創立以降かつて無いほどの盛り上がりを見せたカードバトルも終わり、熱狂の冷めやらぬ会場を後にしたカズマ達は、ヨリとアカリの姉妹とも別れ、帰路へとつこうとしていた。
「お疲れ様でございます、主さま」
「おう。……いや、ほんと疲れた」
「あはは」
「ま、いいじゃない。なんだかんだ稼いだでしょ?」
賞金のたんまり入った財布を指差しながらキャルが笑う。そんな彼女を一瞥すると、まあ別に何か厄介事だったりするわけじゃないからいいんだけど、とカズマも流した。これまでの流れだと、このまま変な事件に巻き込まれたり巻き込んだりはたまた巻き起こしたりするのがお約束だったのだが、幸いというべきかここは他国。アクセルの狂人共はその辺をうろついておらず、カズマとしては眼の前にいる三人の動きにさえ気を付けていれば事足りるので少々気が緩み気味だ。
そもそもの発端が厄介事だということに目を瞑れば、であるが。
そんなこんなで、一行はエルロードの仮拠点であるアゾールドの商会へと戻ってくる。店の扉を開くと、最初にここへ来た時にも顔を見た少女が目をパチクリとさせてからこちらへと歩いてきていた。
「おかえりなさい」
「あ、はい。ただいま」
迷うことなくそう述べた彼女に、カズマも思わずそう返す。続くように、ペコリーヌやキャル、コッコロもただいまと少女に声を掛けた。その言葉に少しだけ満足そうに頷いた彼女は、こっち、と一行を店の奥へと案内する。最初に話をした場所を通り過ぎ、商会の奥にあるゲストルームらしき部屋で立ち止まると、そこで少女は立ち止まった。
「ここが、あなたたちのおへや」
「わざわざ用意してくれたんですか? ありがとうございます」
「王女にはおんを売っておくのがいいらしい。から」
「そういうのは言わないほうがいいんじゃないかしら……」
「……おっと」
ぽん、と手を叩いた少女は、今のは聞かなかったことにと言葉を紡いだ。いや無理だろ、とカズマとキャルが同時にツッコミを入れ、コッコロはそんな二人を見てクスクスと笑う。
どちらにせよ、助けてくれるのには変わりない。ペコリーヌはそんな結論を出し、最初にアゾールドの言っていたこともそうなのだからと頷いた。
「あれ? そういえば、アゾールドさんはどこに行ったんですか?」
「そういえば見ないわね。シェフィやぬいペコの手続きが長引いてたりしてるわけ?」
二人の問い掛けに、少女はふるふると首を横に振る。違う仕事で今外に出ているだけだと続けると、心配ご無用とばかりにどこか自慢気に胸を張った。
「へー。ん? じゃあ今は一人で店番してんのか?」
「パパのゴーレムがいるからもんだいなし。わたしが晩ごはんのじゅんびする余裕もある。よ」
「晩ごはん……」
少女のその言葉に、コッコロが何かに気付いたように呟く。視線を隣の巨乳腹ペコプリンセスへと向け、少しだけ考え込む仕草を取ると、彼女の手を取った。自分にも夕食の準備の手伝いをさせて欲しい、と。
「……どうしたの?」
「いえ、お世話になるのですから、多少なりともお手伝いをさせていただけないものかと」
「べつに、しんぱいしなくても」
「そういうわけにもまいりません。……それに、わたくしは元々お世話やお手伝いを好む性分ですので」
「そういうレベルじゃないのよねぇ……」
「キャルちゃん?」
「こっちの話よ」
ペコリーヌにそう述べると、キャルは一抜けたとばかりに部屋の扉に手を掛けた。カズマも同じく、もてなしてくれるのなら甘えようぜと離脱の態勢に入る。ペコリーヌは手伝いを申し出ようとしたが、流石に一応ベルゼルグ王国第一王女ユースティアナとしてエルロードに来ている状態でそこまでするのはと止められた。
「じゃあ、よろしく」
「はい、よろしくお願いいたします。プレシアさま」
「もぐもぐもぐもぐ」
「はぐはぐはぐはぐ」
「おぉ……でございます」
夕食時。アゾールドの娘プレシアとコッコロにより作られた料理は非常に美味であった。そこに文句のつけようはない。そもそもそんな心配はしていない。
問題は。カズマ達の目の前で繰り広げられている光景だ。大食い大会ばりに食いまくっているプレシアとペコリーヌだ。
「おや、どうしましたかな? 手が止まっておりますが」
「どうしたもこうしたも……いや、まあ割と見慣れた光景か」
「適応早いわね。でも確かに、あいつが食うのは当たり前だし、それに匹敵するのがいるのもそこそこ見てきてはいたっけ」
「身内かドラゴンの二択だった気がしますけど」
自己解決し始めたカズマとキャルの横でぬいペコがツッコミを入れる。ついでに言えば選択肢の片方である身内、アイリスは姉の影響というだけでアホほど食うわけではない。ただ残さず食べるをモットーにしているだけだ。結果として沢山食べているだけで。
「そういえば、シェフィちゃんはあまり食べないんですよね」
ぐりん、とぬいぐるみ状態なので視線を顔ごと横で普通に食事しているシェフィに向ける。既におかわりをしている状態でその感想は大分ずれている気がしないでもないが、彼女も立派なホワイトドラゴンの上位種。兄であるゼーンが大食漢なこともあり、相対的に見ればそう見えなくもない。
なんとなく流していたので今更の質問であったが、ぬいペコのそれを聞いてそういえばとカズマもキャルも、めちゃくちゃ食べているペコリーヌとプレシアを微笑ましく見ていたコッコロもシェフィへと視線を向けていた。アゾールドは視線を向けず、話に加わらないスタンスを貫いている。
「私はこう見えてそれなりに長生きしている上位種よ。フェイトフォーみたいに成り立てならともかく、人に変化することに適応しているのだから食べなくても問題ないの」
「へー。……ん? じゃあ何でゼーンはあんな食ってんだ?」
「兄さんは、それ自体が道楽みたいなところがあるから……」
料理は人の世界に触れる一端であるということなのだろう。長い時を生きている最上位種のドラゴンの考えることはよく分からない、と彼女の説明を聞いたカズマは流すように返事をしたが、いつぞやに出会ったダストの関係者らしきドラゴンの女性も大分得体の知れない相手だったので、そんなものかもしれないとなんとなく納得した。
「どちらにしても、みんなで美味しく食べることのほうが重要ですけどね はぐ」
「うん。たのしく食べるのはたいせつ。だよ。もぐ」
大食い大会ばりに食っていてもちゃんと話を聞いている余裕があったらしいペコリーヌとプレシアがそんなことを述べる。現状それを体現している二人にそう言われると、なんだか無駄に説得力が湧いてくるから不思議なものである。というかあの量を楽しく食べているのはそれはそれで何か問題があるような。
一瞬浮かんだ余計な疑問を振り払い、カズマもキャルもまあいいかと流すことにした。
「それで、これからの予定はどうされるのですかな?」
話に一区切り付いたタイミングで、アゾールドがそんな問い掛けをする。持っていた骨付き極太ソーセージを平らげたペコリーヌは、カップのジュースを飲み干すと少しだけ思案するように視線を上に向けた。
「カズマくんは、どう思います?」
「即投げ良くない。いや俺の受けた仕事っちゃそうなんだけどさ。お前も王女なんだからそれなりにアイデアあるだろ?」
「王女としての交渉はアイリスの担当ですからね。ここでわたしがしゃしゃり出てくると、多分面倒なことになっちゃうと思うんです」
第一王女ユースティアナがエルロードに来ている、という部分は使うとしても、アイリスを押しのけてテーブルにつくのは得策ではない。そう彼女は考えているのだ。
ペコリーヌのそれを聞いて、カズマもううむと顎に手を当てる。確かに、今回の目的はエルロードとの同盟を婚約無しで結び直すこと。ユースティアナをこの国の王子の婚約者にすげ替える、などという案を欠片でも出させないようにしに来たわけで。
「どっちにしろ、アイリスと一回会っておいた方がいいか?」
「ん~。それは、どうでしょうか」
向こうは向こうで、恐らく大事な姉を嫁がせないように全力だ。下手に協力を申し出ると意固地になってしまう可能性も十分ある。カズマが関わっているならば余計に、だ。
「そうなると、真正面からは行かないってことかしら」
「それは、少し難しいのでは?」
「裏工作するには時間が足りないからな」
キャルとコッコロの言葉にそう返しながら、カズマは手を組み後頭部へと添えた。少しギシギシと椅子を揺らしながら、そうなると手段は限られるとぼやく。
おっさん、とアゾールドに声を掛けた。急なそれに、彼は別段驚くことなくどうしましたかなと軽い調子で言葉を紡ぐ。
「俺達って、どのくらいまでここに滞在していいんだ?」
「商売の邪魔にさえならなければ、数ヶ月滞在していてもかまいませんぞ」
「……あんたまさかベルゼルグから逃げて駆け落ちとか考えてないでしょうね」
「そんなわけあるか。そもそも、成功率がゼロだって確定してる手段なんか考えてもしょうがない」
「じゃあ、何なのかしら?」
ジト目のキャルにツッコミを入れ、純粋な疑問で首を傾げるシェフィに視線を向けると、彼はまあ見てろと言わんばかりに口角を上げる。裏工作するには時間が足りない、動く前にアイリスに出会うとへそを曲げる可能性がある。その二つをとりあえずすり抜けるにはどうするかといえば。
「とりあえず一回アイリスに交渉失敗してもらって、手助けする体を装って接触しようぜ」
「こいつ……」
まあでもそれが手っ取り早いか、などと思ってしまう辺り、キャルも大分カズマに毒されているといえるだろう。
エルロードから準備が整ったとの連絡が来たのは翌日の昼。思ったより早かったと向こうの手際の良さに感心したアイリスであったが、横にいたなかよし部の面々はなんとも言えない表情、というより滅茶苦茶白けた顔をしていた。
「ユニ先輩クロエ先輩。これどう思います? チエルとしては、どうせ脳筋弱小国の出迎えなんか適当でいいだろ的な裏事情がシースルーばりにスッケスケしてる感バリバリちゃんですけど」
「それな。金持ってるからってえらく嘗めてかかってきてンじゃん」
「落ち着き給え二人共。確かに向こうの思惑は筒抜けであるし、そう見せかけている可能性も見る限りゼロであろうが、かといってここで頭に血を上らせていては上手くいく交渉も台無しになる。アイリス君の不利になりに来たわけではあるまい」
「つってるけど、パイセンだって眉間にシワ寄ってんじゃん」
「当たり前だ。あからさまに見下されて笑っていられるほど、ぼかぁ寛容な人間ではない。ましてや、その対象が友人たるアイリス君ならば尚更だ」
「っすね」
「なんかいい話風にまとめてますけど、ひょっとしてバカにされた相手がチエル達だったら反応変わってたりしてません? 流石に考えすぎ子ちゃんです?」
「正当な理由もなしであれば、ぼくは同じ反応をするさ」
迷うことなくそう言い切ったユニを見て、チエルはさくっと引き下がる。そういやこの人なんか青春とか友情とかそれ関係だと割と熱いんだった。そんなことを思いながら、まあその辺りは自分も同じかと使者との会話を終えたアイリスに声を掛けた。
「それで、アイリスちゃんどうするの? もうさくっとちぇるっと向かっちゃう?」
「はい。向こうの準備が出来ているのならば、こちらも出来るだけ急いで準備を整えて」
「いや、いいけどさ。アイリスは向こうの態度に納得してんの?」
「……思うところはありますが、それはそれでかまわないと思います」
クロエの言葉に、アイリスは少しだけ口角を上げてそう返す。その表情を見て、ユニは成程と言わんばかりに不敵に笑った。
「やれやれ……。王族というのは自然と似てくるものらしい。いや、アイリス君の姉君と仲間達の影響か」
「そこはチエル達の影響って言っちゃっても良くないです? 別に悪いことじゃないんですし」
「いや悪影響だから。ついでにアイリスの姉さん達じゃなくてこっち由来だからそれ。うちんとこの学院長とか」
結局悪いのはリオノールだ。そういうことにしておいて、ともあれ腹芸を身に着けてきたアイリスは、そのまま手早く身支度を整え、会話に混ざっていなかったフェイトフォーも連れてそのまま王城へと向かうことにした。
宿を出て、王城へと向かう途中に彼女はふと立ち止まって周囲を見渡し、少々の違和感を覚えながら小首を傾げ再度足を進める。誰かに見られていたような。そんなことを思ったが、証拠はないので口にはしなかった。
ちなみに物陰のカズマ一行は王女のステ振りやべぇとこっそり戦慄していたりする。大人数まとめてとはいえ、潜伏スキル使用状態のカズマを勘だけで察知しかけたのである。
「なあ、ペコリーヌ。お前もひょっとして」
「ん~、どうなんでしょうか。今度試してみます?」
「やめときなさい。成功したらこいつ泣くわよ」
「では、その際はわたくしがよしよししてさしあげますので」
「…………ママに、よしよし」
「うらやましいとか思ってませんよね?」
正気なのがぬいぐるみだけという時点でこっちも割とどうしようもない。が、今のところ問題はないので置いておく。
そんなこんなで王城へと辿り着いたなかよし部は、その大きさと豪華さを見て思い思いの感想を持っていた。
「みなさん、あまり驚かないのですね」
「ん? まあ、ほら。学院長あれでも一応ブライドル王国の王女なワケじゃん。んでアイリスんとこの城も見たわけだし。正直三回目のインパクトって薄めっつーか」
「然り。ついでに言ってしまえば、ぼくの抱いた感想は驚きよりも呆れが勝る。実用性を感じられない無為な装飾、権力を誇示することのみを目的とした規模。どれを取っても称賛に値しない。端的に換言すれば、ダサい」
「ですです。っていうか、お城なんかにお金掛けるくらいならもっとカルミナ劇場の規模を大きくして全世界カルミナファン化計画を少しでも早める努力をするべきですよ。まあどうせ遅かれ早かれ世界はカルミナを推すようになるんですから問題はないんですけど、本拠地であるエルロードの本気度に疑い感じちゃったりすると、チエルとしてはどうも好感度だだ下がりイベント踏んじゃった的にバッドな音がぎゅぎゅんと鳴り響くんですよね」
勿論城門の前である。一応城主が出迎えるからというのでそれを待つ間の会話である。当然のように兵士がそこにいるわけで、勿論声量を抑えているわけもないので。
ギロリ、とあからさまに機嫌を損ねたとばかりの視線が向けられた。そして勿論そんな視線を受けて反省するようであれば、彼女達はお嬢様学院でなかよし部を名乗る異端児集団として王女の御旗のもと活動していない。
「え? 何? 他国からやってきたお客に対してガン飛ばしてんの?」
「うっわー、カルミナの聖地でそんな人間存在していいんですか? カルミナに正しいって言えるんですか!? 言えるわけないですよね! 言えたら問題ですよ!」
「まあまあ、落ち着き給え。この国の兵士の教育が行き届いていないことを我々が憤っても詮無きことだ。むしろ可哀想だと同情心を持つべきだろう」
「かわいちょう……」
見た目幼女のフェイトフォーの呟きがトドメである。黙って聞いてれば、と兵士の一人が前に出た。田舎の弱小国家の分際で、と明らかにこちらを見下した発言をしながら食って掛かってくる。
「そもそも、こんな碌な装備もない子供連中が護衛な時点で王女の格も知れるってものだろ」
「あ?」
「は?」
「なんだと?」
「あいりちゅのこと、ばかにちた?」
「はん。お前らみたいなガキがいくら凄んだところで――」
刹那。兵士の一人は城門に叩き付けられた。突然のそれに、周囲の兵士も、アイリスも、ついでになかよし部も思わずポカンと当事者を見ている。
やった当事者は、振り上げた拳を手に掲げたままドヤ顔であった。
「ちょーちょー、フェイトフォー。マジで殴っちゃだめだって」
「そうですよ。ここは向こうが先に手を出してきたっていう既成事実を作ってからひと暴れするのが大人のやり方なんですから。別名学院長の黄金パターン」
「然り。とはいえ、友人を馬鹿にされて歯止めが利かないという気持ちも共感の出来る理由だ。ならば、ここは情状酌量の余地有りとして不問にすべきだろう」
「そっすね。んじゃま、フェイトフォー。次は気ぃ付けな」
「りょーかい」
コクリと頷いたフェイトフォーをワシワシと撫でたクロエは、問題は片付いたとばかりに空気を緩めた。チエルとユニも同様で、アイリスも別段動揺していない。むしろこの面子だからこの程度で済んで良かったと思っているほどだ。
そう思わないのはエルロード側である。
「お前達! 何をしたのか分かっているのか!?」
「ベルゼルグ王国第二王女アイリス殿下に無礼を働いた輩をこちらで処罰しただけだが。それともなにかね? 君達の国の兵士は他国の王族を馬鹿にしても良いという規律でも存在しているのかね?」
「まあ先にお城のことバカにしたのはこっちなんですけどね」
「しっ、黙っとき。言わなきゃバレないんだから」
「ちえる、かちこい」
「聞こえてるぞ! そ、そうだ、お前らが」
「王城の感想と王女への無礼が同等になるとでも? これは驚きだ、エルロードでは建築物が王族と同等の価値を持つらしい。我が国とは随分と価値観が違うようだ」
「こういう時のユニ先輩って無駄に頼りになりますよね」
「まあ普段から小難しいこと考えてんだから、こういうのは得意分野っしょ」
「そうですね」
クロエの言葉にアイリスが同意する。そうしながら、視線を圧され気味の兵士から城門の向こうへと動かした。この状況ならば、多少なりとも。
「一体何を騒いでいるのですか?」
「さ、宰相殿! これは……」
その人物の登場で場の空気が引き締まる。周囲を見渡し、何があったのかという報告を軽く受け。宰相と呼ばれた男性は、アイリスに一礼をした。兵士達とは違い、そこにはあからさまに見下すような雰囲気は感じられない。
「初めまして、宰相様。私はベルゼルグ王国第二王女アイリスと申します。お目にかかれて光栄です」
「これはこれは、あなたがあのベルゼルグの妹姫ですか。私は宰相を務めているラグクラフトと申します。よろしくお願い――」
それも踏まえ、アイリスはしっかりと相手を見据え挨拶を行った。宰相ラグクラフトも承知の上なのか、同じように彼女を見据え。
「え?」
アイリスの顔を見て、思わず動きを止めてしまった。王子の推しじゃないか、という言葉は、幸いにして誰にも聞こえていないようであった。