……二巻? これ三巻じゃない?
その25
「ダンジョンアタックに行きますわ!」
「は、はぁ……」
ウィズ魔道具店。そこに我が物顔でやってきた少女は、ポニーテールにした赤毛の縦ロールを揺らしながらそんなことをのたまった。突如現れたその美少女に、コッコロは目をパチクリとさせて曖昧な返事をすることしか出来ない。
はいどうぞ、とウィズが彼女にお茶を差し出す。ありがとうございます、とそれを受け取ると、どことなく優雅な仕草でそれを口にした。
「それで、オーナー。突然どうしたんですか?」
ウィズにオーナーと呼ばれた少女は、静かにカップを置くと、決まっていますと目を光らせた。立ち上がり、ズビシィと指を突き付けた。
「新たなダンジョンが見付かったのです。まだ冒険者には開放していませんが、そう遠くないうちにクエストが出されるでしょう」
「新たなダンジョン、でございますか」
「ええ! 手付かずのダンジョンはまさに宝の山!
そう言って高笑いを上げるオーナー。そういうわけなので、とコッコロに再度視線を戻すと、ダンジョンアタックの人員として雇いたいのだと彼女に告げた。
ウィズはそんなオーナーを見て溜息を吐く。一応コッコロさんはこのお店の従業員なんですけど。そう言って少しだけ不満げにオーナーを見た。
「そんなことは承知の上ですわ。この間のデストロイヤー討伐の影響で、魔道具店の売上も落ちていますし、暫くはウィズさん一人で回してもらうとして」
「まあ確かに元々は私一人でしたけど……」
「大体、コッコロさんの本職は冒険者。ここの従業員は副業でしょう? 本来の仕事をないがしろにさせるなんて、許されざる行為ですわ」
ぐう、とウィズが圧された。言われてみれば確かにそうだったからだ。コッコロが手伝いに来てくれている時があまりにも心地よいため、彼女としては離れたくないと無意識的に思ってしまっていたらしい。恐るべしコッコロ。
ともあれ、正気に戻ったウィズは、分かりましたと頷いた。頷いたが、でもどうしてだと彼女に尋ねる。別にわざわざ人を雇わずとも、オーナーにはオーナーの仲間がいるだろう、と。
「ミフユさんとタマキさんには、現在デストロイヤーの残骸回収を任せておりますの。生真面目なダスティネス家に処分されたり、強欲なドネリー家に先を越されたりしては一大事ですから」
「何に使う気なんですか……」
「それはこれから考えますわ」
言い切った。ウィズですら思わず絶句するほど潔いその言葉に、コッコロは思わず笑ってしまう。申し訳ありませんと謝罪しつつも、上げられた口角はそのままであった。
まあそんなことはいい、とオーナーはコッコロに問い掛ける。この指名依頼を受けてくれるのか、と。
「……申し訳ありません、アキノさま。わたくしの一存では決めかねますので、主さま達がいる場でもう一度お話をしてくだされば、と」
「成程。それもそうですわね。では明日、そちらの教会へと向かわせていただきますわ」
「オーナー、一人で大丈夫ですか?」
「……ウィズさん、十万エリスで道案内として雇われる気はおあり?」
「別にタダでやりますから……」
明日は臨時休業にします。そう言ってウィズは苦笑した。
翌日。アメス教会の一室で同じ説明を行ったアキノは、そういうわけなので攻略の人員として雇いたいと一行に述べた。
「というか、ダンジョンて突然生まれるもんなのか?」
「何? あんた知らないの? ダンジョンっていうのは基本的に強力な魔法使いやモンスターが作り出す迷宮のことよ。だから形も様々で、場所によっては城や砦だったりもするらしいわね」
カズマの疑問にキャルが答える。へー、と聞いているのかいないのか分からないような相槌を打った彼は、今回のもそんな感じなのかと呟いた。
ええ、とアキノが頷く。アクセルの街近くに出現したダンジョンは通常の地下迷宮タイプとは違い、特殊な構造をしているのだと語った。
「塔、ですわ」
「宝物が大量に眠っている塔か……」
アキノのその宣言でカズマの脳裏にとあるレトロゲームが浮かぶ。大体あんな感じだろう、そう一人結論付け、色々面倒そうだなと顔を顰める。
そもそもダンジョン攻略とかめんどくさい。彼の出した結論はこれであった。ちょっと試しに程度の感覚で、攻略の終わっているダンジョンに入ってみるとかならともかく、新しく出来た未知のダンジョンへ足を踏み入れるとなると。
「勿論、それ相応の報酬はお支払いいたしますわ。ダンジョンの宝も、こちらで必要ないと判断したものは持っていってもらっても構いません」
「太っ腹ですね」
ほへー、とペコリーヌが述べる。本当ですよと若干呆れ気味に同意したウィズは、後押しするわけではありませんけどと苦笑した。元冒険者として言わせてもらうならば、と前置きした。
「今回のこれは、間違いなく儲け話です」
「ユカリさん達がいないとまともに売上も叩き出せないやつにそんなこと言われてもねぇ」
「うぐぅ……」
キャルの言葉にぐうの音しか出なかったウィズは、しかし気を取り直すと商売はともかく冒険者としては儲かっていたのだと拳を握った。だったら何で商売人やってんのよ、という追加のツッコミで撃沈する。事情があるんですよ、とぼやいていることからすると、実は魔道具店は本意ではないのかもしれない。
「あぁ、いえ。お店自体は楽しんでますよ」
「駄目じゃねぇか……」
とりあえずポンコツ店主は置いておいて。そこまで豪語するからには、確かな報酬が約束されていると考えてもいいだろう。間違っても前回のような、街を一つ救った結果夕飯がその日ちょっと豪華になった、で終わるようなものではあるまい。
ともあれ、話を受けるにしろ断るにしろ、まずはその辺りを具体的に聞いてからだ。カズマの言葉に、そうでしたわねと頷いたアキノは指を一本立てる。
「前金で百万エリス。成功報酬としてプラス三百万でいかが?」
「ぐっ……! い、いや、流石に未知のダンジョンを進むのに一人頭前金で二十五万程度じゃ――」
「そうね。こちとら前回デストロイヤーぶっ壊して一万エリスだったんだもの。もう少し――」
「何を仰っているの? 一人百万に決まっているではないですか」
「ぐぅぅ……い、いや、俺は騙されんぞ。入ったらラストダンジョンばりに凶悪なモンスターが待ち受けてる可能性も」
「そ、そうよね。あたし達のレベルで倒せないような敵がウジャウジャいる可能性だって」
「現状、モンスターはコボルトやゴブリンなどの大したことのないものしか確認されておりませんわ。ですから駆け出しの街アクセルへクエストが発注されることになったのですし」
『やります』
「主さま!?」
「キャルちゃん……」
即答である。危険度が少ないと分かった途端に、報酬に目がくらんだらしい。楽して一攫千金が手に入るのならば、現状そこまで金に困っていなくともやる価値はある。二人の意見は概ねこんな感じであった。
二人の返答に、アキノは満足そうな笑みを浮かべる。そうしながら。コッコロとペコリーヌにも視線を向けた。こちらの二人は引き受けてくれた、ならば、そちらは?
「主さまが行くのであれば」
「みんなが行くなら、断る理由はないですからね」
残り二人の答えも聞いた。これで戦力としては十分であろう。善は急げとばかりにドサドサと札束を机に積み上げ、交渉成立の証だと彼女は微笑む。
「百円玉財布から取り出すくらいの気安さで札束出してきやがったぞこのお嬢」
「スケール違うわね。流石お嬢様……」
「ペコリーヌさま? どうして目を逸らしているのですか?」
「いえ、ちょっと」
そういう金持ちムーブとは無縁な貴族を思い出し、ペコリーヌは何とも言い難い表情を浮かべて視線を逸らした。そうしながら、せっかく貰ったんですし準備をしっかりしましょうとパーティーメンバーに声を掛ける。
では終わり次第行きましょうとアキノがそれに同意した。
「……え?」
「アクセルの街周辺とはいえ、距離自体はそれなりにありますわ。向かうのならば、早い方がいいでしょう?」
「……そうですね」
行ってらっしゃい、とウィズが呑気に手を振っているのが見える。お前は行かないのかよ、とカズマのツッコミが入るのがその五秒後だ。
ででん、とそびえ立つ塔を見上げながらカズマは間抜けな声を上げる。駆け出しの街の新ダンジョンとかいうからもっと簡単なものかと思ったら、予想以上の高さが出てきたからだ。
「……これ、何階あるんだ?」
「ざっと、二十階程度でしょうか」
「用事を思い出しました。では、これで」
「お待ちなさい。既に契約は終えているんですのよ」
ぐわし、とアキノが逃げようとしているカズマの肩を掴む。女の子とは思えない力強さで握りしめられたことで、彼は思わず悲鳴を上げた。
あらごめんあそばせ。そう言って手を放すと同時、カズマは潜伏スキルを使って逃走を。
「スキル対策は万全ですわ」
宝石を掲げると同時、彼の潜伏スキルが解除された。はぁ!? と抗議の声を上げるのと同タイミングで、アキノが距離を詰めてきている。再び腕を掴まれると、今度はミシミシと音を立てる勢いで握られた。当然悲鳴を上げる。
「っていうか何だこの力!? 貴族のお嬢様で商人だろ?」
「あら、ご存知ありませんの? ウィスタリア家は武人の家系でもありますわ。一人前の商人は、一人前の武人でもある。その家訓に従い、
ふふん、と自慢気に胸を張るアキノの胸部を眺めながら、はいはいそうですかとカズマはそれを流す。だったら別に俺いらないじゃん、そんなことをついでに思った。
「いいえ。主さまがいなければ、このパーティーは実力を発揮できません」
「いやそれは流石に言い過ぎ。まあ、でも、あんたがいると心強いわよね」
「え? 何? 俺そんな高評価?」
「カズマくんは、自分で思っている以上に大活躍なんですよ。色々と」
自信持ちましょう、とペコリーヌが拳を突き上げ笑う。持ち上げられて嬉しくない者はそうそういない。カズマも例に漏れず、そう言われちゃ仕方ないなと無駄にドヤ顔で先頭に立った。面白い方ですわね、と微笑むアキノを気にすることなく、では出発と塔の入り口へと足を進める。
そうして入り口の扉の前に立ったカズマとキャルは、そこでふと気が付いた。
「これ、一日で攻略済むのかしら?」
「無理だろ」
「……ひょっとして、攻略済むまであたし達ここにいなきゃいけないわけ?」
「……かもな」
顔を見合わせる。うむ、と二人で頷くと、足に力を込め即座にこの場から離脱を。
「心配なさらずとも。掘り出し物を見付けるだけですから、最上階に向かう必要はありませんわ」
「ぐえっ」
「きゅっ」
アキノに首根っこを掴まれた。前衛職の膂力で強制的に動きを止められたため、二人の息が一瞬止まる。ゲホゲホと咳き込むカズマとキャルを見て、少しやりすぎましたと頭を下げた。
「では、気を取り直して、参りましょう」
「コッコロちゃんも最近スルー力ついてきましたね」
扉を開ける。中はいかにも出来たてといった様子の建物で、ダンジョンだと言われなければ気が付かないかもしれないほどだ。
内部へ足を踏み入れた。即座に罠が発動する、ということもなく。最初の階だということで小手調べの意味合いもあるのだろう。五人が適当に歩いても、別段危険な場所はどこにもない。
「宝は……ないわね」
「いきなりあっても興醒めだしな。とっとと二階行こうぜ」
嫌がっていた割に、いざダンジョンアタックを始めるとノリノリである。アキノが言っていたここは大したものではないというのを証明するかのような一階の構造だったことも拍車をかけたのだろう。コッコロとペコリーヌも、そんな二人を見ながら和気あいあいと後に続く。
「何だかピクニックみたいですね~。お弁当も持ってきましたし、どこかきりのいい場所で食べましょう」
はい、と頷いたコッコロは、向こうでコボルトヒーローと戦おうとしている三人に支援を掛ける。ありがとうございます、とお礼を言いながら、アキノがモンスターを一体斬り伏せた。
「カズマ!」
「おう」
もう一体のコボルトヒーローは、キャルが《ライトニング》で足止めをする。そこに目掛けてカズマの放った矢が二の腕に突き刺さった。それがどうしたと矢を引き抜いたコボルトヒーローは、反撃を行おうと剣を振り上げた状態で泡を吹いて倒れ伏す。
「よし、一丁あがり」
「あ、カズマ、あんた今度アサシンのスキル何か教えてもらったら?」
「成程、潜伏で近付いてこっそり始末するわけか。……いいね!」
「それはもう完全に冒険者ではなく暗殺者ですわね」
はーっはっは、と二人して邪悪な笑みを浮かべているのを見ながら、ペコリーヌはあははと苦笑し頬を掻いた。まあ本人が満足ならそれでいいか、と思い直し、次の階層への通路がないか周囲を探索する。
そこで、コッコロが何かを見付けてしゃがんでいるのを見掛けた。
「どうしたんですか? コッコロちゃん」
「あ、ペコリーヌさま。……これを」
ひょい、と小さな人形のような何かを見せる。膝の高さ程度のサイズで、仮面を被ったようなデザインのそれを、どこかほっこりとした表情で抱えていた。
「以前、主さまが同じような仮面をつけておりましたので。どことなく、親近感が」
「そういえばそうでしたね。あれって確か、アキノちゃんがモンスターの付けてる仮面を元にデザインしたんでしたっけ? 最近見かけるようになったモンスターで、確か、触れると爆発す――」
素早くコッコロから人形を奪い取り、全力で投擲した。丁度次の階層へ向かう番人を兼ねていたモンスターの方へ落ちたそれは、盛大に爆発し大ダメージを与える。
ぜーはーと肩で息をしながら、危なかった、とペコリーヌは息を吐いた。
「も、申し訳ございません……」
「あはは、まあ無事で良かったです。でも」
視線を巡らせる。新たに現れたダンジョン、そして、最近見かけるようになった謎のモンスター。これらが重なっているとするならば、ひょっとしたらここは。
「ちょっと、やばいかもしれませんね」
ベルディアの出番がどんどんと……