ワニ肉で少しだけ回復した魔力をスティールで使ってしまい動けなくなったカズマをペコリーヌが背負うことにし、とりあえずギルドに報告をしようということになった。麦しゅわがなくなっても、ユカリがこの場で話せないと言い切ったからだ。つまりカズマは盗み損である。
そんなわけで、ペコリーヌにおんぶされたカズマはそのまま街の住人から生暖かい視線を向けられていた。その隣で彼の体調を慮るコッコロもおり、傍から見ている分には中々にアレな光景である。とはいえ、ここ数ヶ月で彼らの顔もある程度知られてきた。侮蔑の視線などが殆どないのがその証左だ。
「ぷ、ふふふっ、ぷふぅ」
「笑うなら笑えよ」
尚すぐ横で笑いを堪えている猫耳娘がいたりするが、まあ身内なのでノーカウントだ。
ちなみに許可が出たのでキャルは盛大に笑った。
「……なあ、そろそろ下ろしてくれてもいいんだが」
「駄目ですよ。今日はカズマくん結構無茶しましたし。ギルド酒場まではのんびりしててください」
「お前この状態でのんびり出来ると思ってんの?」
なんかめっちゃいい匂いする。そんなことを一瞬でも思ってしまうとアウトなので、カズマは極力ペコリーヌを意識しないよう努めている。これ普通逆だな、と思わないでもなかったが、どのみち彼の結末は一緒だ。変なことを考えたら、世間的に終わってしまう。
「……魔力すっからかんでよかった」
「どうかされましたか? 主さま」
「いや、こっちの話」
ナニがどうなっているか、そういう話をコッコロに聞かせるわけにはいかない。今の自分はただ恥ずかしい思いをしているだけの人間だ。誰が何と言おうと恥ずかしいんだ。
それはそれでどうなのかと思うような宣言を心の中でしつつ、道行く人達の視線を甘んじて受ける。すれ違う冒険者のああまたこいつらかという目を見ながら、ペコちゃんに背負われて羨ましいという視線を受け流しながら。そのままギルドへと。
「……な、え?」
恐らく普段この街に常駐していないのだろう。あまり見ない鮮やかな青く輝く鎧を纏ったその少年は、カズマ達を見て目を丸くしていた。パーティーメンバーであろう横にいる二人の少女に目の前の光景について尋ねたが、その二人は少年ほど気にしたふうもなく、ああうん、といった反応しかしない。
「クレメア、フィオ。僕がおかしいのか?」
「いや、別にキョウヤがおかしいわけじゃないと思うけど。最近はキョウヤ一人で王都に行ってたじゃない。その間に出てきた冒険者パーティーなのよ」
「へぇ。……ん? いや、僕の質問の答えになっていないような」
「大体いつもあんな感じだから、みんな慣れちゃった」
「そ、そうなんだ……あんな感じなのか、あんな……?」
男を背負っている金髪の美少女と、そんな男を心配するエルフの美少女。そしてそれを見て大笑いしている猫耳美少女。ついでにその四人を先導しているらしい多少見覚えのある美女の酔っぱらい。
あれがもう見慣れた光景なのか。ちょっといない間にまた変な人が増えたんだな。そんなことを思いながら、キョウヤと呼ばれた少年は去っていくその集団を見送った。
「……アイリス様?」
ふと思い出し振り返る。既に酒場へと入っていったのか、その姿は見えない。だが、あの少年を背負っていた美少女、あれは紛れもなく。
「いや、違うか。……それにしては、似ていたな」
王城にて出会った、ベルゼルグ王国の第二王女。彼女を成長させたら、あんな感じになるのだろうか。ほんの僅かなすれ違いだったためにはっきりと断言は出来ないが、彼は何となくそんな気がした。
「どうしたのキョウヤ」
「ん? いや、さっきの金髪の女の子が、姫様に似ていたなって」
「えー……そんなことないと思うけどなぁ。姫様って、もっときらびやかで大人しくて可愛い感じでしょ? ペコリーヌってこう、案外野性味溢れるっていうか」
「この間ジャイアント・アースウォーム食べてたよ」
「……勘違いだったかな」
フィオとクレメアの言葉を聞き、彼は意見をあっさり翻した。王女がその辺でモンスター食ってるはずがないな、と。
「そうそう。……そりゃ、確かに可愛いかもしれないけど」
「胸も、おっきいし……」
ぶすぅ、とむくれた表情で彼を見る二人。そんな彼女達を見て苦笑しながら、別にそういうんじゃないよとキョウヤは笑う。今の自分の大切な仲間は君達だからね。そう言いながらぽんぽんと頭を撫でた。
「キョウヤ……」
「うん、ありがと」
「お礼を言うのはこっちの方さ。いつも僕に付き合ってくれて、ありがとう」
そうして三人はギルドとは別方向へと歩いていく。ほんの僅かな疑念は残るが、そのうち忘れるだろう。彼の中では、その程度で終わった。
翌日。朝食後にカズマ達がウィズ魔道具店へと向かうと、外で掃き掃除をしていたウィズが一行を見かけて顔を綻ばせた。そうして、おはようございます、と笑顔で挨拶をされる。
「はい、おはようございます。ウィズさま」
「ウィズさん、おいっす~☆」
「おはよ」
「おはようウィズ。ユカリさん来てる?」
カズマの言葉に首を傾げつつ、はいここに来ていますよと答えたウィズは、中に入るよう促した。ぞろぞろと店内に足を踏み入れ、何故か設置してある休憩スペースで待っているユカリと合流する。
来ちゃったかぁ、と溜息を吐く彼女を見ながら、そりゃ来るでしょとキャルが呆れたように返した。そうしながら各々席に着き、昨日の続きを話してもらおうかと催促する。
「……それの許可を出すのは私じゃなくて」
げんなりした表情のまま、ちょっとウィズ、と棚の掃除をしていた彼女を呼んだ。そうしてやってきたウィズに耳打ちをする。何を言われたのか、彼女は目を見開き、ただでさえ悪い顔色を更に青くした。
「それで、どうするの?」
「……言っても、大丈夫だと思います」
「そっか。うん、まあ私もそう思っていたんだけど、やっぱり本人の許可がいるから」
そんな会話を行っていたが、残念ながらカズマ達の目の前である。肝心のキーワードを言っていないが、ほぼほぼバレたも同然である。
そもそも、件の話をわざわざここでやるという時点で何となく予想はついていた。だから神妙な顔でこちらに向き直るウィズを見ても、別に緊張はしない。
「えっと、みなさん。ごめんなさい、実は私は」
そこで言葉を止める。四人の顔を見渡して、ウィズはしっかりとそれを声にした。自分は人間ではない、と口にした。
「リッチーなんです」
「リっ!?」
がたん、と立ち上がったのはキャル。リッチーと言えばアンデッドの中でも最上級の存在だ。まともに戦えばとてもじゃないが敵う相手ではない。
そんなことを思いながら改めてウィズを見る。そこを差っ引いても、アークウィザードとしての実力で現状キャルは逆立ちしても勝てない。勝てるビジョンが見付からない。
そこまで考え、何だ別にどっちでも一緒じゃないかと結論付けた。結論付け、座り直した。
「……実は多少驚いてくれるかなって期待してました」
「そんな期待ゴミ箱にでも捨ててしまえ」
へー、で済ませているペコリーヌやコッコロを見ながら、若干しょんぼりしてウィズが呟く。そんな彼女をジト目で見ながら、カズマはそんなツッコミを入れた。
別に種族がどうとかはどうでもいいのだ。カズマにとって、今更アクセルのアークウィザードの一人が実はリッチーだったと言われても、まあそうだろうな程度でしかない。
「ほらやっぱりこの街のアークウィザード碌なのいねぇ」
「あはは……何だかすいません」
「ていうかさらっとあたしも碌でもない扱いにするのやめてくれない?」
「いやお前は碌でもないだろ」
「ぶっ殺すぞ!」
がぁ、と食って掛かるキャルを気にすることなく、カズマはそれはそれとしてとウィズに問い掛ける。まあまあとペコリーヌに羽交い締めにされているキャルを横目で見つつ、なんでしょうかと彼女は答えた。
「この《ドレインタッチ》はウィズのスキルってことでいいんだよな?」
「はい。……でも、きちんと説明していないのにスキル欄に登録されるなんて」
カズマに見せられた冒険者カード。それを確認しながらウィズは確かにそうだと頷きつつ、その不思議な現象に首を傾げた。登録される条件としてある程度見せてもらえば分かるスキルと、理解が必要なスキルに分かれている。ドレインタッチはどちらかと言えば前者ではあるが、しかしたまたま横目で見ていた程度で登録されるとは思ってもみなかったのだ。
「それは恐らく、アメス様の加護でしょう。主さまはアメス様よりこの地にもたらされたお方、アメス様の基礎たる受け入れる力が宿っていても不思議ではありません」
「へぇ……そうなんですね」
コッコロがそう自慢げに述べているが、正直カズマにはピンときていない。確かにこの間の新スキルまで加護らしい加護のないまま生活していた身としては、こじつけにしろ何にしろ隠された能力を発見されるのは望むところなのだが。
地味だ。カズマの感想はそれであった。最初の加護がスキルを覚えやすくなるで、次の加護が燃費がクソな超バフ。今更ながら転生特典間違えたんじゃないかと心配になる。
とはいえ、別に魔王をガチで倒そうと意気込んでいるわけでもないカズマは、変に何かを貰って巻き込まれるよりはこのくらいが丁度いいかと考えたりもした。正直、コッコロの言っていた加護は眉唾ではあるが。
「まあいいや。このドレインタッチって俺が覚えても問題ないのか?」
「え? そうですね。スキル欄に出るということは多分」
「……まあいい。何だかんだでポイント残ってるし、覚えてみるか」
冒険者カードに触れて、《ドレインタッチ》を取得する。どういうスキルかは先程聞いたため、使い方も概ね理解した。ついでに何故自分のカードにこれが登録されているのかも分かった。
「そもそもユカリさんのせいじゃねーか……」
「うぐぅ!」
初対面の時の墓場、そしてカズマがウィズ達にスキルを教えてもらっている時。その両方で、酔っ払ったユカリを介抱する目的で自身の体力を分け与えていたのだ。
あははと乾いた笑いを上げながら視線を逸らすユカリを見ながら、まあいいやとカズマはぼやく。原因を追求したところで何もなし。むしろ有用なスキルを手に入れてしまったので万々歳だ。
「あ、カズマくん。この間のスキル、それを使えば倒れなくて済んだりしません?」
「んー。どうだろうな。ぶっちゃけあれ使った時点でゼロ通り越してる気がするからな。俺が使えても多分役に立たんぞ」
「そうですか……。あ、じゃあこういうのはどうでしょう」
ぽん、と手を叩いてペコリーヌが提案をする。それを聞いたカズマは成程と頷き、ちょっとスペース無いかとウィズに尋ねた。ウィスタリア家がオーナーになった際、土地の拡張を行ったおかげで、裏手に怪しげな実験空間があるらしいとの話を聞いた一行はカウンターを越えて店の裏へと回る。予想以上の広場が存在しており、何に使うんだよとカズマは思わず顔を引くつかせた。
「基本的には昔私が仕入れた魔道具を改良した時の性能テストですね」
それはあの広場の片隅に山と積まれているドクロマークのついた看板後ろの物体のことだろうか。詳しく聞いてあれを引っ張り出されても面倒なので、カズマはとりあえず見なかったことにした。
それより今は件のスキルの実験だ。キャルを被験者としてカズマの前に立たせ、その後ろにウィズ、更に後ろにはペコリーヌを配置する。
「これ、大丈夫なんでしょうね?」
「お前この間今度は自分にもかけろって言ったじゃねーかよ」
「まあ、確かに言ったけど……」
今回は継続して使えるかどうかの実験である。ほんの僅かであの力だったのだ。失敗してバフが効き過ぎた結果ボン、という可能性も捨てきれない。
「では、行きます」
ウィズがドレインタッチでペコリーヌと自身の魔力をカズマへと送り込む。満タンに外付けタンクを用意されたカズマは、では早速とキャルに向かって手を突き出すように構えた。
瞬間。猛烈な勢いでキャルが輝く。そして、謎の感覚を覚え悲鳴を上げた。
「何これ!? ちょ、ダメっ! こんなの初めてっ……!」
「おいその言い方やめろ」
「あ、駄目です。わたしの魔力も尽きそうですね」
「正直、私もキツイです。爆裂魔法を放つ時くらいの負担がかかってますね……」
キャルの輝きが段々と落ち着いてきた。ふひぃ、とペコリーヌがへたり込み、ウィズも肩で息をする。そして外付けタンクが無くなったカズマはあっという間に枯渇する。
膝から崩折れた。受け身はかろうじて取ったが、思い切り地面とキスしてしまったことには変わりない。二度目なので気絶しない、そう言える時点で相当の進歩だろう。
それはそれとして。効果が切れる前に、とキャルは自身の杖を構え、用意してあったターゲットに向かって呪文を唱える。物は試し程度なので、中級魔法でいいやとそれを目標へと。
「ファイアーボーぉぉぉぉぉぉ!?」
軽く唱えたキャルの杖の先端の魔導書から、自身の身長の二倍ほどの火球が生み出され放たれた。地面を抉りながら目標に向かって突き進み、着弾すると盛大な火柱が上がる。ターゲットは跡形もなくなっていた。
「……やばいですね」
「ヤバいなんてもんじゃないわよ! あ、でも三人分の魔力使ってこれってことは、効率としては全然駄目ね」
後ろのカズマ達を見た。効果時間を伸ばしたのか、底上げを伸ばしたのか。恐らく前者であろうと予測するが、己の中から湧き上がってくる高揚感は後者のような気もする。もう少し検証が必要かもしれないが、その手に長けている人物は生憎とこの場にいない。強いて言うならばカズマだが、基本倒れる寸前になる今の状態では思考も回らないだろう。
「カズマ。大丈夫? 立てる?」
「無理だな。ちょっと誰か体力くれ」
「では、わたくしを吸ってくださいまし」
す、とコッコロがカズマへと寄り添う。迷うことなく流れるようなその動きに、カズマも少し遠慮しながら立ち上がれる程度にドレインタッチを行う。体を起こし、やっぱり使えねぇなこれとぼやきながら視線を巡らせ。
「ん?」
見覚えのない人物がそこにいることに気が付いた。ユカリの横で、宝石の装飾が施された派手で大きな帽子を被った背の低い少女のようなエルフがふむふむとメモを取っている。年齢は、コッコロと同じくらいだろうか。そんなことを考えた。
「あら、こちらに気が付きましたか」
メモから顔を上げるとその少女らしきエルフはカズマを見やる。じ、っとそのまま彼の顔を眺めていた彼女は、何かを考え込むように顎に手を当てた。
意味不明である。一体何者なのか。それすら分からない。ペコリーヌやキャル、そしてコッコロもそれは同様なようで、突然の乱入者に目をパチクリとさせていた。
「ああ失礼。貴方達は初対面でしたね。私は――」
そこまで言うと、彼女は少しだけ言葉を止める。そして、小さく口元を上げると、改めて言葉を紡いだ。
「そこらへんの人より、ちょっとだけ親切なお姉さんです。いいですね?」
よくないです。そう言える勇気のある人物は、その場にはどこにもいなかった。
お姉さん(身長149cm)