「トドメだおらぁ!」
「嘘だろぉぉぉ!?」
完封されガクリと膝をつく対戦相手を見下ろしながら、カズマは当然だとでもいうようなドヤ顔でステージを後にする。そのあまりにも堂に入った態度を見て、観客たちは一体あいつは何者なんだとざわめきはじめた。やれあの苛烈な攻撃は『黒のカタリナ』なのではないかとか、いやあいつは男だしトラップカードの使い方からして『謀略のクロード』じゃないのかとか。そんな言葉を聞きながら、誰だよそいつらと心中でツッコミを入れながら。
彼は隣のバトルフィールドにいた猫耳少女に視線を向ける。
「おーい、キャル。俺はもう終わったぞ」
「見れば分かるわよ! ちょっと待ってなさい、あたしもすぐに」
ドロー、と勢いよくデッキからカードを引いたキャルの表情があからさまに曇る。観客も、対戦相手も、当然カズマもああこれは駄目だったんだなと確信を持った。が、当の本人は隠せているつもりだったらしい。大分ぎこちなくふふんと鼻を鳴らすと、これはいいカードを引いたと宣言する。
「いや絶対嘘だろ」
「うっさいわね! そこは素直に乗っかって驚きなさいよ!」
ぎゃーぎゃーと叫びながらキャルは二枚のカードを伏せる。場にモンスターはいない。どう考えても罠である。対戦相手はそんなことを思いながら、だとしてもこの状況をひっくり返せないだろうと考え攻撃を選択した。
「キャルちゃん、ちょっとやばいかもですね」
「いや、別に大丈夫だろ」
「主さま、お疲れ様です。見事な戦いぶりでございました」
むむむ、とそんな彼女を応援していたペコリーヌとコッコロの二人と合流したカズマは、周りの反応とは裏腹に平然としていた。アクセルではほとんどキャルとしか対戦していなかったので、ただ単に彼女がこの手のゲームにクソ弱いだけだと思っていた彼は気付いたのだ。先程の対戦で滅茶苦茶あっさりと倒せたことで理解したのだ。
こいつらの知識は日本と比べて数シーズン遅れている、と。
「多少手札事故っててもあんなスターターに毛の生えたようなデッキ使ってるやつには負けねーって」
「そうなんですか? まあ、確かに、普段カズマくんとキャルちゃんがカードゲームで遊んでいる時はもっとこう、お互いの番が長いのにすぐ終わってたような」
アメス教会や酒場での一幕を思い出す。あれと比べると、対戦相手は召喚も魔法もトラップも発動や割り込みが極端に少ない。
わぁ、と歓声が上がった。向こうの攻撃が終わった返しのターン。キャルは先程とはうってかわって大したリアクションもせずにカードを引いていた。ふう、と息を吐くと、先程伏せておいたカードを発動させる。
「な、何で……!?」
「いや何でも何も。あんたがさっきのターンで伏せてたこれを除去するかあたしのライフゼロにするかのどっちかをしなかったんだから、こうなるに決まってんじゃない」
何だか黒いドラゴンの鎧を纏ったかのような魔術師と青い鎧を着た剣士と白と金の装備と巨大なランスを持った戦士が滅茶苦茶殺意高めで相手を睨んでいる。その過程で相手のフィールドと手札は全滅した。
ハイ終わり、と三体で攻撃した結果、対戦相手は大体三回分くらい負ける程度のライフをぶっ飛ばされた。断末魔を上げて倒れる対戦相手を、観客たちは気の毒なものを見るような目で眺めていた。
「ふふん、どうよカズマ。ちゃんと宣言通り勝ったわよ」
「はいはい凄い凄い」
「はぁ!? 何よその態度! いいわよ、あんたがそういう態度取るなら容赦しないから。もし途中でぶつかったら泣いて土下座させてあげるわ」
「出来るといいですねー。あれこれ詰めまくって手札事故率高レートのキャルさん?」
「ムッカつくぅぅぅぅ!」
ドンドン、と思いきり地団駄を踏んだキャルは、次だ次、と鼻息荒く受付へと歩いていってしまった。そんな彼女を見ながら、カズマは余裕の表情で手をひらひらとさせる。
「主さま。あまりキャルさまを挑発されては」
「いいんだよ、ああ言っとけばもうちょい回るように改造するだろうし」
「よく分かってるんですね、キャルちゃんのこと」
「そりゃ、付き合い長いしな」
後単純だし。そう付け加えたカズマに向かい、ペコリーヌはあははと苦笑した。
そういうわけなので。基本一方的に相手をボコボコにしながら勝ち進んでいったカズマと、度重なる手札事故を起こしつつ想定レベルがカズマだったおかげで致命的にならないまま相手をぶちのめし続けたキャルが、えらくあっさりと優勝まで辿り着いた。最終的に一人を決めるのだと思っていたが、ブロックごとで終わりらしいということを知った二人は、若干不完全燃焼のまま賞金を受け取っている。ついでに最初のあのやり取りが完全にただ恥ずかしいだけになったという事実はゴミ箱に投げ捨てた。
「おめでとうございます。主さま、キャルさま」
「二人ともとっても強かったですよ。やばいですね☆」
そして何の含みもなく笑顔で祝福してくれるのがこの二人だ。ここでまあそれほどでもと謙遜するような性根を二人は持っていないので、カズマもキャルもそうだろうそうだろうと胸を張った。そうしながら、じゃあ次はどこに行こうかとカードゲームの会場を後にしようとする。
そんな一行に、ちょっと待ってくださいと声が掛けられた。振り向くと、最初に大会の宣言をしていた男性が、お願いがありましてと言葉を続けてくる。
「とてつもない実力を持っているお二人に、ぜひ勝負をしてもらいたい相手がいまして」
「だって。どうするのカズマ」
「俺は別に構わないぞ。久々にゲーマー魂が昂ぶってるし。あ、でもペコリーヌやコッコロが退屈するか」
「わたしは平気ですよ。カズマくんやキャルちゃんの試合を見ているのも面白かったですし」
「はい。わたくしも、お二人のご活躍をこの目で見られるのは、とてもワクワクいたしました」
二人の答えを聞いて、じゃあいいかとキャルとカズマは返事をする。そうしながらも、カズマはただし、とやたら勝ち誇った顔で言葉を続けた。
「悪いが、俺の相手を務められるような奴がこの場所にいるとは思えないがな」
「調子に乗って何か言ってるわこいつ」
「それは勿論。実は、この会場には同じように強すぎて対戦相手のいないプレイヤーがいまして」
サングラスを掛けた男は、黒のカタリナや謀略のクロード、鉄壁のマリネスも強者としてここに君臨しているが、件の相手は文字通り次元が違うのだと語る。観客が勝利者を当てる賭けも、その人物がいるだけで勝負にならないので廃れていったという伝説持ちだ。
「ふーん」
「あんまり驚いてないわね」
「いやだって、大会参加者のレベルがあの程度だし」
誰だかよく知らないが、その黒のなんとかとか謀略のどうとかいうやつらも結局自分基準からすれば初心者を抜け出した程度の強さだろう。オンラインマッチングでランクを上げるためのカモ程度だと思っているカズマにとって、ぶっちゃけだからなんだレベルの話である。
まあ簡単に追加で賞金ゲットできるボーナスくらいに軽く考えながら、男に案内されカズマはステージへと向かった。横にはキャルが、ステージの下には観客としてペコリーヌとコッコロもいる。
そうして彼が来たことを合図にするように、会場全体が震えるほどの歓声に包まれた。彼女に挑戦できる相手がついに現れた。そんなアナウンスや観客の会話が聞こえてきて、カズマはなんだか若干申し訳なくなる。これで相手瞬殺するのはエンターテイナーとして失格かもしれない。滅茶苦茶余裕の表情でそんなことを考えていた。
「よしキャル。お前行け」
「はぁ!? いきなりどうしたのよ」
「いや、俺だと多分この盛り上がりに水を差すからさ。キャルなら手札事故ったりしていい感じになるんじゃないか?」
「ぶっ殺すぞ! ……ふん、いいわよ。じゃあ、あたしがあんたの代わりに向こうを瞬殺してやろうじゃない」
一歩前に出る。用意していたデッキを取り出し、反対側に立っている相手を真っ直ぐに見た。あたしが相手になるわよ。そう述べると、件の相手は笑顔でよろしくお願いしますねと頭を下げる。
「最近、相手をしてくれる人がいなくてご無沙汰だったから、色々と溜まっちゃってモヤモヤしてたんです。今日はいーっぱい、スッキリさせてくださいね♪」
「……なんて?」
観客が大盛り上がりをしている中、キャルと相手はデッキからカードを引く。鼻歌でも奏でていそうな向こうに対して直接攻撃しそうな表情のキャルであったが、引いたそれを見て思わず拳を握った。
「カズマ」
「何だよ」
「残念だったわね。あたしがあっさり勝って興醒めさせちゃう方だったみたいよ」
振り向きドヤ顔を見せたキャルは、じゃあ行くわよと自信満々でカードをプレイする。一度大会が終わって若干気が緩んでいたのもあったのだろうが、想定をカズマからこの大会の連中にまで彼女は無意識に落としていた。ただただ回すためだけの動きを行った。
だから。
「ぁ、それはダメです。そんなに早く動かれちゃうと、アカリも気持ちよくなれませんから」
「え?」
飛んできた妨害札でキャルの見せ場は終わった。効果が不発して墓地に落ちていく初動札をしばし眺め、そして目の前の対戦相手を見る。銀に近い髪色の、ショートツインテールのぱちりとした目が可愛らしい女の子。年齢は自身と同じくらいで、一部の発育はこれ以上ないほどに負けていた。
違う違う、と頭を振る。今はそんなことよりも、確かに会場の連中よりも強さが違うということだ。カズマからすれば、むしろその程度も出来ない連中しかいなかったという話なのだが。ともあれ、出鼻を挫かれたキャルはぐぬぬと唸りながらもう少し遠回りで最終盤面が弱くなるけど仕方ないと別のカードを場に出した。
「ダメですってば。そんなにやっちゃ、ダメ」
「あ、え」
再度妨害。まさか無いだろうと思っていたキャルは、再度墓地に落ちるカードを見て叫ぶ。なんでよぉ、と頭を抱えながら結局大したことのない盤面のままで相手にターンを渡すことになってしまった。
その後の展開は酷いものである。向こうが繰り出した女騎士と射手と聖職者によってことごとくカードの発動を邪魔されたキャルは、じっくりねっとりと倒された。先程までのカズマ達の戦い方とは大分違ったが、間違いなくその辺にいる連中とは一線を画すであろう。確かにこれなら間違いなく会場の選手は全員もれなくカモだ。そんな確信を彼は持った。
「かじゅまぁ……」
「あーはいはい仇取るから泣くな」
見せ場もなくボッコボコにされたキャルが半べそかきながら戻ってくるのを見ながら、カズマはやれやれと肩を竦める。観客や司会役になっているサングラスの男も、やはり『代行天使』は強かった、などと口々に述べていた。
ああやっぱり何か二つ名的なやつ持ってるのね。そんなことを思いながら、彼は目の前の少女を見る。よろしくお願いしますね、お兄さん、と甘い声で挨拶されて、思わずカズマはキメ顔になった。
「これはあれだな。現地の最強格を転生主人公が倒すことでフラグ立って惚れられるやつ」
「またなんか変なこと言ってる」
ベソベソ状態からコッコロによしよしされることで回復したキャルが、そんなカズマを見て白けた視線を向ける。聞こえてるぞ、と振り向いたカズマは、さっき人に泣きついておいて何だその態度と指を突き付けた。
「むぅ。でも、しょうがないじゃない、変なことは変なことでしょ? というかそもそも、あんたペコリーヌがそこにいるのにそういうこと言っちゃっていいわけ?」
隣を指差す。いきなり話を振られたペコリーヌは、一瞬目を見開き、そしてあははと苦笑した。その反応からすると、キャルが心配しているほど彼女は思うことがあるわけではないらしい。
「えっとぉ。アカリは今のところ、お兄さんに惚れちゃうような要素は、一つもありませんよ」
「今はな。だが、この俺の秘められし実力を見れば、あっという間に」
「何か変なものでも食べたのあんた? ……ねえ、ペコリーヌ」
「流れるようにわたしに濡れ衣着せるのやめてくれませんか」
だって紅魔族みたいなこといい出してるしこいつ。そんな言葉を続けながらのキャルのツッコミは風に消え、カズマと少女との――アカリとの勝負が始まった。
先程の勝負で相手の戦術は大体把握している。妨害を立ててこちらに何もさせないようにしてからゆっくりトドメを刺すタイプだ。日本でも割と見ていたタイプの、相手にすると滅茶苦茶面倒なやつ。そう判断はしたものの、しかしカズマはそこまで焦ってはいなかった。
なんせ、この手のデッキとはネット対戦でうんざりするほど戦っていたのだから。
「うそ? 早いよぉ、もう出ちゃうの? これじゃあアカリ、満足できないよぉ」
「ふぅ。まあこのカズマさんにかかればこんなも……ちょっと待って今の流れ俺の尊厳が地に落ちてない!?」
先行を取って、向こうの妨害が整う前ならばどうとでもなる。見事にフルボッコにされたキャルのおかげで、手札からの妨害もおおよそ把握していたカズマは、そのまま一気に押し切った。微妙に息を吐きながらアカリの言葉に反応してしまったせいで、声だけ聞いていたら割とアウトな会話になってしまったものの、とりあえず勝利を手にはした。
「うぅ、早かったけど、でも確かにすっごく大きくてたくましかった……。アカリ、あんな風に回されるのは久しぶりでした」
「何か俺にありもしない罪が積み重なってない? ねえ大丈夫これ?」
少し悲しげにそんなことを述べるアカリに、カズマはどうにも物申してしまう。というかツッコミ入れておかないとワンチャン自分の両手に手錠が掛けられてしまいかねない。
そんなことを考えていた彼であったが、しかしアカリがそうだ、と手を叩いたことで我に返った。何がどうした、と彼女に問い掛けた。
「お姉ちゃんなら、もっと素敵で激しいことができると思うんですけど……お兄さん、どうですか?」
「もっと、素敵で、激しい……っ」
「こいつ……」
「……あの、キャルさま。どうなされたのですか? 今の、アカリさまのお話に何か別の意味合いがあるのでしょうか?」
「何もないので、コッコロちゃんはそのままでいてください」
コッコロの疑問にペコリーヌは笑顔で返す。その笑顔がどこか貼り付けたようなものであったのに気が付いた彼女は、深追いしてはならぬと首を縦に振った。そうしつつ、恐らく何か変な勘違いをする類なのだろうと察する。何だかんだカズマのカズマさんスタンドアップを許容し、眼の前でカズマが女性の下着を盗んでも思春期の男の子はしょうがないと受け入れたこともある少女である。強い。
「そ、それはまさか、『代行天使』のもう片翼を!?」
「はい。元々アカリはお姉ちゃんと一緒に遊んでいたから覚えただけで、お姉ちゃんの方がずっと経験豊富でテクニシャンですから」
どうですか、とアカリがカズマに問い掛ける。そこまで言われては仕方ないな、と彼も彼で迷うことなくそう答えた。双方共に同意を得たことで、サングラスの男は新しい対戦カードを会場全体に発表する。かつて廃れてしまったカード勝負の勝利者への賭け、それが今この瞬間に復活した合図でもあった。
「……で、どうするのペコリーヌ」
「どうする、って……何がですか?」
「せっかくだし、あたしたちも賭けてみる?」
その脇で。微妙に希望を持ち続けているカズマを横目で見ながら、キャルは隣のペコリーヌへと問い掛けた。聞かれた彼女はどうしましょうか、と首を傾げ、そのままバケツリレーのようにコッコロへと視線を向ける。
「お二人は、主さまにお賭けになるのですか?」
「そりゃあね。あれだけ自信満々だったんだから、ここで負けたら今回の旅の間ずっとからかってやるわよ」
「あはは。それはカズマくんは負けられませんね」
じゃあわたしも賭けましょう。笑みを浮かべながらそんなことを述べたペコリーヌは、キャルとコッコロの分もついでに買ってくると受付に向かう。すれ違う人達を見る限り、どうやらオッズは向こうの方が有利らしい。
そこは仕方ないだろうと思いつつ、しかしほんの少しだけ面白くないな、などと考えていた彼女の視界に、何だか妙な動きをしている人影が映った。ステージにいるアカリと似た顔立ちの、ショートの少女。見る限り彼女がアカリの言っていた姉なのだろう。妹よりも少々スレンダーな体つきと、少し勝ち気に見える顔つきをしていた。
「うぅ……出たくない……こんな流れでステージに上がりたくない……何よあの紹介、何であんな言い方……アカリのバカぁ……」
「あの、どうかしましたか?」
「ひゃ、わ、あああぁ!」
にも拘らず。とてもじゃないがステージに上るような雰囲気ではなかったため、ペコリーヌは思わず彼女に声を掛けていた。そしてテンパる少女の、ワタワタしながらいや別に何でもないです、と言い訳を始めるその姿を見て。
「ゆんゆんちゃんたちと、ちょっとだけ似てますね」
「え?」
「あ、ごめんなさい、こっちの話です」
ふと、そんなことを彼女は思ってしまった。