アクセルの街を出る。目的地が何処か、など述べるのは野暮であろう。
「……改めて。みなさま、ありがとうございます」
そう言ってコッコロは――八坂こころは頭を下げる。何度も言わずともいい、とそれを受けてバニルはふんと鼻を鳴らした。さっきも言ったわよ、とちょむすけも同じようなことを述べ苦笑していた。
それで、とウィズは彼女に尋ねる。どうやって魔王城へと向かうつもりなのか、と。テレポートで一発、などという手っ取り早い方法を考えているのならば、流石にそれは難しいだろうとも続けた。
「なあウィズ。お前魔王城行く手段無くしてたのか?」
「……そういえば、そうですね」
抜けて元魔王軍幹部になっている他の面々と違い、彼女は一応名目上は所属しっぱなしだ。ほぼバックレに近い状態ではあるものの、明確に倒されてしまった扱いとして報告されたであろうウォルバク、バニル、セレスディナとは異なるわけで。
「フハハハッ、骨の髄までポンコツだな。まあそれだけ魔王軍幹部という立場に未練がなかったとも言えるが」
「うぐぅ。……まあでも、そうですね。そこはバニルさんの言う通りかもしれません」
最初はもう少し違った。多少の義理とかそういうものもあり、自分は魔王軍幹部であるという自覚も持っていた。だが、アクセルで出会った数々の変人に絆され、いつの間にかそういう感覚を薄れさせていた。自分は魔王軍幹部であることより、アクセルの奇人変人であることを選んだのだ。
「……なんだか改めて思い返すとそれはそれでどうなんでしょうか」
「自覚なくそう変化したということは、汝の本質がそうであったということだ。誇るがいい、変態ポンコツアンデッド店主よ」
「誇る要素がどこにもないんですけどぉ!」
爆笑するバニルを情けない顔で睨んでから、しかしコホンと咳払いをしてなんとか気を取り直したウィズは、そういうわけですのでとコッコロを見た。この流れで真面目になっても滑稽なだけだぞと追い打ちをかけるバニルへノールックで呪文を一発叩き込みつつ、方法は正攻法しかないですと彼女に述べた。バニルは勿論躱した。
「まずは王都に向かいましょう」
そこから馬車なりなんなりが確保できるのがベストだが、現状それは難しいためおそらく徒歩で魔王城まで向かうことになるだろう。ウィズの言葉に反論するものはおらず、しかし王都へ向かう手段も現状限られているため、少し時間がかかるという補足がどこからか出た。
「テレポートも使えないなら、馬車で地道に行くしかない。まあ状況が状況だからしょうがないか」
やれやれ、とセレスディナが肩を竦める。街のテレポート屋の利用が出来ないことが地味に痛かった。運の悪いことにウィズのテレポートも登録先に王都が無い。
「普段は自前でテレポート使わなくても行けちゃうものね」
ちょむすけが苦笑する。テレポート屋を除いても、王都直通便を抱えている貴族がいたりする上に最悪ホワイトドラゴンで飛べばいいとくれば、まあ登録先は他に使うかとなるわけで。
では行こうか、と結論付けた一行は、王都行きの馬車を探し始めた。手分けするか、と誰ともなく動き始めたのを見て、コッコロはもう一度すみませんとありがとうございますの言葉をかける。バニルもウィズも、ちょむすけもセレスディナも気にするなと答えた。
「……あの」
「ん?」
「ところで、今更なのでございますが……何故、セレスディナさまはわたくしに同行を?」
そうして動き出そうとした皆が止まった。考えがまとまったことでふと冷静になったコッコロが、引っ掛かっていた純粋な疑問を口にしたのだ。
瞬間、バニルが爆笑しその場に蹲った。胃もたれする、と言っている辺り、どうやら好みの悪感情で急激に腹を満たしたのだろう。
「……あたしは! 元魔王軍幹部のダークプリースト、セレスディナ! そこも知らねぇとは言わないだろうな!」
「え、あ、はい」
コッコロの中で、彼女はなんだか知らないけど魔王軍から研究所の一員になった人、である。そこの経緯はとんと知らない。関わりも正直同じ研究所のちょむすけほど深くない。だから彼女にとって、セレスディナは同じアクセルの住人で知り合いだからという理由で同行してくれている奇特な人でしかないのだ。
「あたしはなぁ、お前らに魔王軍幹部の立場を潰されて討伐されたんだよ! その結果研究所のパシリに早変わりだ」
「そうだったのですか……。……それならば尚更、何故わたくしに」
「ん? いや、まあ、それは……。最初こそ実験体扱いだったから逃げ出そうと躍起になってたけど。ここにはレジーナ教の仲間もいるし、最近は命に別状はないし、魔王軍幹部だった時と比べても割と平和に過ごせてるし……。このままでも別にいいかなって思い始めたから……」
「へぇ」
「ふふっ」
「生暖かい目で見るなお前らぁ!」
「ありがとうございます、セレスディナさま」
「純粋な顔でお礼を言うなぁ!」
あらあら、と言った目で彼女を見るちょむすけとウィズ。そんなほっこりとした空気になったのに耐えられなくなり悶えるセレスディナを見ながら、流石に食い過ぎたか、と腹を擦っているバニルがいたとかいなかったとか。
そんな新魔王軍幹部ご一行はさておき、アメス教会である。朝起きてコッコロの姿がない事に気付き、何か用事でもあったのだろうかと首を傾げながら朝食を食べたあたりで、いや待て何も言わずにコッコロが出掛けるわけ無いだろうと慌てだしたのだ。
「こういう時シリアスな流れに持ってくのがコロ助だったから油断してたわ」
「俺達行動の先導をコッコロに任せきりだったんだな」
「……これは由々しき事態ですね」
あまりにもゆるゆるである。現在の状況から考えて気を引き締めないといけない状況であったはずなのだが、いかんせんアクセルが奇人変人のひしめき合う初心者の街とは名ばかりの人外魔境であったため、どうにも緊張感が薄れていたのだ。
コッコロが魔王の娘八坂こころであろうとまあそんなもんかで解決済みにしてしまうほどに。
「というか、それってつまりコロ助自体は結局滅茶苦茶気にしてたってこと?」
「だろうな。別にこのパーティーは他が第一王女とアクシズの巫女なんだから、ここに魔王の娘が加わってもだからどうしたって感じだったんだけど」
「街の人も多分同じ感想だったと思いますよ。でも、コッコロちゃんはそういうわけにもいかなくて――」
というかわたし王女だってバレてます? 話の途中でふと気付いてカズマとキャルに視線を向けると、何とも言い難い顔で視線を逸らされた。全員ではないだろうけど、割と主要人物には手遅れじゃないかな。そういう感じの表情だ。まあ街の住人の大半は大丈夫だろうと結論付け、とりあえずそこは置いておこうと話を戻した。そもそもほぼ隠す気のないブライドル王国第一王女がその辺で好き勝手している時点で今更だ。
「で、だ。コッコロのことだから、多分ここや王都の襲撃と自分を結びつけて、だからそれを阻止しようと」
「違うわよ。いや、それもそうなんだけど」
カズマの言葉にキャルが待ったをかける。何が違うんだよ、と視線を彼女に向けた彼に向かい、ビシリと指を突きつけた。
「あんたよあんた。襲撃の理由は魔王の娘の奪還と、勇者の再来サトウカズマの抹殺でしょ。これでコロ助の比重が大きいのがどっちかって聞かれたら……分かるでしょ?」
「いや流石に街の人と俺一人と比べたら」
比重がほぼ同じになる時点で多分相当である。そこに気が付いたカズマは、あー、と声にならない息を発しながら天を仰いだ。蛇足だが、私たちは勿論弟くんが最優先だよ、と主張するためだけに湧いて出た某アクシズ教徒姉妹がいたとかなんとか。
ともあれ。
「コッコロちゃんが暴走するには十分な理由ですよね」
「暴走て。いや、まあ、コロ助の頭ん中が冷静でもやってること考えればあながち間違いでもないかぁ」
「……そもそも。わたし、コッコロちゃんに言ったんですよ。みんなに相談してください、って」
ぽつり、ペコリーヌがそんなことを呟き。自分たちはそんなに信用できなかったのだろうかと、少しだけ寂しげに言葉を続け。
そういうわけではないですよ、というぬいぐるみの乱入者の声で顔を上げた。
「ぬいペコ? どうして?」
「ぬいコロと違って一応わたしの拠点はここなんですけど」
「そういう意味じゃなくて。どうしてそんなことが分かるんですか」
「出ていくコッコロちゃんを見送りましたから」
なんだと、と三人の視線が一斉に集まる。伝言も貰っています、とその視線を気にすることなく言葉を続けると、彼女に言われた通りの言葉を伝えた。コッコロは、みなさまの幸せを願っております、と。
「……あのバカ」
「というか、なんで朝言わなかったんだよ」
「こっちはこっちで用事を済ませてましたから。まあ、それを理由にカズマくんと部屋で二人きりというのも意外と良かったかも」
ぽん、と人型になってカズマにしだれかかるぬいペコを無言で引きはがしたペコリーヌは、それで話は終わりですかと少しだけむくれた表情で彼女を睨む。はいはい、とぬいぐるみに戻ったぬいペコは、確認をしてきましたと三人に述べた。
「確認?」
「ウィズ魔道具店の従業員はペリエ一人になっていました。なんでも、バニルさんとウィズさんは用事があって暫く休暇を取ったそうです」
「……ん? それって」
何かを察したカズマが呟くが、ぬいペコはそういうことですと同意する。ついでに調べたら、ネネカ研究所も二人ほど用事で出かけたらしいですと続けた。
「二人……。二人? ちょむすけさんと、あと誰だ? 所長なわけないだろうから」
「めぐみんかしら。エロ鎧は流石にコロ助も拒否るだろうし」
「……雑用のセレスディナさんが、確か元魔王軍幹部でしたよね?」
「そうだっけ? なんか知らんけどいつの間にかいた人って認識しかなかったな」
「あたしも。急に湧いて出た不憫枠みたいな認識だったわ」
ちゃんとその辺りを覚えていたコッコロとペコリーヌに比べ、カズマとキャルのセレスディナへの認識はこんなものだった。彼女自身のプライドの問題もあり、セレナと同一人物であることは、おそらくこのまま永遠に闇に葬られることであろう。バニルのいい非常食である。
そんな彼女のことはさておき。そこまで説明されれば流石に気付く。ついでに、ペコリーヌがそういうわけではないとぬいペコに言われた理由も分かった。
つまり、彼女は。
「ねえ、カズマ」
「なんだよ」
「あたしの予想があってるとしたら、なんだけど」
「だから、なんだよ」
「コロ助……新しい魔王になろうとしてない?」
アクセルにいる魔王軍幹部を引き連れて魔王城へカチコミ。そこから導き出せる結論としてはまあまあ妥当なものであろう。カズマも一瞬それを思い浮かべはした。
したが、しかし。それは違うだろう、と彼は首を横に振った。
「一応知らなかったとはいえ魔王が父親なんだろ? やるとしても穏便な話し合いとかじゃ」
「あの面子連れて話し合いって、多分それ世間一般は脅迫って言うと思うわ」
セレスディナは置いておいて。バニルとウィズとちょむすけである。幹部が軒並み倒された今の魔王軍に果たして止められる存在がいるのであろうか。
そんなキャルの主張に、お前だったらそうかもなとカズマはバッサリいった。コッコロなんだからそんなことするはずないだろうと言ってのけた。
「え? コロ助ならするわよ?」
「そうですね。カズマくん絡みのコッコロちゃんならしますね」
「わたしは直接見送りましたけど、そうだと思ってました」
「この流れで俺が少数派なことある!?」
理由についての結論はどうあれ、コッコロが魔王城に元魔王軍幹部の上位陣を引き連れてカチコミに行ったことは確定した。あの面子のことを考えると、変に寄り道をせずにまっすぐ魔王城へ向かっていったであろうことも予想できた。
つまりは。
「ヤバいじゃない!」
「今すぐ追いかけないと間に合わないぞ」
こうしちゃいられない、とカズマとキャルが急いで準備をし始める。そんな二人に向かって、ちょっと待ってくださいとペコリーヌが声をかけた。なんだなんだ、と動きを止めた二人は、しかしのんびりしている時間はないだろという目で彼女を見る。
「だとしてもです。向かう先は魔王城、ということは、どうあっても向こうの精鋭を相手にする必要があります」
「……慌てて準備しても返り討ちってことか」
「コロ助が魔王軍全滅させてて玉座に座ってるところに合流するってんなら別にいいけど、そういうんじゃないしね」
ちなみにその場合魔王コッコロ対勇者カズマになる可能性がある。間違いなく勇者が負ける。色々な意味で。
というわけで。恐らく向こうは通常の移動手段を取るであろうことを踏まえ、こちらがショートカットすればなんとかなるということとなり。
「それで、どうする? 準備ったって戦力をこっちに割くわけにはいかないだろ」
「そうね。まあ、元々そのつもりだったし、アイテムや装備の補充と見直しをしっかりして、それで行きましょう」
恐らく。コッコロを連れ戻しに行く、という説明をすればアクセルの街の住人ならば二つ返事で全戦力を使ってくれるであろうことは想像に難くないが、今回のこれは本人は望んでいないであろうこちらの我儘だ。だから、巻き込む人数は少ない方がいい。
「……まあでも、本当にこれは俺達の我儘なんだよな」
「そうね。バニルやウィズ、ちょむすけさんがいるってことは、多分、ほっといてもきっと解決されちゃうんでしょうけど」
「なあ。俺さ、アニメや漫画にたまにいる正義感や勢いで『行かなきゃ……!』とかいって一人で勝手に行動した挙げ句敵の人質にされて迷惑かける系のヒロイン嫌いなんだ」
「どうしたのよ急に。アニメや漫画ってのはよく分かんないけど、そういう奴ってのが今の流れになんか関係あるわけ?」
「いや、今回のこれ、コッコロの方じゃなくて俺達がどっちかっていうとそのポジションじゃないか、って」
「まあ、確かにそうかもしれませんね」
とりあえず今ある出来る限りの準備を整え、足りないものはそれから用立てる。そうしながらつい軽口を叩いていた三人だったが、カズマのそれにペコリーヌは思わず苦笑する。キャルも、まあそうかもね、と肩を竦めていた。
「で? 勢いだけで勝手に行動しようとしているって自覚して、どうするわけ? やめる?」
「いや、やめないけど。ただ、これからはそういうヒロインの気持ちに少し共感できるかもしれない」
「あはは。やばいですね☆」
思わず笑ってしまう。そんな彼女につられるように、キャルも声を上げて笑い出した。何を言い出すかと思えば、と呆れたような追加のセリフ付きである。
そうして拠点にあるもので用意できる最適な準備を終わらせ、あと足りないものを指折り数えながら、移動手段の確保に乗り出そうと教会の扉に向かおうとしたそのタイミングで。
「たのもう!」
「ユースティアナ様!」
バン、と勢いよく扉が開き、そして見覚えのある連中が教会へと入ってきた。その集団は大まかに二つに分けられ。一つはコッコロについて行った研究所に関する面子。そしてもう一つはコッコロについて行った魔道具店に関する面子。
「どうですか所長、私の推論は」
「アキノやイリヤに言われて嫌な予感がしてみれば、やはり」
その先頭に立っていたのは、ちょむすけの弟子であるめぐみんと、ペコリーヌの昔馴染でもあるダクネスである。もっとも、二人の表情は対照的であったが。