カズマ達が作戦会議を始める少し前。丁度動向を探るのをやめた辺り。
勇者の血筋のなせる業か、あるいはやべーやつらのやべーアレ的な何かなのか。
「どうすれば交渉を進めることが出来るのでしょうか……」
「つっても、ぶっちゃけこのままじゃどうにもならんくない?」
「ですね。アイリスちゃんの意見とあちらさんの意見が正面衝突大事故確定ってなくらいぶつかりまくっちゃってますからね。正直このままだと百年経ってもはじめの一歩は踏み出せないでまごつきこちゃんのままなんじゃないかなーってチエルは思ったり、かしこ」
「ふむ。余計な装飾がいささか多いが、ぼくも大筋はチエル君の意見に賛成だ。エルロードの宰相は頑なに意見を変えず、王子は宰相を跳ね除ける力がない。さりとて王子は宰相の意見に首を縦には振りたくない。これでは意見も纏まらないだろう」
「向こうの内ゲバじゃねーか。うちらと関係ないとこで一生やってんなら勝手にしろって感じだけど」
はぁ、とクロエが面倒くさそうに息を吐く。それを見ながら、ユニもアイリスも、ついでにチエルも同じように息を吐いた。結局これのせいで本来の交渉が進んでいない。こちらの立場からすればいい加減にしろと言いたくなるのもしょうがないわけで。
かといってそれを言うわけにはいかず、にっちもさっちも行かないまま滞在時間が過ぎている。暗躍しているカズマたちにとってはある意味理想的で、膠着しているからこそ動き出そうと考えるには十分。
「仕方ない。アプローチを変えるとしよう」
「え? ユニ先輩、何かいいアイデアがちぇるっとピカッとひらめいちゃった系ですか?」
「まあ、パイセンこういう小賢しいの得意だしなぁ」
「言い方に気を付けたまえよ。この状況を打破するための一手は、すなわち神の一手にも等しい。状況や時代によっては、ぼくが新たなる女神として召し抱えられると言っても過言ではないのだぞ」
「いや過言だし。過言過ぎて二回通り過ぎた後もっかい戻ってきて顔覗き込むくらい言い過ぎてるわ」
「ユニ先輩。もう少し自分の立ち位置を冷静に分析したほうが幸せになれますよ、ちぇるん」
「百歩譲ってクロエ君に言われるならともかく、チエル君にそう返されるのは非常に遺憾だが?」
「あはは……」
「それで、ゆに、ちゅづきは?」
リアクションし辛かったアイリスは苦笑するに留めた。そしてそんなやり取りを見ていたフェイトフォーが続きを促すという、中々のぐだぐだっぷりである。
ともあれ。ふむ、と彼女の言葉を受けたユニは、立てた指をくるくるとさせながら簡単なことだと言い放った。先程の前置きで述べたように、現状のままではどうにもならない以上アプローチを変えるのは至極正攻法の手段でもある。言いながらこつこつと移動し、彼女は窓際に立つとその先に広がる景色を眺めた。
「ベルゼルグに支援を行えないのならば、いっそ諦めてしまえばいい」
「パイセンパイセン、もったいぶって出した答えがクッソ投げやりとかどうなん?」
「……ふう、話は最後まで聞き給え。現状必要なのはエルロードの資金だ。それさえ手に入れられれば、それがどのような経緯でも結果は変わらない。用途を明確に定められさえしなければいいのだから」
「えっと、それはつまり……違う方向でエルロードからお金をもらう、ということですか?」
然り、とユニは頷く。が、横合いからそんなことが出来たら苦労していないでしょうがというチエルのツッコミが入った。クロエも、非常に不本意だがという顔で彼女の意見に賛成している。
「それはどうかな?」
「なんかカードゲームで大逆転しそうなこと言い出しましたね。あ、そういえば最近ここのカードスタジアム大盛況らしいですよ。なんでも、久しぶりにカードクイーンが敗れたとか敗れなかったとか」
「どこか破れたの? すかーと?」
「いえ。この場合のやぶれたというのは、敗北した、負けたという意味ですよ、フェイトフォーさん」
「へー」
「んで、パイセン。何がどうだって?」
「国と国との交渉、魔王軍との防衛や同盟などという部分ではトップが纏まらず道筋が不明瞭なのだから、切り崩しやすい部分、この国が最も財布の紐を緩めやすい箇所を狙い撃ちにすればいい。端的に換言すれば、商売の話をしよう」
脱線なんぞなんのその。別段気にすることなく話を続けたユニは、そう言うとアイリスへを視線を向けた。その視線の意味に気付かない彼女ではない。が、いきなり商売の話をしようと言われても何がどうすればと首を傾げる。
とはいえ、アイリスは一国の王女。脳筋変人王国とはいえきちんと王族の教育を受けた第二王女である。ユニの言葉の意味を考え、そして彼女が窓の外を見ていた意味を考え。
「……アイドル事業の、支援同盟?」
「へ?」
「あー……」
その呟きに、ユニはどこか満足そうに口角を上げた。
オクトーのツテで真正面からエルロードの王城に入り込んだカズマ一行は、そこで聞いた話に思わず動きを止めた。内容は、ラグクラフト宰相とアイリス第二王女が交渉を行っている、ということ。それ自体は別にいい、何の問題もない。
重要なのは、その交渉が今までとは違い、どんどんと前進しているらしいということだ。
「どういうことなんでしょうか。向こうの宰相さんが根負けしちゃったんですかね」
「あの筋金入りの後方腕組みプロデューサーがそんなことするかしら?」
「ですが、事実交渉は前向きに進んでおられるようですし」
ううむ、とペコリーヌ達は頭を抱える。そんな三人を見ながら、カズマはカズマで別のことに思考を割いていた。
「お、どうした? 留守番頼んだあの二人、やっぱり連れてくればよかったとか思ってるのか?」
「あー、いや。あの宰相に接近するならシェフィとぬいペコは一旦隠しておきたいからそれは問題ないんだが」
ラグクラフトと直接会う可能性が出てきたので、向こうの正体を知っているというアドバンテージを覚られないため魔物組には待機を指示した。その事自体には別に何も問題がない。だから、ノウェムのそれにも首を横に振った。
だから問題はそこではなく。
「これ場合によっちゃ俺たちとアイリスたちとで潰し合う羽目にならないか、って」
「あー、成程ね」
「ん? どういうことだオクトー」
「話を聞く限り、宰相が元のままの交渉で前向きになるとは考えにくい。ということは、あちらさん――第二王女様たちは方針を変えた可能性が高いってことさ。第一王女様たちも、同じ結論にはなったんじゃないかな」
「まあ、そうですね。とはいっても、どういう風に方向転換したのかは」
「分かるぞ」
横合いから声。え、と視線を向けるペコリーヌ達とは対照的に、オクトーは承知の上のようで胡散臭い笑みを浮かべたままだ。そんな彼は、話についていけているのかいけていないのか分からないノウェムを見て、まあ細かいことは気にしないといったような表情であることを確認すると、声の主、カズマに視線を戻した。
「じゃあ、説明よろしく」
「……はぁ。アイリスたちを門前払いしなくなったってことは、あの宰相が話を聞く気になったってことだろ? だったら、その方向なんかアイドル関係に決まってる」
「なるほど、言われてみれば確かにそうね」
「流石は主さまです」
「あれ? でも、そうなると」
気付いたのか、ペコリーヌが目を見開く。カズマが口にした言葉を思い出し、その意味を理解して。そんな彼女を見てオクトーがそういうことだよと頷いた。
「そうそう。そうなると、内容はどうであれ、君たちと第二王女の交渉の方針は同じってことになる。うん、タイミングが悪いなんてもんじゃないよね。どうする君たち、ここで全面対決と洒落込んじゃう?」
「……そうだな」
考え込む素振りを見せたカズマを見て、キャルが怪訝な表情を浮かべた。今回の、エルロードに来た主目的を考えれば、そうする必要がないことなど彼は承知だと思っていた。だというのにその態度、今度は一体何を考えて。
「本来なら、向こうが上手くいって俺達が余計なことしなくても問題なくなれば丁度いいんだけど、今回はそういうわけにもいかないからなぁ」
「あー……」
それもそうか、とキャルは考え直す。そうだ、今回の主目的は、カズマがペコリーヌとのお付き合いを家族に認められるための旅だ。改めて考えると非常に下らなくて、ぶっちゃけ自分が関わる必要性が皆無に近い。それでも協力しているのはまあ、そういう繋がりだからだ。
それはそれとして。
「でもカズマ。向こうの邪魔してこっちを成功させるのって、王妃様に認められないんじゃないの?」
「……だよなぁ」
成功しそうなアイリスを蹴落としてどうするのか、というわけである。王妃の条件を満たすわけでもなし、ペコリーヌが喜ぶわけでもなし。はっきり言ってやるだけ無駄、むしろマイナスだ。
ちなみにこのまま何もせずアイリスが成功すれば、王妃に告げた条件を満たせないのでペコリーヌとのお付き合いに支障が出る。詰みだ。
「あー、くっそ。絶妙なタイミングで邪魔してきやがってあのやべーやつら!」
「なかよし部が原因なのは確定なのね」
「アイリスがそんな搦め手やれるわけねーだろ。ペコリーヌの妹だぞ」
「酷くないですか!?」
「ごめんペコリーヌ。あたしもそれには同意だわ」
「……ペコリーヌさまは、やれば出来るお方だと信じております」
「キャルちゃん!? コッコロちゃんまで!?」
がぁん、とショックでよろけるペコリーヌを尻目に、過ぎたことはしょうがないとカズマは気を取り直すように思考を巡らせ始めた。向こうの交渉が失敗するという前提が少々きな臭くなってきた以上、自身の手札を使いながら違う方向に場を整えなければならない。それはさながら、この間のカードバトルでヨリと戦っていた時のように。
「まどろっこしいな。別に気にせず乗り込めばいいじゃないか」
「ノウェム。世の中ってのは、そう単純にはいかないもんだよ」
「それは……分かってるけどさ。でも敵でもないなんでもない、そこのペコリーヌの妹さんだろ? 似たような交渉するんなら、合流したって別に」
オクトーに諭され、どこか不貞腐れたようにノウェムは後ろ手に組んだそれを後頭部に回す。ちまちまするってのは大悪党らしくないんだよ、などと今回と関係あるのかないのか分からない愚痴まで呟き出した。
「……なあ、ノウェム」
「あん? どうしたカズマ」
「お前たちって、実際どのくらいの悪党なんだ? 指名手配とか賞金首とかになってたりするのか?」
「してたら口利きで王城に入れないよ。残念ながら、ボクたちを金にするには諦めてもらおうかな」
「……あんたってやつは」
「誤解だ誤解! これからの交渉に問題があるかどうかの確認をしたかったんだよ」
「と、いうことは。主さま、何か新しいアイデアを思い付かれたのですか?」
キャルのジト目に反論をしつつ、コッコロの言葉にそうだと頷く。そうしつつも、まずはアイリスの交渉の内容をもう少し詳しく知る必要があるのだと続けた。自分達の予想通りならば大丈夫だが、果たして。
「だってさ。ほら、オクトー、出番だぞ」
「やれやれ、人使い荒いんだから」
「いいじゃないか。アタシの理想とはちょっと違うけど、こういうのも悪党っぽいだろ?」
「まあね」
どことなく誰かさんに似てますね、と二人のやり取りを見てペコリーヌはそんな感想を抱いたが、同時刻にリオノールが盛大にくしゃみをしているのを彼女は知る由もない。
アイリスは攻めあぐねていた。ユニの助言により交渉を一歩進めることは出来たものの、ではこれで円満解決となるわけでもなく。
「ちょっとちょっとユニ先輩。こういう時こそその無駄に頭いいところをちぇるっとばばっと見せ付けてドヤ顔するところじゃないんですか?」
「チエル君、確かにぼくは頭脳明晰であると自負してもまあ恥ずかしくない程度には教養や知識を持ち合わせているが、他国の経済や政治の情報を知り尽くしているわけではない。アイリス君よりもその点では劣っている以上、下手に口を出すのはむしろ徒に場を引っ掻き回すことになりかねないのだよ」
「ああ、余計なお世話になる感じ? でもアイリスならその辺別に気にしなくないすか?」
「だからこそ、だ。ぼくはこれでも年長者として、後輩にカッコ悪い姿を見せたくないというくらいの見栄はある」
「いやパイセンにそういうのもう欠片どころかチリ一つ残ってないから。手遅れもいいところだから」
交渉の邪魔にならないようにヒソヒソと話をしているものの、アイリスにはそこら辺ばっちりと聞かれている。もっとも、そういう会話が彼女の緊張を解しているので結果としてはいい方向に向かってはいるのだが。
とはいえ、現状は難しいのは変わりがない。
「その提案ならば一考の余地はある。現状はそこ止まりですな。失礼ながら、アイリス様にはその案について詰めていけるだけの知識がおありではないようですので」
「それは……確かに、そうかもしれません。ですが、この草案だけでもそれなりには」
「……まあ、そちらの国のことならば、多少の無茶は後出しで通ってしまいそうではありますが」
許嫁と会うついでに王女がほぼ単騎で直接同盟の交渉をする、という事自体がそもそもぶっとんでいるので、方針転換して交渉を進めようとするくらいはまあそんなもんかで流しそうにはなる。ラグクラフトも、この国の運営を担うようになるまでの間にその辺りを実感していたので頷けるところもある。
なので、前提条件は気にせず新たな交渉内容についてを判断するわけなのだが。
「やはり内容ですね。共同スポンサー、ということだけでは、こちらとしても首を縦に振るのは難しいでしょう」
「……そうでしょうか? こちらとしては元々の同盟と同じようにこの国を守る戦力を用意しますので、実質的にはそちらの有利が増えることになると思うのですが」
「だからですよ。一方的にこちらが得をする、そんな提案をこのような場でされて、はいそうですかと首を縦に振れるわけがない。お忘れでしょうが、ここは元ギャンブル大国。賭けにはそれなりに覚えがあるのですよ」
ですが、とラグクラフトは息を吐く。そちらが騙そうとしているのではないことは分かるし、こちらも好んで同盟を破棄したいわけでもない。そんなことを言いながら、お互いの眼前にある書類を見て顎に手を当てた。
「何か、決め手が欲しいところですな。言うなれば、エルロードもベルゼルグも、双方がアイドルのプロデューサーとして高めあっていくような一手が」
「何かキメ顔ですげーこと言ってんだけどあのオッサン」
「え? 全人類カルミナを推しに推すにはまあ極めて普通の意見じゃないです? なにせあの人はファンの間でも有名な後方腕組みプロデューサーですし。そこしか見てないからこそ認められているフシもありますからね」
「あ、そ」
こいつに聞いても無駄だ。そう判断したクロエは流した。そうしながら、視線をユニに向ける。フェイトフォーと戯れているのを見てああもう駄目だと結論付けた。
「む、何やら失礼な視線を感じたな」
「いや妥当だから。そうでない方がむしろ異端っつーか、えこれ空気読めてなくね、ってなるっつーか」
「アイデア自体はある。が、それを実行するには少々の時間と労力が必要となってしまうのだよ。ぼくとしても手回しはしておきたかったが、間に合わないのは明白だったからな、仕方なかった。端的に換言すると、面倒臭すぎて時間がない」
そこまで告げると、まあしかし、とユニはフェイトフォーに目配せをした。うん、と彼女が頷いたのを見ると、その視線をクロエに向け、そして部屋の扉に移動させる。
「方法が無いわけでもないかな」
コンコン、と扉がノックされた。何用だ、とラグクラフトが尋ねると、この交渉に参加したいという輩が来ているという返事が来る。あまりにも非常識なその言葉に、誰だそのバカは、と少々乱暴な口調で再度尋ねた。
「どうも宰相。こんな馬鹿です」
「……うわ」
それを許可と判断した相手が顔を出す。その相手――オクトーを見たラグクラフトはあからさまに表情を歪めた。まあ考えればそんなことしそうな奴こいつくらいだよな、と一人嘆きながら、彼は飄々とした表情のオクトーに再度尋ねた。それで一体何の用だ、と。
「いや、今回のボクはただの仲介役。本命はこっちの人ですよ」
「どうも宰相、初めまして」
そんな彼の言葉で前に出てきたのはなんとも冴えない少年が一人。見たこともないその顔を見て、宰相は怪訝な表情を浮かべた。一体全体、この男が何だというのか、と。
その一方で、彼の対面にいたアイリスの反応は劇的であった。ガタン、と椅子を倒さんばかりに立ち上がると、その少年を指差して、先程までの彼女とは思えないような声を張り上げる。
「なっ! お義兄様!? 何故こんなところにいるのですか!」
「何故って。お前の交渉に横槍を入れて利益を掠め取りに来ただけだが?」
「言い方」
「主さま……」
「あはは……」
「お、何かいいな。ちょっと悪党っぽいぞ」