エルロード王都から遠く離れたとある場所。山奥には不釣り合いなその立派な城の中で、二人の人影が何やら話をしていた。眼前には机と、そこに置かれたアイドルグッズ。
「成程。それは中々に画期的だ。しかし」
紳士風の格好と佇まいをした男が、身なりと恰幅のいい男に向かって声を掛ける。それを受け、恰幅のいい男はダニエル様、と紳士風の男の名を呼んだ。何か問題があったのでしょうかという疑問に、ダニエルは顎髭を軽く撫でる。
「単純な話ですよチャーリー。これではアクセルハーツに触れることが出来ない」
「おお、成程」
当たり前だが元々である。ライブビューイングであろうと、目の前のステージで踊っていようと、然るべき場所で然るべき手続きを踏まない限りアイドルには触れられない。が、ダニエルはそれが当たり前だとばかりに述べ、チャーリーも流石ですと頷いていた。
視線を机の上のアイドルグッズに向ける。大きな問題は残っているものの、アイドル活動としては新たな風を吹かせてくれるに違いない、とダニエルは述べた。これまでと比べて手軽にライブを見てグッズを購入できる。恩恵を受けるファンは沢山いるだろう。
「ですが。私にはそこまで関係がない。いえ、むしろマイナス面が多い」
「そうなんですか?」
「移動は自前で簡単にできる。ツアー全てを回ることも容易。グッズはチャーリーが確保してくれる。そんな私にとって、これはただ単に生で見られる機会が少なくなるだけ」
「な、なるほど……?」
顔を手で覆い天を仰ぐ彼を見ながら、チャーリーは微妙に引っかかりを覚えつつ同意する。そうしながら、ではどうしましょうかと問い掛けた。もしこれがこれからの主流となる場合、自分達の目的に支障が出る可能性があるのかもしれない。主であるダニエルの様子から、チャーリーはそう考えたのだ。
「とりあえずは様子を見つつ、これからはエルロードの王都に向かうとしましょう」
「王都に、ですか?」
「アクセルハーツは恐らくツアー中の移動を少なくするはず。王都に向かえば確実でしょうからね」
「流石はダニエル様です」
では行きますよ。帽子を被り、踵を返して部屋を出る。そんな彼を追い掛けるように、チャーリーも慌てて部屋を飛び出した。
ううむ、と書類を睨みながらカズマが唸る。そんな彼の後ろで、どうしたんですかとペコリーヌが声を掛けた。
「ん? ああ、これだよこれ」
「これ、って……今回のアクセルハーツの売り上げですか?」
「そうそう。アゾールドのおっさんとプレシアに大分融通きかせてもらいはしたけど、思ったよりは儲かってない」
まあ仕方ないけどな。そう言ってカズマは書類から顔を上げる。初期投資をしてすぐに儲けが出るようなアイデアではなく、長期的に、これまでより少ない労力で売上を増やす方法である以上、現状は受け入れるしかない。
受け入れるしかない、のではあるが。これの目的はベルゼルグがエルロードの援助を必要としないだけの資金を集めることである。それも、王女の婚約話を潰しつつというおまけ付き。ついでにアイリス達にはバレないように。
「正直、もうバレちゃってる気もしますけどね」
「……まあ、いきなりエルロードでアクセルハーツが新しい活動を始めりゃ気にはするだろうしな」
特にアイリスサイドにはカルミナすこすこ侍がいる。こういう時のアンテナは人一倍だろう。もしこれがカルミナを下げる方向であったならば即断即決で攻め込んできていたに違いない。
まあ向こうは向こうで動いているのならば、現状自分達はその心配をする必要がないと結論付けていいだろう。条件のうち、最後の一つと最初の一つはこのまま進めればいい。
「問題は、二つ目なんだよなぁ」
向こうはこちらを気にしない、それならばいい。が、こちらは向こうを気にしなくてはいけないのだ。
「なあペコリーヌ。アイリスの交渉は進んでんのか?」
「え~っと。軽く調べた限りでは、あんまり進展はないみたいですね」
アクセルハーツの方に集中していたカズマは、その辺りの調査はほぼノータッチだ。欲を言えば両方を担当し全てを把握していたかったが、無理をしてどちらも中途半端になったり両方失敗するよりはよほどいい。
一つ不安があるとすれば、アイリスの動向を調査していた面々である。
「あいつら、本当に大丈夫だったのか?」
「あはは。心配いらないですよ、シェフィちゃんもぬいペコも、ああ見えてしっかりしてるんですから」
「……そうか? いやまあ、性格がまとも寄りなのはそうなんだけど」
思考が野生の世間知らずホワイトドラゴンと肉食系女子型人形をしっかりしていると評するのはいささか過大ではないか。そうは思ったが、比較対象であるアクセルの人間共が狂人過ぎたので相対的に頷くしかなかった。まあコッコロもいるし大丈夫か、とカズマも納得の方向に舵を切った。
「ナチュラルにあたしをはぶくなっ。ぶっ殺すわよ」
「いやだってお前は何か肝心なところでポカしそうだし」
「そこの腹ペコポン姫と一緒にすんなってのよ」
「酷くないです!? わたしだってそこまではしてませんよ。……多分」
言われてみればそうかもしれない、とペコリーヌの表情が若干曇る。が、カズマとキャルはそんな彼女をていと指で小突いた。多分お前のその心当たりは違うやつだ、と。
二人の言うそれは魔物を食わせたり魔物を食ったりそれに付随するあれそれのことであり、ペコリーヌの頭によぎった自身の自己肯定感の低さから来る重めのあれそれは全く考慮していない。
「まあそれはそれとしてたまに食欲全振りで行動するのはやめて欲しいけどな」
「ちょっと無理ですね」
「即答しやがったわねこいつ」
「キャルちゃん、カズマくん。美味しいものを前にして我慢するのは失礼なんですよ、常識です」
迷いのないドヤ顔でそう告げられると、もうどうしようもないな、と二人の表情に諦めが浮かぶ。まあいいや、とカズマもキャルもこれは置いておいてのジェスチャーをすると、話を戻そうと頷いた。
「まあそもそもキャルがいきなり割り込んできたのが原因なんだよな」
「はぁ? あんたがあたしのこと役立たず扱いしてるからでしょうが」
「ほーう? そういうからには、調査もきちんと余すことなく出来てるんだろうな?」
「……あったりまえでしょ」
微妙な間があったが、どうやら彼女の意地が勝ったらしい。ふん、と横のペコリーヌと比べるとあまりにもささやかな胸を張りながら、キャルは指を一本立てる。
そうしながら、まず軽く調べた限りでは特に進展はないようだった、と述べた。
「それさっきペコリーヌから聞いたぞ」
「え? じゃあ何を聞きたいのよ」
「きちんとした調査それで終わりかよ! 本気で役立たずじゃねーか」
「そんなわけないでしょ!? あたしはただ、ほら、あんたがそんな細かいところまで気にするとは思えなかったから」
「はいギルティ」
「なんでよぉー!」
うがぁ、と叫ぶキャルを無視して、カズマはペコリーヌへと向き直った。ちゃんとした話が聞きたいから、コッコロとぬいペコ、ついでにシェフィを呼んできて欲しい、と。
「コロ助は分かるし、まあぬいペコも分からないでもないけど、シェフィ以下は認められないわよ! あいつ性格はともかく思考は野生のドラゴンじゃない! いくらなんでも流石にあたしのほうが説明出来るんだから!」
聞き流したものの、カズマも本当にシェフィの方がキャルよりもきちんとした説明が出来るとは思っていない。ただ、全員から話を聞こうと思っただけだ。決して本人には言わないが。
そんなわけで、エルロードの拠点となっているアゾールド商会の一室で、カズマ達は各々の成果と情報を改めてすり合わせていた。
「アイドル大国というだけあって、エルロードでのアクセルハーツの活動の売り上げは、このままいけばかなりのものになるはずだ。支援を打ち切られても問題ないくらいにはなるし、逆に防衛を盾にして強気にも出れる」
これが通れば、少なくとも婚約話は潰せる。先程ペコリーヌとも話していたそれを他の面々にも説明し、そちらの進捗はどうなのかという問い掛けをした。向こうはあまり進展がないようだ、という部分は聞いたので、それ以外、あるいは細かい説明をだ。
「かしこまりました。では主さま、何からお話しいたしましょう」
「そうだな、まずは」
「ちょっとカズマ。コロ助も言ってることあたしと変わんないでしょ。何で反応違うのよ」
「説明いるの?」
「ぶっ殺すぞ!」
ぎゃーぎゃー再び。直角に脱線したそれを、いつものことだと皆が流していた。コッコロすらである。ある程度のタイミングで、そろそろ話を続けましょうと何事もなかったかのように進める始末だ。
「そういうわけですので。キャルさま、お願いできますでしょうか?」
「うぇ!? あたし?」
「はい。状況の理解はわたくしよりもキャルさまのほうがお詳しいかと」
「そ、そうかしら? そういうことならしょうがないわね」
「上手く乗せられてないかしら、あれ」
「ノーコメントで」
シェフィとぬいペコの呟きは幸か不幸か当の本人には聞こえていなかったらしい。聞こえていたペコリーヌは苦笑するだけで耐えた。
「それで、他のことや詳しい説明、だっけ?」
そういう前置きで話し始めたキャル曰く。基本的にアイリスは支援金等現状を維持した状態を望んでいるようで、向こうとはその方向で交渉を続けている。婚約をしたいわけではないが、それが一番確実かつ強固な結び付きになるという判断のもとでの行動らしい。一方、エルロード側は宰相ラグクラフトが後方腕組みプロデューサー面を崩さないためいつまで経っても平行線のままであるのだとか。
「そんなわけでなんだけど。ほら、最初覗いた時あんたも見たでしょ。エルロードの第一王子、あれがアイリス様にご執心みたいで、話がこじれてるみたいなのよね」
エルロードは元々カジノ大国。派手できらびやかに見えるだけのハリボテ大赤字のそんな国をアイドル事業で立て直した宰相は、名実共に国の舵取り役と言っても過言ではない存在になっている。そのため、第一王子であるレヴィの発言力は彼よりも低い。とはいえ、ならば自国の王子をないがしろにしていいかといえば、そういうわけにもいかず。
「まあ言っちゃえば三すくみって感じね。全員折れる気配がないから進まないっていうおまけ付き」
「こっちとしては願ったりだな」
交渉決裂と宰相は会談を打ち切れないので、その分他に回す時間が減る。こちらに対抗して何かされるという心配がないなら、余裕も出てくるほどだ。
そんなことを話している中、でも、とペコリーヌが少し考え込むような仕草を取った。確かにその通りで、順調であり、それは彼女自身も認めるところではあるが、しかし。
「アイリスたちがこのままずっと、ってこともないと思うんです」
「お姉ちゃんパワーからくる予想ってやつか」
「そういう禍々しいやつとはちょっと違うんですけど」
姉としての勘といえば、確かにそうかもしれない。そう続け、ちらりと視線をカズマに向けた。順調だと述べた彼であるが、彼女からすれば、本当に心の底からそう思っているようには見えず。
「カズマくんも、そう思ってますよね?」
「……まあ、そりゃなぁ」
はぁ、と溜息を吐きながら、視線を他の面々にも向ける。そう簡単に行くような相手ならば、自分達はここまで苦労していない。キャルも、コッコロも、シェフィやぬいペコも。その辺りの意見は一致している。
アイリスが、ではなく。アイリスも、である。
「リオノールちゃん絡みの人たちというのも、理由といえばそうかもしれませんね」
ブライドル王国とベルゼルグ王国のはた迷惑なタッグのやべー集団、なかよし部。こいつらが普通に予想できる動きをするはずがない。
予想通りの動きをする知り合いの方が少ない、とは言ってはいけない。カズマは考えないようにしているからだ。
「よし、話のすり合わせもある程度したし、行動に移るか」
「アイリスさまたちの調査に向かうのですね」
コッコロのそれに、カズマはちょっと違う、と首を横に振った。変にあちらに近付くと、スルーされている、あるいはしている状況から向こうの動きが変化する可能性があると告げ、だから直接的には動きたくないと口にした。
なので、調査するのは。
「ねえカズマ。一応聞くけど、ひょっとしてまた城に侵入する気?」
「今更何言ってんだよ。お前らだってそうやって情報集めたんだろ?」
「城の中にまでは行ってないわよ。あんた無しで出来る気もしなかったし」
やってきた王城の城壁付近で、キャルはそんなことをカズマに尋ねた。対するカズマは彼女に逆に尋ね返したが、返ってきた言葉はそんなもので。城の周囲や街の聞き込み等、あまり危ない橋を渡らない方法で集めたらしい。まあそれもそうか、とキャルの言葉にカズマも納得し、ついでに彼女が言ったようにこの面子で隠密行動とか無理があるよなと頷いた。
それはそれとして。アイリスに勘付かれないようにより深く内情を探るにはやはりこの方法が手っ取り早い。そう結論付けた彼は、なら自分ともう一人くらいにしておくかと提案した。
「ペコリーヌさんの力で城に入れてもらうのは駄目なの?」
はい、と手を上げてシェフィが述べる。前回はともかく、今回は別にアイリスの会談に割り込むでもなし、何かしらの理由をつけてユースティアナが王城にやってきたでも通らないこともない気はする。彼女のそれに、カズマはまあそれも考えてはいたんだが、と頭を掻いた。
「それにしなかった理由は何個かある。そのうち一つはアイリスにバレやすくなることだ。向こうに確定されるとめんどくさい。もう一つは、王妃様にダメ出しされにくくするためだ。ほいほいとペコリーヌの権力を使った場合、向こうの試練に合格しないかもしれないから、出来るだけ使わない方向でいきたい」
色々と脱線している感はあるが、カズマにとって今回の一件は何だかんだ娘さんを僕にください的なあれこれなのである。その前提がなければ、もう少し悪事ギリギリを攻めながらゲスい手段も取れないこともないわけで。
「わたしが本物の代わりになりましょうか?」
「それもちょっと考えたんだけど、そういう抜け道的なのでセーフを勝ち取れる気もしないからなぁ」
「じゃあわたしがカズマくんの恋人になれば解決ですね。顔も体も一緒ですし」
「何がじゃあなんだよ。大体中身違うだろ。ペコリーヌはペコリーヌ、ぬいペコはぬいペコ」
むぅ、と嬉しさと文句が綯い交ぜになったような声を漏らし、ぬいペコはシェフィの持っている鞄の中に一度引っ込む。コッコロはそんな彼女をどこか微笑ましく、キャルはジト目でカズマを見ていた。
「とにかく。俺がちょっと侵入して探ってくるから、誰か一人――」
「お? 何だ何だ? 王城に侵入だって?」
横合いから声。ば、と一行がそこに目を向けると、オレンジがかった茶髪の少女が、勝ち気な瞳をこちらに向けて、なんとも年頃の少女らしからぬ悪ガキのような笑みを浮かべて立っていた。その隣には、マッシュボブのような髪型の長身の青年が肩を竦めている。何をやっているんだか、といった表情は、横の少女にも、そしてカズマ達にも向けられているようであった。
ともあれ。少女はこちらにズカズカと歩いてくると、一行を順繰りにジロジロと見やる。やっていることが小学生男子のようで、カズマは思わずなんだこいつと呟いてしまった。
「そうだろそうだろ。アタシが何者か気になるだろ?」
「いや別に。まったくもって気にならないんで早急に帰ってください」
「は? なんだと? おいオマエ、この流れでその言い方は――」
「いやそりゃそうなるって。ごめんねそこの人、ほら、帰ろうか」
「はぁ!? こんな風にバカにされてすごすごと帰れってのかよ!」
がぁ、と自身に食って掛かる少女を見ながら、青年はやれやれと頭を振る。ぽん、と彼女の頭に手を置きながら、彼はそもそも、と口角を上げた。
「さっきから発言が小物なんだよなぁ」
「誰が小物だ! アタシは」
「ちゃんと大悪党だよ。だから、それに相応しい立ち振舞をしないとね」
ぐぬぬ、と少女は悔しげな表情で黙る。そんな少女を見て笑みを浮かべた青年は、さてとと視線を動かした。
「まあ、それはそれとして。こう見えてボクもこの国のそこそこ偉い貴族だからさ、怪しい人物を放っておくわけにもいかないんだよね」
その言葉に真っ先に反応したのはペコリーヌ。貴族ならば、と思考を巡らせ始めた彼女を一瞥した彼はまあ落ち着いて、と言葉を続けた。
「警察に突き出す、なんてしないよ。それやるとボクも怒られるからね~。なんたってボクと」
「アタシとオクトーは大悪党だからな!」
「……そういうことだから、事情によっては協力してもいいかもな~、って思ったのさ」
はーっはっは、と高笑いを上げる少女を見ながら、青年――オクトーはそう言って肩を竦めた。
「で、ノウェム、とりあえず移動しようか。君の笑い声で人も集まってきたし」
「んあ?」
ここだとコンビでいるせいで何かおバカキャラみたいに