「申し訳ありませんでした」
「あはは……キャルちゃん。もういいですから、頭上げてください」
土下座である。晴れて負け分チャラ、自身の資産が戻ってきた猫耳少女がやったことはまず土下座であった。プライドもへったくれもない、完全無欠の土下座である。普段の性格の割にこういう時は流れるようにプライドを投げ捨てる辺りを鑑みて、やっぱり似てるな、と謝罪されているペコリーヌは思う。横ではアイリスが滅茶苦茶挙動不審であった。姉の親友が自分に土下座しているのである、テンパらないほうがおかしい。
「結果的になんとかなりましたし、わたしは別に何とも思ってませんから、大丈夫ですよ」
「あんたにそう言ってもらえるのは助かるけど、やらかしたのは事実だし、けじめは必要でしょ」
土下座したままキャルはそう述べる。まあそうかもしれませんけど、と頬を掻きながら苦笑したペコリーヌは、どうしたものかと隣の妹を見た。どうしろと? という表情なので相談するのは止めておく。
「ん~。あ、じゃあ今度わたしのお仕事があったら、手伝ってください」
「別にあんたの仕事の手伝いとか、よっぽどのことじゃない限り断らないけど……え? ひょっとしてよっぽどのこと?」
思わずキャルが顔を上げる。そんな彼女と目が合ったペコリーヌは、あはは、と少しだけ誤魔化すように笑みを浮かべた。別に今のところ自分の出番が来る予定はないけれど、と呟いた。
「お母様かクリスティーナがこっそりねじ込んでそうな気もするんですよね~」
「滅茶苦茶不安になってきたんですけど!? あたし何の手伝いさせられるの!? いやまあ、この状況になったの自業自得だし逃げないけど」
「……お姉様? 一体何を?」
やり取りを聞いていたアイリスが首を傾げる。話の内容的にその仕事というのは冒険者ペコリーヌの方ではなく、第一王女ユースティアナの方であろう。だが、ならばこちらに、自分に心当たりがあるはずなのだ。だというのに、どうにもピンとこない。今回の仕事の提案で姉がこれからの仕事を覚っていての発言ならば、誘ったにも拘らず察せられない自分は。
「やはりお姉様にはまだ敵わないのですね……」
「アイリス? ど、どうしたんですか?」
「私にはお姉様の予期しているという仕事が分からないのです」
「あ~……いや、わたしもひょっとしたらって思ってるだけですよ?」
そう言いながらアイリスに耳打ちする。先程の、キャルの負け分を取り返す勝負をする前にしていた会話でふと頭に浮かんだだけの、その程度の話なのだという前置きをして妹にそのことを述べる。
聞かされたアイリスはアイリスで、ああ成程それは確かにと感心した。そうしながら、先程ペコリーヌが言っていた母親かクリスティーナがねじ込んでくるという言葉を思い出し、なんとも言えない表情になる。
ああ、やりそうだ。ベルゼルグ王女姉妹の意見は一致した。
視察も無事に終わり、ペンギンの着ぐるみは通常営業へと戻った。後日、視察時に領地の食料消費が普段より倍増していたことに若干顔を引きつらせていたが、まあタダ飯されたわけではないのだからと気にしないことにした。
そんなわけで。王族としての仕事をこなしてしまったペコリーヌは、案の定ともいうべきか、冒険者の依頼とは別の仕事が少々舞い込んでくることになった。元がやさぐれ半家出王女であったので、本人としては別段そこに抗議を挟むことはなかったのだが、しかし。
「最近、忙しそうだな、あいつ」
「そうねぇ」
アメス教会にいるこいつらはそうでもないわけで。前衛かつタンク役かつ火力要員のペコリーヌがいないと、必然的に冒険者の依頼も請け辛くなる。というかカズマとキャルが基本やる気ないので積極性がなくなる、と言ったほうが正しい。アキノとダクネスを伴ってアクセルの書類の手伝いをしに行っている彼女についてぼんやり呟きながら、今日もまあダラダラするか、と二人揃ってソファーに体を投げ出していた。
「三日連続でそれですよ」
ぴょこ、とぬいペコがカズマの頭に乗りながら溜息を零す。ちらりと自分の頭上を見た彼は、仕方ないだろうとぼやいた。
「別に元々蓄えはあるしな。借金もないし拠点もある。いいか? こういう時は働いたら負けの精神が大事なんだぞ」
「何言ってるんですか、まったく」
ペシペシとカズマの頭を叩きながら、ぬいペコは視線をキャルに向けた。彼と同じようにだらけていた彼女も、まあそれでいいんじゃないとほざいている。
「……本物のお手伝いするんじゃなかったんですか?」
「だって何にも言ってこないんだもの。いやまあ、書類仕事は手伝えないからしょうがないんだけど」
ゴロン、と寝返りをしながらぶうたれた。彼女は彼女でカズマとは違う理由があるらしい。勿論働くのが面倒という部分もあるのだろうが、どちらかというと寂しさが勝っているような気がしないでも。
「あーもう。カズマ、ちょっと街の外で憂さ晴らししに行くわよ」
「はいはい。行ってらっしゃい」
「あんたも来るの!」
「え、やだよ、めんどくさい」
即答である。ひらひらと手を振りながら、じゃーなー、と完全に見送る体勢に入っている。
そんなカズマの下へと近付いたキャルは、暫し彼をじっと見下ろす。その状態のまま、はぁ、と溜息を吐いた。そうしながら、ゆっくりと口角を上げた。
「な、何だよ」
「別に? そういうことならしょうがないかしらね、って」
「お、おう。いきなり素直になったな」
「だって行きたくないんでしょ? ならしょうがないじゃない。ああ、ちなみになんだけど、もうすぐ税金の支払日なのって知ってる?」
踵を返し、出かけようとする素振りを見せながらキャルは言葉を続ける。カズマはカズマで、目の前の猫耳が燃え尽きている時に聞いていたので彼女の質問に頷いた。知ってるけど、それがどうしたんだ、と。
「いや、あたしもそういえばって思い出したんだけど、冒険者って税金の支払い結構温情されてるのよ、街の治安維持とか、街そのものをモンスターから守ったりとかしてるから」
「まあ、冒険者家業なんか危険と隣り合わせだしな。それくらい優遇してくれてもバチは当たらないだろ。で、それがどうしたんだよ」
「税収の時の調査で、資産があるのに冒険者としての働きが少ないと支払う額上がるらしいわよ」
「流石に三日程度サボるくらいじゃ問題ないだろ」
「冒険自体はもう一ヶ月くらい行ってないですよ?」
頭上のぬいペコが再度溜息。この男、前回の領地視察から全くと言っていいほど冒険者していないのである。マジで? と聞き返すと、振り返ったキャルも頷いた。
が、だとしても。大きな仕事を行った後の休息という意味では別におかしくはないだろうと思い直し反論する。この教会で暮らすようになった頃だってそんなもんだっただろうと言葉を続ける。
「今のあんたは曲がりなりにも大物賞金首を討伐した高レベル冒険者で、高額所得冒険者の一人で、ベルゼルグ王国第一王女の恋人なのよ? 駆け出しの基準で許されると思ってんの?」
「……マジで?」
「いや、分かんないけど」
「ぶっ飛ばすぞお前!」
「でも、用心するに越したことはないでしょ? 知ってる? まともに払うなら、あんたの場合今年度の収入の半分持ってかれるわよ」
半分。その単語の意味が一瞬理解出来ずに、カズマはそれを繰り返した。そうして、己の支払額を具体的に計算し終えると、冗談じゃないと立ち上がる。わわ、と頭の上のぬいペコがソファーに転がった。
「おいキャル。なんか適当なクエスト受けて働いてるアピールするぞ。出来れば簡単かつギルドや街の人に受けが良いやつ」
「……ペコリーヌもこいつのどこがそんなにいいのかしらねぇ」
「こういうところがいいんですよ。少なくとも、わたしは」
「物好きだわ」
はぁ、と盛大な溜息を吐き。じゃあ行くわよ、とキャルはぬいペコを肩に乗せたカズマに声を掛けた。
「はい、ではサトウカズマさん。……ええっと、この収入ですと本来はこれだけですが、ギルドと街の貢献に関与していただいているので、その一割で結構です」
「それでも五%か……」
うげぇ、と顔を顰めながら、カズマは渋々税金を払う。横では同じようにキャルが税金の手続きをしていた。ふふん、と彼の視線に気付いた彼女が口角を上げ、支払いが収入の一%ほどであるという書類をピラピラとさせている。
「はぁ!? お前なんで」
「キャルさんはアクシズ教徒のストッパーを務めてますので、その分の免除が加算されてますね」
「いやこいつも割と一緒になって暴れてるだろ。むしろ課税するべきだと俺は思う」
「特に何もないくせに問題引っ張ってくるあんたには言われたくないわよ。だったらあんたももっと課税されてしかるべきだわ。そうよ、もっと税金払いなさいよ!」
「アクシズ教徒筆頭巫女のキャルさんには到底敵いませんけどね! 大体アクシズ教会アクセル支部のメンツお前どうにか出来るのかよ、出来ないだろ」
「あれらをどうにか出来るやつがいたら逆に教えて欲しい」
死んだ目でそう述べるキャルに、カズマは思わず日和った。ギルド職員のルナも、まあしょうがないですよね、と苦笑している。カリンもあははと苦笑しながら、まあでも、と言葉を続けた。
「あの三人もきちんと税金の支払いには来てくれたので、街としては助かってますよ」
「シズルとリノはともかく、セシリーも来たんだ……」
「その辺のエリス教徒の冒険者と違って、アクシズ教徒はしっかりしてますからね、とギルドにいた他の人達に大声でアピールしながらでしたけど」
「マウント取るために来たのか……」
まあ実際、これでアクシズ教徒の冒険者カード所有者は全員税金を納めたので、彼女のマウントもあながち間違ってはいなかったりもするのだが。母数の問題である、ということを除けばである。
ともあれ。支払い自体は終わったので帰ろうかと酒場の席で待っているコッコロを呼ぼうとした矢先、窓口に見知った顔がやってくるのが見えた。まあこいつは当然か、とカズマはその人物を見て頷く。
「佐藤和真、何故僕を見てそんな反応を?」
「いや、別に深い意味はないぞ。お前は真面目だよなって思っただけだ」
先程も言われていたように、冒険者はあまり自分から税金の支払いに来ない。それでも街の周辺のモンスターを退治し平穏を維持してくれている彼ら彼女らに強く催促はせず、温情を行ってきた。だからきちんと手続きをするのは稀で、自主的となるとほぼ物好きレベルになっているわけなのだが。
御剣響夜という人物は、間違いなくその物好きであった。いつもありがとうございます、と言われているので、おそらくこの世界に転生して収入が安定してからずっと払っているのだろう。
そしてなにより。
「え? お前何でそんな払ってんの?」
「何故って。これが通常の税収だろう?」
「いや冒険者の優遇措置が」
「ああ、そのことかい。僕は冒険者であると同時に、魔王軍の討伐を期待された勇者でもある。ただお金を貯め込むくらいならば、少しでも人々のために使われるようにと思ってね」
歯が光るような笑みでそんなことを抜かすキョウヤを見て、あーはいはいとカズマは流した。ちなみに同行していたクレメアとフィオは普通に優遇措置込みで支払っている。流石に周囲に強要するほど盲目ではないらしい。
「その口ぶりからすると、君達も支払いかい?」
「まあな。コッコロはウィズ魔道具店で働いてるんでアキノさんが手続きしてるから、俺とキャルだけだけど」
「ペコリーヌさんは?」
「あいつは――」
基本国を治める側なので、多分手続きはここではやらないと思う。そう言いかけ、カズマは飲み込む。一応ペコリーヌがユースティアナであることは秘密なのだ。バレバレな気がしないでもないが、公言していないので現状こちらからバラすのはNGなのだ。キョウヤならばもう知っているような気がしないでもないが、それでも人のいる場所で口にするわけにはいかない。
「今ダクネスの仕事手伝ってるみたいだし、そっちでやってんじゃねぇの?」
「成程ね」
幸い彼も深く聞く気はないようで、それで話は一息つく。ふう、と息を吐きながら、カズマは今度こそとコッコロたちのいる席へと歩いていった。歩いていこうとした。
そのタイミングで何やらガヤガヤとうるさい連中がこちらに向かってくる。そしてその中の一人は、彼の知る限り間違いなくこんな窓口に、税金の支払いにやってくるような男ではなかった。
「ダスト……お前どうしたんだ? ここは税金の支払い窓口だぞ?」
「知ってるっつの。俺だってこんな場所来たくなかったし、何なら今すぐにでも逃げ出したいと思ってんだけど」
「ふ~ん。ダストってば、逃げちゃうんだ、へー。ほら見てフォーちゃん、これが穀潰しよ、はい復唱」
「だちゅと、ごくちゅぶし?」
「ダスト。いくら貴公がチンピラになったとはいえ、流石にこれは見過ごせん」
「あはは……これについては、あたしもあんまり強く言えないからなぁ」
ダストを取り囲む女性陣を見て、カズマは理解した。理解して、まあダストがモテキャラ化してるのは気に入らないから助けないと心に決める。リオノールとモニカの圧に負け、そのままダストは渋々税金の手続きを行っていた。
勿論彼の現在の資産では足りない。
「あー、これは困ったな。まあでも払えないもんは払えないから、非常に残念だが今回は見送るってことで」
「じゃあ、私が代わりに支払うわ」
「却下。お前が払ったらそれを口実にしてまた無茶やらせるつもりだろ。そもそも最初から俺は払えないっつってたのに、わざわざお前たちがここに」
「まあ、ひめさ、お嬢様の目的は間違いなくそれだろう。仕方ない、私が貸してやるから、早急に依頼でも請けて返済を」
「……フェイトフォーちゃん、知ってる? ああいうのをヒモって言うの」
「だちゅと、ひもでごくちゅぶし」
「何教えてんだリーン!」
「え? 私はダストをヒモにするのは全然構わないけれど」
「姫様……」
はいはい知らん知らん。カズマは向こうの会話を聞き流しながら止めていた足を再度動かした。隣にはいつの間にかキョウヤもいる。悪い男に引っ掛かっているようにしか見えないな、と苦い顔を浮かべていたが、口を出さないのは何となくやり取りで察したからだろう。
まあどうでもいい。さっさと帰ろう。キョウヤの言葉も聞き流したカズマは、とっくに離脱していたキャルも一緒に座っているコッコロの席に向かうと、じゃあ帰るかと声を掛け。
「それでしたら、こちらの依頼を請けてはどうですか? 領主代行と、第一王女様が連名で出しているものなんですけれど」
「あ? それでタダになるのか?」
「ゼロにはなりませんが、最大級の便宜が図られると思います」
カリンの言葉で動きを止めた。領主代行はダスティネス家のことだろう、まあそれは問題がない。魔物討伐ならダクネスとイリヤ、ついでにミヤコでどうにかなりそうな気がしないでもないが、まあ忙しいだろうから依頼を出すこともあるだろうと納得できる。
問題は連名の方だ。第一王女、ということはつまり。
「主さま。ペコリーヌさまからの依頼、とは一体どういうことなのでしょうか……?」
「俺にも分からん。けど、んー」
「どっちみち、あたしたちじゃなくてダストたちに出せるって時点で、そこまで特別なものじゃないでしょ」
そうは言いつつ、どんな依頼かは聞いておこう、と三人はその場に留まっている。何かしら手伝えるなら手伝うし、という気持ちも後押しをしていた。
だから、油断した。そのままカリンの伝える依頼を聞いてしまった。
「実はここ最近、大物賞金首討伐で儲けた結果怠けるようになった冒険者の方々が結構いまして。免除規定からも外れるので、その方々からの税金の徴収のお手伝いを頼みたいのです」
「……んん? これ本当にペコリーヌの出した依頼」
「――尚、極秘の依頼ですので、これを聞いた方々は協力か完全守秘かどちらかをお願いしますし、もし情報漏洩があった場合は罪に問われるのでご了承ください。とのことです」
「じゃねぇ!?」
カズマの脳裏に、なんだかペコリーヌやアイリスに似ている女性が扇を持って微笑んでいる姿が浮かんだ。横に楽しそうな顔のクリスティーナが立っているおまけ付きで。