ところ変わって、魔王こころと愉快な幹部達。もとい、コッコロとそれに協力するアクセルの狂人共である。カズマ達が追いかけようとするついでに色々やっている間に、当の本人達は魔王城に辿り着いていた。
「ここが……」
「うむ。我々にとっては見慣れたものだが、エルフ娘には少々刺激が強いやもしれんな」
コッコロの言葉にバニルが頷く。確かに禍々しい漆黒の巨城は普通の人間ならば恐怖で竦み上がり逃げ出してしまうことであろう。が、いかんせん彼女はアクセルの住人である。そうでなくともこれまで様々なイベント、ではなく困難に打ち勝ってきたのだから、今更こんなことで立ち止まってなどいられない。大丈夫でございます、と一言返すと、コッコロはでは行きましょうと皆に向き直った。
バニルも、ウィズも、ちょむすけも、セレスディナも、それに異を唱えるはずもなし。真っ直ぐに魔王城の入口へと歩き出し、そしてそのまま結界などなかったかのように門へと進み中へと入った。魔王城側も衝撃とか違和感とか何もなかったので、やってきた面々を見て思わず二度見する。
次いで、侵入者だ、と言いかけていや本当に侵入者かと動きが止まる。
「ば、バニル様、ウィズ様、ウォルバク様、セレスディナ様……? な、何故ここに? いや、魔王軍の幹部なのだからここに来るのはおかしくないのか? いやでも」
混乱している魔王軍の連中がそんなことを呟く中、一行は気にしないとばかりに歩き出した。四人に守られるようにコッコロもその後についていく。マッピングとか地図とか必要なく、勝手知ったると歩みを進めるそこに迷いはない。
「あ、お、お待ち下さい!」
そこで正気に戻ったらしい魔王軍の一体が一行に声を掛けた。幹部達はまだいい。が、そこにいるエルフの少女は一体何なのか。そんな質問に対し顔を見合わせた四人は、しょうがないと代表として何故かセレスディナが口を開いた。
「このお方の名前は八坂こころ。説明が他に必要か?」
「八坂……こころ……。八坂こころ様!?」
驚愕が広がっていく。八坂、という姓で察しないものはいない。魔王八坂恭一、それがここの主の名前なのだから。そしてその主が、もうひとりの娘を探しているというのは魔王軍は周知の事実だったのだから。
「ということは、つまり幹部の皆様は」
そういうことか、とその場にいた魔王軍の連中がにわかに活気出す。魔王の娘を連れて凱旋したのだ。幹部も復帰し、形勢不利になっていた魔王軍の反撃がこれから。
「うむ。この奥にいる八坂恭一をぶちのめしてこやつが新しい魔王になる、と言い出したのでな。微力ながら力添えをしにきたのだ」
「バニルさま!?」
「思ってたのと違う!?」
きゅ、と目を見開き口をバッテンにしてこちらを見るコッコロを気にすることなく、魔王軍の連中の質問にバニルは嬉々としてそう返答した。
状況についていけなくなった魔王軍がフリーズするのを横目に、一行は再度歩みを進めた。そうしながら、耐性があるので手早く我に返ったコッコロがそれにしても、と呟く。
「まさか、わたくしの故郷に魔王城に通じる魔法陣があるとは」
「ふん。エルフ娘があやつの娘だとなった時点で見通すまでもなく予想はついた」
だから、魔王軍の攻勢で様々な場所への移動が制限される中でもあっさり辿り着けたのだ。コッコロの故郷の田舎の村へは流石に制限はされていない。王都からそちらに向かうと提案したバニルを一行は、特にセレスディナは滅茶苦茶胡散臭い目で見ていたが、フタを開けるとこの結果である。勿論バニルはその結果生まれる悪感情に舌鼓を打った。
「でもバニルさん。なら魔王様は最初からコッコロさんの捜索なんかする必要はなかったんじゃ」
「その通りだ。あの村の長が言っていたであろう? エルフ娘は魔王とは何の関係もないものとして育てると盟約で決まっていた、とな。まあ別の意味で関係は出来てしまっていたが」
その辺りは恐らく最近まで知らなかったのだろう、とバニルは肩を竦めた。
「じゃあ何だ? 魔王様はそれで勇者一行の中にコッコロがいたから慌てて連れ戻そうとしたってことか?」
「親の心情、というものかしら。それにしては、ちょっと遅い気もするけれど」
それならもっと早く、それこそベルディア辺りの時点で対処出来たはずだ。そんなことを思い眉を顰めたちょむすけに対し、バニルはまあそうだろうなと返した。
「もっとも、その情報はことごとく潰されていたが」
『あ』
そういえばそうだった。心当たりしかないセレスディナは物凄く嫌そうな顔になり、ついでに目が死んでいく。よくよく考えると、勇者候補佐藤和真の名声がある程度魔王軍に届くようになるのはそれこそドールマスターがやられた辺り。それまではベルゼルグ王国で知る人ぞ知るレベルで収まっていた。
何が原因かといえばアクセル変人窟が、紅魔の里が、アルカンレティアが、まあ要はベルゼルグ王国の変人奇人狂人共が全てである。ここにブライドル王国の変人奇人狂人も加わったので余計に。
「どちらにせよ、今のあやつがエルフ娘を魔王軍との戦いから遠ざけたいと思っているのは間違いないであろうな。その結果がこれだが」
フハハハハ、と笑うバニルに笑い事じゃありませんと返したウィズであったが、しかしまあ言いたいことも分からないでもないと苦笑した。ちょむすけもセレスディナも大体似たような表情である。
さて、とバニルが立ち止まった。この扉の向こうが魔王の部屋。本来ならば勇者が最終決戦の覚悟をするべき場所だ。だが、そこにいるのは勇者ではなく、一人の少女とその付き添い。
「我輩の見立てでは、そう掛からずに小僧たちもここに来るぞ。それまでに決めるがいい。汝の答えを」
「いやまあ相手は魔王だしとは思わなくもないけど、ちょっと流石にこれは外道の所業すぎない?」
「誤解よ」
再び所変わって。三馬鹿女神のたまり場、もとい、女神アメスの夢空間。コッコロ達の様子を見守っていた三柱は、魔王八坂恭一の娘に対するあれそれを確認しつつ話をしていた。
その際のアクアのドン引きがこれである。八坂こころは魔王とは関係のないエルフの娘コッコロとして育てると盟約をしていた。誰と、と言われればまあコッコロの村の長と、そしてそこに祀られているドマイナー女神となわけで。
「この流れでコッコロさんを勇者の一行に加える託宣をするのは邪神では……?」
「エリスまでそんなこと。というか、その辺りの話はこの前したじゃない」
「いや、コッコロの正体を知っていたかどうかと、今回の盟約云々はまた別でしょ」
「話せば長くなるって言ったら別にいいって返したのはあんたでしょ」
「言ったけどぉ」
こういうのは予想してなかった。そうアクアは返す。いかにしてコッコロキチにアメスが変わったのかを延々語られると思っていた彼女は断ったのであって、割と魔王の根底に関わりそうな話をされると分かっていたら流石のアクアも聞きはしたはずだ。
いや、あの話のフリであの答えなのだから、最終的にはそこに行き着いていたのだろう。そう結論付けてアクアは自身を正当化した。
「それで、アメスさん。盟約を破ってまでコッコロさんを勇者の一行にした理由は」
「だからそれが誤解なのよ。あいつはコッコロたんを魔王の娘にはしないってだけであそこの里に預けたのよ。生き方は好きなようにすればいい、人類側につくならばそれはそれでとも言ってたわ。盟約、だなんて堅苦しいものじゃないの」
「なんか認知しない娘を母方の故郷に置いてきたみたいな感じね」
「その言い方だと一気に同情の念が減りますね」
「まあ実際そんな感じではあったわね。ついでに言わせてもらうと、コッコロたんは純粋な魔族じゃないし、種族的な感覚ではほぼエルフよ」
詳しいことは省くが、まあ八坂恭一も妻を亡くした身ではあるので最悪一歩手前くらいであろう。そんな追加説明もしつつ、そうしてエルフの里で育てられたコッコロは健やかに育ち、自身を心の底から敬ってくれた尊い存在であったと述べる。そんな穏やかで大人びた子供のコッコロを見守っていたアメスは、冒険をしてみたいという思いを心に仕舞っていたのを知っていたのだと語り。
「あいつをきっかけに、外でのびのびと楽しんでもらおうとも思ったのよ」
「何かあんたのほうが母親みたいね」
「あれと夫婦みたいになるから絶対やめて」
アクアの呟きに滅茶苦茶嫌そうな顔で返答したアメスは、表情を戻すとだからそれ自体には何の問題もないと締めた。
「まあまさかカズマがここまでいくとは思ってなかったけど」
「それはほんとにそうね」
「向こうで直接関わった自分でもそこは謎です」
確かに至るであろうポテンシャルを持った奇人変人狂人共はあの世界にひしめき合っていた。が、魔王軍が幅を利かせるくらいにはアレらはバラバラでお互い不干渉に近かったのだ。
「カズマってば、弱っちいくせにそういうところはそこはかとなく凄かったのかしらね」
頬杖をつきながらアクアが呟く。そうかもしれないわね、とアメスも同意し、エリスは言われてみれば確かに、と思案顔になる。
「このまま行くとカズマさん、本当に魔王を倒してしまうかもしれませんね」
「その前にコッコロが倒しそうだけど」
「それはどうかしら。コッコロたんはきっと、カズマたちが合流すると分かったなら」
少なくとも新魔王として降臨して倒される、みたいな自己犠牲をする気はないだろう。先に倒しておきました、も多分ない。もしやるなら瀕死にしてとどめだけカズマに任せる感じだろうか。
「まあ、なんにせよ。もうちょっとって感じかしらね」
「そうですね」
「ええ。じゃあ、あたしたちもしっかり見守りますか」
場合によっては少しの手助けも。そんなことも続けたが、三柱とも別にいらないだろうな、となんとなく思った。
「おっと。エルフ娘よ、どうやら待っている間の暇つぶしが来たようだぞ」
「え?」
魔王のボス部屋の前、そこで立ち止まっていたコッコロにバニルがそんな声を掛けた。視線を向けると、白い仮面を身に着けた魔法使いが一体、手下らしき魔王軍を引き連れてこちらに歩いてくるところであった。ローブも杖も白いその魔法使いは、この城の中においてどこか清涼感をかもしだしているかのようで。
「暇つぶし、とは……。中々に言ってくれますね」
「おや、違ったか? 世界最強の魔法使いなどと煽てられている割には魔王軍幹部の座にもつけず挙句の果てには勢いだけの者に先を越された堕天使よ」
「ぐっ」
フハハハハ、と笑うバニルは白い魔法使いから視線を外し、さてではどうするとコッコロを見る。今この場のリーダーは彼女だと言わんばかり、というか間違いなくそうなので指示を仰ごうという腹積もりらしい。
「どうする、と仰られましても……。あちらの方も別に戦う気があるわけではないのでは?」
「そうだな。おい、新魔王こころ様にさっさと跪いとけ」
「セレスディナさま!?」
ピキリ、と白い魔法使いの表情が仮面越しでもヒクついたのが分かる。言った方のセレスディナはふんと鼻を鳴らしながら、どっちみちあれはこちら側につくような輩じゃないと言い放った。
「そうね。まあデュークと似たようなものだと思えばいいかしら」
「少なくとも、現魔王様を倒すと言ってはいそうですかと通してくれる人ではないのは間違いないですね」
そんなことを言いながらちょむすけとウィズも一歩前に出る。まあつまりは戦う気がないというコッコロの見解は、あくまでこのまま引き返すのならばという条件付きだというわけだ。それを理解した彼女も、そういうわけでしたら、と真っ直ぐ白い魔法使いを見る。
「魔法使いさま、わたくしはここで主さまを待ち、そして魔王を討伐いたします」
「それを容認するとでも?」
「力尽くでも、していただきます」
「……ならば」
白い魔法使いが呪文を唱える。世界最強の魔法使い、と謳われるだけの力を持ったそれであるが、しかし一歩前に出ていた二人によって容易く相殺された。
「うん。よし、ウィズ。ここは譲ってくれないかしら」
「ちょむすけさんが一人でやるんですか?」
「あなたもデュークは一人で倒したでしょう?」
「倒したというか、とどめはあの姉妹がやっちゃったというか……」
まあほぼほぼボコしていたので間違いではないか。そう思い直しそうですねと返したウィズは、じゃあ今回は任せましょうと下がった。バニルは何も言わず、セレスディナは元々戦う気がないので傍観に徹している。
「ウォルバク……貴様一人か」
「あら、以前と違って随分と偉そうね」
「幹部でもなんでもない貴様など、もはや我の敵ではない!」
そう言いながら魔法を放つ白い魔法使いの攻撃を、ちょむすけは軽く払うように相殺し、そして自身のマントを翻した。その姿は、さながら紅魔族の名乗りを上げるポーズのようで。
「――我が名はちょむすけ! 紅魔の次代を担う者の師にして、かつて怠惰と暴虐を司る女神であった者! 様をつけなさい堕天使風情が!」
のようで、ではない。思い切り紅魔族の名乗りをあげながら、白い魔法使いに向かい反撃の呪文を放った。その威力は先程の相手のものより数段上で、世界最強の魔法使いという肩書など知らんと言わんばかり。
逃げそこねた部下ごと吹き飛んだ白い魔法使いが爆炎に消えていくのを見ながら、ちょむすけはふんと鼻を鳴らした。まさかこの程度で最強を名乗っていたわけではないでしょう、と黒煙に向かい挑発をした。
「我が魔力は魔界から引き込み無限にある。威力が互角ならば先に音を上げるのはウォルバク、貴様の――」
「《エクスプロージョン》!」
知るか、と言わんばかりに再度白い魔法使いを吹き飛ばす。爆裂魔法を放っても揺らがないその姿は、口より雄弁にその強大な魔力を物語っていた。
「き、貴様……! 不意打ちとは卑怯な」
「不意打ち? もう戦いは始まっているのよ? べらべらと下らないことを喋るあなたが悪いのでしょう?」
言いながら呪文を連発する。それらを迎撃しつつ、しかし威力で押されている白い魔法使いは、仮面の下で非常に苦々しい顔を浮かべた。そうしながら、生き残っていた部下に指示を出す。向こうの力の源は仲間の支援だと判断したのだ。
「させませんよ」
が、魔王城の精鋭といえども所詮は下っ端。元幹部であるこの面子に敵うわけもなし。ウィズの攻撃であっさりと吹き飛ばされた魔法使いの部下たちは、追撃も出来ずに這々の体で逃げていく。
「自称最強よ。とくと見るがいい。汝が井の中の蛙だという確かな証拠をな」
「煽るだけで何もしねぇかよお前は」
「それは汝も同じだろう、絆され実験体プリーストよ」
「うるせぇ! あたしは元々こういう真正面の戦いは向いてねぇんだよ。あと支援はこれ以上したら弱いものいじめだし」
「ぐっ」
「フハハハハ、その挑発は中々だ」
セレスディナの言葉を聞いていた白い魔法使いが更に表情を仮面の下で歪めるのを見て、バニルは悪感情を堪能する。支援は確かにされていた、だが、しかし。
「だが、まだこちらには無限の魔力が――」
「さっき自分で言ったことを忘れたの? 威力が互角なら、でしょ?」
相手が遥かに格上なら、どうだ。そう言わんばかりのちょむすけの呪文の連発で、白い魔法使いは再度吹き飛んだ。