森を歩く。ぼっちの住処とはまた別の、得体の知れない空気を感じながら、カズマ達は目的のモンスターを探すべく視線を彷徨わせていた。行きの酒場では中々にちゃらんぽらんなことを言っていたペコリーヌも、流石に現場で食欲を優先させてはいない。今のところは。
「……何か空気が淀んでない?」
「確かに、あまりよろしくない気配を感じます」
キャルが顔を顰め、コッコロもそれに同意しながら眉尻を下げる。確かにそうですね、とペコリーヌですら表情を真剣なものに変えた。
「だから言ったじゃねぇかよ、やめとこうって。どうするんだよ俺たちで対処出来ないやつだったら」
「もしそうなら、わたしは尚更受けましたよ」
「……だよなぁ、お前はそうだよなぁ」
「でも、それはわたしの意見なので、カズマくんもキャルちゃんもコッコロちゃんも、ゼーンさんだって無理はしなくても」
「俺は構わない」
短く、しかしはっきりとゼーンはそう返した。それを見ていたキャルがカズマを肘で突き、先越されてるわよとジト目を向ける。何が先なんだよ、とそんな彼女に一言述べて、彼はペコリーヌへと向き直った。
「お前が行くのにはいそうですかって送り出せないんだよこっちは。みんなで行くかお前も行かないかの二択なの。ったく、何度も言わせるな」
「そうよペコリーヌ。嫌なことは一人でやると余計嫌になるから、もしやるならみんな揃って愚痴でも言い合う方がいいの。やらないのが一番だけど」
「主さまもキャルさまも、ペコリーヌさまが心配なのです。もちろん、わたくしも」
コッコロがいい感じに締めてくれたので、二人の微妙にアレな話は流された。ペコリーヌはありがとうございますと頭を下げ、じゃあさっさと終わらせましょうと拳を突き上げる。
「それにしても、なんだっけか? 『強壮なる使者』だっけ? なんか御大層な名前付けられてるけど、他に何も情報とか無いのか?」
「まあ、完全に未知の魔物ってわけじゃなきゃ、何かしらあってもおかしくないけど」
キャルもううむと首を傾げる。この中でその手の情報を一番持っているのはキャル、次いでペコリーヌであろう。その二人が分からないとなれば、調査というのが本当にほぼ一からのものとなる。
「一応この依頼書には、土の大精霊が変化したものじゃないかって書かれてますね」
「ああ、そういやあの二人がそんなこと言ってたっけ……。精霊って大分ヤバいわよ」
「精霊は他者の心を読み取ってその影響を受けます。有名な冬将軍もそれがきっかけだと聞いたことがありますので」
「冬将軍?」
微妙に聞き覚えのある名前が出てきたので思わず聞き返したカズマに、キャルはあんた知らなかったっけと首を傾げる。知っていると答えるのは簡単だが、自分の知識のそれとここのそれが合っている保証もないので、彼は同じ名前の自然現象なら知ってると述べた。
「冬将軍とは、冬の雪精を狩るものに襲いかかる強力な魔物で、生半可な冒険者では太刀打ち出来ない強さを持ち合わせております。そして、その正体も精霊が誰かの心を読み取り姿を変えたものではないかと」
「なるほどねぇ」
見た目は鎧武者のようなものらしく、冬将軍という名前のイメージから出てくるものとそう大差ない。誰だか知らんがアホなこと考えるやつもいるもんだ。そんなことを思いながら、カズマはそこでふと足を止めた。
「なあ、コッコロ。その冬将軍って誰の心を読んだのか、とか分かってたりするのか?」
「いえ、そこまでは。……ただ、一説によるとかつての勇者かあるいは勇者候補なのではないか、とは言われております」
まあつまり転生者の割と適当な思考を読んだ結果という可能性が高い、というわけだ。そう結論付けたカズマは、今回のそれも同様の経緯で生まれているのではないかと思考を巡らせて。
「……人型のタコ……? 何か嫌な予感がするぞ」
動画サイトでよく見ていたアレ。ダイスロールして正気度が削られていくボードゲーム。
あるいは、某死にゲーに出てきたそれモチーフの啓蒙が増えていくアレ。
普通に半魚人もどきの可能性もあるが、それだって繋がりがないとも言い切れない。
「カズマ」
「ん?」
「余計なことを考えるな」
「へ? お、おう?」
ゼーンのいきなりのそれに、カズマはどう反応していいのか分からず変な相槌を打ってしまう。そして当の本人はそれで会話を打ち切ってしまったので、何がどういう目的で言った言葉なのかさっぱりのままだ。
「主さま、恐らくですが。ゼーンさまはホワイトドラゴンの最上種、モンスターよりも神獣に近い存在でございます。ですので、精霊のように他者の心に反応する感覚が分かるのかと」
「……俺が変なことを考えて、それを感じ取ったから向こうに影響を及ぼさないようにした方がいいってことか?」
相変わらず言葉も表情も足りなさ過ぎる。アドバイスというか、心配するならちゃんとそういう態度を見せて欲しい。妹のシェフィはあんなに分かりやすいというのに。そんなことを考えながら、そういえばとカズマはゼーンに声を掛けた。
「シェフィ置いてきてよかったのか?」
「竜は無闇に敵陣に切り込む必要はない」
「だから分かり辛いっつってんだろうが。ちゃんと言えちゃんと」
「……シェフィは影響を受けやすい。今回の相手は不利だ」
暫し考えた素振りを見せたゼーンは、今度はそう述べた。先程よりは分かりやすい。分かりやすいが、一体何の影響なのがはっきりしない。が、まあ先程までの会話の流れからすると、他者の心の影響、あるいは今回の魔物の影響のことであろう。
彼より若いとはいえ、最上種のホワイトドラゴンであるシェフィがそんな簡単になるのだろうか。
「……なるな」
「なるわね」
コッコロのバブみに当てられてあの状態になっている彼女はその辺り信用がない。それならしょうがないな、と納得したように頷くカズマとキャルは、恐らく向こうでくしゃみでもしているであろうシェフィのことを考えつつ森を進む。
そうして再び歩みを進めた後。カズマは妙なことに気付いて足を止めた。どうしたのよ、と尋ねるキャルに彼は真剣な表情を向けた。そのやり取りを見て、コッコロもペコリーヌも周囲を警戒し始める。
ただ、ゼーンだけはその空気の中でも変わらず立っていた。
「なあ、ゼーン」
「どうした?」
「近くにいるんだよな、これ」
「ああ」
短く、しかしはっきりと肯定した。敵感知には引っ掛かっていないので、まだ向こうはこちらを敵だと認識していないのだろう。そう判断し気配探知に切り替えたのと同時、木々の一角に異様な何かを感じた。
「か、カズマカズマ……あれ、あれ……」
キャルが目を見開き、そこを指差す。ぐにゃぐにゃと蠢く、見るものの正気を削り取るような、見た瞬間に恐怖と震えで吐き気を催すような。
そんな、見せられたイラストとは似ても似つかない、おぞましい触手の怪物がそこにいた。
「コッコロ! 見るな!」
「主さま!?」
咄嗟にコッコロの目を隠す。その動作を行ったために、カズマは思い切りそれを見てしまった。直視など出来ない、奇怪な声を空気を震わせて発するさまを。
遭遇してしまったあなたはSAN値チェックです。
「って、はっ!?」
「ど、どうしたのよカズマ。あのキモいの、知り合い?」
「そんなわけあるか! というか何なんだあれ!?」
一瞬謎のアナウンスが流れたような錯覚に陥ったカズマであったが、思ったより精神に傷は負っていないらしい。キャルの言う通り、思っていたのより数十倍キモい、くらいの認識で済んでいる。
「あ、そっか。アメス様の加護」
「主さま? アメスさまがどうかされたのですか?」
「あーいや。えっと、コッコロ、大丈夫か? 見てみる? キモいけど」
「……? はい、わたくしは大丈夫でございます」
見えないと支援も出来ませんので。そう続ける彼女の塞いでいた視界を取り払うと、目の前の『強壮なる使者』を見て驚いたように目を見開く。が、やはりそれくらいである。精神に異常はきたさないし、SAN値も直葬されない。
「お前達を選んだ理由だろう」
その横でやはり平然としているゼーンがそう告げる。カズマの知っている何かに近い姿をしていようとも、あくまで精霊がその情報を読み取って姿を模しているだけだ。言ってしまえばそういう名前とビジュアルのモンスター。ゲームでよくあるモチーフにした敵だ。
それでもそれなりの特性は引き継いでいるわけで。女神アメスの加護により精神に対する異常は無効化されるカズマと、アメスの最推しのコッコロ。二人ほどではないが耐性を持ち合わせているアクシズの巫女のキャルと勇者の装備を受け継いだペコリーヌ。そんなパーティーでなければ、こんな風に呑気なことは言ってられなかっただろう。
「なるほどねぇ……」
「あはは……やばいですね☆」
完全耐性ではないので凝視はしないようにしながら、キャルとペコリーヌは戦闘態勢に入る。調査、という名目であったが、ここまでの流れとゼーンの話を総合すれば話は別になる。野放しにしておくわけにはいかない。
「……つっても、あの街だと頭おかしい連中ばっかりだし案外平気かもしれないな」
「ですが主さま、平気ではない方も確実に存在しております」
「シルフィーナは発狂するだろう」
ゼーンも一歩踏み出し、構える。妹の友人に危害が加えられるのを良しとしないのだろう。回り回って妹が、シェフィが悲しむのを防ぎたいらしい。
当然カズマも、具体的に知り合いの名前を出されるとじゃあ放置で、とはいかなくなる。
「しょうがねぇなぁ。行くぞ!」
剣を構え、短期決戦だと皆を線と線で繋ぐ。若干久しぶりなおかげで消費を間違え体がぐらついたものの、効果自体は問題なく使用できている。コッコロの支援をここに加えれば、たとえモチーフがどこぞの混沌であっても遅れを取ることはないはずだ。
「あんまり広範囲の魔法だと余計な被害が出るし……《カースド・ライトニング》!」
一直線に相手を貫く雷撃が『強壮なる使者』にぶち当たる。決め手にならずとも、超強化されたそれはしっかりと相手に浸透し、動きを麻痺させた。
ペコリーヌに先んじてゼーンが一歩踏み出す。その瞳を光らせ、獲物を振り下ろすようにその手を振りかぶり。
「噛み砕け……!」
まるでそれ自身が竜の顎のように、魔物の立っていた地面ごと盛大に抉り取った。相手が相手なだけにまったくもって同情はしないのだが、その威力は流石にカズマもちょっぴり引く。技術とかスキルとか、そういうのを取っ払った純粋な竜の力による一撃だ。
とはいえ、やはり人型では多少のリミッターが掛かっているのか、それだけで『強壮なる使者』を粉砕してしまうということはなかったらしい。空中に吹き飛び大ダメージを負ってはいるが、変わらずそのおぞましい触手は蠢き、何か攻撃をしようと触手が構えられる。目がどこにあるのかは分からないが、それでもこちらを睨んでいるのは何故か分かった。
そしてその対象が自分であるということも、カズマはなんとなく理解した。
「おせーよ! ペコリーヌ!」
「はいっ! 《プリンセスヴァリアント》!」
が、それよりこちらのトドメの方が早い。ペコリーヌが振り抜いた剣の一撃で、『強壮なる使者』は真っ二つにされた。スキルで強化されたオーラを纏った勇者の剣技、それによってかつて勇者の思考から生まれた魔物は討伐されたのだ。どしゃり、と音を立てて地面に落ちた魔物は、今度こそピクリとも動かなくなった。
「……なんとかなったな」
「ふう、ちょっとやばかったですね」
『強壮なる使者』が倒されたからだろうか。何の音もしなかった森に、ざわめきが戻っていた。それに気付いたカズマ達は、実は生きているということもないだろうと一息つく。終わってしまえばあっさりであったものの、ならば雑魚かというと勿論そんなことはないわけで。耐性を持っていたからこそ全力で攻撃に転じることが出来たのだ。相性勝ち、ということだろう。
「よし、じゃあもうさっさと討伐したって報告するために帰ろうぜ」
「そうね。……あ、でもこれどうする? カエルみたいに回収してもらうのはちょっと厳し――」
終わった終わった、と暫し休憩していたカズマであったが、どうせ休むなら帰ってからの方がいいだろうと立ち上がる。それに同意したキャルも同じく立ち上がり、そして倒した魔物の死骸をどうしたものかと呟いた。ギルドに回収してもらう、あるいはこちらで持って行って提出するなどすれば追加報酬も期待できる。が、いかんせん倒し終えたとはいえこれを街に持ち込むのは少し抵抗があった。
そんなことを思いながら振り向いたキャルは、そこで動きを止め、そして目を見開き、ついでにワナワナと震え始めた。
理由は簡単である。
「あ、あんた、何してんのよぉぉぉぉ!」
「え? せっかくですし、新鮮なうちにちょっと頂こうかと」
倒した触手を薄造りにしているペコリーヌの姿が目に映る。間違いなくタコではないそれをタコの調理法でどうにか出来ると思っているのだろうか。そんなことを思ったキャルも、ツッコミポイントがズレていると頭を振った。
そんな彼女の葛藤を他所に、ペコリーヌは這い寄る混沌の薄造りを刺身醤油を付けて口に入れる。今日これまで見た光景の中で一番正気度が下がりそうな絵面であった。
「んー。コリコリした食感が意外と癖になりますね」
「食レポしてる場合か! おいペコリーヌ、お前それ大丈夫なのか!?」
「確かに、これだけだとちょっと……ご飯が欲しくなりますね」
「違う! そうじゃない!」
カズマのツッコミが森に響く。コッコロはそんなやり取りをどうしたものかと少々困り気味で見守っていた。ペコリーヌの様子を見る限り、どうやら毒はなさそうで。
「コッコロ」
「はい? どうされたのですか、ゼーンさま」
「解呪は出来るか?」
「…………っ!? ペコリーヌさまっ!」
ゼーンの言葉で即座に顔色を変えたコッコロは、他の料理のバリエーションを考えていたペコリーヌに向かって全力で呪文を唱えた。急なそれにビクリとした彼女は、一体どうしたんですかとコッコロに向き直る。が、その表情が真剣そのものであったのでペコリーヌも表情を引き締めた。
「ペコリーヌさま」
「は、はい。どうしました?」
「呪いが、掛かっております」
「……へ?」
短い言葉であったが、それだけで何がどうなったのか理解した。カズマもキャルも、である。
「ほら見ろ! だからその辺の魔物をほいほい食うんじゃないって言っただろうが!」
「あんたも子供じゃないんだから、何でもかんでも口にしていいわけないでしょうが!」
「主さま、キャルさま。わたくしが気付かなかったのも原因ですので、あまりペコリーヌさまを責めないでくださいませ」
「……ごめんなさい」
ちなみに、叱る言葉が軽いなというツッコミを入れてくれるような常識人はこの場に存在しない。呪いの時点でもう少し大事のはずなのだが、と言ってくれる者もいない。
「まあ、いいや。じゃあもう帰ろうぜ。食ったら呪われるんなら持って帰っても色々面倒そうだしな」
「あんたも大分基準がペコリーヌ寄りになってきたわね」
「あ、でも解呪できるならもう少し食べても」
「いいわけねーだろ! ほら行くぞ」
「うぅ、は~い。って、わわっ。カズマくん、そんな強く引っ張らないでください」
名残惜しそうに混沌を見ていたペコリーヌの手を、カズマは少々強引に掴む。相手はベルゼルグ王国第一王女。単純な力では絶対に敵わない相手だが、そこまで全力で抵抗するなどということもないだろうから。
そんなことを思っていたカズマは、あまりにもあっさりペコリーヌがこちらに引っ張られたことで首を傾げた。別にそんな強く引っ張った覚えはないのだが、と彼女を見ると、演技でもなんでもなく、本気でカズマに力負けをしているようで。
「ペコリーヌ、ちょっと手を出せ」
「え? はい」
「よし、力入れろよ」
「はいっ……わっ、カズマくん、何でそんなに力が強くなったんですか?」
試しに、とペコリーヌと軽く力比べをしてみると、ものすごくあっさりと彼女が負けた。それを見ていたキャルも、ちょいちょいとペコリーヌを呼んで力比べをする。当然というか、キャルが勝った。
「……ねえ、あんた弱くなってない?」
「え? ど、どうしてですか?」
「どうしてもこうしてもないだろ。さっき言ってた呪いに決まってんだろ!」
「で、でもコッコロちゃんが」
「申し訳ありませんペコリーヌさま。解呪自体は成功しましたが、呪いそのものはすぐには消えないのかもしれません」
「そんな、コッコロちゃん、謝らないでください。元はと言えばわたしが考えなしに食べたのが悪いんですから」
「そうだな」
「反省しなさいよ」
「……ごめんなさい」
しょんぼりとするペコリーヌを見ながら、しかしそうなると中々厄介かもしれないなとカズマは顎に手を当てた。能力低下がどれだけ続くかは分からないが、あまり長引くと面倒なことになる。出来ることならば早急に解決したい。
となれば、思い浮かぶのは一人の人物。呪いのスペシャリストで、腕だけならば非常に優秀な医者。そして、その人物がいる場所は。
「……紅魔の里に、ミツキ先生に会いに行くか」
「あの仮面のクソ悪魔の言う通りになってきたわね」