迎撃準備が行われている中、要ともいえる結界破壊の役目を任されたカズマ達はそこに参加してはいないが、かといってただ見ているだけというのも。そう思っているのはコッコロだけらしい。カズマは魔力温存のためなのか一歩も動かず外壁にもたれかかっていた。
「……主さま」
「どうしたコッコロ」
「わたくし達も準備のお手伝いを」
「それで結界破壊の体力魔力が足りなくなったら元も子もない。だから俺達はこうして待っているのが仕事で、手伝いだ」
「物は言いようねぇ」
カズマの言葉を聞いていたユカリが苦笑しながらカップの液体を呷る。それを見ていた二人が目を見開いたが、よく見ろとカップを傾けた。水である。アルコールはゼロであった。
「流石にこの場面で飲むほど私も考えなしじゃないのよ」
「ほんとかよ……」
「お酒はね、こういう大仕事が終わってから飲むのが美味しいの。まあ気合い入れるために飲んでも美味しいけれど」
「結局飲むんじゃねえか」
はぁ、と溜息を吐くカズマを見て思わずコッコロが笑ってしまう。そんな彼女を見て、ユカリは微笑んだ。いい感じに緊張も解れたわね、と言葉を続けた。
ぐい、と残っていた水を飲み干すと、彼女は指定の場所に向かうからと手をひらひらさせる。どうやら本当に、二人の緊張を解しに来ただけらしい。
「あの状態がずっと続けば、ほんと美人で有能なんだけどなぁ……」
「ふふっ。でも、それらを全てひっくるめてユカリさまですし、わたくしはそんなユカリさまが好きです」
「……まあな」
よし、とカズマも姿勢を正す。俺達もそろそろ向かうか。そう言ってコッコロに述べ、外壁の上部へと向かう階段へ足を進めた。
その途中に声が掛かる。何だ、と振り返ると、緑のベレー帽を被ったエルフの少女と、黒髪をリボンで結んだ紅魔族の少女がこちらに駆けてきていた。
「リーダー!」
「リーダーはやめろ」
「リーダー、これから大事なお仕事ですよね。応援してます」
「だからリーダーはやめろ」
BB団の団員、アオイとゆんゆんがそう言ってカズマを応援する。それを適当に流しながら、お前らこんな大人数の場所に来て大丈夫なのかと問い掛けた。
ふ、とアオイが笑う。カタカタと震えながら、ここまで多いとむしろ逆に人がいない気がすると意味不明な言葉をのたまった。
「おいゆんゆん、こいつ大丈夫か?」
「だ、大丈夫です、多分。アオイちゃん以外にもBB団の団員も増えて、少しは人の目を見て話せるようになりましたし」
「色々情報過多なんだけど!? え、何? 団員増えたの? 野生のぼっちがまだいたの?」
「……活動範囲を無駄に広げて、街の外の廃教会に住んでいたプリーストの女の人と、街の西にある森に住んでいる……えっと、女の人? をアオイちゃんがスカウトして」
「ちょっと待て、何で後半疑問形だったんだ? 後その前半の女の人ってあそこで他の冒険者に支援魔法かけてる若干透けてて微妙に浮いてる奴のことか?」
ふよふよと漂いながら迎撃準備をしているプリーストの女性が一人。説明の時に二人がちらりとそこを見たのでまず間違いないだろう。アオイは何故かドヤ顔でそうなんですと言い張り、ゆんゆんはあははと乾いた笑いを上げながら小さく頷いた。
隣のコッコロを見る。あれ大丈夫なのか、と問い掛けると、少しだけ考える素振りを見せた後、エリス教徒にとっては大丈夫ではないでしょうと答えた。
「幸い、現在緊急事態なので気にしている余裕はないようですが。平時には、あまりよろしくないかと思います」
「そ、そうなんです! だから、一人ぼっちの波動を感じて、共感したので! 我ら、BB団の一員になりませんかと」
「そうか、分かった。そこについてはもう何も言わん。だからちゃんとコッコロを見て話せ」
「む、むむ無理です!」
思い切り視線を逸らしどこからか取り出したブリキ人形を突き出して声高に主張するアオイをジト目で見ながら、これから大事な仕事があるのに何でこんな疲れにゃいかんのだと溜息を吐いた。
じゃあもう行くから、早く友達作れよ。そう言ってカズマは二人から離れる。そうしながら、そもそもその四人とやらで友達になれば解決なんじゃないかと一人ぼやいた。
遅かったですね、と外壁上部に集まっている面々の一人にして代表者、ネネカが述べる。ちょっと色々あってと肩を落としたカズマを見て、彼女は少し考える素振りをした。
「まあ、いいでしょう。……カズマ、貴方に任せた仕事は、きちんとこなせますか?」
「いや、やれるかどうかは知らんけど」
「ダメダメじゃないですか」
はぁ、と呆れたようにめぐみんが肩を竦める。カズマはそんな彼女をちらりと見ながら、ああそうだと言い切った。こんな大一番で自信満々になれるわけねぇだろと言い放った。
ネネカがクスクスと笑う。それならそれで構いませんと述べ、ユカリとコッコロを前に立たせた。
ギルド職員の魔法で拡大された声が響く。デストロイヤーがそろそろ見えてくるという情報を知った冒険者は各々準備を済ませ戦闘態勢を。手伝いをしていた街の住人は避難を開始した。
「さあ、カズマ。チャンスは一回。ですが、ここで全てを使ってはいけませんよ」
「注文多いな……」
「大丈夫です、主さま。わたくしは、主さまを信じておりますから」
段々とその全貌が見えてくるデストロイヤーは、まさしく蜘蛛のような外観をしていた。その上部に砦のような建造物を持ち、対空装備を光らせながら、轟音を響かせ。
向かってくる。アクセルの街に、駆け出し冒険者達が迎撃せんと待ち構えているその場所に。
「カズマ」
「こうなりゃヤケだ! やってやらぁ!」
ショートソードを構え、ユカリとコッコロを視界に入れ。その剣先から二人へと糸を結ぶように。魔力を大量に消費する感覚があったが、これまでと違い、枯渇はしないし倒れない。ただ、物凄く疲れるだけで済んでいる。
淡く光ったユカリとコッコロは、予め説明を受けている通り、一回のアクションで消費されるこの効果を全力で相手へと打ち込む。二人のやるべきことは、あのデストロイヤーの魔力結界を、少しでも脆くさせること。
「《セイクリッド――」
ユカリが自身の十字架剣を構える。それを天に掲げ、底上げされた力を持って結界を破壊すべく呪文を唱える。
「《セイクリッド――」
コッコロが自身の槍を構える。クルクルと回転させながら、それを大きく掲げ、底上げされた力を持って結界を壊すべく呪文を唱える。
二人のそれは、巨大な魔法陣を浮かび上がらせ、戦闘準備をしていた冒険者達も思わずそちらに目を向けてしまう。二つの魔法陣が重なり、巨大な機動要塞を包み込むように光を放ち。
『――ブレイクスペル》!』
一直線にそれが向かう。デストロイヤーの結界が浮き上がり、その呪文の光とかち合いギチギチと音を立てた。砕け散る気配は無く、しかしだからといって全く通用しないというわけでもないようで。
亀裂の入る音がした。結界自体は残っているが、それを構成する魔法陣がひび割れている。魔法陣が完全でなくなったことで、効果も本来のものより数段落ちたのだろう。呪文が終わった際に、デストロイヤーが一瞬たたらを踏んだ。
「上出来です、三人とも。では」
入れ替わるようにネネカが前に出る。それに合わせるように、ちょむすけ、めぐみん、そしてウィズも前に出た。
四人が唱える呪文は一つ。結界に完全に阻まれなくなったのならば、これをぶち込むことでダメージが通る。
「いきますよ」
「……師匠、見ててください。私の! 爆裂!」
「毎回見ているわよ。だから信頼してるわ」
「うう、何だかとっても場違い感……」
三者三様の反応をしながら、詠唱を行い呪文を構築する。先程とはまた違う巨大な魔法陣が生み出され、暴力的なまでの威力を込めたそれが、その魔法陣より放たれる。
狙うは足、機動の要。動けなくしてしまえば、破壊するまでに猶予が出来る。どういう技術で、どういう動力で、どういう経緯で生み出されたのかを、ネネカが理解できるのだ。
「黒より黒く、闇より暗き漆黒に――」
「我が深紅の混淆を望みたもう――」
「覚醒の時来たれり。無謬の境界に落ちし理――」
「無行の歪みとなりて――」
四人の詠唱が重なっていく。まるで唄うが如く、魔法陣も、詠唱も、そして、暴力的なまでの力も。
その全てが、一つに纏まっていく。
『現出せよ!』
破壊が、暴力が、そして爆裂が。それら全てを綯い交ぜにした呪文が、絶対の盾に傷をつけられたデストロイヤーに向かい、飛ぶ。
『《エクスプロージョン》!!』
爆ぜた。力の奔流は蜘蛛の形をした巨大兵器へとぶつかり、そして蹂躙せんと唸りを上げる。相手の結界を、穴の空いた防御を、押し返すように真っ直ぐ放たれたそれは、デストロイヤーの動きを鈍らせた。一歩一歩が鈍重となり、そして。
盛大な爆発音と共に、デストロイヤーの足が爆ぜた。結界自体は未だ機能しているようであったが、エクスプロージョンの四乗を抑え込んだことでその効果は硝子板程度の脆さしかない。耐えきれなかった足の関節がへし折れたことで動き自体は止まったものの、勢い自体は殺せず、そのまま進行方向であるアクセルに向かって前のめりに突っ込んでくる。
まずい、逃げろ。誰かがそう叫び、デストロイヤーの直線上から慌てて皆が退避をしていく。このまま止まらなければ、アクセルの正門に甚大な被害が起きる可能性すらあった。
「キャル」
「うひゃぁ!? え? ネネカ所長!? なんでここに!?」
「上の私は、もうひとりの私。こちらが本物ですよ」
そんな状況で、ネネカはキャルに声を掛けた。あの状態ならば魔法も十分効くだろう。だから、強力なスキルを叩き込んで押し戻す。そのための人員として彼女を呼んだのだ。
そうは言われても、とキャルはガリガリと音を立てながらこちらに向かってくるデストロイヤーを見やる。あの時ほどの威力は通常では出せないし、何より、自分はこの街のアークウィザードとしては恐らく最底辺だ。上が規格外なだけだが、普通では足りない。そんな風に思っていた。
「大丈夫ですよ。貴女は、自分が思っているよりも普通ではないですから」
「それは褒めてるの!?」
キャルのツッコミにネネカは答えない。その代わりに、それに心配せずとも、と視線を前に向けた。
見覚えのあるぼっちが二人、必死の形相でデストロイヤーに向かって何かを行っている。別に一人に任せるわけではないのですから。その姿を見せたネネカが、そう言って微笑んだ。
「《ボトムレス・スワンプ》! 《ボトムレス・スワンプ》! あああアオイちゃん! 私結構限界!」
「だ、大丈夫です。だいじょぶだいじょぶ、だいじょぶマイフレンド! この、BB団の絆の力を、えっと、これ力なんでしょうか? いや、力に違いない! だって、何かの役に立つって言ってましたし!」
「いいから! 早く!」
「ははははははぃぃぃ! 森のお姉さんの種を使った――これが植物の力です!」
アオイの固有スキルなのか、それとも彼女の使った種が特殊だったのか。デストロイヤーの進軍を止めるべく生み出された泥沼に加え、巨大な蔦が壁のようになりそのスピードが更に落ちる。
「さて、キャル。おいしいところを持っていってください」
「……あーもう! やってやろうじゃない!」
杖を構え、先端の呪文書を捲る。後はダメ押しだ。自分の役目はそこまで重要ではない。だから、失敗しても別に。
違う、と頬を張った。ここで日和ってどうする。気合で負けてどうする。あのカズマですら成功させたのだ。自分が失敗したら、絶対にバカにされる。それだけは、絶対に。
「私も手伝います。二人がかりといきましょう」
「何でわざわざあたしに……」
「同じ呪文の方が、合わせやすいでしょう?」
キャルになったネネカが同じ詠唱をし始める。それを横目に、キャルも詠唱を再開した。
生み出された魔法陣は先程のものとは比べるべくもないが、それでも、自分の全力を込めたこれで、あの巨大要塞に一矢報いて、それで。
「カズマだけに、いい顔なんてさせてやらないんだから!」
呪文は完成した。後は、タイミングなど気にせずに、とにかくぶっ放せばいい。
「《アビスバースト》ぉぉぉぉ!」
デストロイヤーがぐらりと揺れた。そして、三重の足止めを叩き込まれたことで、巨大要塞はその動きをようやく止めた。地響きと、体が震えるほどの音を立て。逃げるしかないと言われていたそれが、活動を停止したのだ。
ふひぃ、とへたり込む。やった、やってやった。そんなことを思いながら、キャルは隣にいたはずのネネカへと目を向け。
「……あれ?」
誰もいない。え、と思わず視線を巡らせると、動かなくなったデストロイヤーへと既に向かっていた。理由は言わずもがなだ。
まあ何にせよこれで一件落着だろう。そんなことを考えて空を仰いだ彼女の耳に、突然避難命令が飛び込んでくる。音の発生源は、デストロイヤー。どうやら無茶な破壊を行ったことで動力源の制御が出来なくなっているらしい。どうなるかはその避難命令だけでは分からないが、凡そ予想できる。
「ま、マズいんじゃないの!? どうにか」
「大丈夫です。あとは任せてください」
慌てて立ち上がろうとしたキャルへと声がかかる。視線を向けると、ダクネスを伴ったペコリーヌが笑顔でサムズアップを見せていた。
「キャルちゃんも、コッコロちゃんも、カズマくんも。みんな頑張ったんです、わたしも」
「ギリギリまで自重してください!」
「分かってますよー。ダクネスちゃん、心配性ですね」
では、行ってきます。そう言ってデストロイヤーへと駆けていく。どうやら他の冒険者も同じようにデストロイヤーへ乗り込もうとしているらしく、巨大要塞へと次々人が突撃していくのが見えた。
「……じゃあ、後は任せたわよ」
ふう、と息を吐く。一応向こうの後方支援をしている連中の方に合流するか。そんなことを思いながら、キャルはゆっくりと立ち上がった。
現出せよ! の後にどうしても天楼覇断剣って付けたくなる。