A:あ? ねぇよそんなもん
冒険者ギルドの前に集められた冒険者達は、普段と違う空気を感じ取っていた。緊急の呼び出しだということでやってきたものの、強大な魔物や街の危機というわけでも無さそうで。その代わり、集まってきたこちらを取り囲むようにギルド職員や公務員らしき人物が立ち塞がっている。
そんな異様な状態にざわめき出した冒険者達に向かって、ギルド職員であるルナとカリンが声を掛けた。今回の呼び出しについての理由を語り始めた。
税金の支払いをお願いします、と。
「おーおー顔が引き攣ってる」
二人が説明するのを聞きながら、カズマは集められた冒険者側ではなく、立ち塞がる側の位置でほくそ笑んでいた。横には今回の事態、税金を集める側である領主サイドのダクネスが苦い顔を浮かべている。
「ダクネスさん、まだ不満なんですの?」
「いや、そういうわけではないが」
今回の発案者はカズマである。ダスト達と共に逃げられない仕事を請け負う羽目になった彼は、ならばいかにして自分は楽をするか思考を巡らせた。その結果生まれたのが現在の光景である。この仕事の恩恵を一番に受けるダストは、それはいいとカズマの案を喜々として受け入れ、協力をしていた。
その方法というのが。
「免除の高い奴も低い奴も一緒くたにして、本命の全然免除のない連中の目をくらまして」
「本命が逃げないように協力してくれた冒険者は冒険者としての務めを果たしたから免除の段階を引き上げる、と」
「うまい具合に餌を用意して、自分は動かず手駒を増やす。カズマ君は軍師タイプだよね」
ダストとリーンが目の前の状況を見ながら呟き、リオノールはそれに感心する。モニカはそんなリオノールの言葉を聞いて何とも言えない表情をしていた。
ちなみにダクネスは当初この案に難色を示していた。街の冒険者のほぼ全員が免除規定を下回っているのならばともかく、特定の連中だけならばそいつらを集めればいいのではないか、と。勿論カズマは却下した。その場合、勘のいい連中には気付かれる可能性がある、より確実に集めるためにもこれがベストだ。そう言われ、更には先程の他の冒険者も包囲網の一員にするという策も加えられたことで、彼女は首を縦に振ることとなった。アキノは最初からノリノリである。
「あんたってほんとこういう時の悪知恵は凄いわよね」
「頭の回転が速いと言え。別にお前らに迷惑かかるわけじゃないから、いいだろ」
「ま、ね。……ところでペコリーヌ。あんたの言ってた手伝いってのはこれのことだったの?」
やれやれとカズマを見た後、ふと思い出してキャルは横のペコリーヌに問い掛ける。問われた彼女は、あははと頬を掻きながら首を縦に振った。
「お母様――王妃が何かしでかしそうだと思ってたので、その時は手伝ってくれたらな~、くらいに思ってたんですけど」
まさか堂々と娘の名前を使ってしでかすとは。クリスティーナとタッグで高笑いを上げている自分の母を思い浮かべ、ペコリーヌは溜息を吐いた。キャルちゃんには迷惑かけちゃいましたね、と苦笑した。
「いや、別に元々約束だったし、こういう時に手伝うのはなんかもう当たり前にもなってるから、それは全然構わないんだけど」
キャルはそんな彼女の言葉にあっさりと返し、それよりもと彼女を見た。むしろこの状況はそっち的に大丈夫なのか。そう問い掛け返した。
「へ? まあいいんじゃないですか? 犯罪してるわけでもないですし」
今度はペコリーヌがあっさりそう返す。確かに彼女の言う通りではあるが、いかんせん恩赦を受けたいなら、助かりたいならと同僚を売り渡すよう仕向けさせるのは果たして真っ当な手段と言えるのだろうか。というかこれは犯罪組織がやる手口ではないだろうか。冷静に考えると何となくキャルは不安になる。
が、いかんせん彼女もアクシズ教徒である。まあでも実際犯罪ではないのは確かなのだからいいかと開き直るくらいには頭アクアであった。
「しかし、これは後々冒険者の皆様に軋轢が生じてしまわないのでしょうか……」
「ああ、そっちの方は別に心配いらないわよコロ助。冒険者なんかそういう連中の集まりだし、仲良しこよしとかやってる方が珍しいでしょ」
「そうよママ。こういう仲間割れは最終的に強いやつだけ残って続いていくものだもの」
「シェフィ、あんたの理解とあたしの説明はこれっぽっちもかすってない」
野生の魔物よりはもうちょっとだけ理性があるわい。そんなことを言いながら、キャルは目の前で繰り広げられる光景に視線を戻す。デストロイヤーや魔王軍幹部、祭りのエロ鎧、一部微妙なものもあるが大物討伐でアクセルの冒険者はそこそこ潤っている。そこで多少は安全策を取りながらも冒険者として生活していたものと、手に入れた大金にかこつけて働いたら負けを続けていたもの。後者は場合によっては税金で収入の半分を持っていかれると知って必死で抵抗するが、突如降って湧いた税金支払減額サービスにホイホイされた前者と後者のちょうど真ん中辺りの連中によって駆逐されていく。
「まあサボってれば腕も鈍るわよね」
連行されていくニート冒険者をぼんやりと眺めながら、キャルがそんなことを呟く。まあそうだな、と売られていく子牛のような連中を見ながら、カズマもなんとなしに同意した。
「ちくしょう! 何で俺たちだけ! もっと金持ってる奴とかの家に直接乗り込めばいいだろ!」
抵抗していた冒険者が喚く。それに同調したのか、そうだそうだとニート冒険者達はジタバタと暴れながら叫び始めた。捕まえる側だった冒険者も、まあその言い分はもっともだよな、とほんのわずか捕まえる手が緩む。
そんな冒険者達に向かって、ギルド職員と公務員は返答をした。以前似たような事例があった時にそれを行ったら、衝撃を与えると爆発するポーションなどを家に置いてわざと徴税に来た職員に触らせ、資材を破壊したと逆に訴え抵抗した輩が続出したのだ、と。それを聞いたニート共は、成程冴えてやがると一瞬だけ考え。
「その結果、とある大貴族の方がこれ幸いと武力と権力でその人達をケツの毛までむしり取る宴を開催したので、こちらとしても流石にアクセルの冒険者の数が減り過ぎるのはよくないと」
徴税は二の次でただただ楽しそうに腕利き冒険者を薙ぎ払っていた一人の女性を思い出しながら述べた公務員のそれを、嘘や誇張だと一笑に付することは出来なかった。おい初耳だぞとダクネスへ振り向いたカズマは、彼女が遠い目をしていたのを見て覚った。できるだけ穏便に済ませようと言っていた理由はこれか、と。
「どうやら、問題なく終わりそうだね」
カズマの横合いから声。視線を動かすと、駆逐されるニート冒険者を眺める観客としてキョウヤが立っていた。その表情を見る限り、現状に不満を持っているようには見えない。
だからこそ、カズマは首を傾げた。こいつこういう方法嫌ってなかったっけか、と。
「なあ、ミツルギ」
「なんだい?」
「お前いいの?」
「何がだい?」
「いや、お前ってこういう時「そんな卑怯な手を使わずに、きちんとこちらでやるべきだ」とか言うタイプじゃん」
バカ正直にニート冒険者だけを集めて、説得なり何なりをやるだろう。最終的に戦闘になるとしても、本人が矢面に立つであろうとも予想できた。が、現実は傍観者ポジションで冒険者同士の醜い争いを眺める立ち位置にいる。
「まあ、確かに思うところはあるけれど。弱者を虐げているわけでもないし、彼等は悪い言い方をしてしまえば大なり小なり犯罪者になり得た人達だからね。多少のことには目をつぶるよ」
「え、何? 何か悪いものでも食ったの?」
「失礼だな君は。僕はただ、君の気持ちを汲んだだけさ」
「は?」
何言ってんだお前、という顔をしたカズマに向かい、キョウヤはどこか楽しそうに笑う。君も素直じゃないね、と何か分かった風な言葉を紡ぐ。
「これで、多くの税金を払わされる冒険者達の矛先は直接的に邪魔をした同じ冒険者になる。多少遡っても、精々がギルド職員や公務員で、だとしても憤りは低いだろう」
「で?」
「皆まで言わせるのかい? 今回の指示を出した大元、領主代行の彼女やアキノさん、そして第一王女ユースティアナ様へのヘイトはほとんど無くなるんじゃないかな」
そう言ってキョウヤは笑う。何だかんだ言って、君も仲間思いだよね。笑みをどこか生暖かい感じに変えながら、彼は言葉を続けた。カズマにとっては非常にムカつく顔である。
「あのなお前、俺がそんな考えでこれを実行したと思ってんの? 大体指示を出したのが誰かなんて最初から話題に出してないんだからあの連中は知らねーよ」
「ああそうかい、それじゃあ僕の勘違いだ」
そう言いながらもキョウヤの笑みは変わらない。ムカつくなこいつ、と思いながらも、話が通じないと結論付けたカズマは彼から離れた。誰が好き好んでそんなラブコメのやれやれ系主人公みたいなムーブをしなければいかんのだ。悪態をつきながら、向こうで指示を出しているダクネス達の方へと足を進める。
極々普通に集めて包囲して支払いをさせた場合、直接的な実行者はギルド職員と公務員になる。単純に一つずつ下がってくるわけだ。ただし、仕事なのでと必死な職員達には多少同情の念が入る。結果として指示の大元である領主と第一王女への不満が、多くはなかったとしても生じてしまう可能性があったわけで。
「嫌われちゃいましたかね、とか言わせるわけにはいかんだろが」
街の連中はペコリーヌがユースティアナであることを知らない。だから、もし今回の件で顔も知らないユースティアナへの不満を持ってしまったら。酒場でアルバイトしているペコリーヌへと、第一王女が酷いことをしたとちょっと愚痴ってしまったら。
まあしょうがないと彼女は割り切るだろう。が、それでも。あはは、と少し悲しそうに笑うだろうということは想像に難くないわけで。
「ていうか王妃だろ一番は。娘の名前勝手に使うからわざわざ俺がこんな」
「どうしました?」
「うぉあ!?」
顔も知らない彼女の母親に文句を呟いた矢先、たまたま聞こえたらしいペコリーヌがこちらを見て首を傾げていた。いきなり驚いたカズマに、彼女も若干目をパチクリとさせている。
「ぺ、ペコリーヌ? え? 何? 聞いてた?」
「聞いてた、って……何をですか?」
「聞いてないならいいです、はい」
キョウヤに邪推された、というか合ってなくもないそれを本人に聞かれた場合、もれなくカズマが羞恥心で死ぬ。キャルにからかわれ、コッコロに褒め称えられる追加攻撃付きだ。そんなわけで彼はしらばっくれた。何でもないと言い張った。
そうですか、とペコリーヌは追求をやめる。勿論本当に何でもないのだとは思ってないのだが、嫌われたくないので言いたくないことを無理に聞く気もない。吹っ切れたとはいえ、相変わらずこういうところはとことん臆病なのだ。
だから彼女は、時々キャルが無性に羨ましくなる時がある。そんなこと気にしないとばかりに、カズマにずけずけと入り込んでいく彼女が。自分の好きな人のことを、どんどん積極的に知っていく彼女が。
「おーい、ペコリーヌ?」
「あ、ごめんなさい。どうしました?」
「いや、だからどうしたはこっちのセリフだってば。何かあったのか?」
「え? 別に何もありませんよ?」
「……じゃあ何で俺のとこ来たの?」
「特に理由はありませんけど」
何だか話が噛み合ってないような。そんなことを思いながら首を傾げるペコリーヌに対し、カズマはカズマで何だか微妙に変なことを考えていた。これはどういうことだ、と。ひょっとしてただ単に俺と一緒にいたいとかそういうアピールなのか、と。
別に付き合っているので本来はその答えでも全然構わないはずなのだが、いかんせん先程のキョウヤとの会話で辺に意識している関係上、カズマはそれを素直に受け取れない。そして当の本人であるペコリーヌは本当に何も考えていないが正解なので、落とし所も真実も決して見付からないのである。
そのタイミングで、ギルド職員達のバリケードが緩んだ。一応バリケード役であるカズマ達は、その緩んだ一角に何事だと視線を向ける。そして生き残っていたニート冒険者は千載一遇のチャンスとばかりにその穴へと突入した。
「よし、これ、で……」
そして顔を引き攣らせた。緩んだバリケードの外側から、こちらにやってくる人影が見えたからだ。ただそれだけならば気にせず突っ切ればよかったのだが、いかんせんその人物が問題である。
「おや、随分と鬼気迫る顔をしていますね」
「そうね。見たところ、大方税金を払うのが嫌で逃げ出した連中の一部でしょう」
「成程。……あ、ひょっとして捕まえたら金一封とかもらえませんか?」
この騒ぎの中でも冷静にそんなことを述べる小柄なエルフの女性と、スタイルのいい美女。の横で眼帯に覆われていない方の目を紅く光らせた少女が、大人しくお縄についてもらおうかとポーズを決めていた。
「ぎゃぁぁぁ! 頭のおかしい集団だぁぁぁ!」
「誰が頭のおかしい集団ですか! 頭がおかしいのは所長だけですよ!」
「めぐみん。今更否定しても、一般の冒険者から見れば、貴女も十分狂人の類ですよ」
「……まあ、否定はしないわ」
「師匠まで! ここはそう思っていても否定してくれる場面でしょう!?」
何か揉め始めた。とその隙を逃さんとばかりにニート冒険者は横をすり抜ける。アクセルが誇る狂人のおかげで、緩んだバリケードも立て直されていない。いける、と彼等は思った。これで俺達は大金を失わずに済む。そんな叶いもしない夢物語を描いた。
「どこに行くつもりですか?」
「え? ――え!?」
目の前には先程すり抜けたはずのネネカが立っている。思わず振り向いてしまった先には、やはり先程と変わらぬ位置に佇んでいるネネカの姿が。
それが致命的となった。動きを止めてしまったニート冒険者の足元には、盛大に輝く魔法陣が生み出されていて。
「めぐみん。殺してはいけませんよ」
「分かってますよ。『エクスプロージョン』!」
「分かってねぇえだろこれぇぇぇぇぇぇ!」
ニート冒険者の断末魔の叫びは、真上に跳ね上がる爆裂によって掻き消された。周囲の連中がポカンとそれを見上げる中、めぐみんはドヤ顔でネネカが生み出した椅子に倒れ込む。
いやこれ木端微塵だろ。誰もがそう思っていたが、爆煙が収まると同時に装備を一切合切吹き飛ばされたニート共が降ってきた。多少焦げているが命に別状は無さそうである。
「ふ。見ましたか? これぞ爆裂魔法を極めし者の持つ秘儀の一つ、暴徒鎮圧を目的としたエクスプロージョン。
「いやもう素直に別の魔法使えよ。何で全てを爆裂魔法でまかなおうとしてんだ……」
そんなんだから頭のおかしい爆裂娘呼ばわりなんだぞ。引きずられていく全裸ニートと椅子に座ったまま運ばれていくドヤ顔爆裂バカを見ながら、カズマは付き合ってられんと溜息を吐いた。そうしながら、そういやあいつらは何しに来たんだと怪訝な表情を浮かべる。
ギルド職員も彼と同じ意見を持ったようで、近付いてきた狂人共、もとい、ネネカ達に思わず姿勢を正す。今日はどうされたのですか、と少し震えながら問い掛ける。
「おかしいですね。今日は税金の取り立てを行っていると言うので来たのですが」
「……え!?」
「師匠、何だか所長が滅茶苦茶驚かれてますけど」
「ネネカ、あなたひょっとしてアクセルに来てから手続きしていないの?」
ちょむすけとめぐみんはこちらに来てから税金の支払いを行ったことがない。なので以前からアクセルに住んでいるネネカに聞こうと思っていたのだが。職員の反応からすると、ひょっとしたら彼女もこれが初なのかもしれない。思わずジト目で彼女を見た二人だが、当の本人は失礼なと短く返す。
「払うほど収入を得ていなかっただけです」
「ダメじゃないですか!?」
「正確には、税収の対象になるような稼ぎを行っていなかった、という方がより近いでしょうか」
「ねえネネカ、それはこの場で言っても大丈夫なやつなの?」
「さあ? それを判断するのは私ではありませんから」
しれっとそう述べ、ネネカは窓口に書類を提出する。元々冒険者カードこそ持ってはいるものの、彼女は冒険者ではない。だが、デストロイヤーや魔王軍幹部、エロ鎧などで街への貢献度は非常に高いわけで。
「おや、この程度で良いのですか? 思ったより少額ですね」
「まあ、その、色々と街に貢献をしていただいていますので……」
微妙に奥歯に何か挟まっているような物言いではあったが、ともあれ彼女の支払いはほとんど無いらしい。ちょむすけとめぐみんに至っては免除である。
まあ怪しい研究所に収入なんかないよな。淡々と手続きを行うネネカを見ながら、周りの連中は皆一様にそう思った。
「は、はい。では、これで手続きは完了です。ご協力感謝します」
ともあれ。最後の最後で特大のイレギュラーが襲来したものの、作戦自体には別段影響はなく。
アクセルの街の税金の支払い手続きは、滞りなく終了した。