冒険者ギルドの建物の中に入ると、店員らしき少女がカズマ達を出迎えた。どうやら酒場と併設されているらしく、食事ならこちら、と案内してくれる。
とりあえず食事ではないことを伝え、案内されたカウンターへと足を進める。が、どうにも視線を集めていることに気が付いた。否、正確には気が付かないふりをやめた。
「主さま。まずは冒険者登録をいたしましょう。あちらのカウンターで行っているようですので、お好きな列にお並びを」
「お、おう」
原因は勿論、カズマの隣のコッコロである。年端も行かないエルフの美少女がよく分からない服装のさえない顔の男に引き連れられているのだ。どう考えても事案である。ざわざわと通報した方がいいのか迷われているその空気の中、彼は視線をカウンターへと向けた。とりあえずゴミを見るような目で見られてはいない。そのことを確認すると、四つある受付を順繰りに眺める。先程確認はしたものの、しかしそのうちの二つ、男性職員が受付をしている方は何だこいつ的なオーラが滲み出ていた。そうだろうな、とカズマは思う。自分だったら即通報する。だって主さまだぞ主さま。どう考えても騙されてるだろう。そこまでを考え、残る二つを見た。
どちらも女性職員で、混み具合は同じくらい。ついでにいうと美人具合も同じくらいだ。片方の眼鏡の女性職員の方は若干寒気を感じないでもないが、どちらを選んでも問題はなさそうと判断できる。
とりあえず寒気のしなかった方の受付に並び、順番を待った。おっとりとした雰囲気の美人の受付の女性は、それでどうしましたかと彼に問う。
「えっと、冒険者になりたいんですが、どうすれば」
「登録ですか? では、登録手数料をいただくことになりますけど」
「……え?」
ピタリと動きが止まる。ちょっと待って下さいと自身のジャージのポケットを漁るが、当然ながらこの世界のお金など出てくるはずもない。いきなり詰んだ、そんなことを思いながら何か方法はないかと思考をフル回転させる。
「はい、ではこちらで」
「……はい。千エリス、確かにいただきました」
「え?」
「主さま。ご心配なく、当面のお金はわたくしが工面いたします」
「……え?」
満面の笑みでそう言われた。思わず固まっているカズマを、何の憂いもなく冒険者にさせようとコッコロは促してくる。
ギリギリと錆びついたような動きで視線を受付の女性へと向けた。信じられないようなものを見た表情で、しかしなんとか平静を保とうとしながら手続きの続きを行っている。周囲の面々も大体同じ表情だ。
傍から見れば、年端も行かない少女のヒモである。今日から俺はロリのヒモ、と思わず宣言してもあながち間違いではないレベルのへんたいふしんしゃさんだ。少なくともカズマの中ではそう結論付けた。
「では、説明の続きを」
「あ、はい」
目を合わせずに言葉を続ける受付の女性に意識を戻しながら、彼はもう考えるのをやめた。ついでに、今度アメスに会ったら一言文句を言ってやろうと八つ当たり気味の決心をする。
受付の女性、ルナの言うところでは、冒険者とは基本的にはなんでも屋、主な仕事はモンスターの討伐、そういう生業の総称らしい。そしてそこには様々な職業があるとも続けた。冒険者カードと呼ばれるものをカズマに差し出し、ここにレベルやらスキルやら討伐情報やらのデータが記されていく、そこまで言うと、書類にパーソナルデータを記入するよう申し出た。
「……そういえば」
「どうされましたか?」
「コッコロは、登録しないのか?」
受付のカウンターで身長などを書きながら隣の少女に問い掛ける。そう言いつつも、このくらいの年齢だと流石に無理だろうと自己完結していた。
「わたくしは、既に登録を済ませております」
「なぬ?」
だから、コッコロのその言葉に、思わず持っていたペンを取り落してしまう。落としましたよ、とそれを拾い自身に渡されるのを受け取りながら、カズマは今の情報をもう一度反芻し口にした。え、持ってるの、と。
「はい。こちらがわたくしの冒険者カードです」
す、と懐から取り出されたそれは、確かに先程見せられたものと同じカード。レベルこそそこまで高くないが、ステータスも高水準で覚えているスキルも充実しているそれを見て、カズマは思わず固まってしまう。
「どうされましたか? 主さま」
「……これマジ?」
「はい。アメスさまのご加護のおかげで、わたくしは立派なアークプリーストになることが出来ました」
その言葉に、酒場の面々が再びざわめく。アークプリーストだって、まさかあんな幼い子供が? そんな言葉が耳に届き、そしてコッコロに注目が集まっていく。
「にゅ!?」
それに気付いたのだろう。ビクリと震えた彼女は、そそくさとカズマの背中に隠れてしまった。申し訳ありません主さま、とか細く述べるコッコロは、先程とは違い年相応に思えて。
「おらおら! 見せもんじゃねーぞ!」
調子に乗った。無駄にイキった。俺が守る、という謎の使命感を持ってしまった。幸いにして視線の連中もある程度の後ろめたさはあったのか、そんなカズマの怒鳴り声を聞いてバツの悪そうに視線を逸らす。
「大丈夫か、コッコロ」
そうしてイキった状態のまま、カズマはキメ顔でそう言った。そしてそんな彼を見たコッコロも、頼もしいです主さまと柔らかく微笑み。
「……記入、終わりました?」
「あ、はい。すいません」
記入の終えたそれを渡す。確認作業を終えたルナは、それではこのカードに触れてくださいとカズマを促した。先程のテンションが未だ燻った状態のまま、彼はどことなくクールな表情を浮かべながらそっとカードに手をかざす。
そうして出来上がった冒険者カード。それを見たルナは目を見開き、そして。
「……幸運がとても高くて、知力はそこそこ上……後は普通、ですね。えっと、これで選択出来る職業って基本職の《冒険者》しかないんですが……どうしましょう?」
しん、と酒場が静まり返る。え、これ俺が悪いの、とテンションを元に戻したカズマが辺りを見回したが、皆こちらを見ようともしない。どう考えても先程の怒鳴り声で、というわけではないのは明白だった。
「……冒険者で、お願いします」
分かりました、と目の前のカードに職業が刻まれていく。おいマジかよ、という誰かの声を聞きながら、カズマは出来上がったそれを手に取り。
「おめでとうございます、主さま」
「……おう」
「大丈夫です。主さまのお力が誰よりも素晴らしいことはこのわたくし、コッコロが保証いたします。それに、冒険者も悪いことばかりではありません。誰かに教えてもらうことさえ出来れば、全ての職業のスキルを使うことも可能なのですから」
「お、おう」
「主さまならば、そのお力をもって、偉業を成し遂げてくださるとコッコロは信じております」
百パーセント本気で言っている。それが分かったカズマとしては、何だかもう目の前の少女の胸で眠ってもいいんじゃないかなと本気で思いかけてきた。フラフラと足を踏み出し、そして正気に戻る。違う、今することはバブみでオギャることではなく、冒険者としての一歩を踏み出すことなのだ。
目の前の受付嬢へ問い掛ける、早速だが何かクエストはないものか、と。
「え、っと……」
ちらりと視線を横のコッコロに向ける。どうやら彼女はアークプリーストで、しかも冒険者なりたてというわけでもないらしい。パーティーを組んでいるのだろうと予想出来るので、完全初心者の冒険者の彼がいても、最低限の依頼はこなせるのかもしれない。
そう結論付け、とりあえずこの辺りです、と依頼が貼ってある掲示板の一角へと二人を案内した。駆け出し冒険者の街といえば聞こえがいいが、完全なる初心者がこなせるクエストは殆ど存在しない。とっくの昔にそんなものは枯渇しているのだ。だからルナの案内したそれも、本来ならば今日なったばかりのそれも冒険者に案内するものではない。
「では主さま。どのクエストにいたしましょう?」
「とりあえず最初は、出来るだけ危険度の少ないやつにしとくか……」
本当に良かったのかな、とほんの少しだけ不安になった。が、同僚の眼鏡のギルド職員の女性が、案外大丈夫そうですよと微笑んだことで安堵する。彼女がそういうのならば、とりあえず信じよう。そう結論付けた。
「それに」
「それに?」
眼鏡の女性職員は二人を見る。どうやら決めたらしい依頼の紙を持ってくる姿を見ながら、隣のルナに言葉を続けた。
「依頼が終わる頃には、素敵な仲間が増えていそうですから」
「うぅぅぅおぉぉぉぉぉ!?」
「主さま!?」
カズマは必死で草原を駆ける。ちょっとした小屋程度はありそうなカエル、ジャイアントトードが迫りくるのを避けながら、自身の初期装備となったショートソードを握りしめた。
「主さま! ここはやはりわたくしが!」
「ダメだ! これ以上お前に頼ったら、俺は! きっと! 絶対ヒモになる!」
コッコロの悲痛な叫びにそう返し、カズマは足に力を込める。幸いにして予め彼女に支援魔法は掛けてもらっている。普段の自分とは思えないほどの動きは少なくとも出来ている。
ならば後は、目の前の、ヤギ程度なら丸呑み出来そうなカエルを討伐するだけ。
「いや無理だろ!? おっひょぉぁぁ!?」
「主さまぁ!」
カズマの真横をカエルの舌が通り過ぎる。地面をえぐるそれをちらりと見た彼は、脇目も振らず逃げた。駄目だ死ぬ。彼の中でそれは確定事項となった。
もはや恥も外聞もなく、カズマは半泣きで逃げ回る。助けてぇ、と情けない叫び声を上げながら、彼は全力で走り回った。
「行きます……!」
風が吹く。手にしていた槍をクルクルと回転させ、一気にカエルの間合いへと踏み込んだコッコロは、そのままその土手っ腹へと斬撃を叩き込んだ。ぐげ、と声を上げ、巨大なカエルがたたらを踏む。そこへ追撃とばかりに足に槍を突き刺すと、コッコロは素早く後ろに飛び退った。
「主さま! 今です!」
「え? あ、お、おう!」
突如バトル漫画みたいな動きをしたコッコロを見て思わずあっけにとられていたカズマであったが、彼女の言葉で我に返る。腹と足にダメージを受け悶えているカエルに向かい、全力でショートソードを振りかぶった。一撃では無理だったので、何度も。
カエルらしからぬ断末魔を上げジャイアントトードが倒れ伏す。死んだふりとかじゃないよな、と動かなくなったカエルをつついたが、どうやら正真正銘絶命しているようであった。
「お見事です、主さま」
「お、おう? これ完全に初心者の寄生プレイじゃなかったか?」
ネトゲでよくやるやつ。そんなフレーズが頭に浮かぶ。トドメこそカズマが刺したが、そこに至るまでのダメージの蓄積は間違いなくコッコロの攻撃だ。そもそもアークプリーストと言っている割に得物は思いきり槍である。どう見ても槍である。だが杖らしい。槍だが。
ともあれ、異世界初討伐を済ませることには成功した。なんとも締まらない成果だが、しかし討伐は討伐だ。自分がぶっ殺したジャイアントトードを眺めながら、カズマはゆっくりとショートソードを掲げ。
「よっしゃおおお!?」
「主さま!?」
地面から生えてきた二体目に、あっけなく弾き飛ばされた。ゴムボールのように天高く飛び、そして落ちる。気分はキャッチしてもらえないオメメちゃんだ。
幸いというべきか、コッコロに掛けてもらっていた支援魔法のおかげで、バウンドしたもののダメージは軽微。すぐさま起き上がると、追撃が来ない内に一目散に逃げ出した。
「大丈夫ですか!? 主さま」
「お、おう。コッコロの支援のおかげでな」
逃げたカズマを追いかけ合流した彼女は、彼が無事だと分かると安堵の溜息を零す。そうした後、こちらに迫ってくるジャイアントトードをジロリと睨み付けた。口にはしていないが、その雰囲気が言っている。そう、まるでどこぞの誰かのように。
否、思い切り口にした。
「ぶっ殺します」
「コッコロさん!?」
思わずさん付けである。目を見開いたカズマの目の前で、ジャイアントトードが串刺しになった。素早く間合いを詰め、先程のように斬撃を加えた後、飛び上がって真上から一撃。アークプリーストってなんだったっけと言わんばかりの槍さばきであった。
ずるり、とカエルの頭から槍を抜き取ると、コッコロはパタパタとカズマへと駆け寄る。その途中で得物の返り血を振って飛ばすのも忘れない。
「あ、申し訳ありませんでした」
「な、何が?」
「主さまの獲物だったのにも拘らず、ついトドメを」
「いやいやいやいや! そういうのいいから! 俺助かったから!」
「そう、ですか?」
ぶんぶんぶん、と全力で首を縦に振る。それならいいのですが、と俯くコッコロに、心配するなとカズマは述べた。とりあえず全力で空元気だが、言わずにはおれなかったので口にした。
「俺だって、やれば出来るんだからな」
「……はいっ。わたくしは、主さまはやればできる子だと信じております」
「おう……! しゃぁー! やってやんよ!」
半ばヤケになったカズマは、コッコロが見守る中三匹目のジャイアントトードへと無謀な突進を敢行するのであった。支援は重ねがけされている。ちょっとやそっとでは死なない。ジャイアントトード相手ならば、呑み込まれてもなんとかなる。二時間くらいやりあっても、多分平気。
こうしてこの日、カズマとコッコロは計三匹のジャイアントトードの討伐に成功するのであった。
仲間になる順番がこのすば原作と逆になる予感