新しい族長も誕生し、現族長であるゆんゆんの父親も上機嫌半分秒速で旧族長扱いされて凹み半分な状態の中、宴会が開始されていた。紅魔族はどんちゃん騒ぎ、そうでない紅魔の里の面々も同じようにどんちゃん騒ぎだ。悪魔のアーネスとホーストも一緒になってる辺り、何だかんだ染まっているのだろう。
「ゆんゆん、私はやれると思ってたんだ」
「そうそう。あのゆんゆんがこんな立派に……」
酒を飲みながら保護者のようなことをのたまう酔っぱらい悪魔二人。当のゆんゆんはそんな二人の言葉を嬉しそうに受け取っている。ちょむすけも、そんなやり取りを見ながら笑みを浮かべていた。
「それで、あなたは行かないの?」
「わざわざ言わなくとも別にいいです」
隣のめぐみんに声を掛けると、そんな答えが返ってくる。そうね、と返したちょむすけは、横の彼女に視線を向けてクスクスと笑った。
「なんですか師匠」
「いいえ。私の弟子は仲が良くて何より、と思っただけよ」
「……そりゃ、腐れ縁ですから」
ゆんゆんと一緒になってもみくちゃにされ始めたBB団を見ながらめぐみんが呟く。友達が欲しい、とぼっちを公言していたゆんゆんの姿はもう過去になった。などということもないが、少なくとも隣に立っている面子は出来た。
「だから、別に私が構わなくても問題ないでしょう」
「ふふっ」
「なんですか師匠」
「寂しいなら素直に言ってもいいと思うわよ」
「まさか。……昔の、師匠や所長と出会わずにいたらそう思ったかもしれないですけど」
狂人の下で日々過ごしているせいで、そんな感傷に浸る暇などない。そんなようなことを続けてちょむすけを苦笑させためぐみんは、ではそろそろと一歩踏み出した。
そんな彼女の動きでどうするのか察したちょむすけも、眼前の光景を見ながら別の意味で苦笑する。ゆんゆんと一緒にもみくちゃになっていたBB団の約二名がそろそろ限界になっていた。
「ゆんゆん」
「え? あ、めぐみん、お師匠様!」
声を掛けると、若干へろへろになったゆんゆんの表情がぱぁっと輝く。それに反応したBB団の残りの面々、特に安楽王女も安堵の表情を浮かべていた。
「丁度いいや。アオイ持ってって」
「……でしょうね」
彼女の言葉にちょむすけがそう返す。族長試練の当事者の一人、という目立つポジションとなったアオイは、ぼっちの魂という器が耐えきれなくなっていた。ぼっち脱却に丁度いいはずの機会だが、それを掴めるかどうかはまた別問題だったのだ。
そんなわけで完全に人に酔ってしまった彼女を介抱する。洒落に出来なさそうな状態になりつつあったのを覚った紅魔族の面々、というかゆんゆんの元同級生は、同じく元同級生のめぐみんに後よろしくと頼んで騒ぎに戻っていった。
「申し訳ありませんウォルバク様。こちらもつい勢いが過ぎて」
「大丈夫よ」
ぼっちラキシーショックを発症していないということは、何だかんだ受け入れようとしたということだ。傍から聞いていたら何のことだかまるで分からないことを言いながらアオイを適当な場所に寝かせる。ルーシーが幽霊の膝枕という割と矛盾していそうなことをしながら、そうですねと頷いていた。
「ね、ねえめぐみん」
「ん? なんですかゆんゆん。私は別に褒めませんよ」
「そこは褒めてくれてもいいじゃない!? じゃなくて」
ツッコミを入れつつ、いやそういうことでもあるのかなと一人悩み始めた彼女を見て、めぐみんは溜息を一つ。まあいいから続きを話してくださいと告げると、ゆんゆんは頷き深呼吸をした。
「……ありがとう」
「いきなりどうしたんです。人生の終焉でも迎えるんですか?」
「ち、違うわよ! 今回は色々大変そうだったから」
「所長の相手をしていると常に大変ですよ」
「それはそうかもしれないけど」
ううむ、と悩むゆんゆんを見て、めぐみんは思わず笑みが溢れる。そうしながら、まあとりあえずそのお礼は受け取っておきましょうと続けた。
「それよりも、これからが大変ですよ」
「……確かに、そうね」
ただでさえクセの強い紅魔族の族長なのに、今現在の紅魔の里には紅魔族もビックリの狂人共が居を構えている。悪魔の二人が常識枠な時点で察せられるだろう。それアクセルと一緒じゃん、とか言ってはいけない。
「アンナはあるえと一緒に創作活動をしてなければ別にいいとして」
「ルカさんは問題ないわね。あとメリッサさんも」
「あの人は貴重なストッパーですから。メリッサも単体ならまあ、ストッパーにはならないですけど積極的にアウトにもならないし」
指折り数えながら狂人共、というか診療所の面子を数えていく。比較的大丈夫なのをカウントして、それからギリギリアウト気味なナナカを経由し。
「ミツキ先生と、エリコさんは」
「ゆんゆんの頑張り次第ですね」
「……うぅ」
「まあでも、所長と比べるとミツキ先生はまだ人を救うのをメインにしている分マシでしょう」
言外にネネカが狂人でかつ外道だと述べながら、めぐみんはゆんゆんにフォローを入れる。それを聞いた彼女も確かにと頷いた。同意していいのか。
「じゃあ、エリコさんは」
「……最後に残しておいてなんですが、彼女はまあ暴走さえしなければ常識人枠ですらあるのでは?」
「暴走しなければ、かぁ……」
『
「……あれ? エリコさんは?」
「へ? ……診療所の面々の中には見当たりませんね。まあ見当たらないだけでどこかで飲んでいる可能性も」
「あ、めぐみんちゃん、ゆんゆんちゃん」
そこに声。ん? と視線をそこに向けると、どこか不安げな表情のペコリーヌがこちらにやってきていた。どうしたのかと尋ねると、実は、と彼女は口を開く。
「カズマくんが見当たらないんですけど、どこに行ったか知りませんか?」
二人は不安が現実になったと確信を持った。
「えーっと」
「クスクス」
「あの」
「クスクス」
駄目だ、話が通じない。眼の前の彼女の瞳を見ながらカズマはそんなことを思った。そもそも夜の森で光ってる時点でまず普通じゃない。ハイライトもないし。
というか。気付いたら森の中にいるこの現状をカズマは分析する。まあ分析も何も犯人は眼の前の彼女なのだろうが、理由がさっぱり分からないのだ。
「どうされましたか?」
「いやだからどうされたも何も」
「恋に理由は必要ない。燃え上がるようなきっかけさえあれば」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
「あなた様が運命の相手かどうか。最後の見極めを行っているところですわ、クスクス」
さらりと軽い調子で口にされたが、そこにからかいもおふざけもない。彼女は本気で言っている。カズマが自身の運命の相手かどうか、それを見定めているのだ。その結果の行動がこれである。具体的には薬を盛って拉致だ。
あかん、逃げなきゃ。そう思うものの、ここが森のどの位置なのかも分からないのでやみくもに逃げるとその時点で詰む。何だかんだレベルも上がっているとはいえカズマは『冒険者』、素のステータスの関係上魔物に普通にぶち殺される可能性もあるわけで。
それでも無意識に後ずさっていた彼は、背中が木とぶつかったので左右にずれようと。
「逃がしませんわよ」
「壁ドン!?」
ドゴォ、と顔の真横にエリコが腕を突き出したことで行動をキャンセルした。ちなみにその壁ドンで後ろの壁になっていた大木はへし折れた。昨日の族長試練から紅魔の森の森林破壊が深刻である。
それはそれとして、ゆさりとたわわな二つのそれが急接近してカズマは思わずそれをガン見した。
「燃えるような恋……あなた様とならば、それが出来るのでしょうか」
その体勢のままエリコが呟く。まるで迷子の子供のような、目的地の分からないまま進んでいるかのような、そんな寂しげな呟きを聞いて、カズマは。
いやいや薬盛って拉致って壁ドンで大木へし折るやべー女相手にそう簡単に絆されるか、とセルフツッコミを脳内で入れた。
「そうやって迷う時点で、俺じゃない誰かを見ているんじゃないか?」
だからカズマは動揺を表に出さないよう気を付けながら、表面上は冷静を装ってそう述べた。これで少しは動揺ないし反応をしてくれれば、などと少しは考えたものの、これまでのことを考えると望み薄だろうとも思う。しかし駄目で元々、さあどうなると彼はエリコを真っ直ぐ見詰め。
「ええ、そうかもしれませんわね」
「あれ?」
滅茶苦茶冷静に返されて思わず目を瞬かせた。あれこの人バイオレンスメンヘラじゃなかったっけ、と思い返すものの、結論を出すには己の持っている情報が少なすぎた。
「私は、恋がしたい。他の誰でもない、私を受け止めて欲しい」
「じゃあ」
「だから――」
再び瞳が光り、ずい、と距離を詰められる。ぶっちゃけ美少女で、巨乳で、こんな状況でなければカズマは喜ぶ流れなのだが、いかんせんそれ以外の要因でまったく反応できない。
「あなた様に、私を、見てもらいましょうか」
す、と彼女が指輪を取り出した。どう見ても禍々しいオーラを放っていて、というか指輪から何か触手というか腕というかそういうのがワキワキしている時点でどう考えてもまともなものじゃない。それを今からどうするか、などと考えるまでもないだろう。
「いやー! やめてー! 俺には心に決めた人がー!」
「ええ、知っていますわ。でも、その割には他の女性に目移りしているでしょう?」
「いやそりゃ可愛い女の子や美女がいれば見ちゃうよ。でもそういうのと好きな相手は別というか」
「……それを、彼女は許容していると?」
「ここでうんって言ったら俺最低じゃん!」
心配しないでもあんたはとっくに最低よ、と猫耳少女が呆れている幻影が見えたが、うるさいとカズマは黙らせた。
それはそれとして。エリコはそんなカズマを見て、それならばと指輪を再度見せた。これで何の問題もなくなると、どう考えても問題しかないような指輪を彼の指にはめようとする。
逃げないと。そう思うが、純粋なステータスの差でカズマは逃げられず、それでいて大分がばりと開いている胸元のそれがむにむにしていることで恐怖とあれそれが反復横跳びしていて緊急回避的なアイデアも出てこない。
ピクリ、とエリコが反応し動きを止めた。そのまま地面に置いていた斧を掴み後ろに投擲する。無造作に投げたそれで吹き飛ぶ木々を見て悲鳴を上げるカズマから、彼女は視線をゆっくりと左右に向けた。
〈甘いな嬢ちゃん! 上だよ!〉
突如飛来した全身鎧が、カズマと彼女を分断するように降り立った。そして彼をお姫様抱っこすると、そのまま一目散に走り出す。投げた斧を拾い直したエリコは、そんな全身鎧を目で追い、斧を引きずりながら足を動かした。
〈うわ怖ぁ。でも可愛いから許しちゃう〉
「言ってる場合か。っていうか、なんでお前がここに」
〈俺っちだって男を抱きかかえて逃げたくねぇよ。こういうのって普通花嫁じゃん? さらって逃げる定番はさ〉
「お前が言うとただの最低な誘拐犯に聞こえるんだけど。じゃなくて、質問に答えろよ」
へいへい、と全身鎧――聖鎧アイギスはぼやく。そうしながら、まあ理由は簡単なんだけどよ、と続けた。
〈俺のマイ同志がさ、占いでブラザーの爆発が近付いてるって心配してたのさ。いやまあ正確にはシノブちゃんだけど〉
ドクロ親父も、ただ爆発するだけならともかくNTR要素もくっついてるとちょっとな、と難色を示し始めたらしい。そういうわけで悪友であるアイギスが一肌脱ぐことになったのだとか。
〈ほら俺って腐っても神器だし? ワンチャンうまくいけばエリコちゃんを癒やしてあげられるかも、とか〉
「……お前すげーな」
いやまあ美少女だし、スタイル良いし、普段は何だかんだ面倒見が良いからそういう意味では確かに気持ちは分からなくもないが。一歩間違えるとデッドエンド一直線のヒロインはカズマとしてはご遠慮したい。
というかそもそも自分のヒロイン枠はすでに決まっている。
〈マイ・フレンドの気持ち分かるなぁ。爆発するだけなら別に、って感じ。でも俺っちってば優しいから、そういう相手も守っちゃう。いやーつれーわー。神器の善性がつれー〉
「何言ってんだこいつ。って、後ろ後ろ!」
気付くとすぐそこにエリコが迫っていた。ハイライトのない瞳が怪しく光り、口を三日月に歪めている様はもはや完全にホラー映画のそれである。
〈落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない〉
「慌てる時間だよ! すぐそこだって言ってんだろアホ鎧!」
〈ふっ。安心しな、俺ってば、不可能を可能に――〉
瞬間、猛烈な勢いでアイギスが蹴り飛ばされた。カズマは投げ出され地面に転がり、そして体勢を立て直した頃にはすでに斧を振りかぶるエリコの姿が。
「待て待て待って! 死ぬよ!? 俺それ食らったら死ぬ!」
「大丈夫ですわ。痛くはしません」
「いやだから死ぬって! 痛みも感じるまでもなくってこと!?」
「クスクス」
「何か言って!?」
斧が振り下ろされる。あ、これ死んだ。そんなことを悟ったカズマは、ちょうど立ち上がったアイギスがそこに割り込む形になるのをスローモーションのように眺め。
「おいアホ鎧!」
〈だーかーら、アイギスだって――〉
「アイギ――ってちょっと待て、何か」
エリコの斧を食らい、バチバチと音を立てながら内部から光る鎧。それに猛烈に嫌な予感を覚えたカズマは、アイギスの名前を呼ぶのをキャンセルして即座に退避を選んだ。
彼は知る由もないが、残骸になっていたアイギスはもぐにんにんのパーツを使われて一旦修理されていた。まあつまり聖鎧とは名ばかりのほぼ爆殺魔人である。ただのおしゃべりクソマシーンである。
なので。
「な、何!? めぐみん!?」
「ゆんゆん、隣にいる私を真っ先に疑うのはどういう了見か聞こうじゃないか」
夜の紅魔の森にて、宴会場でも視認できる盛大な爆発が起こった。