「アルカンレティアへのテレポートですか? はい、ありますよ」
ウィズ魔道具店。そこの雇われ店主であるウィズに聞いてみたところ、快い返事がもらえた。そうしながら、彼女は送るのは今いる面子だけなのかと問い掛ける。カズマはその言葉に肯定し、何かあったのかと逆に尋ねた。
「いえ、特に何かあるというわけではないんですけど」
カズマとペコリーヌ、おまけでぬいペコ。順繰りに視線を動かすと、彼女はうんうんと何かに納得するように頷く。振り向き、やり取りを見ていたバニルに視線を送った。送られた方は、ゆっくりと口角を上げる。ですよね、とウィズが少し興奮気味に同意した。
「分かりました。……では、存分に楽しんできてくださいね」
「へ? いや俺達クエストに行くだけなんだけど」
「ほほう。小僧、本当に汝はそう思っているのか?」
口角を上げたままバニルが述べる。何がだよ、と今度は彼に視線を向けたカズマは、しかし余計なことを言われそうなのでたじろいだ。肩のぬいペコも察しているのか無反応である。
「何だ、言ってよかったのか? 恋人と温泉街に旅行だからあわよくばと考えている、などという小僧の心境を、腹ペコ娘に」
「尋ねるなら言うんじゃねぇよ! いやそもそもそんなこと考えてませんけどぉ!」
「……えっ、と?」
ツッコミを入れる横で、ペコリーヌが目をぱちくりとさせる。バニルの言葉をゆっくり染み込ませると、物凄い勢いでカズマを見た。勿論カズマは彼女を見ない。そうだクエストに必要な道具でも見ていくか、と無かったことにしようとしている。
「本物。一応言っておきますけど、わたしがいますからね」
「し、知ってますよ!? だ、大丈夫ですから!」
「明らかに大丈夫ではないな」
「大丈夫ではなさそうですね」
テンパるペコリーヌを笑顔で見るバニルとウィズ。この瞬間だけは、ウィズもバニルサイドの住人であった。こういうのめっちゃ好きやで、と彼女の顔に書いてある。
さてと。とりあえず爆弾を落とすだけ落として投げっぱなしのバニルは、行くならさっさと行ったほうがいいと二人と一体を促した。その言葉に恨みがましげな視線を向けたカズマを見て、バニルはうんうんと満足そうに頷く。
「では改めて。存分に楽しんできてくださいね」
「それそういう意味か! お前もかよウィズ!」
抗議の言葉が消えていく。テレポートによって送られていくのを眺めていた二人は、さてさてどうなるのかなどと考えながら再び仕事に戻っていった。直接摂取出来ないのが実に残念だというバニルの言葉に、ウィズは別段文句を言うこともなく、むしろ同意するようにあははと笑う。
「さて、他人の色恋沙汰にはしゃいでいる割に自身の出会いは枯れ果てている店主よ。エルフ娘と猫耳娘が来るのはまだ先であろうから、その緩んだ顔を戻して仕事をするぞ」
「分かってますよ。…………今ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけど!」
というわけでアルカンレティアである。以前来たときと同じく、水の女神アクアを信仰するアクシズ教徒の街だけあって、青と水色を基調とした街の景観は涼やかで美しい。これでアクシズ教徒がひしめき合ってさえいなければ、とやってくる観光客は口々に言っていた。最近は新最高司祭であるマナと補佐のラビリスタによって強引な勧誘から巧妙な手口へと変化しているらしいが、それでも以前よりはマシなのがアレである。
「さて、と。とりあえずはクエストだよな」
「そうですね」
ギルドに行けばいいのか、それとも大教会か。依頼者のことを考えると大教会が正解なのだろうが、マナとラビリスタに会うのはぶっちゃけ避けたい。そんなことを思ったカズマは、とりあえずギルドの方に行ってみようと提案した。ペコリーヌもぬいペコも、彼の言葉に頷き、横に並ぶ。
「いや待って」
「どうしました?」
「どうしたもこうしたも! 何でお前人型になってんの!?」
横に並んでいるのである。ペコリーヌとぬいペコ、双子の姉妹と言われれば信じるであろう同じ顔の美少女が、カズマを挟んでいた。さっきまでデフォルメぬいぐるみ姿で肩に乗ってたじゃん、と叫ぶように述べると、そうですねという非常に簡潔かつ軽い返事が来た。
「わたしも今知ったんですけど。アクセルでみんなと一緒に過ごしていたおかげなのか、どうやらわたしアメス教とアクシズ教両方にカウントされているらしくて」
「は?」
「ここ、女神アクアのお膝元じゃないですか。加護の力がブーストしているみたいなんです」
その影響で、アルカンレティアの敷地内ならば今の状態でも人型を保つことが出来るらしい。そう述べると、彼女はカズマの腕に抱きついた。人型になったおかげで、ぬいぐるみとは違うたわわで柔らかな感触がしっかりと彼の腕に伝わってくる。
「んんっ!?」
「さあ、行きましょうか」
「おう、そうだな。……じゃなくて! いや感触は素晴らしいしできればもっと堪能したいんだけど」
キャルが不在なのでそこら辺をツッコミしてくれる人物がいない。そんなことをちらりと考えながら、カズマは滅茶苦茶名残惜しそうにぬいペコを引きはがした。とりあえず、まずはクエストが優先だ。先程言った言葉をもう一度述べると、彼はゆっくりと歩き出す。
ちらちらとペコリーヌとぬいペコを見ている辺り、どうやら自身の欲望を隠す気はないらしい。それを見たぬいペコは少しだけ口角を上げ、では後で、と囁く。
オリジナルは完全に出遅れた。所在なさげに少しだけ上げた手が、へにょりと下げられる。そんな彼女へと、一連のそれで大分調子に乗ったらしいカズマが声を掛けた。
「ちょっとペコリーヌ! ここはじゃあ今からはわたしですねって俺の腕に抱きつく場面だろ!」
「え? えぇ……?」
「いやえぇじゃなくて。ほれ、どうぞ!」
「え? え、っと、じゃ、じゃあ、いきます……」
そっとカズマの手に自身の手を絡ませると、そのままゆっくりと腕に抱きつく。先程のぬいペコがぎゅむっと行ったのならば、今回のペコリーヌはむにぃっと行っている。静と動、異なる二つのおっぱいの押し付けに、カズマは今ここにいない女神に感謝した。アメス様、ついでにアクア、ありがとう、と。
ちなみに感謝された当の本人達は、何かカズマが気持ち悪いんですけど、と若干引いていた。
ともあれ。まあ当然そんなことを街に入ってすぐの場所でやっていれば目立つわけで。いい加減視線が痛かったので、気を取り直してギルドに向かうことにした。ペコリーヌもぬいペコも今度は普通に並んで歩いている。
「なあ」
「……はい」
「……やばいですね」
その道中で彼らは気付いた。微妙に隠しながら、どの土産屋にもキャルグッズが置いてある。しかも最新版だ。この間のアイドルフェスのやつである。大っぴらに出ていないのは、今回の依頼をするにあたってマナからの指示があったのだろう。即死させるのではなく、じわじわとメンタルの死に向かわせる方向に舵を切らせたのだ。
「今度は一週間じゃ済まないかもしれないなこれ」
「あの様子じゃ来ないと思いますけど」
「いいえ。多分キャルちゃんは来ますよ」
ぬいペコの言葉にペコリーヌが反論する。そうしながら、この状態だと来ないほうがいいかもしれないんですけど、と苦笑した。カズマもうんうんと頷いているので、恐らく彼女と結論は同じだろう。そんな二人に何だか負けた気がして、ぬいペコは無表情気味の眉を顰めた。
幸いにも辿り着いたギルドにはキャルグッズが飾ってあるということはなさそうで、カズマ達は安堵する。本人ではないが、無許可で作られた身内のグッズで一杯のギルドは流石に居心地が悪い。
受付のカウンターに向かうと、貰っていた依頼書を見せる。それを確認したギルドの受付は、了承済みであったのかこちらが資料ですと別の書類を手渡した。
「えーっと。水路や温泉のパイプの隙間からところてんスライムが湧き出てきて、食料を奪っていく、か。目撃された場所の地図もあるな」
ペラペラとめくりながら、結構広いなこれとカズマがぼやく。資料を見る限り、とりあえずこちらでやることは盗みを働くスライムの駆除と、原因の特定だ。前者は簡単だが、後者は厄介かもしれない。
そんなことを思いはしたものの、まずは動きましょうというペコリーヌに促され、一行は資料に記された場所へと向かう。目的が食料ならば、獲物がある場所を再び狙うだろうという算段だ。
「……見付かりませんね」
だったのだが、何箇所か回っても全く遭遇しない。被害にあった家や宿の人に聞いてみても、普段はここまで気配がないことはないとのこと。ひょっとして、既にスライムはいなくなっているのでは。そんなことを一瞬考えたが、別の場所で被害が起きたという声を聞き、やはり偶然かと思い直した。
「ちょっと待ってください」
「ん? どうしたぬいペコ」
それならば、と今日起こった被害の場所を追いかけるように調査してみると、これまた全く気配がない。さっきまで少しはあったのに、と首を傾げる人達の話を何度も聞きながら、カズマ達はアルカンレティアを駆け回る。
それを暫し繰り返した後、ぬいペコが何かに気付いたように足を止めた。
「相手はところてんスライムです。冒険者の脅威となるスライムと違って、街の人のおやつにもされちゃうような魔物なんです」
「そうだな」
以前持っていた印象の、ザコ敵の代名詞みたいな方のスライムに近いタイプ。そのことを思い出しながら、それがどうしたんだとカズマは彼女に問い掛ける。その問いを聞いたぬいペコは、コクリと頷くと指を一本立て、とある方向に向けると言葉を続けた。
そんな弱い魔物は、強者がいると逃げていく、と。
「……わたしが原因ですか!?」
指差されたペコリーヌは、目を見開いて思わず叫ぶ。叫ぶが、言われてみると確かにと思わないでもないことに気付いた。そして同時に、その場合街の被害を抑える役には不向きだという結論になる。
「いやでも、そうなると俺だってそうだろ。こう見えても魔王軍幹部討伐の功績を持った最上級の高レベル冒険者だぞ?」
「多少の高レベルなら大丈夫だと思いますよ」
カズマの言葉の是非はともかく。ただレベルが高いというだけではない、レベルとステータスの総合評価が一名ぶっちぎっているのが問題なのだ。そう結論付けたぬいペコは、そういうわけですとペコリーヌに言葉を紡いだ。
街のスライム討伐は自分とカズマでやるので、オリジナルは原因の調査をお願いします、と。
「二人きりですね、カズマくん」
「なあお前それ狙ったの?」
人型のぬいペコとカズマがアルカンレティアを歩く。顔も声もスタイルも同じなので一瞬ぐらつきそうになるが、ぬいペコはぬいペコであって、カズマの付き合っているペコリーヌではない。そうしっかりと己の中に境界線を引いて、彼はくっついてくる彼女の感触を堪能していた。
それはそれとして可愛い女の子から好意を向けられる異世界ハーレムライフは最高だな。というわけである。
そんな心の中身を知られたらアイリスに真っ二つにされそうなカズマは、敵感知スキルでところてんスライムを探知しようとしていた。何だかんだクエストはクエストでやるらしい。
「んー。イマイチ引っかかんねぇな」
「直接カズマくんを襲おうとしてるわけじゃないですからね。気配察知とかの方がいいんじゃないですか?」
「街中でやってもどれがアクシズ教徒でどれがスライムだか分かんないって」
さりげなく同列扱いしながら、スライムが狙いそうな場所と地図を照らし合わせて街を行く。根が真面目なペコリーヌは原因の調査で別行動なので、彼女のいる方向とは離れた辺りが丁度いいはずなのだが。
近くで悲鳴が聞こえた。そちらの方向に駆けていくと、ぷにぷにした物体が飲食店の食材を運んでいる光景が目に入る。ようやく見付けた、とカズマは武器を取り出し。
「行きます」
「ちょま! お前は!」
それよりも前に、大剣をどこからか取り出したぬいペコが間合いを詰めていた。ところてんスライムが気付くよりも早く、彼女の斬撃で食材を奪ったモンスターは食材を奪おうとした食材に早変わりする。返す刀で横にいた別のスライムも真っ二つにした。
次、と軸足を使ってターンしたぬいペコは、一瞬で仲間がやられたことで逃げ出そうとするところてんスライムに襲いかかる。
あっさりと周囲のところてんスライムを討伐したぬいペコは、どうかしましたかとカズマに向き直った。
「だーかーらー! 無茶すんなって言ってんだろうが!」
「別に無茶はしていません。この街なら消費も少ないですし、元々ところてんスライム相手ならオーバーロードをしなくても大丈夫ですから」
「だったら最初からそこ言っといてくんない!? 心配しただろ!」
「……心配してくれたんですか?」
「当たり前だろうがバカ!」
がぁ、とまくし立てるカズマを見て、ぬいペコはその無表情気味の顔を少し和らげる。そうですか、と短く返すと、彼女は彼にギュッと抱きついた。
表情は見えない。見えないが、えへへ、と普段のぬいペコらしからぬ声がカズマの耳に届いた。ついでにおっぱいががっつり体に押し付けられたので色々と上がってきそうになる。
「じゃあ、わたしでもいいんですよね?」
「いや、それはないけど」
「……」
「あ、待ってちょっと待って。ギリギリ言ってるミシミシ言ってる! お前だって一応高レベルモンスターなんだから俺のステータスじゃ色々致命傷に、ああでも抜け出したいという気持ちがそこまで出ないのは思い切り押し付けられるおっぱいのせい……!」
余裕なのか必死なのかよく分からないカズマの悲鳴を聞きながら、ぬいペコは少し不貞腐れたように力を込める。即答しやがったこの野郎。表情は彼に見せないように、抱きついた状態のまま、彼女は暫しその体勢を維持し続けた。
ちなみに、スライムの被害にあっていた店の店員は、どうして急にこんなものを見せられているのだろうと困惑していたりいなかったり。
ともあれ。カズマの背骨を若干犠牲にしながら、二人はこれまでとはうってかわって見かけるようになったところてんスライムを片っ端から討伐しまくった。それによってスライムも警戒度を上げたのか、夕方になる頃には被害もひとまず落ち着いてくる。今日はこのあたりにしておこう、と一度ギルドに戻った二人は、同じタイミングで戻ってきたペコリーヌと合流した。
「やっぱり源泉の方に問題がありそうですね」
調査の途中、大教会でマナとラビリスタへ相談しにも行ったらしいペコリーヌは、そこで手に入れた資料を机に並べながら今日の成果を二人に述べる。そうしながら、どこか困ったように頬を掻いた。
「……でもこの資料、とっくの昔に作られてたみたいなんですよね」
「罠確定じゃん」
そしてターゲットは恐らくここにいない猫耳娘。つまり今回自分達だけでここに来ているのは向こうの想定外なのだろう。一瞬そう思ったが、あのマナがこれを織り込み済みでないはずがない。ということをこちらが考えるのも込みで、まだ気付いていない罠が数個仕込まれている気がする。カズマが出した結論は概ねこんな感じであった。
「街に現れたモンスターといっても、ところてんスライムですからね。緊急性はそこまで高くないですけど……でも、危険なことには変わりないですよ」
ペコリーヌは難しい顔だ。やはりこういうところはしっかり第一王女である。ちなみにそんな感想をカズマが持った辺りで、アクセルではどこぞの国の第一王女が盛大にくしゃみをしてモニカに日頃の行いですねと冷ややかな目を向けられていた。
「……まあ、とりあえずその辺は明日にしようぜ。何だかんだ走り回って疲れたし、温泉宿でのんびりするのもいいだろ」
「そうですね」
「はい。……ところで、宿の予約とかはしてるんですか?」
え、とぬいペコの言葉にカズマの動きが止まる。視線をペコリーヌに向けると、ふるふると首を横に振られた。あれこれひょっとしてヤバいんじゃ、と一瞬背筋に冷たいものが流れる。
とはいえ、まあ観光客向けのサービスが充実している街なのだから大丈夫だろう。そんなことを思いながらギルドを出て宿屋に向かってみると、何故だか客が増えたおかげで部屋が空いていないと言われてしまったわけで。店員がキャルちゃん効果が凄いとか言っていたのは聞かなかったことにしたが。
「……どうする?」
「どうする、といわれても」
「まあ、しょうがないと思いますよ」
結局何軒か温泉宿を回った結果、取れたのは一部屋のみ。かつては馬小屋で雑魚寝していた経験もあるのだから、今更そんなと思わないでもない。そう言い聞かせはするのだが、しかし。
不意にウィズのいい笑顔が頭に浮かんだ。存分に楽しんできてくださいね。そう言って左手を頬に添えながら、彼女は拳を突き出していたはずだ。そう、人差し指と中指の間に親指を挟み込んだやつを。
「……ああもう、そこまで言われたら俺だってやるしかないだろ!」
「本物。あれ、カズマくんはどうかしたんですか?」
「ん~……キャルちゃんがいたら多分何かしら言ってくれたと思いますけど……」
ちなみに。そこまではやってませんよ! と物凄い風評被害を受けた魔道具店のリッチーがバニルに向かって叫んでいたとかいないとか。
冷静さを取り戻せるといいのですが