫で下ろした。
何が大丈夫なのか小一時間ほど誰か問い詰めた方がいい。
「なんあれ」
「アイリスちゃん、激おこですね」
「見たところ、あの少年がアイリス君の怒りに触れることを何かしらしたのだろう」
何をしたのかまでは分からないが、あのアイリスがあそこまで怒りを顕わにするのだから相当なことをしたのだろう。そんな結論を出しつつ、とりあえず彼女達の方へと近付いていく。マイクで相手を真っ二つにしようとしているアイリスを見つつ、完全に野次馬をしている猫耳の少女へと声を掛けた。
「こんにちぇるーん。ちょっと、いいですか?」
「ん? 別にいいけど、あんたたち誰よ」
「ぼくらはあそこで大暴れしているアイリス第二王女の友人でね。彼女に会いに来たのは良いが、どうやら取り込み中のようだから、少し事情を聞きに来たのだよ」
「ふーん」
「つかチエルの挨拶流すとかスルースキル高いなこの子」
クロエの言葉を聞き流しつつ、キャルは三人を順繰りに見る。アイリスの友人、ということは聖テレサ女学院の関係者だろう。つまりリオノール姫の関係者だ。碌な奴じゃないな、と即座に結論付けた彼女は、まあいいやと向こうを指差した。
「あそこにいる奴、カズマっていうんだけど。あれがアイリス様の姉さんの太もも撫で回したのよ」
「うっわセクハラじゃないですか。もしくは痴漢? そりゃアイリスちゃん怒りますよ」
「ただまあ。あれ、あいつの――アイリス様の姉さんの彼氏なのよねぇ……」
「あ、そういうプレイでした? や~ん、チエル、ぴゅあぴゅあ純情可憐な美少女なんで、そういう話題全然分からないです~」
「あそ。つか、あれが例のアイリスの姉さんか、確かに似てんな……。え? ヤバない? スタイル良すぎじゃね?」
「アイリス君の語る所が真実ならば、彼女はあの見た目でホワイトドラゴンであるフェイトフォー君と同等の食事をするのだろう? ふむ、まだまだ人間には未知なる領域が隠されているようだ」
「あの光景見ながらその会話できるあんたら凄いわ……」
色々疲れ切っているキャルのツッコミは大分抑え気味である。眼の前ではアイリスのマイクとペコリーヌのマイクがぶつかり合い、明らかに歌うための道具とは思えない鍔迫り合いの音が響いていた。カズマはペコリーヌの後ろに隠れて彼女を応援中である。
「はぁ……おーい! アイリス様、なんかあんたの友達だって人が来てるわよ!」
このままだと埒が明かない。溜息を一つ吐いたキャルは、野次馬をしていた東屋の椅子から立ち上がると声を張り上げた。え、とぶつかり合いを止めたアイリスは、殺気を消すとこちらに振り向く。
そして、弾けるような笑みを浮かべた。
「ユニさん! クロエさん! チエルちゃん!」
じゃれつく子犬といえばいいのだろうか、そんな様子でこちらに駆けてきたアイリスは、嬉しそうな表情のままお久しぶりですと彼女達に述べた。まあそうはいっても言うほど経っていないけれど、とクロエ達は若干の照れ隠しと共にそう返す。
「そうだ、皆さんもアイドルフェスに参加するのですよね?」
「ん、まあ。どこまでやるかはチエル次第だけど」
「え~、ここでチエルに投げるの卑怯じゃないです? そういうのって条約で禁止されてるじゃないですか。クロエ先輩の鬼畜ぅ」
「? チエルちゃんが、どうかしたのですか?」
「どうかしたというか、彼女は常にどうかしているというか。まあ、例の発作だ、あまりアイリス君が気にすることじゃあない」
「何かユニ先輩に言われると心外度マックスハートなんですけど。いっつもどうかしてるのはチエルよりユニ先輩のほうじゃないですか」
「やっかましい連中ねぇ……」
傍から見ながらキャルがぼやく。再び東屋に戻った彼女は、頬杖をつきながら完全サボりモードだ。そんな彼女の横に、ペコリーヌが寄ってきた。向こうで楽しそうに話すアイリスを見ながら、優しい笑顔を浮かべている。
「よかったじゃない。あんたの妹も、ちゃんと友達出来たみたいよ」
「そうですね……。うん、よかった」
あの顔を知っている。あれは、自分がカズマやキャル、コッコロと共にいる時に浮かべている顔だ。心から信頼している相手に浮かべる顔だ。ユースティアナの最愛の妹は、自分と同じように、大切な仲間を手に入れたのだ。そう思うと、どこか込み上げてくるものが。
「何か陽キャでパリピみたいな連中だけど、アレ大丈夫なのか?」
「あんたここで水差す? ていうか何よそれ」
陽キャ? パリピ? 怪訝な表情を浮かべながらカズマにそれを尋ねると、彼は彼でどう説明していいか暫し悩む。まあ元々異世界の冒険者なんぞそういう連中ばかりだといってしまえばそれまでかもしれないが、しかしそれでも強いていうならば。
「ダストみたいなやつ」
「それは向こうに失礼じゃない?」
「まあ、確かにあれはパリピというよりチンピラか」
ならばどう言えばいいだろう。そんなことを考えたカズマの手を、ペコリーヌが掴む。もう片方の手でキャルも掴み、それなら、と彼女は笑みを浮かべた。
「直接話せばいいんですよ。お~い」
そのまま向こうへと彼女はずんずん進んでいく。性根はともかく、そういやこいつが分類するなら陽キャだったわ。そんなことを思いながらキャルに伝えると、じゃあ何が問題なのよと返された。その説明だとそうなって当然である。
「お姉様!」
「はい。アイリスのお友達を、わたしたちにも紹介してくれませんか?」
「はい! もちろんです!」
「うわめっちゃ嬉しそう。これどっちだ?」
「アイリス君にとって、大好きなものと大好きなものが交流するのはこれ以上無い幸せなのだろう。そこに口出しするのは無粋というものだ」
「というか迷いなくこっちも大好き枠にしましたね。いやチエルもそこは疑う気がこれっぽっちもナシナシですけど」
「文字数うるせぇなこいつら……」
数歩離れた場所で見ていたカズマがぼやく。あんたもそう変わらないでしょ、と呆れたようにキャルが返した。
そうこうしながら、ペコリーヌ、カズマ、キャルをアイリスはなかよし部に紹介する。本来ならばここにペコリーヌのパーティーメンバーがもう一人いるのだが、今回アイドルフェスでは別のユニットなので不在らしい。それを聞いたクロエ達は、それはこっちも同じだと笑った。フェイトフォーはリオノールのユニット側で不在だからだ。
「なら、全員が集まるのはアイドルフェスの当日ということになりますね」
「かもなぁ。何かフェイトフォー、ご主人に会いに行くとか言ってたし」
「あの見た目でご主人さまとか言い出しちゃうと犯罪臭はんぱないですよね。例のドラゴンナイトの人今頃警察に捕まってたりしません?」
「その辺りは学院長やモニカ君もいるだろうから、心配あるまい」
「……あー」
そのやり取りを聞いていたペコリーヌがさっと視線を逸らす。本当に大丈夫ですかね、とアクセルのチンピラ冒険者の行く末をほんの少しだけ心配した。
なかよし部の預かり知らぬところだが、リオノールはフェイトフォー一人でダストに会わせており、自分達は顔見せしていない。彼女にも口止めをした上で、ダストをアイドルフェスの観客にすべく画策中だ。横で見ていたモニカは目が死んでいた。
「ところでアイリス君。君達の仕上がりはどうかね?」
「それ聞いちゃいます? 何かチエルたちが友達って立場をいいように使って敵情視察来たライバルポジションみたくなってません?」
「あはは。大丈夫ですよチエルちゃん。私は別に逃げも隠れもしませんので」
「いや隠せよ。こういうのはちゃんと秘密にしとくのがセオリーだろうが」
カズマのツッコミ。ん、とそんな彼の言葉に視線を向けたなかよし部は、そういうわけだから諦めろと追い払うような仕草をされ目を細めた。
「何か特殊プレイの人チエルたちに当たり強くありません?」
「ま、いきなり特殊プレイしてるの目撃されればしゃあなしじゃね」
「確かに。だが少年よ。特殊プレイが公に晒されたくないのならば、あまりこのような人気の多い場所で行うのはお勧めしないぞ」
「何の話だ何の! 特殊なプレイなんかここじゃやってねぇよ」
何だこいつら、とカズマは顔を顰める。が、数多の変人と関わりを持ってきた彼にとって最早新たな変人との邂逅は日常茶飯事ともいえるものだ。勿論慣れているわけではない。
そんなわけで。とりあえず、もう仲良くなったんですね、とぱっぱらぱーなことを言っている自身の彼女のほっぺたは引っ張った。
「お義兄様……?」
「いや今のはしょうがないだろ。こいつが変なこと言うから」
「というか今特殊プレイの人、ここじゃやってないって言いませんでした? え? マジです? いきなりそういうピンクのしおり挟まれてもチエルとしてはリアクション取りづらいっていうか」
「いやまあ、そこはうちらがとやかく言うことじゃなくね? 特殊プレイの人だってそこら辺ちゃんと守ってんだろうし」
「そうだぞチエル君。今我々の目の前で行われたアイリス君の姉君の頬を引っ張ることがそれに該当していない限り、ぼくらが咎めるのはお門違いというものだ。そうだろう、特殊プレイの人」
「まずその呼び方やめてくんない?」
「お義兄様。今のは本当のことなのですか? お姉様と、と、特殊なプレイを……!?」
「してないよ!? 冤罪だよ!?」
アイリスには少々刺激が強かったのだろう。顔を真っ赤にさせながら、カズマに向かってそんなことを問い詰める彼女はなんとも可愛らしかった。傍観者としていられるなら、そんな感想を持てたであろう。彼女の姉に対する感情を知っているものはその後のカズマの末路を想像し震えるが。
「練習しなさいよあんたら……」
尚この場でそれに該当するのはキャルのみである。