プリすば!   作:負け狐

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ワニゴンさん出番延期で


その18

「んあ?」

 

 視界いっぱいに映るのは空。何故どうしてと思いながらカズマは自身の状態を確認しゆっくり体を起こしたが、物凄くおっくうで、そのまま眠ってしまいたい衝動に駆られるほどだ。

 

「あ、起きたわねカズマ」

 

 そんな彼に気付いたのか、向こうの様子を見ていたキャルが振り向きこちらにやってくる。調子はどう、という問い掛けに、滅茶苦茶だるいとカズマは返した。

 

「まあ、そりゃそうでしょうね。……あんた、魔力ゼロだったもの」

「は?」

「この間のスキル使ったでしょ? あれであんたの魔力が即ゼロになったみたい」

 

 マジかよ、とカズマは己の体を見る。勿論魔力の視認など出来はしないが、しかし自身にそれがあるかないか程度の判断は可能だ。

 無い。これっぽっちもない。動けるようになったはいいが、数値にしてみれば一すらない。

 

「とりあえず使ってみただけでこれかよ……。燃費悪いってレベルじゃねーな」

「使ってみてそれが分かったんなら、次からはあんたらしく工夫できるんじゃないの?」

「やけに持ち上げるな。どうしたキャル、気持ち悪いぞ」

「一言余計! いや、べつに? あんたのあれ、あたしもちょっと恩恵受けてみたいなーとか、そういうんじゃないんだけど」

「……使った途端にぶっ倒れたからよく分からんのだが、あれってそんな凄いの?」

 

 ううむ、と悩んでいたところにキャルの言葉である。カズマとしては一体どういう効果だったのかすら分からない状態なので、説明を求めたのだが。

 見た方が早い。そう言ってキャルはカズマを起き上がらせると湖の方へと手を引いた。

 その途中に、謎の煙を生み出す土台のようなものが見える。なんだこれ、と彼は怪訝な表情を浮かべた。

 

「……コロ助が何かやってたわ。虫とか何か色々燃やしてた」

「お、おう」

 

 祈祷かなにかだろう。ということは分かったので、それ以上は聞かないことにした。とにかく今はそれよりもスキルの効果だ。

 そうしてのろのろと湖の水面が見える場所まで戻ってきたカズマは、その光景を見て目を瞬かせた。

 

「なあ、キャル」

「何?」

「俺気絶してどのくらい経った?」

「一時間くらいかしらね。コロ助が落ち着くのに三十分は掛かったから」

「……え? 何? 何でこんな水きれい?」

 

 濁り淀んでいた湖の水面は、半分以上がきれいな水へと浄化されていた。これまでエリス教やアクシズ教のプリーストが八時間浄化して薄める程度だったそれを、たった二人が一時間程度で何倍もの成果を上げたとするならば。この二人が規格外であったか、あるいは。

 

「まあ、多分ユカリさんもコロ助も、この街では最上位のアークプリーストだってのは間違いないけど」

 

 視線をカズマに移す。そうしながら、これがあんたのスキルよとキャルは言葉を続けた。

 

「は?」

「どういう理屈かしらないけど、あんたのそのスキル、仲間の能力がとんでもない勢いで底上げされるみたいね。二人の《ピュリフィケーション》でこの状態よ」

 

 効果はすぐに切れたから、その一瞬で完全に浄化とはいかなかったけれど。そう言いつつ向こうを指差す。湖の畔で浄化を行っているユカリとコッコロの姿が見えて、ああ成程とカズマは頷く。二人の方へと近付きながら、彼は自身のそれを考察した。

 効果は恐らくキャルの言う通り、仲間の能力を底上げすること。そして、その上昇率は頭がおかしいレベル。

 その代わり、冒険者であるカズマが使うと一瞬で魔力がゼロになる。

 

「使えねぇ……」

 

 現状、キャルの言う通り何か工夫を凝らさない限り使い物にならない。味方をほんの僅かな時間超強化するだけのために命をかけるほどカズマは聖人君子ではないのだ。

 二人の元へと辿り着くと、ユカリが安堵したような表情で彼を迎えた。よかった、と胸を撫で下ろしているので、割と危なかったのかもしれない。

 

「主さま……! 良かった……目を、覚まされたのですね……!」

 

 何よりコッコロがガチである。泣いていたのが分かるレベルである。カズマの中にあるほんの僅かな良心が、現状コッコロのためだけに使っている良心が物凄く苛んでくる。スキルを封印するか使っても倒れないように調節なり工夫なりするのが急務だ。

 さっきまで心ここにあらずであったコッコロが急に気合いを入れながら水の浄化を行い始めたので、とりあえず近くで見ていることにした。歩くのがだるくなったからでは決して無い。

 

「……そういや、ペコリーヌはどこ行ったんだ?」

 

 てっきりこの辺にいるのかと思ったが。そんなことを思いながら視線を巡らせたが、彼女らしき姿はどこにもない。同じように見学をしているキャルにそのことを尋ねると、あー、と微妙な表情で視線を逸らされた。

 

「非常に嫌な予感がするが、一応もう一度だけ聞くぞ。あいつどこ行った?」

「……あんたが起きた時に栄養を取った方がいいって、食料調達に行ったわ……」

「食料調達?」

 

 何を調達する気だ。そんなことを思ったカズマの耳に、何やらズルズルと引きずる音が聞こえてくる。音の方へと振り返ると、そこには先程所在を尋ねていた件の人物の姿が。

 そして、その手には。

 

「あ、カズマくん起きたんですね。じゃあちょっとこれでも食べて元気取り戻しましょう」

「待て待て待て。お前それワニじゃん!」

「ブルータルアリゲーターですよ。適当に一匹狩ってきました」

 

 ほい、とワニを丸々一匹地面に下ろす。下処理はしてあるから大丈夫ですよ、と笑顔で言ってのけるペコリーヌであったが、そうかそれなら大丈夫だと思えるかと言えば。

 

「いや待てよ。ジャイアントトードの肉が食用だし、このワニも」

「食べるって話は聞かないわね」

 

 カズマの言葉をキャルが即否定する。駄目じゃねぇか、とペコリーヌに食って掛かるが、彼女は彼女でそんなことないですよと笑顔である。

 

「まあまあ。論より証拠、とりあえず食べてみれば分かりますって」

 

 ニコニコ笑顔でワニを捌き始める。手慣れているところからみて、一度や二度ではないのだろう。ブルータルアリゲーターを肉にするのが。

 ああしてこうして、別に取ってきた香草などを使いながら、肉となったワニをテキパキと調理していった。途中から食欲を誘う匂いが漂い、既に肉になっていたことも手伝って最初の疑念がどうでも良くなってくる。

 

「はい、召し上がれ」

 

 ででん、と差し出されるワニのステーキ。日本ではお目にかかることはなかったが、別に地球でも食べないわけでもなし。少なくともペコリーヌは食べたことがあるのだから、食えないこともあるまい。

 そう割り切ると、カズマはワニ肉にかぶりついた。赤身肉寄りではあるが、しっかりとした歯ごたえと旨味は魔力の尽きていた彼の体に染み渡る。

 

「お、意外と美味い」

「でしょでしょ。そうだ、丁度いいからお昼にしません? おーい、コッコロちゃーん、ユカリさーん。ご飯食べませんかー?」

「あたしは食べないわよ」

「まあまあ。そんなこと言わずに」

 

 ぐい、とワニが乗った皿をキャルに差し出す。勢い余ったのか、げし、と彼女の頬にぶち当たった。

 

 

 

 

 

 

「キャルちゃんがぶった~」

「当たり前でしょうが!」

 

 ワニを食べながらキャルがジト目でペコリーヌを睨む。あはは、とそんな二人を苦笑しながらユカリはワニステーキを食べていた。コッコロもカズマが調子を取り戻したことで大分普段に戻っている。

 

「主さま。お口が汚れています」

 

 ハンカチでカズマの口元を拭い、切り分けた肉をどうぞと差し出す。彼はそれをされるがままになっていた。抵抗する気はさらさらない。

 そんな格好のまま、カズマは湖に視線を向けた。浄化はほぼ終わっており、このまま帰っても問題はなさそうである。面倒だと思うのならば、この昼食が終わったら帰る準備をすればいい。

 

「ユカリさん。ここの浄化ってあとどれくらい……」

 

 が、ここまで来たならこっちで浄化を済ませて他の教会にマウントが取りたい。そんなことを思ったカズマは、このクエストの責任者ともいえるユカリにそんなことを尋ね。

 

「ぷはぁ~! やっぱりステーキには麦しゅわよねぇ」

「飲みやがった!?」

 

 出来上がっていたユカリを視界に入れると目を見開いた。視線を動かすと、キャルもペコリーヌもコッコロもいつの間に、という表情をしていたので、ほんの僅か目を離した隙を突いたのだろう。

 

「おいどうすんだ、責任者が駄目になったぞ」

「こらこら~。お姉さんを馬鹿にしちゃぁ、いけないんだぞぉ」

「はいそうですね。で、どうする? この人こんなだと浄化出来ないだろ」

「出来ますぅ……んぐんぐっ……っぷっは~! お姉さんに任せなさい」

 

 無理だろ。カズマはそう思ったが、そのままふらふらと湖まで歩いていったのでつい見守ってしまう。ふう、と水に触れ、浄化の呪文を唱え始めた。

 

「ピュリフィ――ぐびぐび――ケーション、ぷはぁ」

 

 飲みながら、である。ジョッキ片手に浄化の呪文を唱えるその姿は、どこをどう見ても聖職者とは程遠かった。成程エリス教会からこっちにくるわけだ。そのあまりにもな姿を見ながらカズマはそんなことをぼんやり思う。

 見てられなくなったのか、食事を終えたコッコロがユカリの隣まで駆けていき浄化の呪文を唱え始める。どのみち残りはあと僅か。浄化が進んだおかげでワニも別段こちらに来ない。これなら任せても大丈夫だろう、とカズマはコッコロへと声を掛けた。ユカリには掛けない。

 暇ね、とキャルがカズマの横で座って足を投げ出す。出番がないのはいいことだ、楽なのが一番。そんなことを思いながら、同じように出番なさそうですねと湖を見ているペコリーヌを眺めた。

 

「で、あんたは何してんの?」

「ん? 例のスキルを有効活用するために、伝授されただけのスキルの中に使えそうなものないかってな」

 

 冒険者カードを調べながらカズマが述べる。ふーん、とそこまで興味は無さそうな返事をしたキャルは、ついにそのまま寝っ転がった。やる気ゼロである。

 

「もー、キャルちゃん? 食べてすぐ寝るとお腹出ますよ」

「……」

 

 無言で立ち上がる。特に敵もいないが、杖を構えると無駄にぶんぶんと振り回した。

 勿論そんな彼女のことなど知ったことではない。カズマは大量に並んでいるスキルを流し見しつつ、目に付いたものが有用かそうでないかを判断し。

 

「ん?」

 

 毛色の違うそれを見付けた。アークウィザードでも、アークプリーストでも、クルセイダーでもなく。戦士系、魔法系、弓師系でもない。いうなれば分類不能。そんなスキルが、カズマの冒険者カードに記されていた。教えてもらった覚えはない。恐らく誰かがこちらに教えるついでに使っていたスキルが紛れ込んだのだろう。

 

「なあ、キャル」

「何よ」

「この、《ドレインタッチ》ってなんだ?」

「っ!? がっはげっほ!」

 

 盛大にむせた。何言ってんだお前、という顔でカズマを見やり、そしてちょっと見せろと彼の冒険者カードを奪い取り確認する。

 成程確かに、彼のスキル欄には《ドレインタッチ》の文字が記されていた。

 

「あんたこれ……誰に教えられたの?」

「さあ? お前らじゃないならBB団かあっちの財団メンバーだと思うが」

「こないだのあの二人は? めぐみんと、ちょむすけだったっけ?」

 

 キャルの指摘を受けてその時のことを思い出すが、別段何かスキルを教えられた記憶はないし、見たのもめぐみんの爆裂魔法だけだ。違うな、と首を横に振り、彼は再び考え始めた。

 

「どうしたんですか?」

「……カズマのスキル欄にアンデッドのスキルが並んでるのよ」

「やばいですね」

 

 そうして二人が神妙な顔をしていたのに気付いたのだろう。酔っぱらいとそのお守りの様子をうかがっていたペコリーヌも視線をこちらに向けて尋ねてくる。それに対してキャルが告げたのがその一言だ。ペコリーヌの呟きと同じように、カズマもそれを聞いておいマジかよとカードを見る。何度見ても、そこにはドレインタッチが記されていた。

 

「待てよ、アンデッドのスキル? ……なら、あん時じゃないか?」

「墓場で、ですか?」

 

 思い当たる節はそれだ、というカズマの言葉にううむとペコリーヌも考え込む。確かに辻褄は合う。が、あの場面で、大したアンデッドもいない状態で、果たしてドレインタッチを覚えるような状況があっただろうか。そうは思うのだが、現状他に心当たりはないわけで。

 

「無事、終わりました。……どうされたのですか?」

 

 三人揃ってううむと悩んでいると、酔っぱらいを引き連れたコッコロが戻ってくる。湖の浄化は完了し、アメス教会はこれで向こうに嘗められない手札を一つ手に入れられた。

 が、とりあえず今はそこはどうでもよく。カズマの話を聞いたコッコロは、自身の目でそれを確認し、暫しパチクリとさせていた。

 

「……とりあえず、儲けもの、ということにしておくのもいいのでは?」

「まあ、ね」

「……えっと。コッコロちゃんはそれでいいんですか? アメス教ってアンデッドとか悪魔とか、そういうのを敵視したりとか」

 

 コッコロのそれは予想外だったらしい。ペコリーヌが彼女にそう尋ねると、別に悪さをしていなければ何も、というおおらかなのか大雑把なのか分からない答えが返ってきた。普段のコッコロらしからぬ答えなので、アメス教としての考えなのだろう。

 

「じゃあ、別にいいかもですね」

「軽いなお前ら。まあ俺も経緯が気になっただけで覚えること自体には何の問題もないが」

 

 よしじゃあ覚えてみようかな。そんな結論を出しながら冒険者カードを手にしたカズマに、何々どうしたの、と酔っ払いが絡み出す。さっきまで飲んでて静かだったんだからそのままでいろよ。思わずそれを口に出しかけ、いや別に飲み込む必要ないなと思い切り言った。

 

「別にぃ、いいじゃないのぉ。それより、何話してたのかお姉さんに教えなさ~い」

「酒臭っ! あーもう、俺の冒険者カードに《ドレインタッチ》が紛れ込んでいたって話ですよ」

「……え? 嘘? 彼女、隠してなかったの!?」

 

 酔いが一気に覚めた。そんな風にも思える口調で驚いていたユカリを、カズマ達は見逃さない。こいつ何か知ってるぞ。一斉に全員が彼女を見て、そして話せと目で訴える。

 対するユカリは、ふう、と小さく息を吐くと、持っていたジョッキをおもむろに。

 

「《スティール》!」

「へ? 何で? 何で麦しゅわが盗まれたの?」

「驚いている部分違くないですか!?」

「そりゃ、ね……」

「やばいですね……」

「主さまは、ひょっとしてユカリさまを女性として見ていないのでしょうか」

「物凄い誤解生んでる!? いやまあ確かに今はただの酔っ払いとしか見てないけど!」

 

 シラフの時は思い切り見てるから、胸とか。そんな主張を声高にしたところで自身の潔白は証明されない。むしろアウトである。

 




ドレインタッチを使う誰かとは一体(棒読み)

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