ごめんなさい。
「で、だ」
ギルド酒場ではなく、行きつけというほどでもないその場所で、カズマは左手の手配書と向こうで飲んでいる顔を見比べながら言葉を紡いだ。あれが例の、と呟いた。
「あんだけ手配書ばらまかれてる割には普通に飲んでるな」
その隣では何故かついてきたダストが酒を飲みながら返答している。いや本当になんでいるんだよ、と割と本気で疑問に思い尋ねたカズマに対し、彼は気にするなの一言で終わらせていた。
「しっかしコッコロにプロポーズたぁ、度胸がある変態だな」
「何感心してんだよ」
「別に恋愛は自由だろ。……いや、そうでもないな。うん、それはダメだ」
ノリで喋っていたらしいダストは、自身の発言が急速に自分の首を絞めたことに気付いて慌てて手の平を返した。年齢とか身分とか、色々しがらみあるよな。そんな何か分かったようなことを言い始めた。
「別にお前は年齢も身分も問題ないだろ」
「俺はただのチンピラ冒険者だっつってんだろうが。というかお前に言われるとどうしようもなくなるからマジ勘弁してくれ」
「あっそ。けっ、ハーレム主人公しやがって」
「お前には言われたくねぇよ」
そこでお互いに会話を止め酒を呷る。ぷはぁ、と息を吐くと、それでどうするんだとダストは話を戻すようにカズマに問い掛けた。まあ答えは分かりきっているだろうがとも付け加えた。
そもそも最初に彼とキャルが出した答えはぶっ殺すである。ペコリーヌの執り成しで多少穏便な方向に行きはしたが、根底は何一つ変わっていない。
「何か逮捕するいい感じの証拠が欲しいな」
「お前もキャルも、もうちょいママ離れしたらどうだ?」
「じゃあ聞くけど。お前フェイトフォーがなんかよく分からん変態不審者にプロポーズされてたらどうするんだよ」
「そいつをぶち殺す」
迷いなく言い切った。実際そんなことが起きればブライドル王国のあれやそれも出張ってきて大変に酷いことになるであろうが、それを差っ引いてもダストとしてはその結論になる。
ともあれ。そういう結論になるなら分かるだろうとカズマに言われ、ダストもまあそうかもなと返した。
「で? どうやってその証拠とやらを捏造するんだ?」
「人聞きが悪いな。俺は別にそんなつもりはないぞ。ただちょっと身に覚えがありそうでないかもしれないやつが発掘されてしまうのを期待しているだけだ」
「ああそうかい。じゃあそれはどうやってやるんだ?」
「とりあえず向こうがどんな奴かを調べないとな。ある程度の説得力を持たせないと、流石に権力のゴリ押しが難しくなる」
「ペコリーヌ……じゃねぇな。アキノんとこか」
第一王女がベストなのは間違いないが、流石にそうはいかないだろうと頬杖をついたダストが呟いた。が、横のカズマはまあそっちでもいいんだけどと言い放つ。
「……ペコリーヌも過保護かよ」
「いや、流石に無から生み出すのは駄目だと思うけど、めちゃくちゃ判定を厳しくするくらいはやりそうだったな」
「まあそのくらいならマシか」
場合によっては平気で捏造をしかねないリオノールと面白がって規模を広げるホマレを思い浮かべ、ダストはダストで別の意味の溜息を吐く。心外だね~、と赤い瞳の視線が一瞬見えたのは気のせいにした。
まあどちらにせよ自分には関係ない。そんな結論を出しながら改めて向こうの人影へと視線を向けたダストは、それにしても、とぼやいた。
「ムカつくくらいのイケメンだな」
その言葉にカズマも同意する。彼の言う通り、向こうにいるのは中性的な顔立ちで、ともすれば女性に見間違えられてもおかしくない美形。魔道具店に襲来した時はフードを被っており、張り紙もそれ準拠であったため、突然コッコロにプロポーズした不審者のことは知られていても、それがそこにいる人物であるというところまでは知られていない様子だ。
加えると、見た目的にある程度の酒場の客に女性だと思われている可能性もある。
「流石に間違えねぇだろ」
「そうか?」
「本当に女と見間違えるってのは、もっとこう、あれなんだよなぁ……」
「何か実感こもってるなダスト」
知り合いにでもいるのだろうか。そんなことを思いはしたが聞いてもしょうがないとカズマは流す。それは置いておいて、と話の軌道を元に戻した。
「まあ、それなら話は簡単じゃねぇか。あれが例の不審者だって触れ回ればいい」
「後は勝手に街のみんなが排除してくれるってわけか」
確かに現状それは最適解に近い。この街で生活出来なくさせてしまえば、向こうから去っていくだろう。そうは考えるのだが、しかし。
「事情を聞く限り、それで諦めなさそうなんだよな」
「あん?」
「いや、ウィズたちにも聞いたんだけど、あいつウィズに向かって邪魔するならお前も倒す的なことを宣言したらしいんだ」
「ウィズを? 出来るのかそんなこと?」
普通は無理である。彼女の正体を知っているかどうかを差っ引いても、この街で彼女の実力は折り紙付き。変人窟の中に組み込まれている時点で説明も不要。なので、そんなことを言えるのは実力を知らない勘違い野郎か、あるいは。
知っていて、それでも勝てると判断した実力者か。
「となると、下手をすると街が危ねぇな」
「コッコロが絶対に気にするからなぁ」
その辺りは慎重に動いたほうがいい。それを踏まえた上でのあの不審者情報ならば流石と言うべきだが。そんなことを考えつつ、半々かな、とカズマは結論付けた。
「で、じゃあどうする? 変に広められないなら、こっそり調査するしかなくなるぞ」
「……いっそ接近してみるか」
「マジかよ。俺はやんねぇぞ」
「え? いやだってお前ああいうイケメンにイチャモンつけるの得意だろ?」
「さっきまでの話聞いてやるわけねぇだろ馬鹿野郎」
やるなら自分でやれ。そう言って鼻を鳴らしたダストは追加で酒を頼む。一瞬だけ不審な表情を浮かべた店員であったが、最近はちゃんと金払ってんだろ、と先払いで料金を出したことですいませんと頭を下げていた。
そのまま流れるように店員の教育なってないぞと店長を呼んで割引に持っていこうとするチンピラを横目に、カズマは嫌そうに溜息を吐いた。そのままゆっくりと立ち上がり、件の相手の方へと近付いていく。
「なあ、ちょっといいか。俺はこの街でも有名な冒険者の佐藤和真っていうんだが」
「……いきなり何だお前は。――サトウ? サトウカズマだと!?」
出だしでこの反応である。ウィズのことを知っているのはともかく、カズマのことも知っているらしいのを確認し、彼はここで思考を巡らせた。何かしらの情報を集めた上でこちらに来ているのは間違いないだろうが、しかし。
「ふっ。どうやら俺の名前は相当有名なようだな」
「……いや、違うな。かつての勇者の末裔が魔王軍幹部との戦いに関わっているという話は聞いたが、お前にはそんな気配が微塵もない」
「おおっと? これは喧嘩を売られてますね」
「同じ名前だからと思い上がるのはやめたほうがいい。丁度いいと狩られても文句は言えんぞ」
「俺はやる時はやる男だぞ。お前後で後悔するからな!」
「分かった分かった。それで、俺に何の用だ」
完全に名前を騙った偽物扱いである。嘗めくさっているその態度を見てカズマも思うところはあったが、まあ今重要なのはそこじゃないと気を取り直した。そうしつつ、先程の思考のメモを書き換える。ひょっとしてこいつ、言うほど情報を持っていないのではないか、と。
「まあ、まずは名前かな? 俺も名乗ったんだし、それくらいはいいだろ?」
「俺の名はデュークだ。これでいいか?」
「じゃあデューク。この辺じゃ見ない顔だけど、何でここにいるんだ?」
「お前に何の関係がある」
隣の席に座り、デュークと名乗ったその男の横で酒に口をつける。ジロリと向けられたその睨みに内心ビビりながら、まあでもこれまで出会った奇人変人狂人に比べればマシだとか、ついこの間のエリコのアレの方が怖かっただとか思い顔には出さない。まあ待て、と余裕ぶった表情で言葉を紡いだ。
「さっきも言っただろ? 俺はこの街でも有名な冒険者だって。アクセルで俺のことを知らない奴はいないと言っていいくらいだ」
「それがどうした」
「もし誰かを捜しているんなら、力になれるかもしれん」
「……」
キメ顔でそう述べたカズマを見て、デュークはしばし考え込む仕草を取る。こいつを信用していいのか、とその顔が述べていた。カズマもそんなことは織り込み済みで、それでいてあえて知らぬふりで言葉を続けている。
「くだらんな」
そうして彼が出した答えはこれだ。こんな奴の手など借りずとも、自分の力があれば何の問題もない。そう結論付け言葉を紡いだ。
「いいのか? 後で後悔するかもしれないぞ」
「くどい。そもそも俺は自分だけで事が成せるように鍛えてきたのだ。貴様のような貧弱な冒険者など必要ない」
「ほー。そりゃ凄い」
どこか挑発するようなカズマの相槌。それを聞いて、デュークは再度ジロリと彼を睨んだ。何が言いたい、と問い掛けた。
対するカズマは、これワンチャンいきなり攻撃してこないだろうなと若干不安になりつつあった。そろそろ引いとくか、という選択肢も浮かんできた。
「実はな、お前が誰を捜しているか知っているんだ」
「……何だと?」
が、カズマは踏み込んだ。イチャモンつけ終わったダストが向こうでぶっ込んでるなぁと野次馬しているのを横目で見つつ、ピクリと反応したデュークに向かって尚も続けた。
もし無理矢理どうにか、とか考えているならやめておいたほうがいい。力尽くでは無理だ。そんな忠告染みたことを述べた。
「何を言い出すかと思えば。あのお方に無理矢理ことを迫るはずないだろう。納得してもらうことが第一だ」
「納得はしないと思うぞ」
「そんなことはない。前回は邪魔が入ったが、きちんと説明をすれば、あのお方は俺についてきてくれる」
何でこんな自信満々なんだろうと若干ジト目になりながら、カズマはああそうかいと言葉を返した。先程と同じような、やはりどこか挑発するような相槌のそれに、デュークは再度睨み付けるような目付きに変わる。
「貴様のような雑魚冒険者に何が分かる」
「お前よりは知ってるよ」
「はっ。何を言い出すかと思えば。まあいい、これ以上話していても時間の無駄だ。俺は一刻も早くこころ様を迎えに行かねばならんのでな」
「あーはいはい。勝手にしろ――ん?」
とりあえずこいつを追放なり何なりするのに後ろめたさは何も無いな、とある程度の評価を終えたカズマは、後はどうやって締め上げようかという方向に思考を変化させていく。
だから返事も投げやりになっていたのだが、そこでデュークの言葉に引っかかりを覚えた。
「誰だって?」
「何だ、やはり知らないではないか。では教えてやろう、俺が捜している方の名は八坂こころ様だ。まあ貴様のような雑魚がおいそれと近寄れるはずもないだろうな」
そう言って鼻を鳴らすと、デュークは席を立ち酒場を出ていく。そんな彼の背中を見ていたカズマは、厄介事が終わったと判断したダストがこちらに来るまでしばらく何とも言えない表情をしていた。
「いけ好かねぇ野郎だったな。で、どうだったんだ?」
「いや」
隣に座りそう問いかけるダストに、カズマはどうしたものかと考えながら、まあでも結論は一緒かと思いながら口を開いた。
「あいつ、人違いでコッコロにプロポーズしたみたいだ」
「はぁ?」
女神の溜まり場。別名アメスの夢空間。そこで、向こうの様子を覗いていたアクアは、カズマとデュークのやり取りを聞いてめちゃくちゃ苦い表情を浮かべていた。そうしながら、ゆっくりとアメスへと向き直る。
「ねえ、あんた、これ知ってたの?」
「……勿論」
「知っててあの態度!? いやまあ、でも、んー」
普段のコッコロたんコッコロたん言っている彼女のあれが演技なわけもなし。となると全てを承知なのもまあ納得といえるかもしれない。が、それはそれで問題があるような。
そんな風に首を傾げていたアクアと違い、エリスは明らかにシリアスムードであった。説明をお願いします、と真っ直ぐにアメスを見て述べた。
「コッコロたんは可愛いでしょう?」
「私は真面目に」
「大真面目よ。あたしはね、コッコロたんのためにあっちで元ドマイナー女神を続けていると言っても過言ではないの」
「迷いなく言い切った……」
「というかさり気なく元って付けたわね。なんかムカつくわ」
エリスのツッコミもアクアのちゃちゃも気にすることなく、アメスは曇りなき眼と表情で言葉を紡ぐ。だから、そんな事はどうでもいい、重要なことじゃない。そう言ってのけた。
「……えっと、一応、そういう風になったきっかけは、あるのよね?」
「あるけど、長くなるわよ」
「あ、じゃあいいです」
おずおずと尋ねたアクアであったが、嫌な予感がしたので断った。そうしながら、まあそういうことらしいわよとエリスに話を投げた。
どういうことですか、と一応ツッコミを入れたものの、まあ彼女としてもこの流れだとアクアのようになるだろうと結論付けたので、溜息とともに雰囲気を元に戻す。まあそもそも、と視線を向こうの様子を映すモニターに向けた。
「コッコロさんが今更魔王に寝返るはずないですものね」
「そうよね。アメスじゃないけど、そこら辺は信用してるし。魔王とカズマ達だったらカズマ達の方取るでしょあの娘」
「当然よ」
自信満々に胸を張るアメスを見て、しかしアクアもエリスも同意をする。今更どうなったところで、彼女が敵に回ることなど。
「……いやでも、こうシリアスめな展開だとありそうなパターンが浮かんじゃったわ」
「先輩のそういうのって、冗談にならないからやめてください……」
「アクア」
「ひっ、いや私何も言ってないわよ! 具体的なのは何も! だからそんなぶっ殺すみたいな目で見ないでよ! 大丈夫よ! なんてったって私達女神が三柱ついてるんだから! ね? だからその鈍器しまって? 振りかぶるのやめて? ほら、アクシズ教も全力サポートするから、いや言われなくてもしたけど、確約するから!」