プリすば!   作:負け狐

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第十章、完!


その188

 アクセルの街の税収に関する書類を眺めながら、クリスティーナは口元を三日月に歪めた。その横では、どこか呆れたような表情を多分しているであろう全身鎧の女性がいる。

 

「クリスちゃん、それは王妃様に渡す書類じゃないのかい?」

「ん? ああ心配するな団長、王妃様には既に提出済みだ。これは写しさ」

 

 笑みを浮かべたまま、なんなら見てみるかと彼女は全身鎧――ジュンにそれを渡す。やれやれとぼやきながら、彼女もその書類に目を通した。

 暫しそれを眺め、兜の中で目をぱちくりとさせる。思った以上にきちんと税収が出来ている。というかほぼ完璧だ。ここのところあの街の冒険者は割とサボリ気味だったので免除が少ないという話は聞いていたが、その手の輩は大抵支払いを渋るものだと思っていたのだ。

 

「その通り。だから王妃とワタシでその辺りをどうにかするようにギルドに依頼を出したのさ。うちのボスの名前を使ってな☆」

「クリスちゃん……」

 

 というか王妃様も何やってるんだ。若干の頭痛を覚えながら、ジュンはつまりそういうことかと溜息を吐く。ユースティアナ様が頑張ったんだね、と横の彼女に言葉を紡いだ。

 が、クリスティーナは笑みを浮かべたまま残念はずれだ、と返した。

 

「それをやったのはボウヤさ。恋人のために頑張るなんて、いじらしいじゃないか♪」

「うん、確かに。少年は大事な人のためになら頑張るタイプだったね」

 

 成程、と納得したように頷いていたジュンは、そこでピタリと動きを止めた。

 

「恋人!?」

「何だ団長、知らなかったのか? ユースティアナ様とボウヤは付き合っているぞ」

「え? し、知らないよ? というかどうしてクリスちゃんは知っているの!?」

「その場に立ち会ったアイリス様がぼやいていたぞ。後は王妃様も承知で楽しんでいるようだったしな」

 

 真面目に仕事をしているからそうなる、とクリスティーナが笑う。何でそこを責められるのかさっぱり分からないが、しかしクリスティーナだからしょうがないとジュンは諦めたように肩を落とした。

 そうしつつも、今の彼女の話によると王城へ報告したわけではなさそうだと判断し、こっそり安堵する。自分にだけ知らされていない、というショックからは免れたのだ。

 

「……だとしても、私達には教えてくれても良かったのに」

「あれはただ恥ずかしがっているだけだな。どうせこれからバレるんだ、さっさと言った方がマシだっただろうにな☆」

「まあ、ユースティアナ様にとっては初めての経験だろうし、仕方ない――ん? クリスちゃん、今なにか変なこと言わなかったかい?」

 

 変なこと、というより不穏なことと言った方が正しいだろうか。何だか無性に嫌な予感がしたジュンは、返答を聞くべくクリスティーナの顔を見た。が、彼女は変わらず笑顔のまま。相変わらずの人を喰ったような顔、というか楽しくて仕方がないと言わんばかりの邪悪な笑みだ。

 

「実は、アイリス様が近々許嫁と顔合わせをするらしいんだが」

「うん、その話は私も聞いたことがあるよ。でも、それがどうかしたの?」

「どうしたもこうしたも。妹様に許嫁がいるのに、姉君であるユースティアナ様に婚約者がいないのは問題だろう」

「ああ……そういうことか」

「そういうことさ♪」

 

 

 

 

 

 

「う゛ぁぁぁぁぁぁぁ」

「クロエ先輩、なんかアイリスちゃんお姫様キャラ完全崩壊総崩れって感じの声出してますけど、どうしたんです?」

「いや、知らんし。うちが来た時はもうこれだった」

「然り。ここでぼくが読書に興じている最中、ふらりとやってきたアイリス君は席に着くなりこの状態へと移行した。理由を一切口にせずだ」

「あ、じゃあ先輩たちが何かやらかしたからぐったりくたりしてるわけじゃないんですね、な~んだ」

 

 そんなことを言いながら、チエルもクロエやユニと同じように席に着く。置いてあったポットから紅茶を注ぐと、適当に味を調整し口を付けた。

 視線だけをアイリスに向ける。上半身を机に投げ出したまま奇妙なうめき声を上げている彼女は、普段とは似ても似つかない。ベルゼルグ王国の第二王女として常にきちんとした姿を心がけているのを知っている三人としては、一体何ごとなのかと心配になってくる。

 

「まあでも、こうやってチエルたちの前でこういう格好見せてくれるってことは、信頼関係マックスハートってうぬぼれちゃってもいい系なんですかね」

「ふむ。確証はないだろうが、少なくとも彼女がぼくたちにある程度の心を開いてくれているのは事実だろう。そういう意味では、チエル君の意見もあながち間違いとは言えない」

「いや、あんさ。そういう話って本人の前でやるやつじゃなくない? 見てみ? アイリスうめき声止まって顔真っ赤になってっから」

 

 先程とは別ベクトルで顔を突っ伏したまま動かないアイリスを見て、チエルはちょっとやりすぎましたねと呟く。その一方で、ユニはそれの何が問題なのかと言わんばかりの態度であった。

 

「友情を育むのは青春の一幕だろう? そして現状数値で可視化出来ない以上、お互いに言葉で確かめ合う必要がある。何よりぼくはアイリス君との友情を育むのを良しとしている。何の問題が?」

「しいていうならデリカシーっすかね……」

「ユニ先輩、そういう青春大爆発、みたいなこっ恥ずかしいセリフってここぞでやるからいいんですよ? なのにそんな初めて心を手に入れた悲しきマシーン系キャラみたいなこと言っちゃったら台無しじゃないですか。空気読んでくださいよ」

「いや元凶お前だから。なんでちょっとだけ反省したから自分関係ありませんヅラしてこっちがわ回ってんの?」

「え~。チエルはアイリスちゃんと友情育みまくりですから、常にそれっぽい話しても万事オールオッケーっていうか、むしろそれがないとノルマ未達成でEランクになっちゃうタイプのカワ娘プリティーハッピーっていうか」

「あーはいはい。んでアイリス。どしたん? 気持ち落ち着いてからでいいから話してみ?」

「うっわ~この人釣った魚にはお塩ぶっかけてこれから釣る魚には美味しい餌ぶらさげてますよ。どう思いますユニ先輩、チエルこのままだと擦り込まれた塩対応で水分シオシオにされて心カラッカラになっちゃうんですけど」

「落ち着き給えチエル君。クロエ君なりに優先順位を付けた結果だろう。現状どうにかしなければいけない問題の最たるものはアイリス君だ。まずは彼女の状況改善をしてからでも遅くはない」

「そうですね。このやり取りでもアイリスちゃんがあのままってことは割と本気で参っちゃってるぽいですし」

 

 ショックを受けたような素振りをあっさりと捨て去り、チエルもクロエと同じようにアイリスの方へと向き直る。そうしながら、まあ無理には聞きませんけど、と彼女には珍しく短く言葉を紡いだ。ユニは語らず見ている。

 その状態が暫し続き。体を投げ出したままのアイリスは、ようやくぽつりぽつりと話し始めた。今少し面倒なことになっていまして、と前置きをした。

 

「実は、私の許嫁である隣国の王子との顔合わせが近い内にあるのですが」

「へー。やっぱ王族ってそういうのあんだ」

「まあ、お姫様ですし、お約束的な感じしますよね。学院長にはいませんけど」

「彼女は自身で伴侶を決めたいという理由で元の婚約話を蹴って学院長をやっている奇特な人物だ。一般的な王族の範疇には当てはまらんだろう」

「聞こえてるんですけどぉ」

 

 振り返る。そこには笑顔のまま微妙に眉をピクピクさせているリオノールがいた。横にはフェイトフォーが立っており、全く含みのない顔で彼女に問いかけている。

 

「ひめちゃま、こんやくちゃいないの?」

「いーまーすぅぅ! ……予定だけど」

「いないんじゃん」

「学院長、このタイミングの見栄っ張りは寂しんぼちゃんですよ?」

「やっかましいわ! というか私のことより、今はアイリスちゃんでしょ!」

 

 会話には参加せず後ろで吹き出していたモニカとダストを睨み付けながら、リオノールは軌道修正をする。ついでに四人の座っているテーブルの空いている席にドカリと座り込んだ。

 

「アイリスちゃん。その口ぶりだと、許嫁との顔合わせの件で何か問題があるのよね?」

「……はい」

 

 ようやく顔を上げたアイリスが話すところによると。そもそもこの婚約話は隣国エルロードの関係強化のためだ。エルロードの支援金は馬鹿にならない金額で、攻撃力だけアホのように高いベルゼルグ王国の防衛費の一角を担っている。

 

「ですが、ここのところ資金の援助を減額、あるいは取り止めにしたいという話が向こうの国から出てきていまして」

「は? 何で?」

「最近幹部も倒され始めて、魔王軍も焦っているじゃない? 前線と繋がっている上に戦力が充実しているここだけじゃなくて、他の国にも攻め入って戦線を維持しようと考えていても不思議じゃないわ」

 

 特にエルロードは軍備が整っているとは言い難い。もしもの時に備えて支援より自国に金を使うというのは間違った選択肢ではないだろう。そんなことを思いながら、リオノールはアイリスに述べる。はい、と頷いた彼女は、そうはいってもと言葉を続ける。

 

「同盟なのですから、その場合はこちらが戦力の支援をする算段もあります。婚約者の国を見捨てるような不義理を、ベルゼルグ王国がするわけにはいきませんので」

「しかしアイリス君。その返答は当然向こうの国にも伝わっているのだろう? それでも尚支援を打ち切りたいというのはいささか奇妙に思えるのだが」

「はい。私もそう思います。ですので、今回の顔合わせも踏まえ、向こうの国の真意を知りたいのです」

 

 そう真っ直ぐに述べるアイリスの瞳には迷いがない。そんな彼女の表情を見たクロエは、ん? と首を傾げた。じゃあ何でさっきのあの状況だったんだ、と。

 そのことを問い掛けると、途端にアイリスの表情が険しくなる。防衛費の件とは別に、この話には問題があるのだ。先程とはうってかわって、非常に嫌そうな顔で彼女は言葉を紡いだ。

 

「……今回の交渉材料の一つとして、同盟のための婚約者を変えるという意見もありまして」

「え? それってアイリスちゃんじゃなくて別の人にチェンジってことですか? でもそれって――」

 

 言いながら気が付いた。第二王女であるアイリスが向こうの不満ならば、第一王女ならばどうだ。そういう意見が出ているということなのだ。

 つまるところ。

 

「え? ティアナちゃん彼氏いるじゃない」

 

 そういうことである。リオノールの言葉に頷いたアイリスは、そうなのですが、と言いにくそうに言葉を続けた。

 

「お姉様は、その……まだ国王陛下――お父様にお付き合いをしている相手がいることを伝えていないので」

『あー……』

 

 これどうしようもないやつだ。そう覚った皆は、何とも言えない顔を浮かべることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「いや、ならとっとと報告しに行きなさいよ」

「そうなんですけど……」

 

 王城から届いたその手紙を読んで頭を抱えるペコリーヌに、キャルはジト目でそう言い放った。内容は奇しくも妹がブライドル王国組に相談している内容と同じものだ。つまり、エルロードとの同盟交渉で婚約者がユースティアナになる可能性がある、だ。

 

「流石に付き合ってる相手がいるってなったらその提案されたところで国王陛下も却下するでしょ? こう言っちゃなんだけど、隣国のボンボン王子よりカズマのほうが絶対いいわよ」

 

 見た目はパッとしないし普段の性格は大分アレだが、有能であることは間違いない。勇者候補としての功績も恐らく突出しているだろう。ベルゼルグ王国の王族の恋人としてはこれ以上ないほどの人材だ。

 

「はい。ペコリーヌさま、わたくしもキャルさまと同意見でございます。主さまならば、国王陛下もお認めになるかと」

「そう、なんですけど……」

 

 何とも歯切れが悪い。一体何が問題なのかとキャルが彼女に問い掛けると、ペコリーヌはもごもごと口を動かし、そして視線をゆらゆらと彷徨わせた。そうしながら、絞り出すように二人に向かって言葉を紡ぐ。

 

「は、恥ずかしいじゃないですか……」

「っかー! 見なさいコロ助!」

「卑しい女ですね、本物」

「キャ、キャルさま……? ぬいペコさままで……」

 

 顔を赤くしてモジモジするペコリーヌを見て、何らかの限界が来たらしいキャルと肩のぬいペコがぶっちゃける。本気の本気で言っているわけではないのは分かるが、あまりにもなそれに流石のコッコロも窘めた。

 ともあれ。理由を理解したキャルは、しかし表情は変わらないままだ。やってらんねー、あるいは、あーはいはい、である。

 

「まあ、あんたが言いたくないならそれでもいいけど。じゃあどうするのよ、なんとかしてアイリス様を婚約者の座に留まらせる?」

「それは……」

「でしょうね。あんたもシスコンなんだから、自分のわがままに妹使うのなんて嫌なんでしょ?」

「あの、キャルさま。アイリスさまは、婚約話を望んでおられないのでしょうか?」

 

 彼女の話は、まずアイリスがしたくもない婚約、という前提で進んでいる。流石にそれはどうなのだろうかとコッコロが尋ねたが、まあしたいとは思ってないでしょうねという答えが返ってきた。

 

「でも、あの娘のことだから姉に迷惑がかかるくらいならって考えてるんじゃない?」

「そう、ですね。アイリスなら、多分そう考えちゃうと思います」

 

 恥ずかしがっていた表情から一転、しょんぼりと肩を落としたペコリーヌは、そのまま暫し考えるように机を見詰めていた。が、答えが決まったのか勢いよく顔をあげた。そうだ、元来の性格的にどうしても肝心な場所で二の足を踏んでしまうのは悪い癖だ。そんなことを思いながら、彼女はそれを口にする。決めました、と言葉にする。

 

「わたし、お父様とお母様に、カズマくんとお付き合いをしていることを話してきます」

「りょーかい。それでどうするの? 一人で行く?」

「……できるなら、ついてきてもらっても、いいですか?」

「ふふっ。勿論、わたくしはかまいません」

「はいはい、分かったわよ」

「本物がどんな顔をするか、見させてもらいますよ」

 

 ペコリーヌの頼みに、コッコロは笑顔で、キャルは苦笑して、ぬいペコは変わらず無表情で。それぞれ同意の返事をする。じゃあ善は急げ、さっさと向かおうと立ち上がった三人と肩の一体であったが、そこにかけられた声で動きを止めた。

 

「なあ当事者の俺の意見ガン無視するのやめてくれる?」

「なによ、今更怖気づいたの?」

「そ、そんなことねぇし!? いや俺はただ、俺の意見もちゃんと聞けってだけでだな」

「主さま。わたくしもついています、ご心配なく」

「おう、コッコロがいるのは心強いよ。でもな」

 

 両親に挨拶という大難関で、しかも相手が国王と王妃というツートップ。覚悟を決めるにはあまりにも時間がなさすぎる。カズマとしては、出来ることならもう少し段階を踏んでご挨拶に向かいたい所存であったりするわけなのだが。

 

「大丈夫です、カズマくん。今回は報告に行くだけなので、直接はわたし一人でも」

「それはそれで俺がヘタレ過ぎるから嫌だよ! そもそも、俺とおまえが付き合ってる報告するだけじゃアイリスの婚約はそのままなんだろ? そっちもどうにかするなら、行かないわけにはいかんだろ」

「カズマくん……」

「ったく、ほんと、そういうとこよ」

「流石は主さまです」

「惚れ直しますね」

 

 うがぁ、と半ばやけくそになったカズマは、そのまま大急ぎで王城へ向かう準備を整えると、ペコリーヌ達の隣に並んだ。行くならさっさと行くぞ、と投げやりに告げた。

 

「はい! じゃあ行きましょう、カズマくん」

「あぁもう、……しょうがねぇなぁ!」

 

 




第十一章に、続く

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