「こ、ここここんこんちちわわ!」
「アオイちゃん落ち着いて! あ、お、おはようございます。……おはようございますでいいですよね?」
「別に気にすることじゃないだろ……。というか何で付き添い私だけなんだよ、ここまで揃うならルーシーも来いっての……」
ウィズ魔道具店。そこに入ってきたぼっち二人と、森のぼっちのポケットで溜息を吐く安楽王女を見ながら、バニルは楽しそうに笑っていた。そんな彼を横目に、ウィズはいらっしゃいと三人を休憩スペースに案内している。
「それで? 何の用だよバニル」
「そう警戒するでない、気付くと絆されまくって保護者になっている安楽王女よ。まあぼっちの手綱役としては非常に重宝するので是非とも継続してもらいたいところではあるが、今回の用件は汝そのものだ」
「私?」
その通り。そう言って口角を上げたバニルは、実は新商品のアイデアを思い付いたのだと言葉を続けた。画期的なダイエット食品、そう前置きをした彼は、そのために食べても太らない食材を調達したいと述べた。
そんなものがあるんですかと不思議そうに首を傾げるぼっち二人とは対照的に、安楽王女はバニルのその言葉にあからさまに顔を顰めた。食べても太らない食材の調達、という話で自分が呼ばれたということは、つまり。
「そういうのは安楽少女の領分だろ。私クラスまで進化するとそっちの能力は殆ど使わないんで鈍るぞ」
「だろうな。安楽少女と比べ、安楽王女が塩漬けクエストになれど積極に討伐依頼が出ないのがその証左であろう」
「個体が少ないってのもあるけどな」
そう言って鼻で笑った安楽王女は、なら話はおしまいだと打ち切りに掛かった。が、バニルは笑みを消さずに彼女を見ている。そんな彼の様子を、ウィズも別段慌てることなく眺めていることから、どうやらこのやり取りは織り込み済みだったらしい。
勿論ぼっち二人は話についていけない。
「え、ええっと? どういう話なのでございますでしょうでありますか?」
「そこの性悪仮面悪魔が、安楽少女の生息地教えろっつってんだよ」
「え? 安楽少女って、安楽王女さんの若い頃の姿、ですよね? それっていいんですか?」
「その言い方は語弊があるけどな。後私自身は別に安楽少女をどうこう思っちゃいないし」
「それは汝がBB団として馴染みまくっているからであろう。喜ぶがいいぼっち共、そやつは汝らを大切に思っておるぞ」
「やかましいわ!」
バニルの言葉を聞いて目をキラキラさせているアオイとゆんゆんを無視して、安楽王女は盛大に溜息を吐く。自分は魔物なのに何でこう疲れる立ち位置にいるのだろうか。そんなことを思いながら、そういえば最近この街の住人になったイカれ野郎を模したぬいぐるみ型魔物もこっち側じゃないかとどうでもいいことがふと頭をよぎる。
ともあれ。別段同種族の扱いについては個人的にはどうでもいい以上、バニルの提案を断らなくてはいけない理由は特にない。強いて言うのならば個人的に嫌、ということくらいだ。
「勿論報酬は用意する。何なら情報提供だけしてくれれば、後は別の連中に捕獲なり採取なりを任せてもマージンの確保は約束しようではないか」
「胡散臭い。何でそんなに羽振りがいいんだよ」
「フハハハハ! そんなものは決まっておろう、そこにいる雇われになったおかげで経営が安定し、無駄に腹の肉がついてしまったアンデッド店主が贅肉を腐り落とす以外の方法を模索していたから以外にあるはずが」
「《カースド・ライトニング》!」
「華麗に脱皮!」
バニルが立っていた場所に落雷が落ちる。が、その前に仮面を外し放り投げたことによって、雷は土塊を焦がすだけに終わってしまった。勿論仮面は再度土塊を吸収しバニルを形作る。
「店を破壊する気か? 汝の呪文とは違う雷がオーナーから落ちるぞ?」
「誰のせいだと思っているんですか!」
「汝の不摂生の賜であろうに。そもそもアンデッドが太るな。ファットゾンビにでもクラスチェンジするつもりか?」
はぁ、と呆れたように肩を竦めるバニルを、ウィズは涙目になりながら睨む。そんなやり取りをぽかんとした顔で見ていたぼっち二人であったが、しかし我に返ってからの反応は異なっていた。アオイは成程そうなんですね、と子供のような感想を述べるのみで、ゆんゆんは流石に女の人に太るとか言っちゃだめですよとご立腹だ。
「はっ! た、確かに! そういうキャッキャウフフな話題とか今まで生きていて一度も振られたことがなかったので気付きませんでした。……まあ、そもそも会話する機会自体がなかったんですけど」
「だ、大丈夫よアオイちゃん。私も別にそういう会話した経験一度もないから! 脳内で想像していたシチュエーションってだけだから!」
「お前らさぁ……」
「こやつらのぼっちは筋金入りだな」
「これから私達とそういうお話しましょうね……」
何だかキレた自分が馬鹿らしくなったウィズまでもそこに参加する辺り、恐らくもうどうしようもないのだろう。もちろん腹はへっこまない。
そんなわけで、ギルドで把握している個体と安楽王女の持っている情報を照らし合わせ丁度いい場所を絞り込んだバニルは、件の依頼を酒場に張り出すことにした。出来上がった商品は儲けになるため、その辺りはアキノも承知の上である。
とはいったものの、安楽少女の果実の採取という依頼は件の魔物の見た目や特性のこともあり、中々受注してくれる冒険者はいなかった。依頼書を見ながら、安楽王女もまあそうだろうなと頷いている始末である。
「そんなに大変なんですか?」
「いや、強さは別にそうでもないんだけど。見た目で庇護欲を誘って、手を出しにくくしてるんだよ」
「紅魔の里に向かう街道でも一時期問題になってましたね。ミツキ先生たちに採取されちゃいましたけど」
「今の私の話全否定するような例を出すんじゃない」
ちなみに内訳は診療所からミツキとエリコ、研究所からネネカの三人である。運が悪かったと言わざるをえない。
そんな狂人の共演はどうでもよく、目下の問題はこの依頼を受けてくれる冒険者がいないことである。最悪自分で取ってくる羽目になる。というか多分その方が早い。
「あ、ねえねえダスト。これとかどうかしら?」
「だから、ノリと勢いでどうしようもない依頼受けようとするなって何回言ったら分かるんですかね」
そう思っていた矢先。一人の少女が依頼書を指さして笑顔を浮かべていた。そうしてやってきた相手に、ほれほれと剥がした依頼書を見せつける。見せられた方、アクセルのチンピラ冒険者ダストは、彼女のそれをひったくると一瞥した後再び掲示板に貼り直した。
そんなやり取りを見ていたBB団も、まあそうだろうなと別段驚かない。
「なんでよー。採取依頼でしょ? お手軽じゃない」
「依頼をよく見ろっつってんですよ。安楽少女の果実の採取が手軽なわけねぇだろうが」
「そう? だってほら、そこに王女サマいるじゃない」
ほれ、とアオイのポケットにいる安楽王女に向き直る。突如視線を向けられたアオイはあばばばとテンパっていたが、挙動不審な振動を始める前に脱出した彼女はそのままゆんゆんの肩に移動した。
「いや、こいつがここにいるってことはこれに関わらないってことだろ」
「まあ、確かにそうね」
ふむ、と頷いた少女――リオノールは、しかし依頼書に視線を戻して動かない。何でそんなにその依頼にこだわるんだとダストは呆れた表情で彼女に述べたが、返ってくるのはまあちょっと、という一言だけ。
どうせ碌でもない理由なんだろうな。そう彼は結論付けた。
「ひ――お嬢様。いい加減諦めたらどうですか?」
「何よモニカ。あなたは気にならないの? 理想的なダイエット食品よ? 楽して痩せられるのよ?」
「……私の体型を見てもう一度おっしゃってくれますか?」
「背の小ささと体重は別でしょ? この間もお菓子食べ過ぎたって――」
「あー! あー! あー! 確かに! ここのところアクセルでのんびりとし過ぎたきらいはありますね!」
「おいモニカ」
「貴公は少し黙っていてくれ。いや、そもそも、今の姫の呟きは聞こえたのか……?」
「増やすんなら腹より胸にしとけよ」
次の瞬間、思い切り足を踏まれ追撃にスネを蹴り飛ばされたダストが悶絶することになるが、周囲のやり取りを聞いていた面々は誰一人として同情の目を向けなかった。男性冒険者ですら、そりゃそうだろ、と非難の目を向けている。
「モニカさん、ごめんね、うちのダストが」
「い、いや。こいつにデリカシーがないのは昔から知っているので、リーン殿が気に病むことはないぞ」
セクハラ発言こそしなかったが、女性の気持ちを欠片も考えないのはライン時代から変わらない。堅物過ぎて枯れている、という感じだったので今のダストとは真逆であるが。
「そうよ~。こいつってば私の胸を平気で揉みしだいてくるんだもの」
「しとらんわ!」
「ダストはね、自分で私を汚しておいて、俺が綺麗にしてやるって二の腕を掴んで、私の胸に手を……」
「ダスト、あんた……っ!」
「誤解だ誤解! 汚れたってのはこのお転婆が自分で地面に寝っ転がって砂で汚れた話だし、俺はその汚れを払っただけだっつの!」
「でも揉んだのよね?」
「揉んでない!」
「嘘つき。あんたがその状況でエロいことしないはずないでしょ」
ジト目でダストを睨むリーン。そしてそんな彼を見て笑っているリオノール。収拾つかないと溜息を吐くモニカ。ここ最近の彼の周囲のお約束パターンである。よく飽きないな、と思わないでもないが、まあ日常というのはえてしてそういうものなのだろう。
「ま、ダストをからかうのはこの辺にして。ねえリーンさん、この依頼ってどう思う?」
「さっき見てたやつよね。んー……果実の採取だけなら、大丈夫じゃない?」
「でしょ? ほら、ダスト、早速依頼を」
「だから! そんな楽な依頼ならそこのぼっちどもが自分でやってるだろうが! 絶対面倒なことになるに決まってんだよ!」
「ただ単に同族だから手を出したくない、というわけではないのか?」
「何でお前もそっち側になってんだよ!」
リオノール、リーン、そしてモニカの三人が肯定寄りになったおかげで、拒否りたいダストは完全にアウェーとなってしまった。どうにか味方を用意しようとしても、ぼっち共はむしろ依頼を受けてくれるなら良しのスタンスなので敵側。そうなると周囲にいる中で探さなくてはいけないわけで。
「……あ、フェイトフォー!」
「ん? だちゅと、呼んだ?」
「ああ、ちょっとこの三人に言ってやってくれないか? こんな依頼受けるんじゃないって」
「依頼? いりちゅが、ゆにとくろえとちえるといっちょに受けてるやちゅ?」
「へ? ああ、そういやあの三人今王都に行ってんだったな。あー、よく知らねぇが多分それより面倒なやつだ。な、だから」
「やる」
「――え?」
「いりちゅたちより大変な依頼やって、ふぇいとふぉーがちぇるっと勝ちゅ。たんてきにゆーと、ドヤ顔ちたい」
「誰だよこいつに変な言い回し教えたのは!」
酒場のテーブルで山盛りの食事をしていたフェイトフォーを呼んでみたものの、結果はまさかの大誤算。逆に向こうの仲間を増やすことと相成った。これでますますダストの意見が通らなくなる。
「チンピラ。一応私の方でもルーシーが手伝い探してたし、人手多ければその分危険もなくなるだろうから、まあ元気出せ」
「余計に心配になってきたぞ」
というわけで集まった面子の肩書は、チンピラ、王女、護衛騎士、冒険者、ホワイトドラゴンに加えて。
「頑張るわ」
「よろしくお願いいたします」
「あの幽霊ふざけてんのか」
ホワイトドラゴンその二、ぬいぐるみ型魔物、となった。ダストは追加メンバーを一瞥すると、後ろのリオノール達に大丈夫じゃないだろと言い放つ。
「どうして? シェフィちゃんはうちのフォーちゃんより年季のあるホワイトドラゴンでしょ? 戦力として申し分ないわ」
「しぇふぃは、強い」
「ありがとう、フェイトフォー。私もホワイトドラゴンとして恥ずかしくない働きをするわ」
「……じゃあこいつは? 連れてくるなら本物の方だろ。何で偽物のぬいぐるみなんだよ」
シェフィの肩にいるぬいコロを指差す。彼の言葉にぬいコロ自体は承知の上なのか、お言葉はごもっともでございますと頷いていた。
「しかし、今本物のわたくしはキャルさまのメンタルケアをしておりまして」
「何があったんだよあいつ」
アルカンレティアの一件は箝口令が敷かれた。経緯はどうであれ、完全なるアクシズの巫女として成ってしまったことが知られるとキャルの終わりだからである。
そんなわけで、丁度よく強化アイテムを貰ったこともあり、他に変人窟に値する支援役のあてもないことから彼女に白羽の矢が立ったのだ。ユカリは依頼者側だから忙しく、ルーシーはBB団の地縛霊であることから範囲外での単体運用が厳しい、セレスディナも研究所の実験体扱いなので同様、セシリーとシズルは論外だ。
「……こいつが一番マシか」
「未熟な魔物なりに、精一杯努めさせていだきますので」
というか一番常識人な気がする。そんなことを思ったダストは、相変わらず魔物が常識人の分類になるこの街の異常さからそっと目を逸らした。
まあここでグダグダしていても仕方がない。早速出発しようと一行は街から目的地へと足を進める。場所はアクセルからそう遠くない湖の近く。そこへ向かいながら、ダストとリーンはあれ? と首を傾げた。
「なあリーン。こっちの方向って確か」
「あー、うん、そうね。確かこっちは」
シェフィを見る。どうかしたの、と首を傾げている彼女に向かい、お前がいた場所だろうがとダストがツッコミを入れた。
「え? あれ? そうだったかしら?」
「頭赤ん坊になってた頃の記憶なくなったわけじゃねぇんだろ? 単純に物覚え悪いのか」
「失礼ね。そんなことはないわよ。ちょっとど忘れしただけよ、きっと」
「あるいは、思い出したくない記憶なのかもね」
リーンがあははと苦笑する。そういえば彼女はあの場所でドラゴンから人に変身したのだ、ダスト達の目の前で、幼児後退していたおかげで未熟な状態のまま。
「あー。そうか、お前あそこで俺たちに全裸を」
「あぁぁぁぁぁぁあ!」
精神が元に戻り、ドラゴンから人としての生活に段々と馴染み。その結果、かつて平気でまっぱだったあの時は彼女の中で立派な黒歴史になっていた。羞恥が後から押し寄せてきたのだ。記憶に蓋をしたくなるのも仕方ないことである。
真っ赤になって慌てるシェフィに、ダストはニヤニヤと笑いながら気にするなと述べる。個人的にはもっとムチムチしてないと興奮しないからなと追い打ちをかけた。
「……ふーん。ねえダスト、私は結構ムチムチだと思うんだけど」
「だからなんですか」
「彼女と比べて、どう? 見たことあるでしょ? 私の裸」
リーンが目を見開いた。こいつ遂にやりやがったと杖を構え、呪文を唱えようとする。そんな彼女を待て待て誤解だと必死で押し留めると、ダストはモニカに助け舟を求めた。
そう言われても、とモニカは彼の言葉に頬を掻くのみである。
「あの夜のことは、私は伝聞でしか知らないからな。貴公の擁護は難しいぞ」
「ダスト……。あんたってやつは」
「だから誤解だっつの! というかだな、別に犯罪じゃないんだから文句言われる筋合いはねぇだろ?」
「う……まあ、確かに、そうね」
「酒に酔った勢いで凄く激しかったけれど……きゃ♪」
「デタラメやめてくれます!?」
頬に手を当てていやんいやんと悶えるリオノールを、ダストとモニカがいい加減にしろとひっぱたく。頭を擦りながら、はいはいと話を切り上げた彼女は、目的地に行きましょうと鼻歌交じりに歩いていった。
「フェイトフォー」
「んー?」
「あなたのところの姫様、凄いのね」
「ん。でも、悪い人じゃないから、へーき」
「それは、そうね。ペコリーヌさんのお友達だものね」
頷き、納得し。そして笑顔を浮かべるシェフィを彼女の肩から見上げつつ、ぬいコロは思う。
リオノールちゃんは悪い人じゃないですけど、くれぐれもしっかりと気を付けて、あまり信用しすぎないでくださいね、悪い人じゃないんですけど。そう無駄に念押ししていた腹ペコ姫の言葉が、何だか無性に気になってきた、と。