プリすば!   作:負け狐

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その200

 おにいさま、というアイリスの言葉で、部屋にいたエルロードの面々はざわつき始めた。ベルゼルグ王国第二王女には兄と姉が一人ずつ。となれば、必然的に兄と呼ばれたこの男が何者なのかが分かる。

 

「……魔王軍との最前線で戦っていると聞いたのですが、情報が間違っていたのでしょうか?」

「さて、どうでしょうね」

 

 とぼけたようなカズマの言葉に、ラグクラフトは眉を顰めた。カズマの表情には動揺した様子もなく、それが彼をあえて答えていないようにしっかりと見せている。エルロードの面々もそう誤解をしたので、あれがジャティス王子なのかと刷り込まれた。

 

「それで、アイリス第二王女様の兄君が、一体何の御用ですかな?」

「いや、俺は別にアイリスの義兄としてこの場に来ているわけではないんですけどね」

 

 そう言うと、カズマはちらりと視線を後ろの面子に向けた。ペコリーヌとキャル、そしてコッコロはそれで伝わったのかこくりと頷き、最初から承知であるとばかりにオクトーは笑みを浮かべたまま何か言おうとしたノウェムの口を塞いだ。

 

「駄目だよノウェム。こういう交渉事は、余計な口を挟まないものさ」

「余計な口ってどういうことだよ」

「その説明が、余計な口になるんだけどね~。まあ、今はちょっと黙っててよ」

 

 気にしないで続けてくれとオクトーは手で促す。本来ならば気になると向こうを問い詰めるのだが、相手が相手。ぶっちゃけあんまり関わりたくないとラグクラフトは彼のそれを受け入れてカズマとの会話を優先させた。

 

「実は、俺はいまアイドル事業の新しい形を使ってビジネスの拡大をしておりまして」

「……それは、アクセルハーツの使っているあれのことでしょうか?」

「流石、お耳が早い。その通り、あの装置と運営方法はこちらで特許を取った正式なもの」

 

 まあつまり、ライブビューイングを使いたければ交渉をしろというわけだ。実用化してすぐではあるが、アイドル大国ではその有用さはあっという間に知れ渡っていた。アクセルハーツがエルロードで一気に活動の幅を広げているのは紛れもなくあの技術のおかげであるのだ、と。

 

「それはそれは。しかし、我がカルミナはそのような小細工を弄さずとも、すでに盤石の地位を得ていますので」

「おや、カルミナの活動というのはそんなものでしたか」

「……なんですと?」

「世界をアイドルの力で、カルミナで満たすのが目標だと思っていましたが、どうやら違ったようですね」

 

 やれやれ、とカズマは頭を振る。その仕草は勿論挑発で、その程度かカルミナ、と言っているかのようで。

 

「はぁぁぁ!? ちょっとそれは流石にアイリスちゃんのお義兄さんでも許せませんけど!? いいですか? カルミナはこの魔王軍がやりたい放題して汚しまくった一人暮らしの学生のような世界を清めクリーンなイメージに変えるべく降臨した究極のアイドル! 魔王みたいな汚れきった存在に効果てきめんちぇるっとピカッとツヤツヤに、みたいなキャッチフレーズが出来るくらいなんですからね! この程度でいいかとかそんな妥協の産物が生まれるはずないんですよ!」

「いや魔王様はそこまで汚れてないぞ! ――ではなくて、何故そちらの方がその主張を」

「あ、さーせん。こいつちょっと強火なんで」

「何言ってるんですかクロエ先輩。こんなのカルミナのファンなら常識も常識、全人類がそらで言えるくらいは浸透しきってどこをとっても溢れてくるくらいの当たり前なんですけどぉ!」

「最近、チエル君の言うカルミナファンはアクシズ教徒に近しいものではないのかと若干不安になるな」

「そっすね」

「心外が過ぎる!?」

 

 おい言われてんぞアクシズ教、とカズマはキャルを見たが、同意しかないとばかりに頷いていたのでスルーすることにした。オホン、と咳払いをすると、気を取り直したかのように彼は言葉を紡ぐ。よもやプロデューサーともあろうものが、そちらのファンの熱量に負ける程度のものしか持っていないなどということはないでしょう、と。

 

「……確かに、それは。いやでもこれを一般ファン代表面として扱うのはちょっと……いやでもしかし」

 

 ぐぬぬ、とラグクラフトが悩み始める。そんな彼を見たカズマは、まあいくらでも悩んで構いませんと続け、視線を別の人物へと移した。

 

「さてアイリス。ここに向こうが導入しようか迷っている、というか導入すれば一気にアイドル活動が広がる技術が転がっているわけだが」

「買います。その全てを、私が」

「んなっ!?」

 

 悩んでいるラグクラフトの横で、アイリスは即答した。それらの特許を、ベルゼルグ王国第二王女アイリスがすべて買い取る、と言い切った。

 

「成程。安くないけど、払えるのか?」

「はい。…………非常に、身を切る思いではありますが、お義兄様の望むものを対価として用意します」

「その言葉が聞きたかった」

 

 グッド、とカズマは指を鳴らす。交渉成立だな、と手を差し出すと、アイリスはその手をゆっくりと握った。そうした浮かべた表情は、笑顔。

 

「流石は、お義兄様ですね」

「いだだだだだだだ! 砕ける! 手が砕ける!」

 

 そしてその額には、きれいに十字のマークが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

「アイリスのやつ……思い切り握りやがって」

「あれはまあ、しょうがないんじゃない?」

 

 グシャリとされた右手をコッコロにヒールで癒やしてもらいながらカズマはぼやく。その横では、どこか楽しそうな表情でキャルが言葉を返していた。

 アイドル事業の商売同盟。それを成立させるにはベルゼルグ側に決め手がない。その一点を、アイリスはカズマから技術を買い取ることで解決させた。あからさまに目の前で行われたそれに、ラグクラフトは当然抗議の声を上げたものの、最初にこの話を持ちかけたのにも拘わらず一度断ったそちらの落ち度だと言われてしまえば強くも出られないわけで。

 

「でも、よかったの? あんたこれじゃ王妃様との約束事が」

「これでアイリスはこの国に嫁がなくても済むし、同盟交渉も成功してる。きちんと達成してるじゃないか」

「いやそれやったのはあんたじゃ……ない、こともない、のか」

「俺の手柄だと証言してくれるようにアイリスも約束してくれたしな」

「成程。あの言葉はそういう意味でございましたか」

「勿論金もいただくけどな」

 

 おお、と納得したようにコッコロが手を叩く。そういうところ抜け目ないわね、とキャルは呆れたように肩を竦めたが、話を聞いていたペコリーヌは笑顔を浮かべたままツッコミを入れることもなく静かに話を聞いているのみだ。

 実際のところ、あの場でアイリスの出した対価は義兄と認めたカズマの味方をするという意味合いで、自身の母より姉を取るという宣言に過ぎない。そして本人は否定するであろうが、そんなものはとっくに成立している。

 なので結局のところ、ペコリーヌから見れば大した条件もなくさらりと決め手を渡しただけにしかなっていないわけで。ただただアイリスをぐぬぬさせただけなのである。

 

「やっぱり優しいですね、カズマくん」

「いきなりどうしたのよペコリーヌ。変なもの――はいつも食べてたわね。じゃあいつも通りか」

「今いつも変だって言われました?」

 

 そんなやり取りをしながら、自分たちの仕事は終わったとばかりに帰路につく。オクトーとノウェムは次の悪事も期待していると中々不名誉な期待を彼にして去っていった。あの様子だと、エルロードに滞在している間には再び会うことがありそうだ。などと思いつつ、しかし目標自体は達成したも同然なので、このままベルゼルグに帰っても問題はなさそうでもある。

 

「あ、おかえりなさい。どうだったの?」

「交渉は上手くいきましたか?」

 

 この国の拠点であるアゾールドの商会に辿り着くと、シェフィとぬいペコが出迎えてくれた。彼女たちの問い掛けにまあなと返すと、これから二人はどうするのかと問い掛け返す。

 

「一応仕事は終わったし、帰るか?」

「えっと? いいのかしら? まだ完全に交渉は終わっていないのよね?」

「流石にここからこじれられるとどうしようもないぞ」

「でも、あの宰相は魔物でしたし、ひょっとしたら」

 

 ぬいペコの言葉にカズマは暫し考え込む。どうする、と横に尋ねると、まあ終わるまで待っていてもいいんじゃないでしょうかという言葉が返ってきた。

 

「それに、アクセルハーツのお手伝いがまだ残ってますし」

「あー……そっか。一応契約してるから、ツアー終わりまではいないとマズいか」

「あ、そういえば。アクセルハーツの方はどうするのよ」

「いや今言っただろ」

「そうじゃなくて、あんたがアイリス様に売っぱらったあの技術、このまま使い続けてていいわけ? 今度はこっちが違反にならないの?」

「ベルゼルグ王国の技術を、ベルゼルグのアイドルユニットが使って何が悪い。元々売上マージンを国の資金にするっていう話だったんだから、流れが短くなっただけだよ」

「……ほんっと、狡っ辛いわね、あんた」

 

 ついでに言えば、マージンの手数料は取れないのでこちらの儲けは本来アクセルハーツの事業支援の依頼料のみであったのだが、売り払った技術の譲渡料が追加されているわけで。

 

「ま、それならいいわ。やることも済んだし、あとは特に問題もなく手伝いやって終わりね。あー疲れた疲れた。もうどでかい問題なんか起きないでしょうし、のんびりいくわよ。あー終わった終わった」

「……お前さぁ、なんでそう特大フラグみたいなこと」

「あはは。やばいですね☆」

 

 

 

 

 

 

「……やばいですね」

「ほらなー!」

 

 エルロードの王都にて。アクセルハーツのエルロードツアーのクライマックスコンサートが行われていたその日の出来事である。

 ライブビューイングの効果も相まって、これまでのツアーの倍以上の売上を叩き出したアクセルハーツは、これまで以上の気合を入れて今回のコンサートに臨んでいた。会場は熱狂の渦に包まれ、カルミナ単推しであった人々も、アクセルハーツを追加で推しにするものが出てくるくらいには盛り上がった。

 そうしてパフォーマンスを終えた彼女たちがステージから去り、アンコールの声が会場に響き渡り、当然その声に応えなくてはと三人が再びステージに上がろうとしたそのタイミングで。

 

「おや、どうやら既に終わったところでしたか……。アンコールには間に合ったとはいえ、少々出遅れてしまいましたね」

 

 妙に落ち着き払った男の声が上空から響いた。何だ何だと観客が空を見上げると、ワイバーンが二体。そして、それに乗った紳士服を着た二人の男。

 どうみても厄介事であった。

 

「おいキャル」

「なんでよぉ! あたしのせいじゃないでしょ!? というかあいつら、前言われてたアクセルハーツを襲った連中なんじゃないの!?」

「言われてみれば……ですが、あのお二人はトロールには見えませんが」

 

 コッコロの言う通り、確かに見た目は人である。ならば違うかと結論付けるには中々に難しい状況であるのも事実であった。別にトロール自体はあの二人がけしかけていたと考えれば何の問題もない。

 

「いや問題大有りだろ! ここにトロールとか乱入されたら」

「ふっ」

 

 カズマの心配を他所に、男達はそのままステージに降り立った。突然の事態に観客も静まり返り、アクセルハーツの三人も男達の動向を見守るばかりだ。

 その空気の中、少しお時間を頂きますと宣言した紳士風の男は、帽子を取りアクセルハーツに向かってお辞儀を行う。

 

「初めまして。私はダニエルと申します。こちらは従者のチャーリー」

「……一体、そのダニエルとかいうやつが何の用だ?」

「おお……! 推しのリアに名前を呼ばれた……! くぅう、録音機材を持ってくれば」

「ダニエル様、羨ましいです。俺もシエロちゃんに名前を呼ばれたい……」

「何だあれ」

「やばいですね」

 

 この流れで限界オタクムーブされてもそれはそれで反応に困る。というかこいつらアクセルハーツのただのファンなのか。そんなことが一瞬頭をよぎり、そんなわけないだろうとカズマは振って散らした。ただのファンはワイバーンに乗ってステージに乱入しない。

 

「これが、害悪ファン、とかいうやつなのね」

「違うと思いますよ」

 

 シェフィが成程と手を叩いていたが、ツッコミはとりあえずぬいペコに任せて、彼は舞台袖からステージへと近付く。コンサートを台無しにされるわけにはいかない。なにせここには規模を拡大するためにリースをしたライブビューイング用の装置がガッツリ設置されている。事情が事情、不可抗力であるとしても、破損した場合はアゾールドに払う金額が馬鹿にならない。

 

「おい、お前。暴れるなら別の場所にしろ」

「おや、スタッフですかな? ご心配なく、私はアクセルハーツを我が城に招待しようと来ただけですので」

「招待って、行くわけないでしょ。分かってるのよ、最近トロールけしかけてツアーの邪魔してるのがあんたたちだって!」

「邪魔、とは心外ですね。城に招待するための迎えを出していただけなのですが」

 

 エーリカの言葉に、ダニエルはやれやれと肩を竦めた。あくまでこれは推し活である、と宣言し、状況についていけていない観客に同意を求めるように振り返る。

 うるせー引っ込め、アンコールの邪魔をするな。そんな罵声を浴びせられ、彼の眉毛がピクリと上がった。

 

「ふう……まったく、ファンとはもう少し紳士であるべきだと私は思いますよ」

「どの口が言ってんのよ」

「ん? ……スタッフにしては、随分と踊り子の適正値が高い。もしや、新規売り出し中のアイドル?」

「ちっがぁぁぁぁう! あたしはアイドルじゃないって言ってんでしょうが! ぶっ殺すぞ!」

「それだけの素質を持ちながら、アイドルを否定するとは……随分と歪んでいる」

 

 どこか憐れむような顔でキャルを見たダニエルは、仕方ありませんねと帽子を被り直した。チャーリー、と横の従者の名前を呼ぶと、二人揃ってこちらへと足を踏み出す。

 

「あまりこういう真似はしたくないのですが。招待の件――力づくでも、させていただきます」

 

 言葉と共に、横のチャーリーの姿が変貌していく。体の色が変わり、肉体は膨張し、人の姿から魔物の姿へと。人からトロールへと変わっていく。

 そしてその横で、ダニエルもまた変身した。こちらは竜巻のようなオーラを纏い、変身プロセスを見せないようにしている辺り、紳士らしさがあるのだろう、多分。

 

「……おいおいおい。こいつ、何かやばいんじゃないのか?」

「あれは、トロールロードですね」

「本当ね。久しぶりに見たわ」

「ちょ、ちょっとぬいペコ、シェフィ! あれどうなの!? 強いの!?」

「やばいですね」

「中々の強敵じゃないかしら」

「あぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ダニエルの変身した姿を見た魔物組の反応からすると、現在の状況は非常にマズい。一番の問題は場所で、守るべきものが多すぎる。観客とか、機材とか。どちらも見捨てることは出来ない。最悪ペコリーヌ達は機材を諦めることが出来るが、カズマは出来ない。

 

「とりあえず観客の避難!」

「手配済みでございます!」

「機材は!?」

「どうにもならないわよ! 諦めなさい!」

「お前ふざっけんなよ! 損害賠償いくらになるか」

「カズマくん! 来ます!」

 

 トロールのチャーリーとトロールロードのダニエル。二体のトロールがアクセルハーツを捕まえんと突っ込んできた。何も考えなしに魔法やスキルをぶっ放すわけにもいかないというのを相手も承知なのか、その表情にはどこか余裕も見えていて。

 

「……あー! ちくしょう! ペコリーヌ!」

「はいっ!」

「わたしもいけますよ」

「私だって、変身しなくてもある程度は」

「……ぬいペコ、シェフィも、機材壊さない程度にしろよ!」

 

 了解、と三人の少女がトロールに立ち塞がる。彼女たちの支援にコッコロは呪文を唱え、カズマも出来るだけサポートしようと弓を構え、スキルのためにショートソードの準備もして。

 

「……あれ? あたしは?」

「お前は下がってろ! 絶対に魔法ぶっ放すんじゃねーぞ! フリじゃねーからな! 本気でキレるぞ!」

「そんな念押ししなくても分かったわよ!」

 

 ぶうぶうと文句を言いつつ、キャルはじゃあ観客の避難でも手伝ってくるとステージを後にした。

 

 




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