道中、カズマの心配していたような事態にはならなかった。ペコリーヌとアイリスがいなくとも、何だかんだキャルとコッコロは高レベルの冒険者である。カズマが後ろで適当な支援さえしておけば、ぶっちゃけその辺のモンスターは問題ない。加えるならば、なかよし部の面々もリオノール、あるいはその背後にいるホマレの無茶振りにモニカと共に巻き込まれてきた面々である。アクセル変人窟に勝るとも劣らない実力を見せ付け、アイリスの推薦を正しいものだと証明してみせた。
勝るとも劣らないのが実力だけならば、そこで終わっていたのだが。
「……」
「……」
「あの、主さま、キャルさま……。大丈夫でございますか?」
『大丈夫なわけあるかぁ!』
そういうことである。護衛用の馬車でぐったりしている二人をコッコロは心配していたが、ある意味元気な、ある意味手遅れな返答が来て、彼女は苦笑するしかなかった。
ちなみに言うまでもないがツッコミ疲れである。
「なあ、あいつら何なの? 俺この世界の学生のことよく知らなかったんだけど、みんなああなの?」
「何言ってるかよく分かんないけど、そもそもベルゼルグ王国は正式な学校がないからあたしはその辺知らないわ。魔王軍と一番近い場所だから、そういうでっかい施設建てる余裕がないんでしょうね」
「あぁ、そういえば前にクリスティーナさんが言ってたな。ここは基本私塾か家庭教師だって」
「はい。ですが、最近は魔王軍との戦いも幾分か落ち着いてきたということで、試験的に小さな学校を建てる事業をダクネスさまやアキノさま達が先導して行っていると聞いています」
「へー……。いやそれはそれでいいことかもしれんが、今問題なのはそこじゃなくてだな」
学生が皆ああなってしまうのならば、この国に学校なんぞ建てた日にはそれはもうえらいことになってしまう。カズマの懸念はそこであった。なかよし部がこの世界の学生の基準値だという仮定で話を進めていた。
「いや、いくらなんでもアレは特別でしょ。あんた普段から変人に接しすぎて感覚麻痺してんじゃない?」
「そりゃひとつ屋根の下で一年以上暮らしてるからな」
「確かに――ってあんた今あたしのこと変人扱いしたわね!」
「当たり前だろ、アクシズの巫女」
「ぶっ殺す!」
「主さま、キャルさま……」
馬車でどったんばったんやる二人を見ながら、コッコロは困ったように眉尻を下げる。が、その表情とは裏腹に、彼女はどこか安堵したような溜息を零した。どうやら元気を取り戻されたようですね。そんなことを思いながら、毎度毎度の二人の喧嘩を優しく見守る。
今更ではあるが、一応言っておく。変人度合いはコッコロも相当のものである。向こうの馬車でクロエとチエルがあれは只者じゃない判定をしたっきり認識が覆っていないのが何よりの証拠だ。ユニは甘え放題プランを堪能したので、そこを考えるのは愚問だとばっさりいった。
「さあ、お二人とも。そろそろ目的地でございます。ペコリーヌさまとアイリスさまの護衛を、しっかりと全ういたしましょう」
『はーい』
毎度毎度の流れだが、もう一度言っておく。アクセルでの、コッコロの変人度合いは相当である。
そうして辿り着いた視察先の領地は、王都はもちろん、アクセルと比べてもいささか華やかさに欠けていた。とはいえ、では寂れており侘しい場所かといえばそうでもなく、街そのものはきちんと活気に溢れている。人々が困窮している様子もなく、何かしら問題があるようには見えなかった。
「ふむ。見たところ問題はなさそうだが、アイリス君と姉君を試す試金石として選別された、表面を剥がせば中は真っ黒という三文小説にでも出てきかねない状況の可能性も考慮してしかるべきだろう」
「いや流石にそれはなくないすか? つかだとしたらうちらどんだけ評価されてんのって話じゃん」
「ですね~。チエルたちってこっちじゃ別に冒険者としてのネームバリューよわよわですし、顔の知られ度的なのだとアイドルちえるんの方が美少女冒険者チエルに大差つけてぶっちぎりのぎりですもん」
街の様子を眺めていたユニの言葉に、クロエとチエルがそう返す。そのまま視線を動かすと、アイリスも同じように考え込んでいる様子であった。彼女達と違う点は、既に件の領主と顔を合わせていることであろうか。
「お姉様も、顔合わせをしたことはありましたよね?」
「随分前ですけどね」
付け加えるならばやさぐれていた頃だ。手を抜いていたわけではないが、そういう仕事をすることは来ないだろうと優先順位を下げていた時代だ。勿論合格ラインに達しないとクリスティーナとジュンに説教されたので、出来ないということはないのだが。
「ん~。やっぱりその辺りはアイリスの方が今は上ですね」
「ふふ。では、任せてください。今日は私がお姉様の先生になりますから」
嬉しそうに胸を張るアイリスの頭を撫でると、では行きましょうかと皆を促した。なかよし部もそれを受け後に続き、カズマ達も勿論異を唱えることなく歩みを進める。
「何かいかにも冒険の途中に立ち寄る街って感じだな」
「あんたも向こうの三人みたいなこと言い出すわけ?」
カズマの呟きにキャルが反応する。別にそういうわけじゃないんだけど、とカズマは言ったものの、しかしよくよく考えると内容的にはそこまで違わない事に気付き一人肩を落とした。
ふと顔を上げる。街の人々がこちらを見ている。その視線の先は、言うまでもなくペコリーヌとアイリスの王女姉妹だ。あらかじめ視察だということは通達してはいただろうが、まさか街の入り口で馬車を降りて徒歩で領主の城まで向かうとは。御者が半ば諦めたような顔で行ってらっしゃいませと頭を下げていたのを思い出し、彼はなんとも言えない表情を浮かべた。
「ペコリーヌさまもアイリスさまも、ご自分の足で街を見て、ご自分でしっかりと判断をなさりたいのでしょう」
「いやまあ、それは分かるんだけど。……目立ちすぎじゃないか?」
「それは、まあ、お二人とも、とても美しい方ですので」
「それもあるかもしれないけど、どっちかっていうと髪と目の色でしょ」
一目で歴史ある貴族だと分かる金髪碧眼。ベルゼルグ王国での高貴な者である証を隠すことなく晒している二人に、街の住人は興味と恐れが半々くらいの視線を、おっかなびっくり向けていた。
カズマはそんな説明をされてもいまいちピンときていない。話を聞く限り偉い貴族であるという認識で、二人が王女だからという理由ではないらしかったからだ。彼にとって、貴族がその辺を歩いているのは別段非日常ではないのだ。異世界転生して、アクセル変人窟と深く関わってしまったばかりに、転生前の彼のファンタジー知識が通用したであろう数少ない部分はすっかり破壊されていた。ちなみにそろそろ王女がその辺を歩いているのにも違和感を持たなくなってきている。
そんなことを考えているうちに、先頭のペコリーヌは目的地に到着したらしい。ドアを開け、いらっしゃいませという店員の声を聞きながら、彼女はとりあえず手近な席へと。
「おいこら」
「いひゃいいひゃい、いひゃいでふよ~」
ほっぺた引っ張った。流れるように自然な動きで飲食店に入ったペコリーヌに、カズマはとりあえずツッコミを入れておく。一瞬ドラゴン殺せるくらいの表情で義妹が睨んだが、しかし行動に対する反応としては正しいのでその殺気を引っ込めた。
「うぅ……。ほっぺた伸びちゃいますよ……」
「自業自得だ。お前何やらかしてんの?」
「何って……視察ですよ?」
「ああそうかい。俺にはただこの土地の食べ歩きしたいようにしか見えなかったけどな」
「食事は土地と人々の生活に結びついてます。その土地の名産品を食べることは、街を知ることと同じなんです」
「お前自分の食欲にもっともらしい理由つけやがったな」
「本当のことなんですけど」
若干ふてくされたような顔でペコリーヌがカズマを見る。可愛い彼女のその表情に一瞬押されかけたが、いかんいかんと彼は気を持ち直した。持ち直したが、いかんせんペコリーヌは本当の本気でその発言をしているので、カズマとしても嘘つくなと言えないのが現状である。
「……まあ、馬車の移動中はキャンプ料理みたいなのだったし、ちゃんとした食事をするのもありっちゃありか」
「日和りましたね彼氏さん。いやまあチエルとしても同じシチュでノーを突きつけられるほど精神つよつよメンズじゃないですけど」
「惚れた弱みというやつだろう。まあ、あれほどの美人と交際をしているのだから、この程度の可愛い我儘など許容範囲なのかもしれんが。チエル君の弁ではないが、ぼくも彼の立場であったら断固として断るかいささか不安だ」
「いや、別にそこまでの話じゃないっしょ。んでアイリス、あんたとしてはどうなん?」
「そうですね。おそらく領主の城では食事が出るので、皆さんは量を控えておいた方がいいと思います」
「……りょーかい。それうちの聞きたかった答えじゃなかったわ」
まともなのは自分だけか。はぁ、と溜息を吐いたクロエは、一応念のため、と向こう側の護衛である残り二人に目を向けた。付き合いの長さは間違いなく向こうが上なので、今回のことにもある程度慣れているだろう、そう考えたのだ。
「まあ、予想はしてたわ。ツッコミもカズマがしたし、あたしは見てるだけにしておこうかしら」
「ふふっ。では、わたくしたちの注文はどうしましょうか」
「領主の城でも食事出るでしょ。適当に軽いものか、飲み物で済ませるわよ」
「あ、共通認識なんだ」
「どうしたんですクロエ先輩。何か人生諦めた顔してますけど。ちょっと早すぎません? チエルには敵わないかもしれませんけど、もうちょっと頑張っても罰は当たりませんよ?」
「いや……まあ、うん。別にいいや、もう」
「落ち着きたまえクロエ君。王族というものは常に非常識だ。我々は自国の王女でそれを学んでいるはずだろう。そもそも彼女はあの学院長の友人にして、我らがユニちゃんズの一員であるアイリス君の姉君だ、むしろ予想して然るべき結果にすぎない。端的に換言すれば、類友だ」
「そっすね……」
まあ食事をすることに別段文句はなし。ユニやチエルの言う通り、気にしても仕方がないと結論付けたクロエは、同じようにテーブルに付いた。
総勢八人の大所帯だったが、その手の席がきちんと用意されているところを見るに、成程ペコリーヌの言う通り、こういう場所に立ち寄ることで街の本質を確認できるというのもあながち間違いではないのかもしれない。ふむふむと一人頷きながら、アイリスは隣に座る姉を見て。
「じゃあ、とりあえずメニューにあるやつ上から全部ください」
「お前やっぱそうじゃねぇか!」
「あいたたたぁ!」
笑顔で全メニューを頼んで、即座にカズマにこめかみをグリグリされていた。アイリスとしては予想通りの行動なので別段文句はなかったが、彼は違ったらしい。そういう立場とか振る舞いとか気にしないタイプの人間だと思っていた彼女は、カズマのその行動に眉を顰める。姉にグリグリしたのが理由ではない、念のため。
「でも、カズマくん。どのメニューも美味しそうなんですよ?」
「知るかぁ! お前ここに来た理由頭からすっ飛ばしてんのか!?」
「そんなわけないじゃないですか。そもそも、理由はさっき言いましたし」
「だったらオススメ食っとけ」
「でもカズマくん、どのメニューも美味しそうなんですよ?」
「会話ループさせるのやめてくれない?」
溜息を吐きながら横を見たが、キャルは我関せずであり、コッコロはペコリーヌさまらしいですねと柔らかな笑みを浮かべていた。詰みである。彼にとってなかよし部はアレな三人組であるし、こと姉に対してはほぼ全肯定BOTであるアイリスは論外だ。
もういい、とカズマは椅子に座り直した。そのまま流れるようにコッコロに頭を撫でてもらう。よしよし、とコッコロは母性溢れる微笑みで彼を慰めていた。
「うわキツ」
「やっぱり特殊プレイの人なんですね。特殊プレイしてくれる人なら誰でもいい感じなんでしょうかあれ。それともでちゅねプレイとセクハラが二大巨頭だったりする感じ? ん~、プレイが被ってるユニ先輩的にはそこら辺どうです?」
「チエル君。その言い方は遠回しにぼくを非難しているように聞こえる。訂正したまえ、ぼくは学術的見地からある一定の立場を演じることで情報収集をしているに過ぎない」
「いやパイセンめっちゃノリノリだったじゃん。なんなら向こうの人より見ててキツめだったし」
「まあ身内の幼児退行プレイとか見なくても字面だけでいたたまれませんもんね」
ありがとうございました、という言葉を背中に、一行は店を出た。いつものこと、と別段気にしていない面々の中、初見の三人だけは若干反応が異なっていた。
「マジかぁー……」
「チエル思わず二度見どころか四度見くらいしましたよ。むしろチラ見繰り返してちょっと首が痛いくらい」
「確かに、見る間に大量の食事が消えていくさまは、驚嘆を通り越して一種の恐怖すら覚えたよ。アイリス君が以前述べていたように、確かに彼女の食欲はドラゴンに勝るとも劣らないだろう」
うんうんと頷くユニを、クロエはなんとも言えない表情で見る。チエルも似たような顔ではあるものの、彼女よりは許容を見せていた。とはいえ、結局クロエもまあそんなものかで流してしまうのだが。そうでなければテレ女のやべーやつなどやっていない。
そんなわけで、食事を終えた一行は改めて領主の城へと向かっていた。途中で食べ歩きを挟みながら、街を観光するように進みつつ、である。食べ歩きをしているのはペコリーヌのみだ、当たり前だが。
「待たれよ。我らが主への面会は、予め約束を取り付けていなければ許可は出来ません」
城門の前に立っていた衛兵が、やってきたペコリーヌ達を遮るようにそう告げる。あれ、とカズマは首を傾げたが、キャルが横でそりゃそうでしょと肩を竦めていた。ユースティアナが顔パスレベルで知られていたのならば、これまでの冒険のほぼ全てに支障が出ている。
こういう場合ってやっぱり自分達が説明した方がいいんだろうか、キャルの説明で納得したカズマは、そんなことを思いながら一歩前に出る。出ようとする。
が、その前にアイリスが先んじて前に出て、それすらもペコリーヌが押し留めた。
「お姉様?」
「わたしのお仕事ですし、ここはわたしに任せてもらえませんか?」
「そういうことでしたら……」
門番達がそのやり取りに首を傾げる中、話をまとめたペコリーヌが前に出た。微笑を浮かべつつ、約束はきちんと取り付けてあるはずですと彼らに述べる。
「失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
「ベルゼルグ・アストルム・ソード・ユースティアナ」
「っ!?」
門番が固まった。その家名に聞き覚えがないはずもなく、その名前を知らないということもありえない。自国の王族であり、第一王女の名前だ。勿論視察でこの街にやってくることも上から伝達されている。通さない理由はどこにもない。
なのだが、一体全体何がどうなると城門に徒歩でやってくるのか。門番達の中ではそこがどうにも気になっていた。普通視察で領主の城に来るなら馬車でここまで来ないだろうか。至極当然の疑問が頭をもたげたのである。
「領主であるゼーレシルト様に会う前に、街の様子を見ておきたかったんです」
その疑問に、目の前の王女殿下は迷うことなく即答する。そこに嘘が含まれているようには見えず、この視察がただ形だけのものではないと伝えているようにも思えた。成程、そうでしたか。そう返すと、門番は頭を下げ、お通りくださいと道を譲る。
「……なんか王女っぽかったな」
「いや王女だから。普段アレだしさっきまでアレだったけど、ちゃんと王女だから」
「主さま、キャルさま。ペコリーヌさまはいつもその肩書に恥じない、立派なお方でございますよ」
「うん、まあ、コッコロが言うならそうか」
「流されるな。コロ助がなんと言おうと、あいつの普段はちゃらんぽらんよ。そこは譲らないわ」
ペコリーヌ、アイリス、そして護衛であるカズマ達となかよし部。城門を通りながら、皆が思い思いの感想を述べつつ。
「お姉様」
「はい。ここからが本番ですね」
立ち直った第一王女として、領主との会談という仕事に臨むのだ。