その189
ベルゼルグ王国の王城。いくらここが実家であるとはいえ、自身の両親だとはいえ、国王と王妃に話があるからの一言ですぐ会えるわけではない。国王はユースティアナが頼めば二つ返事をしそうだが、当の本人が望まないのでそこはきちんとわきまえる。
そもそも無理矢理他の仕事より優先して娘に会いに来た父親に、付き合ってる人がいるんです、は致死ダメージだ。あるいは狂王一丁上がりである。
「流石に一言で国が乱れるのは勘弁して欲しい」
「あはは……」
カズマの呟きに、ペコリーヌは否定をしない。ひょっとしたらありうるかもしれない、と彼女自身も思っているからだ。ついでに王妃とクリスティーナがなんかしそう、とも思っている。
「ペコリーヌさま、流石にそのようなことはなさらないのでは?」
「クリスティーナは退屈だから戦争とか革命でも起きないかな、とか普通に本気で言う人ですよ」
「頭おかしい……」
何でそんなのが国の貴族のトップに立っているのか。そんなことをキャルは思いはしたものの、よくよく考えると頭がおかしいだけなら地位の高い連中が腐るほどいることを思い出した。というか身内が筆頭の一角である。ペコリーヌとどっこいどっこいの立ち位置であったのを自覚し、彼女は無言で項垂れた。
「魔王倒したらどうするんだろうなあの人」
「ははっ、心配するな、ワタシだって多少はわきまえるぞ。定期的に好きに暴れられる機会があれば、平和とかいう退屈も享受するさ☆」
「ほんとかよ……おぉ!?」
そんな会話を聞きながら、カズマは現状があの戦闘狂を大人しくさせている丁度いい状況なんじゃないかと少し心配になりぼやいたそのタイミングで。彼の横合いから声がした。カズマの心配についての返答がきた。
その心配事の本人である戦闘狂、クリスティーナ本人からである。
「クリスティーナ? どうしてここに?」
「なに、ボスが陛下に会うまでの時間暇しているだろうと思ってな。ユースティアナ様の忠実な臣下として、馳せ参じたまでさ」
「仕事は?」
「ん? 何だボス、これがワタシの仕事だとしたら不満か?」
「……またジュンが溜息吐いてそうですね」
半ば諦めたようにペコリーヌが呟く。そんな彼女を見たクリスティーナは、笑みを浮かべたまま確かにそうかもしれないなと述べた。今の発言のことなど微塵も関係ない様子で、言葉を続けた。
「団長はボスがボウヤと付き合い始めたことを知らなかったのがショックだったようだからな☆」
「はぇ!?」
目を見開いた。そんなペコリーヌを見て楽しそうに笑ったクリスティーナは、何とも薄情なことだとわざとらしく溜息を吐く。
「え? 何あんた、あの人に話してなかったわけ?」
「……はい」
「大事な元教育係の片方だけ、こっちには言ったのに向こうには話してない、は流石にちょっとダメでしょ」
「うぅ……」
「そう責めてやるな猫のお嬢ちゃん。ワタシはボウヤ達と会う機会があったから指摘したが、団長がそこに立ち会うタイミングはゼロだったんだ。ボスの性格上、言い出せなくとも仕方ないだろう」
自分で追い詰めて自分でフォローする。こういうのをマッチポンプっていうんじゃないだろうか、とカズマは思わないでもなかったが、下手に口出しするとヤブヘビになるので彼は何も言わなかった。
というかそもそもその会う機会ってアイドルフェスのプロデューサーの時だよな、とカズマは追加で思ったが、やっぱり下手に余計なことを考えると碌なことにならないので即座に流した。あれ絶対仕事じゃなかったよな、というツッコミは闇に葬った。
「まあ、国王陛下と王妃様に報告した後にでも会ってやるといい。団長もボスの恋愛成就を祝いたがっていたからな」
「はい、そうします」
ペコリーヌが力強く頷くのを見ながら、クリスティーナは顎に手を当てる。ぺろりと舌で唇を濡らしながら、それでだ、と言葉を紡いだ。
「肝心の陛下達への報告はどうするんだ? ボス」
「え? ど、どうするって、普通に」
「どこの馬の骨かも分からない弱小冒険者を婚約者にします、か? それで通るといいなぁ?」
ククク、と笑う彼女を見て、ペコリーヌは少しだけ面白くなさそうな顔をする。そうしながら、カズマくんはそんな人じゃありませんと反論をした。
という感じでクリスティーナに乗せられたペコリーヌは、向こうの都合が付き謁見室へと通された際に胸を張った。恥ずかしいとか照れるとかそういう感情よりも、好きな人が見下されるのが嫌だという思いのほうが勝ったのだ。ついてきたクリスティーナが悪戯成功と言わんばかりに楽しそうな顔をしているのを横目で見ながら、キャルはこっそりと溜息を吐く。
「いやまあ、ペコリーヌのことを考えてやったんでしょうけど……」
「キャルさま、どうされたのですか?」
「あー、いや、結果オーライなのかしらねって」
「……ああ、なるほど」
小声でそんな会話をしながら、堂々と話をしているペコリーヌを見る。この人が、わたしが恋している人です、と宣言している彼女を見る。出発の時は覚悟を決めたとはいえまだ多少迷いがあったようだったが、今の彼女にはそれがない。そういう意味では確かにクリスティーナの挑発はいい発破になったのだろう。
逆に紹介されているカズマはペコリーヌの吹っ切れっぷりに動揺していた。え? いいのそんな堂々紹介して。分かった、とか国王言った後に俺首刎ねられない? そんなこともちょっぴり考えつつ、とりあえず余計な口を挟まないように静かに立っている。
何より。
「ええ、知っていましたよ」
『え?』
王妃がなんてことのない様子でそう述べ、国王とペコリーヌは揃って素っ頓狂な声を上げた。その横で、カズマはですよねー、と心中で思う。
この間の、娘の名前を使って難題を出していた時もそうだったが、目の前の王妃を見る限り横に控えているクリスティーナと近しいものを感じるのだ。以前仲が良いだとかそんな話を聞いた気もしたので、それを踏まえると間違いなくユースティアナの恋人の話は耳に入っているのだろう。
「陛下は前線で剣を振るっている身、余計な情報を入れることでもし何かあったらと止めておりました」
「そ、そうなのか……」
何か言おうとした国王に先んじて王妃が述べる。確かに魔王軍とぶつかり合っている最中に娘に彼氏出来たんだって、などと伝えられたらその場で戦線崩壊してしまいかねない。それを理解したのか、国王も反論できず引き下がった。
でもこいつを大事な大事なユースティアナの彼氏にするとか認められん。国王の心中はこれである。
「あなた。殺気が溢れていますよ」
「む。いやだが」
「諦めてください。アイリスも彼のことを認め、お義兄様と呼んでいるのですから」
「――は?」
今なんつった。目を見開いて王妃の方を向いた国王は、涼しい顔でもう一度アイリスも彼を慕っているという言葉を述べる彼女を見て、ワナワナと震え始めた。
「認めん、認めんぞ! こんな――」
「魔王軍幹部を複数討伐し、デストロイヤー破壊の立役者にして、勇者候補の一人、サトウカズマ」
「……こんな、大した、ことも、ない……」
王妃に口を挟まれ、勢いが急激に下がる。扇で口元を隠した王妃は、若干泣きそうな顔をしている国王を見て口角を上げていた。魔王軍幹部討伐も、デストロイヤー破壊も、どちらも王国がきちんと認めたことだ。これを否定するには確かな証拠が必要となるし、それもなしに行えば国王への不信感へと繋がる。つまりはクリスティーナが喜々として宴の準備を始めることに繋がるのだ。
何よりそれをやろうとした悪徳領主が既にいて、不正を暴かれ処罰されている。他でもない、こいつらに、だ。
「やべぇ、俺多分過去最高に異世界転生主人公してるわ」
これだよこれ、と思わず拳を握りしめる。異世界の勇者になって国の偉い人に讃えられる。望んでいたラノベ主人公の姿がここにあった。後はここで自分一人の力ではない、とか言えば完璧だ。実際そうだし。
そんなことを考えていた彼に向かい、覚えてろよこの野郎と捨て台詞を吐いて沈黙した国王に代わって王妃が話し掛けた。どうでもいいが、国王のその姿はどこかの誰かさんを彷彿とさせた、具体的には隣にいる彼女の妹とか。
「それで、サトウカズマさん。貴方はこれからどうするの?」
「へ? どうするって……何がですか?」
「ユースティアナと結婚をする気はあるの?」
「お母様!?」
思わずペコリーヌが叫ぶ。その後ろでは、いやそりゃそうでしょと言う顔でキャルがやり取りを眺めていた。コッコロもまあそうなるでしょうと納得顔である。
「なあ、ペコリーヌ。これ、どうすればいいんだ? このまま娘さんをくださいって言っちゃうべき?」
「話飛びすぎてません!? あ、いや、カズマくんとが嫌なわけじゃないんですけど、でもその、まだちょっと心の準備が」
「お義母様、娘さんを僕にください」
「カズマくん!?」
「いやだって、この流れは言うだろ? それに例のあれを防ぐためにも、それくらいまで関係を進めておいたほうがいいだろうし」
エルロードとの同盟に際し婚約者がどうこうという話のことだ。アイリスの方をどうにかするにしても、まずはユースティアナがエルロードの王子の婚約者にはなり得ないと確定させておかなければ話にならない。そしてそのためには、恋人であるというよりも既に人妻であるという方がより強力だろう。そういう判断である。
「そこまでしなくても、カズマくんはもうわたしの婚約者なんですよ!? 指輪だって渡してるんですから、よっぽどのことがない限りもうなりませんよ」
説明するならば、そのよっぽどのこととはカズマが死ぬことである。その場合結婚してようが結果は一緒なので、彼女の言っていることは間違ってはいない。勿論ペコリーヌとしてはカズマは死なせないという告白も兼ねている。
ちなみにペコリーヌのその発言で再度復活した国王が再び沈黙した。指輪あげたの……? という呟きと共に白くなっていく。そしてそんな夫を見た王妃はこほんと咳払いを一つした。わたわたしていたペコリーヌ達も、それにより再び視線を王妃に戻す。
「ユースティアナ。それはきちんと覚悟の上の行動ですか?」
「はい」
迷いなく告げた。ここ一番で、こういう時には一歩踏み出すのがどうにも遅いきらいがある愛娘が、躊躇うことなく踏み込んだ。それを確認した王妃は、そうですかと口角を上げる。
「ですが、王族の婚姻はそう簡単に決められるものではないということも、承知ですね?」
「はい」
同盟のために、国と国とを繋げるために婚約を結ぶ。そういうことが起きてしまう立場にいるのが王族、普通の貴族以上に窮屈で、恋しているからはいオッケーが通じない世界だ。
「最悪、縁を切られることも、廃嫡となることも覚悟の上ですね?」
「え? ちょっと待って、そこまでなの俺と付き合うのって!?」
「いえ、最悪の話ですし、そもそも跡継ぎはジャティスがいるのでユースティアナにはそこまでの責任はないですよ」
「……なあペコリーヌ、お前の母さんなんなの?」
「こういう人なんです」
まあこんなんでもないと変人と狂人と脳筋がひしめく王国の王妃なんぞやってられないのだろう。お前はお前のままでいてくれ、とペコリーヌに言いながら、カズマは気を取り直して王妃に向き直った。母娘の会話に割り込むようで申し訳ないですけど、と言葉を紡いだ。
「つまり俺がペコリーヌの婚約者として相応しければいいんですよね?」
「勿論」
「あんだけやってまだ足りませんか?」
「十分ですよ」
「なあペコリーヌ、ほんと何なのこの人!?」
「こういう人なんです」
カズマの反応を見て楽しそうに笑っている王妃は、少しふざけすぎましたねと彼に述べる。そうしながらも、確かに貴方達の功績は素晴らしいと続けた。仲間達との協力ありきとはいえ、高位貴族の婚約者としての資質は十分。
「ですが、やはり王族の婚約者となるには立場が問題ですね。貴族でもない冒険者という身分を覆すには一手足りません。何より夫の、国王の覚えが悪い」
扇をパタンと閉じながら、そういうわけなので何か出来ることはありますかと王妃は問う。もう一手何かを用意しろとカズマに要求する。
対するカズマは、そんな王妃を見てそれが狙いかと言わんばかりに顔を顰めた。視線をクリスティーナに向けると、何とも楽しそうに笑っているのが見える。成程、と頷き、丁度いいとばかりに彼も口角を上げた。
「そうですね……じゃあ、こういうのはどうですか。――エルロードの王子との婚約話を白紙にしつつ、防衛費を引き続き支援してもらえるよう同盟交渉をする」
「いいですね」
「そうすればアイリス――様も向こうに嫁がなくて済むし、国王陛下にとっては願ったりなのでは?」
「ええ、今ちょっと燃え尽きているけれど、それが出来れば陛下も貴方を気に入ると思いますよ」
「ふっ」
「くすっ」
『ふふふふ』
「カズマくんとお母様が悪い顔してる……」
ついさっきこの人なんなんだと言っていたその口で同調する自身の恋人を見ながら、ペコリーヌはまあいいかと流すことにした。
ともあれ。カズマの案はもとから勝手にやるつもりであったことが王家公認の依頼に替わっただけである。むしろ動きやすくなったので万々歳だ。
「では、冒険者サトウカズマ、キャル、コッコロ。貴方達三人とユースティアナに任せます。宣言したからには、きちんと成し遂げてもらいますよ?」
王妃の言葉に、四人は頷く。言われなくともそのつもりだとばかりに、力強く。
そうと決まればすぐにでも行動開始。話を終えたペコリーヌが踵を返し、キャルとコッコロがそれに続く。カズマもそんな急がなくてもとぼやきながらその後を追った。
「ちなみに」
そして謁見室を出ようとしたタイミングで、王妃が口を開く。今回謁見に時間がかかってしまった理由を口にする。
「アイリスは先程お友達のホワイトドラゴンに乗ってエルロードに向かったので、明日には向こうで婚約話を進めると思いますよ」
バァン、と扉を吹き飛ばす勢いで部屋の外に出ていったカズマ達は、このままでは絶対に間に合わないと走りながら頭を抱えた。
「どーすんだよ!? 馬車じゃ無理だろ!?」
「竜車は? 王族なら持ってるでしょ?」
「ありますけど、ホワイトドラゴンには追い付けませんよ」
速度が出るとはいえ、所詮陸を走る竜車では空を駆けるドラゴンには敵わない。詰みである。追い付けるとしたら、アイリスが乗せてもらっているホワイトドラゴン以上のドラゴンくらいであろう。
「……主さま、ペコリーヌさま、キャルさま。アクセルに戻りましょう」
「へ? 戻ってどうす――あ」
コッコロの言葉に、思い出したとばかりに三人は目を見開く。
そうだ。人化出来るようになったばかりのホワイトドラゴンよりも上の。フェイトフォー以上に長く生きているホワイトドラゴンの知り合いが、自分達にはいるのだ。片方はつい最近まで精神赤ちゃんだったけれど。
「ゼーンに頼むのね」
「即選択肢からシェフィ消してやるなよ、泣くぞあいつ」
「あはは」
尚、当然というべきか。アクセルに戻った一行は本人の猛プッシュによりシェフィに搭乗することになった。
クリス(宴)「結局団長には言えなかったなぁ☆ 残念残念」