会談も終わり、アイリスはレヴィに案内され城から帰ることとなった。王子が自ら、と思わないでもないが、友人なのだからという言葉を伝えられれば無下にも出来ない。
そうして城門まで歩いている最中、アイリスはあれ、と首を傾げた。どうしたのかというなかよし部に向かい、一緒にいた面子が一人足りないのだと述べる。具体的にはフェイトフォーがいない。
が、それを聞いたチエルもクロエもユニも、別に心配はいらないと告げた。向こうと合流しているだけだと言葉を続けた。別段何も動揺していないので、アイリスもそうなのかと思わず納得しかける。
「向こう?」
「ですです。まあアイリスちゃんは気にしないで全然オッケーなことですし、なんならチエルたちもまるっと気にせずオールオッケー案件なんで」
「そういうこと。うちらが気にしても何もなんないから」
「然り。むしろ学院長と守護竜の悪巧みに自ら進んで関わる方が悪い結果に繋がるだろう。我らは遠くから知らぬ存ぜぬで通せばいいのだよ」
「今物凄く不穏な方々の名称が聞こえた気がするのですが」
アイリスのその言葉に、なかよし部は揃って笑顔を浮かべた。言葉は紡がない。それだけで何が言いたいのかを理解した彼女は、三人に向かって分かりましたと頷くことにした。それ以上話を進めないことにした。
「……アイリス姫」
「大丈夫です。私は大事なお友達を信じていますし。何より、あの方はお姉様のお友達ですから」
まあ当たり前のように聞こえていたレヴィは口を挟むのだが、しかしアイリスの返しで口を閉じた。お友達は信頼している。その一言で、自分もそのカテゴリに入れられていると自惚れて嬉しくなってしまったからだ。彼の道のりは遥か遠い。
ともあれ。そんなある意味ボロクソ言われている学院長ことブライドル王国第一王女リオノールは。
「そういうわけですから、こちらとも仲良くしていただけると助かりますわね」
「ぐっ……」
エルロードの宰相ラグクラフトを脅し、もとい、宰相と交渉を行っていた。その後ろではブライドル王国守護竜ホマレが静かに佇んでいる。さらにその横では先程アイリス達と帰ったはずのフェイトフォーが呑気におやつを食べていた。
竜の中の竜、神獣に勝るとも劣らないとされる存在に睨まれている状態では、元魔王軍といえどもドッペルゲンガーでは為す術もない。それを踏まえた上での交渉となれば、それはもう脅迫以外の何物でもないのだ。
それを承知の上であろうリオノールは、ふうと息を吐くと、そんなに緊張しなくともと微笑む。見目麗しい女性のその表情は、普段であれば緊張を解くに値するものだったのかもしれないが、しかし。
「この状況で何をどう気を抜けばいいのですかな?」
「何をどう、って。だから別に私はあなたを脅迫しに来たわけでは、ちょっぴりしかないのよ?」
あるんかい。思わずそう言いかけて、ラグクラフトは飲み込む。会話を始めてほんの僅かしか経っていないが、それだけでも目の前の彼女のペースに巻き込まれてしまえば一巻の終わりであると己の本能が述べていた。なので、その代わりに咳払いを一つ。
「それで。今回の会談の場の目的は何でしたか?」
「あら、二度も言わせる気? 私たちとも仲良くしてくれると助かります、と言ったんですけど」
「……同盟を結べ、と?」
「そんな堅苦しくなくても別に構わないんですけどね。あ、でもそういう目に見える成果になったほうがお父様にも受けがいいわよね。じゃあ同盟で」
「姫様、同盟ってそんな酒場の注文みたいに気軽にするものじゃないんだけどね~」
あはは、と全く困った様子も見せずむしろ楽しそうにホマレがツッコミを入れる。止める気はゼロだ。分かっていたことだが、この流れに抵抗できるものがいないのを確認したラグクラフトは溜息を吐いた。騒動が解決してめでたしめでたしだと思っていた矢先にこれである。彼がドッペルゲンガーだから我慢できたが、人間ならば我慢できなかっただろう。
「しかしながら。我が国とそちらの国とが同盟を結ぶ理由が必要では?」
「ブライドル王国とベルゼルグ王国は友好国で同盟国よ。繋がりも強いし、お互いに信頼関係が築けているわ。実際、今回のアイリスちゃん、こほん、アイリス姫の有能な同行者はブライドル王国所属でしたから」
「あの頭おかしいやべー連中はそっちの国の人間か!」
「あれ? 逆効果?」
「流石は姫様だね~」
「だから褒めるところじゃなくない!?」
ちなみにであるが、リオノールは本気でなかよし部を有能だと判断している。性格が多少ぶっ飛んでいようと、やべーやつらであろうと、別にそれも踏まえていいよねという判定なのだ。本人の性格がアレだからと言ってはいけない。ラインだった頃のダストもモニカも既に飽きるほど言い続けた。
「でも宰相さん。この国の人間も割と大概じゃないかな~。あそこの自称大悪党とか」
「そんなもの一部だ。大半の人間は」
「立て直さなかったらギャンブルで破滅していた国民はまともじゃないと思うよ」
会話を引き継いだホマレにバッサリいかれた。ぐうの音も出ないのでラグクラフトは押し黙るしか無い。かつての苦労を思い出し、彼は静かに天を仰いだ。
そんな宰相の姿を見て、ホマレは楽しそうに笑みを浮かべている。別に他人が苦しんでいる姿が楽しいというわけではない。そんな悪魔が悪感情を摂取するような理由ではなく、ただただそういう気分なだけである。余計にたちが悪かった。
「じゃあ気を取り直して。宰相、同盟よろしく」
「国民が国民なら姫も姫か……」
「失礼しちゃうわね。私はただ、成果を上げて評判を高めればラインを無理やり娶っても文句を言われないだろうからやってるだけよ」
「やべー姫だ……」
「正直、もうユースティアナ姫とカズマ君が恋人関係になった時点で、評判よりもラインくんの気持ち次第だと思うけれど。まあ面白いし、私はどっちでもいいからな~☆」
「ふぇいとふぉーはだちゅとが幸ちぇならどっちでも」
じゃあ同じだね、とホマレは微笑んでいるが、フェイトフォーはそれに若干首を傾げていた。流石の彼女も丸め込まれないらしい。ホマレは気にしていないが。
ともあれ。眼の前のやべー姫相手にラグクラフトは大分引き気味である。なまじっか、その後急に同盟について真面目に話し始めたことで警戒度が更に上がった。きちんと双方のメリットを書面にしている用意周到さが怪しさに拍車をかけた。
「まあ堅苦しくない理由を言うと、カルミナを支援したいって気持ちもあるのよ。うちの優秀な側近候補の一人がカルミナすこすこ侍だし」
「それは……しかし」
アイドルに弱い。正直こいつも大概なのだが、いかんせんそれにツッコミを入れてくれるレヴィは婚約者はダメだったが友人にはなれた推しのアイリス優先でここにはいない。
まあこれは時間の問題かな。そう判断したホマレは、ならばそろそろ飽きてきたし話を切り上げるかと小さく手を上げた。ちょっといいかな、と割り込んだ。
「宰相さん、フェイトフォーちゃんに守ってもらわなかったら死んでたよね? 実はこの子は、以前誰かさんがブライドル王国に送ってきた魔物も退治しているんだよ~♪」
「……弱みにつけ込む気ですかな?」
「そうじゃなくて。うちのドラゴン優秀でしょう? 喧嘩欲の発散をするために、おっと、修行も兼ねて、守護竜候補を一人貸し出そうかな~って」
確か、あのトロールロードがいなくなったことで野良ドラゴンが調子付いているんでしょう。そう続けて口角を上げるホマレを見て、ラグクラフトは思わず怯んだ。
確かに。あんなんでも元魔王軍幹部候補。その存在は周囲の野良魔物を押さえつける防壁の役割も果たしていた。それが無くなった今、余計な連中の台頭が問題になっており、その中でも鉱山に居座るドラゴンは目下新しい問題となってはいた。
ただ、まだそれを知る者はごく僅かで、他国のものが知る機会など。
「私はそういうの、よく見てるからね~☆」
「……っ」
ゆっくりと、ほんの少しだけ開かれた赤い瞳に気圧され、ラグクラフトは後ずさる。ああこれは誤魔化せない。そう結論付けた彼は、しかし守護竜候補を貸し出すというのは割と破格ではないかと前向きに考えることにした。
こうして、ベルゼルグ・ブライドル・エルロードの三国は友好国にして同盟国となり、その繋がりを強固なものに変えた。
「終わってみれば、結局いつもの流れだったな」
ドラゴン状態のシェフィの背に乗ったカズマがそんなことを言いながら横になる。その頭をそっと自身の膝に乗せながら、コッコロは優しく微笑み彼の頭をさらりと撫でた。
「それでいいではありませんか。主さまのご活躍によって、エルロードも平和になりました」
「何かその言い方だとこいつ一人の手柄みたいね」
「い、いえ。決してそのようなことは」
「おいキャル、コッコロいじめんな」
「いじめてないわよ。あたしはただ、コロ助だってその活躍の一人なんだから胸張ればいいのにって思っただけ」
ふん、と鼻を鳴らすキャルを見て、コッコロは嬉しそうに笑う。ありがとうございます、と彼女にお礼を言うと、ですがそれはキャルさまも同じですと言葉を返した。
「そうですよ、キャルちゃん。あのトロールロードの戦いでは大活躍だったじゃないですか」
「大活躍したのはあんたでしょうが。結果的に自爆したけど、あの神器の威力相当のものだったじゃない。あんたとアイリス様いなけりゃどうなってたか」
横にいるペコリーヌも笑顔で同意するが、やはりキャルはそんなことを返す。それを聞いた彼女は、それじゃあみんなの活躍ということで、と笑みを強くさせた。
「勿論、シェフィちゃんもぬいペコも。当然、アイリスやなかよし部のみんなもですよ」
そう言って大きく手を広げるペコリーヌに反応するようにシェフィがきゅいと鳴き、どういう原理で聞こえていたか知らないが並走していたフェイトフォーの背中ではアイリスがはしゃぐ。
相変わらずだな、とカズマはそんなアイリスの姿を遠目で見て、そのまま視線をコッコロ、キャル、そしてペコリーヌへと動かした。
「……今度は、ただの観光旅行とかするのもいいかもな」
「アゾールドさまもプレシアさまも、また来てくださいと快くおっしゃってくれましたし」
あの二人には今回終始世話になりっぱなしであった。悪意には全力で仕返しするタイプではあるが、カズマは恩を仇で返す人間ではない。もしベルゼルグに商売の手を広げるなら、手伝ってあげようと思うくらいには情が湧いていた。アクセルなら財団も紹介できるし。
「あの自称大悪党も、また来いとかそのうち遊びに行くとか言ってたっけ」
「ノウェムはともかく、オクトーはそこそこ偉い貴族だろ? 大丈夫なのかよ」
「シエロがアイドルやってる時点で今更じゃない?」
言われてみればそうか、とカズマは思い直す。そもそもとして今ここで呑気に鼻歌を歌いながらおにぎりを食べているパーティーメンバー兼恋人がベルゼルグ王国第一王女だ。これを超えるには王様レベルがその辺をぶらついていなければならない。
「ふぉうひまひはか? はむはふん」
「食べるか喋るかどっちかにしろ」
「むぐむぐはぐはぐ」
知ってた。先程までのことを踏まえてまあどうでもいいやと結論付けたカズマは、改めて今回の状況を思い返す。王妃との約束は一応達成しているはずだ。ここで難癖をつけられたらしょうがないが、それでも徹底抗戦するつもりではある。最初に告げた条件には違反していない以上、とやかく言われる覚えはないのだ。
「大丈夫ですよ」
「ん?」
「お母様はそういうところはちゃんとしてますから」
「……だといいな」
ペコリーヌの言葉にそう返すと、彼はコッコロの膝枕を堪能しながら空を仰ぐ。国の問題も解決し、ペコリーヌとの仲もきちんとさせた。だから。
「……あ、待った」
「どうされましたか? 主さま」
「今回って、何か依頼料とか出るのか?」
「へ? 王妃様からのやつなら、多分出ないんじゃない?」
キャルの言葉に、そうだよな、と彼は苦い顔をする。そもそも今回の依頼料ともいえるものはペコリーヌがきちんとした自分の婚約者になることだ。それはそれで異世界ファンタジーの定番ともいえるイベントで姫様ゲットだぜは転生勇者としては願ったり叶ったりではあるのだが。
「結局アクセルハーツとの協力で儲けた売上は支払いに飛んじゃったし」
「最初にマージンを国の資金にするって契約しちゃったものね。あれもったいなかったかも」
着地点が分かっていればあの時点でもう少し資金を自分達に流れるように仕向けたのだが、こればかりは仕方がない。まあ変に借金が出来るとかでないだけマシだと思うしかないだろう。
「これからどうするかなぁ」
「え? 何あんた、そんなにお金ないの?」
「何でこの前闘技場で全財産スりかけたやつにそんな顔されなきゃいけないんだよ。別に蓄えはある。あるけど」
「……どうしたんですか? そんなにわたしの顔をじっと見て」
「なあ、ペコリーヌ。やっぱり王族の旦那になるには財産があったほうが良いのか?」
「ふぇ!? い、いきなりどうしたんですか!?」
突然のことに顔を真っ赤にさせてワタワタするペコリーヌを見ながら、カズマはいやな、となんてことのないように言葉を続けた。一流冒険者ではあるものの、やはり王族の婚約者ならもっとこう箔とかついてたほうがいいんじゃないだろうか、と。
「コロ助のヒモが今更何言ってんのよ」
「誰がヒモだ誰が! そういうのは初期の話で、今は立派に独り立ちしてるっての」
「初期にヒモだった時点でどうしようもないわよ」
あと独り立ちしている人間は膝枕されながらドヤ顔はしないと思う。ジト目でカズマを見ながら、キャルはやれやれと肩を竦める。そのまま視線をペコリーヌに向けると、もう一度やれやれと肩を竦めた。
「余計な心配よ。ぶっちゃけこいつはあんたがヒキニートでも多分ついてきてくれるわよ」
「いやそれは何となく分かる。分かるけど、ほら、あるじゃん、こう俺のなけなしのプライドとか」
「はっ」
「鼻で笑いやがったなコノヤロー」
「主さま。キャルさまも。あまりシェフィさまの背の上で暴れるものではございませんよ」
立ち上がったカズマとキャルをコッコロが諫める。はーい、と再び座った二人は、そこで喧嘩の続きをすることもなくのんびり空を見上げていた。
そんな姿を見て、ペコリーヌが楽しくたまらないといった様子で笑い出す。なんだなんだとカズマ達が視線を向けても、その笑顔は変わらない。
「えっへへ~。そんなに大したことじゃないんです。やっぱりみんなといると毎日が凄く楽しいな。って、こう、改めて思いました」
「え? これで? お前大丈夫か?」
「あんたなんか変なもの食べた? あ、いつもか」
「酷くないですか!?」
「ふふふっ」
そうしていつものようにぎゃーぎゃーと騒ぎ始める三人をコッコロが優しく見守り、そしてそんな彼ら彼女らを乗せたシェフィもご機嫌で短く鳴き。
「お気楽ですね。まったく」
カバンの中でそうぼやくぬいペコも、なんだかんだ心地よさそうに目を細めるのであった。
第十一章、完!