カジノ大国エルロード。そう呼ばれていたのはもはや過去の話。とはいえそれはカジノ自体が廃れたわけではなく。この国の重要な経済であることは変わっていないのだが、代名詞の座からは転落してしまったのだ。
そして、今現在この国のもっとも重要な産業は。
「やってきましたエルロード! いやまさかチエルのお財布ほとんど痛めつけずにここまで来られるとは思ってもいませんでした。持つべきものは友情、地位、権力! 青春してますね~」
「チエル、今友情にコネってルビうってたくさくね? アオハルさの欠片もないんだけど」
「然り。喜びを表現するのは構わないが、そこに青春の一ページを加えるのは乱暴ではないのかね。そして私見を加えさせてもらえば、学院長はともかく、アイリス君との関係をそう評してしまうのはいささか失望の念を禁じ得ない」
「ちえる、腹黒」
「ちょちょちょ!? むしろチエルの方こそ心外度マックスハートなんですけど!? アイリスちゃんとの関係をコネ扱いとか先輩たちってば人の心ないんですか!?」
「いやあんたが言ったんだから」
「うむ」
「誤解通り越してタワマンですよ!?」
ちなみにエルロードの王都入り口である。通行人達は騒いでいる五人組を何事だと見ていた。あまりにもなので、若干警備兵が遠巻きに睨んでいる。
というわけで。騒いでいる五人組扱いではあるものの、成り行きを見守っていたアイリスは、一旦落ち着きましょうと声を掛けた。
「ん。まあ被害者がそう言うんなら、うちは従うけど」
「そうだな。裏切られた張本人たるアイリス君がそういうのならば、ぼくもここは矛を収めよう」
「チエルが裏切り者で加害者の確定演出されてるのは捨て置けないんですけど!?」
「ちえる、うるちゃい」
「味方ゼロ!?」
ジロリと警備兵が目を細め更に一歩踏み出そうとしたので、素早く反応した一行は即座にその場を離れた。街の喧騒に紛れ、警備兵が追ってこないのを気配で確認する。そうしながら、再び視線をチエルに集中させた。
「チエル、弁明」
「言い分だけは聞こうじゃあないか」
「あの、クロエさんもユニさんも、少し落ち着いてください」
「アイリスちゃん……! やっぱりアイリスちゃんはチエルのこと信じて」
「チエルさんもきっと何か理由があったのです。そうですよね、チエルさん」
「パーテーション置かれてる!?」
笑顔のアイリスを見て、その発言を聞いて、今度こそチエルは力尽きた。違うんです誤解なんですと呻き始めた。クロエは鬱陶しいの一言でそんな彼女をバッサリといく。
るーるるー、とそのまま謎の寂しい口笛を吹き始めたので、そろそろ限界だなとユニは呟く。そうですね、とアイリスも頷いた。
「んで。チエル、落ち着いた?」
「落ち着くとか今更聞きます? チエルは既に墜落して木端微塵こちゃんですよ……。翼の折れたエンジェルは地面に愛されて情熱キッスをその身で受け止めちゃいました」
「案外余裕がありそうだ」
「とはいえ、到着直前ほどの勢いは流石に無くなったのでは?」
「うるちゃかった」
クロエもユニも、当然アイリスも。チエルの発言がそういうものではないことなど承知の上である。そもそもあの発言の対象者は九割九分リオノールだ。なにせ、今回彼女達なかよし部がエルロードに来れたのもリオノールの存在が大きいのだから。
アイリスが婚約者との顔合わせでエルロードに行く際の護衛として同行することになったなかよし部だが、そもそも普通ブライドル王国の面子がベルゼルグとエルロードの問題に参加できることがおかしいわけで。アイリスだって愚痴ってはいたし多少迂闊な面はあったものの、あくまで信用に値する友人相手という認識であった。
そこでじゃあ協力しましょうとなかよし部を護衛の冒険者として王妃に許可をもらいに行ったのがリオノールである。即オーケーを出した王妃に対し流石にどうなのと渋面の国王に、彼女達はアイリスの親友であり実力も十分だと告げ、決して裏切ることはないといつになく真剣に説き伏せたのも彼女だ。フェイトフォーがいれば移動もあっという間とダメ押しをして、見事護衛の座を勝ち取った。モニカの目は死んでいた。
「私は皆さんが一緒なのはとても心強く嬉しかったのですが」
「いやまあそれはうちらも一緒だったけど。チエルがなぁ」
「うむ。それに加えて余計なスイッチが入ってしまったのが問題だった」
「カルミナの本拠地でしたからね、エルロードは」
「うるちゃかった」
そう。エルロードの今現在もっとも重要な産業。それはすなわち、アイドルである。
そんなわけで。平常運転とは言い難いものの会話が出来る程度には頭のちぇる具合が改善されたカルミナすこすこ侍を連れて、一行はまず宿へと向かうことにした。ホワイトドラゴン、フェイトフォーの協力によって通常の三倍近いスピードでエルロードにやってこれたとはいえ、では即会談となるかといえば。向こうの準備もあるであろうし、何よりまさか超スピードでやってくるとは思ってもいないので、王都に到着した時点で頼んだ言伝の返事は、暫し待っていただきたい、であった。
「この様子ですと、明日、というわけでもなさそうです」
「そうなん? 早く来た意味あんまない感じか」
「クロエ君、そうとも限らないぞ。先んじてこちらにやってきたことにより、向こうの出鼻を挫くことには成功している。上から目線で聞くに堪えない交渉をしかねん輩に貸しを作ったことは、優位に立つことのできる一因になるだろう」
「アドバンテージ取っちゃった感じですね。いいじゃないですか、この調子でどんどん爆アド稼ぎましょう」
「ん? チエル、なんかアイデアあんの?」
「え? ないですけど。こういうのって自然と積み重なってモリモリしていくものじゃないんですか?」
「ふふっ。まあ今のところはこれでも十分だと思います」
チエルの言葉にアイリスがそう締め、なので暫くは観光を楽しもうと続けた。まあそういうことなら、とクロエもユニも反対することはなく頷いた。フェイトフォーも同様だ。そしてそれを聞いて一番テンションノリノリになったのがチエルである。
「じゃ、じゃあじゃあ! カルミナの聖地余すことなく堪能探索目いっぱいお腹いっぱいフルコースとかしちゃったりしてもいい……ってことですか!?」
「いやよくねーよ。取ったアド即ドブに捨てようとすんのやめな?」
「然り。チエル君がカルミナを好いている、というか崇拝しているのは承知の上だが、今のぼくたちはあくまでアイリス君の護衛だ。そこを違えるのはよくないな。たとえアイリス君が荒事に対しては一人でどうとでもなり、我らは護衛とは名ばかりの友人枠だとしてもだ」
「最後で台無しだよパイセン」
実際何かしらの戦闘を伴う問題に遭遇した際、この場で一番足手まといなのは支援役であるユニだ。そういう意味では彼女は正しく自身のことを認識しているとも言える。が、この場でぶっちゃけることでは当然ないわけで。
クロエが普段からそれっぽいジト目を更に強くさせ彼女を見る。その一方で、チエルはその発言で調子付く、というわけでもなく、まあ確かにある程度は自重しないといけませんねと頷いていた。
「え? チエル、何でパイセンのあれで説得成功されてんの? 要所要所に洗脳ワードとか紛れ込ませてた頭脳プレーやらかしてた?」
「いやそこは普通にユニ先輩の言う通りだな~って思っただけですけど。ひょっとしてチエル説得コマンド聞かない系暴走後輩だと思われてます?」
「うん」
「心からの肯定!?」
がぁん、とショックを受けたようなポーズを取りつつ、チエルはまあそれもそうですねとあっさり同意した。実際先程までの彼女は間違いなく説得の聞かない暴走状態であったからだ。
それはともかく。チエルはそんなことを言いながら置いておいてとジェスチャーをし、でも少しくらいなら問題ないですよねとアイリスを見た。彼女としても、最初から別段反対する理由もないのでええ勿論と頷く。我が意を得たりと拳を天に突き上げたチエルは、じゃあ早速行きましょうと部屋を飛び出す体勢に入った。
「えちょい待ち。うちらも行くの?」
「え? 来ないんですか?」
「ぼくは遠慮しておくよ。アイドルとカジノで発展した国の想像に違わず、ここは随分と騒がしい。喧騒に身を置くのも時には有益だが、それを良しとしない時もある。会談に臨む王女の護衛という立場を鑑みて、体調は万全をキープしておくべきだろう。端的に換言すると、人混みに酔った、うぷ」
「あー、そりゃなぁ……。しゃーない、うちがパイセン見とくから、そっちは観光行ってきな」
元気になったら合流するから、とクロエは笑う。ユニもそれに同意し、念のためと彼女謹製お喋りロゼッタちゃん端末を渡す。さらっと取り出されたが、これ大分ヤバい代物なのではなかろうかとアイリスは一瞬戸惑い、よくよく考えたら知り合いでやばくない人のほうが少なかったと思い直した。何もよくない。
「ではでは、行ってきますね、クロエ先輩、ユニ先輩」
「アイリスに迷惑かけんなよー」
「チエル君、あまり羽目を外してアイリス君を困らせないように」
信用ゼロである。
所変わって、再度エルロード王都入り口。の、詰め所の中で、警察が非常にやりづらそうな顔をしていた。目の前には男女混合の五人組プラスアルファ。
正確には。
「えっと、ですから、その……出来れば、王都での変身は控えていただけますと、あの」
「誤解よ!? 今回はちょっと急いでいたから仕方なかったの! いつもはちゃんと人型になってから街に入るわ!」
「ごめんなさい。今回の責任はわたしが」
「待ってください待ってください! ベルゼルグの王女に頭を下げられるとこっちの立場が!」
急いでエルロードへ、という注文を真摯に実行したシェフィは、何をトチ狂ったかドラゴン形態のままで入り口に突っ込んだ。勿論大慌てで警備兵や警察が出動し、人型になった彼女と共にカズマ達一行は詰め所へと連行されたのだ。フェイトフォーと違い、精神がもとに戻った最上位のホワイトドラゴンである彼女の場合いちいち全裸にならないのでこういう時は便利である。
それはともあれ。詰め所で話を聞いた結果、この一行がベルゼルグ王国第一王女ユースティアナであることを知った警察達は頭を抱えた。やらかしたのは確かである。騒ぎにはなったが、逮捕するとかそういうところまではいかず、厳重注意で済ませれば終わってしまう話でもある。問題は、その身分。これがきっかけで国際問題とかに発展しないだろうか、その場合自分達が関係者になってしまうのではないか、という杞憂だ。
「と、とりあえず。幸い、というべきですか、少し前にドラゴンに乗ってアイリス第二王女がこちらに来られたという報告があったので、その辺りは問題ないのですが」
初見ではないので多少はマシ、というわけである。ただ誤解なきように言うならば、目撃者が大量にいたので騒ぎになったものの、フェイトフォーは入口に入る前に人型になった。街中で全裸の幼女が登場するのはアウトだというなかよし部の判断のためだ。シェフィはなまじっかその辺りに問題がなかったのが仇となった。
「初っ端から躓いたな……」
「そうね……。どうするのカズマ? これ場合によっちゃアイリス様の不利になるんじゃない?」
「話を聞く限りエルロードの王城にまで報告が行くことはなさそうだから、今んとこペコリーヌとシェフィが凹むだけで済むだろうけど」
「良くも悪くも目立っちゃったものね。動きにくくはなったかしら」
別のテーブルに座っているカズマとキャルがそんなことをぼやく。そうしながら、二人は横のコッコロを、正確にはコッコロの持っているカバンに視線を動かした。
「こいつはどうすっかなぁ」
「王城で大人しくしてたから、置いてくの忘れて持ってきちゃったのよね……」
「その言い方はちょっぴり心外です」
カバンの蓋を上げながら、中のぬいペコがキャルを見る。そんなこと言ったって、とぬいペコに反論した彼女は、溜息混じりで言葉を続けた。余計なことにならないように動かない喋らない状態では、完全にただのぬいぐるみだもの、と。
「あの場所ではそれが一番だと思ったんです」
「まあ、確かにね。……ここまで来ちゃったし、しょうがないか」
「そうだな。……一応聞くけど、ぬいコロもカバンに入ってたりしないよな?」
「ぬいコロでしたら、わたくしたちが留守の間お屋敷や教会の管理を手伝うと言っていましたので、問題はないかと」
まあぬいペコが入っている時点で問題なのだが、過ぎたことを言ってもしょうがない。エルロードに魔物を持ち込んだ、などとここで疑われたら交渉どころではなく、むしろ同盟をぶち壊しに来たという扱いになってもおかしくない。
ちらりと向こうを見る。警察との話し合いに口を出せればよかったのだが、現状カズマには何も交渉材料がない。やり取りを聞きながら付け込める隙を探しているが、今のところ厄介な問題は追加発生しておらず、もう暫くすれば自由の身になれるだろうと予想できた。
だが、これからどうするかは問題だ。あまり目立ち過ぎないように、と思っても、この状況でお忍びなんですは無理がある。
「いや、まあベルゼルグ王国だしでなんとかなるか」
「あんたあの国なんだと思ってんのよ」
「変人と狂人のユートピア」
迷わずそう答えたことで、キャルも思わず言葉に詰まる。いやまあそうかもしれないけど、と視線を逸らした時点で彼女の負けであった。コッコロは、ですがみなさまとても良い方でございます、というフォローなのかなんなのか分からない返事をしていた。
それで行くか、とカズマは立ち上がる。ペコリーヌの横に立ち、今回の件は気を急き過ぎていたこと、お忍びの用事があるので出来れば口外しないで欲しいことを警察に伝える。
カズマのそれがとってつけたような言い訳がましいものではなく堂々とした物言いだったために、警察も思わず息を呑む。これひょっとして大分まずい立ち位置なのではないか、と。彼の心中で先程も思っていた杞憂が、段々と確信に近付いていく気配がした。
丁度そのタイミングである。彼らにとってダメ押しとも思えるような報告が飛び込んでいた。
「は? 身元引受人?」
「はい。なんでも、件のドラゴンは顔見知りらしく、合流しやすいよう分かりやすくしていてくれと頼んでいたのだと。……これ書類本物みたいですけど、どうします?」
「どうしたもこうしたも」
許可取りしているのならば不当拘束に他ならない。ペコリーヌ達に向き直った警察は、申し訳ありませんでしたと頭を下げた。え? と困惑する彼ら彼女らをよそに、あれよあれよと詰め所から解放される。
状況が飲み込めないペコリーヌ達は頭にハテナが浮かんでいる。カズマだけは話を盗み聞きしていたので多少情報は持ってはいるが、それでも理解したとは言い難い。シェフィの顔見知りが身元引受人をした。だからなんだ、なのだ。
「ほっほ。どうやら、無事に釈放されたようですな」
そんな一行に声が掛かる。ん、とそこに視線を向けると、随分と恰幅のいい豚の獣人らしき男性が。勿論カズマには見覚えがなく、横を見てもペコリーヌもキャルも、そしてコッコロも怪訝な表情を浮かべている。
そんな中で、一人だけ。
「あ! 豚の紳士さん!」
「おお、覚えていてもらえたのですね。これは重畳」
どこか嬉しそうな顔で目を見開く、ドラゴンの少女の姿があった。