「ええ。ご苦労さま」
アルカンレティア大教会の執務室。そこで今回のクエストの顛末の報告を受けたマナは、一行を見て笑みを浮かべた。絶対何か企んでいると身構えるカズマとキャルに、そんな怖い顔をしないで頂戴とマナは続ける。
「報告を聞くのが遅れた理由は、ゼスタを封印していたからよ。そこに他意はないわ」
「封印て」
カズマはその言葉に眉を顰める。いやまあ確かにあの変態は野放しにしていてはいけない類だったろうけれど。彼のそんな思考を読んだのか、マナは笑みを浮かべたままそうは言っても、と言葉を続けた。言葉は強いが、実際は彼への制約をもう少し締め上げただけだと述べた。
「あれでも実力だけはアクシズ教徒の中では最高峰だもの」
「力持った変態って手に負えねぇな……」
「物は使いよう、よ。実際、今回の彼は役に立ってくれたわ」
ねぇ、とマナはキャルを見る。ビクリと肩を震わせた彼女は、一体何の話でせうと視線を逸らした。
「女神の加護を受け、巫女として覚醒したわね。……ふふ、やはり貴女は、大事な仲間のためになら力を使うのを躊躇わないのね」
「別にあたしは……ゼスタのオッサンがむかついただけで……」
「ええ。ゼスタの行動が目に余ったのでしょう? 貴女の大切な仲間が迷惑を被っていたから。自分に降りかかることよりも、仲間が被害を受けることの方が許せなかったから。だから、目を逸らそうとしていた女神の加護と向き合った」
「…………悪いですか?」
「いいえ。汝の為したいことを為せばいい、アクシズ教はそれに異を唱えない。そんなことは百も承知でしょう?」
若干怯えながらも、真っ直ぐにこちらの目を見てそう問い返すキャルに、マナはどこか満足げにそう返した。思い通りに動いてくれてご満悦なのか、それとも妹分がきちんと成長しているのが嬉しいのか。横でやり取りを見ながら笑っているラビリスタは見当がついていたが、口にはせずに飲み込んだ。はなからするつもりもなかったが。
「ともあれ。依頼は完了、報酬もギルドに渡しておいたから、後で受け取って頂戴」
「あの、マナさま……」
「どうしたのかしら?」
書類をカズマ達の座っている机に置いたマナに、コッコロが小さく手を上げながら問いかける。どうしたのか、と言いつつも、しかしマナは彼女の質問が何か既に承知の上であるようだ。別段驚いた素振りもなく、表情は変わらぬ笑みのままだ。
「わたくしたちは、依頼を完遂したということでよろしいのですか?」
「ええ。私がそう言っているのだから、何も問題はないわ」
「え、っと。ということは」
今度はペコリーヌが口を挟む。ちらりと視線を動かして、彼女たちとは別の場所にいる連中を視界に入れた。
疲れ切っているハンスをおもちゃにしているネアを見て、その横で同じく燃え尽きているカリザを見て。あれでいいんだと彼女は頷いた。
「もう魔王軍でもなんでもない野良デッドリーポイズンスライムを捕獲している連中は、今のところアクシズ教徒には別段関係のない話よ。こちらに迷惑さえかけなければ、何をしても気にしないわ」
「アクシズ教だからね」
マナの言葉に被せるようにラビリスタがそう言って笑う。そういうことでしたら、と頷いたコッコロは、同じく納得したようなペコリーヌと共に引き下がる。まあ何でもいいやとカズマはそんな二人を見ながら思った。
「そうそう。それで、これはアタシからのおまけ」
そうして話が一段落したところに、ラビリスタが小さな飴玉のようなものをコトリと置く。一見すると小石だが、しかしただの石を彼女がおまけとして渡すはずもない。
何なのよこれ、とキャルがラビリスタに尋ねると、彼女は視線をついとぬいペコへと動かした。これはそっちの娘用さ、と笑った。
「見たところ、普段の姿はそれじゃないだろう? これを体内に入れれば、この街と同じとはいかないけれど、今までよりぐっとその姿でいられる条件が緩くなるはずだ」
「……どういう理屈ですか?」
「そんな睨まなくても。それは女神アクア様の神聖力が染み込んだ石を加工したものだよ。別におかしなものじゃない」
「十分おかしい気がするのは俺だけか?」
女神のだし汁か何かがあるのかこの街。そんなことを思いながら呟いた彼のそれに、ラビリスタはちゃんと理由があるからと返す。これはあの場所、女神降臨の地にあったものだと続けた。
「あそこのキャルちゃん像がアクシズ教徒にすっごい拝まれていたからね、破壊された破片を有効利用したってわけさ」
「ええ。丁度よく破壊されてよかったわね、キャル」
「…………」
そこら辺から全て織り込み済みだったらしい。再び目が死んだキャルを見て、カズマは強く生きろよと心中だけで励ました。そのついでに、少し余計なことまで考えた。彼女自身で破壊させることで、この街の過剰なアイドルブームを意図的に抑えさせたのではないか、と。
「――っ!?」
「あら、どうしたのかしら、キャルのパーティーリーダーさん?」
「何でもないです!」
育ての親と似てるんだな、とか一瞬でも思ったことを若干後悔しながら、カズマは全力で首を横に振っていた。
マナの隣でラビリスタが爆笑していた。
そうして用事を終えたカズマたちが執務室から出ていくと、今度はこちらだとマナはネアたちを見る。この連中のリーダーは実質彼女だろうとは思うのだが、名目上はそこで目が死んでいるカリザだろう。視線を一瞬ネアと交差させると、マナは彼女ではなくカリザに声を掛けた。
「さて、さっきはああ言ったけれど。今回の責任の一端は貴方達にも当然ある」
「……んだよ。テメェらが周囲のモンスターに出し抜かれただけだろ。オレには関係ねェ」
「あら、そう。まあどっちでもいいわ。認めようが認めまいが、こちらで勝手に処分を下すだけだもの」
「はぁ? ざっけんなよテメェ!」
「そんなに怒鳴らないで頂戴。別に貴方自身をどうこうするわけじゃないわ。そこの、野良デッドリーポイズンスライムを討伐するだけ」
マナの言葉にカリザは顔を顰める。視線をハンスに向けると、彼は小さく舌打ちした。
そうして視線を戻すと、嫌だね、とマナに返す。
「こいつはオレが捕まえた新しい子分だ。はいそうですかと簡単に渡すわけねェだろうが」
「別に、ハンスがいてもカリザきゅんいぢるのはやめないけど~」
「うるっせェんだよテメー!」
ケラケラ笑うネアに向かって叫ぶと、カリザはとにかく嫌だともう一度言い放った。そんな啖呵を切った少年を、マナの横で見ていたラビリスタが楽しそうなものを見る目で眺める。
そしてマナは、ただただ口角を上げた。口を三日月に歪めた。
「そう。なら、貴方が責任を負うということでいいのね?」
「んなわけねェだろ。オレはテメェらに文句言われる筋合いなんざこれっぽっちもねぇ」
「成程」
空気が急激に冷える感覚がした。カリザは素早く身構えると、腰につけていた鞭を引っ張り出す。そんな彼を見て、ネアはカリザきゅんかっこいーと笑っていた。
彼の背後で音。ラビリスタが生み出した物質でハンスを手早く捕らえると、そのままこちらへと引き寄せた。檻に入れられたことで我に返ったハンスは、脱出しようともがくもののどうにもならない。
「はい、一丁上がり、と」
「おいこらダサ赤メガネ! そいつを返しやがれ!」
「ダメダメ。さっきも言っただろう? 彼には責任を取ってもらわないと」
「だから、そんなことはさせねーって言ってんだろうが! ソイツはオレのもんだ、テメェらに好き勝手させるかよ!」
「あ、カリザきゅーん、今のアタシにも言ってホシいな~。ネアお姉ちゃんの~、お・ね・が・い~♪」
「うっせぇわ!」
ネアとカリザのやり取りを見て、ラビリスタは楽しそうに笑う。いやー、これは中々じゃないかな。そんなことを言いながら、彼女は隣のマナを見た。
「さ、そろそろいっちゃう?」
「そうね。これ以上は流石に時間の無駄だわ」
そう述べると、マナはカリザへと一歩踏み出した。ビクリと震え再度身構えた彼に向かい、マナは変わらぬ笑みを浮かべながら一枚の書類を取り出し、見せる。そんなに嫌ならば、と言葉を続けた。
「貴方がこのスライムの管理責任者になってもらおうかしら。野良モンスターを勝手に従えていると自称するよりは、きちんと手続きをした方が軽くなるもの」
「だからオレは責任なんか」
「あら、そう。子分にしたとか豪語する割には、責任を持ってこのスライムを従える、ということはしたくないのね」
「……あぁ?」
「沸点ひっく~い。つ・ま・り~。これって、ハンスの責任者になっとけばカリザきゅんお咎めナシー、ってことで、いい感じ?」
「注意でおしまいだね。まあもうそれも終わってるから、実質無しでいいと思うよ」
口を挟んだネアの言葉に、ラビリスタが返す。ふ~ん、と返事をした彼女は、マナの持っている書類をちらりと見た。見て、ふむふむと頷きながら非常に悪い笑みを浮かべる。
「カリザきゅん、どーする?」
「どうするも何も、オレは」
「俺のことは気にするな」
「あん?」
檻の中でハンスが呟く。カリザを真っ直ぐに見ながら、別にもういいと彼は続けた。魔王軍幹部でも何でもなくなった自分は、無理に生きながらえる理由がない。そんなことを自嘲気味に述べた。
「あぁ、そうかよ。……おい腹黒カマ狐、その書類よこしやがれ」
マナから書類を奪い取る。そのまま署名欄に乱暴に自分の名前を書くと、これでいいだろと押し付けた。
マナはそれを静かに受け取る。己の呼称のことなど全く気にせず、カリザの名前の書かれたそれを見て、なんとも容易いとばかりに口角を上げた。
「ええ。これで貴方は――アクシズ教徒よ」
「……は?」
ペラリと書類を裏返す。そこに書かれていたのは紛れもないアクシズ教への入信書。そして署名のところには、これら全てを承諾するという旨がしっかり記載されていた。
「テメェ、騙し――」
「人聞きが悪いわね。アクシズ教徒ならば、この程度のことは咎めるまでもない。ほら、嘘は吐いていないでしょう?」
「っざ、っけんなァァァァ!」
「ラビリスタ」
「はいよ」
瞬時にカリザが檻に捕らえられる。ガシャガシャと掴んで抵抗するが、彼のスキル構成ではそれを破壊することが出来ない。そして何より。
「さて、こちらの用事も終わったことだし。ネア、後は好きにしてかまわないわ」
「はーい。ゴチになりま~す♪」
「え、ちょま、おいネア! テメー本気か!? 待て待て待て待て! こ、この! 出せ、ここから出せ! 出してくれェェ!」
「も~。ダイジョーブだから、お姉ちゃんが、ちゃ~んと、可愛がってあ・げ・る・か~ら」
「俺は、このまま生きてていいのか……?」
モラトリアム気味なハンスを他所に、哀れな少年の悲鳴がアルカンレティアの大教会に木霊する。アクシズ教徒はそれを聞いて、ああなんだか羨ましそうなことをやっているんだなと思いを馳せるのだ。
「酷い目にあった」
帰宅したカズマの第一声がこれである。本当はもっとキャッキャでウフフなイベントが待っているはずだったのに、結局彼が見たのはおっさんの裸体だけだ。可愛くてスタイル抜群の彼女が一緒だったのに、その彼女と同じ見た目で肉食系気味な人形の魔物も一緒だったのに。彼が見ることの出来たのはおっさんの裸だ。
「あはは。でも、わたしは意外と楽しかったですよ」
「ああそうかい」
ペコリーヌの言葉に大分テキトーな言葉を返しながら、カズマは教会リビングのソファーに座る。その隣に、無言のままキャルがどかりと座り込んだ。
その表情はカズマと同じく、否、カズマより疲れ切っている。そんな彼女を横目で見ながら、まあこいつはこいつで酷い目にあってるからなぁ、と心中で呟いた。
「もうやだ……」
「大丈夫ですよキャルちゃん。わたしは嬉しかったですよ。キャルちゃんが、わたしのためにあれだけ怒ってくれたんですから」
「それが嫌だっつってんのよあたしは! はっきりと言葉にされると何かもうどうしようもなくむず痒いの!」
「いや、ていうか今更だろ」
「そうかもしれないけど、そうじゃない!」
自分の中で仲間が、ペコリーヌやコッコロ、そしてカズマがどうしようもなく大切な存在である、ということを改めて突き付けられ、自分でも認めてしまった。そうマナに暴露されたのが問題なのである。
「マナにぃ姉さんは絶対これ利用して何かしてくる……」
「それがなくても何かしてくるんじゃないのかあの人」
「そうだけど……」
そもそもがそうなるよう仕向けられたのだから、今更何を言っても手遅れだ。そんなことをカズマに言われ、そうなんだけどとキャルは肩を落とした。自分でも理解しているのだが、認めたくないのだろう。
ふむ、とそんなキャルを見たペコリーヌは、分かりましたと胸を叩いた。こういう時に元気を出すには一つしかないと言い放った。
「美味しいものを食べましょう!」
「お前さ、最終的に解決方法いっつもそれに持ってくのやめない?」
「何かおかしかったですか? みんなで美味しいものを食べれば、元気が出てきますよ」
微塵も疑うことのない口調でそう言われると、カズマもそれ以上反論しにくい。いやまあそうだけどさ、と若干圧され気味にそうとだけ述べると、どうしようとばかりにキャルを見た。こっち見んなと視線で返された。
「はいはい。ったく、あんた見てると悩んでるあたしが馬鹿らしくなってくるわ」
「まあ実際お前の悩みは馬鹿らしいと思うぞ」
「うっさい。で? 何食べるの?」
よいしょ、と立ち上がったキャルが伸びをする。どうやら彼女の中では今から外食をするという流れだと思ったらしい。実際カズマも同じ考えで、まあ酒場でいいんじゃないかと言葉を返している。
が、提案者は違ったらしい。ここはわたしに任せてくださいと再度胸をどんと叩いた。
「それに、今コッコロちゃんとぬいペコが向こうの屋敷におみやげ渡しに行っちゃってますし、食べに行くなら戻ってきてからじゃないと」
「まあ、そうね。じゃあそれまでは」
「はい、それまでの間に食べるものを今からわたしが作ります」
「ちょっと何言ってるか分かんない」
皆が集まってから食事に行くから、それまでの間食べるためのものを彼女が今から作るらしい。ペコリーヌにとってはある意味いつものことなのだが、それでも不意打ち気味に繰り出されるとカズマも時々脳がバグる。
「大丈夫です。丁度今回のクエストで手に入れたおみやげがありますから」
「いやそういう意味じゃなくて。……おみやげ?」
「ん? 何? あんたたち向こうで何か食材買ってたの?」
「いや、俺は覚えがないけど……何か買ってたのかな」
鼻歌交じりにキッチンへと向かっていくペコリーヌを見ながら、カズマもキャルもどこか訝しげな表情になる。これはこのまま待っていていいやつなのだろうか。そんな不安が頭をもたげた。
「……まあ、美味しいものには仕上げてくるだろうから」
「あんたそれでいいわけ?」
いつぞやの蟲スイーツを思い出しながら、カズマはどこか遠い目でそう呟いた。何が問題かって本人は純粋に善意のもてなしでやっているからだ。美味しいものを食べさせたくてやっているからだ。
結局逃げるのは諦め、二人はペコリーヌが用意する得体の知れない食事を待つことにした。暫くして、はい出来ました、とガラスの器に入ったスイーツを机に置く。
「……あれ?」
「普通だわ」
「二人ともわたしのこと何だと思ってるんです?」
出てきた涼やかな見た目のスイーツとペコリーヌを交互に見る。その動きに少しだけ不満げに頬を膨らませながら、しかし次の瞬間には笑顔になってさあ召し上がれと彼女は述べた。
「んじゃ遠慮なく……あ、美味い」
「あむ。あ、ほんとね。これ美味し――って、あ」
「どうしました?」
食べて気が付いた。この食感には覚えがある。知り合いのアレなやつが大好物の、例のアレだ。とはいえ、それ自体は別段問題はない。食材として扱われる魔物であり、ゲテモノの類には当てはまらないからだ。
「ねえ、ペコリーヌ」
「どうしました?」
「これ、ところてんスライムのゼリーよね」
「そうですよ。食事前の軽いおやつにはぴったりですよね」
「うえ!? って、まあ言われてみれば確かにそうだな。……いや待った、これひょっとして」
材料を聞いて一瞬驚いたカズマも、食材として使われるタイプの魔物なのを思い出して胸を撫で下ろし。そしてキャルと同じ答えに行き着いた。
「クエストの時に剥ぎ取った新鮮な巨大ところてんスライムの欠片です。生クリームのような濃厚なコクとバターみたいな滑らかな油が、ゼリーなのにケーキやプリンみたいな味わいを出してくれるんですよ。やばいですね☆」
「…………あ、でも、おっさんとハンスが混ざってない時のだからセーフか」
「そっちの可能性が浮かんで胃ごと中身吐き出すとこだったわ」
一瞬浮かんだ最悪のイメージをなんとか振り切り。盛大な溜息を吐きながら、二人は再度スイーツにスプーンを向けた。美味い。美味いが、何となく手放しに褒めたくない。
「ところてんスライムと聞いて!」
「呼んでない。帰れ」
「……なあ、おっさんも突然出てきたし今のセシリーもそうなんだけど、ひょっとしてどこからか湧き出てくる特性ってアクシズ教徒のスキルなの?」
「はぁ? そんなわけないで――」
「もう。弟くんは心配性だなぁ」
「そうそう。だめですよお兄ちゃん。そんなのはトリモチ葡萄です」
「私達はお姉ちゃんパワーと妹パワーであって、向こうとは別だしね。あとリノちゃん、『取り越し苦労』だと思うよ」
蛇足だが。ぬるりと現れたアクシズ教徒ーズを目の当たりにして、キャルは自分のツッコミが間違っているんじゃないだろうかと割と本気で心配し始めるのだった。