プリすば!   作:負け狐

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美食殿以外は出てもゲスト


その3

 異世界生活二日目。ジャイアントトードを討伐したお金で宿に泊まろうと考えたカズマであったが、その予想外の高値に断念。とりあえず馬小屋で寝泊まりしようと決めたわけだが。

 

「主さまがそう決めたのならば」

「いやコッコロは普通に宿でいいからな!?」

 

 何故かついてきたコッコロと共に馬小屋での一晩を過ごすこととなった。それでいいのか、と思わないでもなかったが、コッコロ曰く野営は当たり前だったとのことで、別段気にすることなく眠っていた。じゃあもういいです、とカズマもそのまま藁の上で眠りにつき。

 そして、翌日。今に至る。

 

「はじめちょろちょろ、なかぱっぱ」

「……」

「あかごないても……あ。主さま、おはようございます」

「お、おう。おはよう」

 

 宿屋の庭で自炊しているコッコロを、何やってんのこいつという目でカズマは見る。そんな彼の視線に気付いたのか、彼女は笑顔でああこれですかと焚き火を指した。

 

「主さまがわたくしのお金で食事をするのは忍びない、とおっしゃっていたので」

「……ので?」

「ならば、わたくしが主さまのためにご飯を作ってさしあげようと」

「お、おう……」

 

 もう何も言うまい。それ結局コッコロの金で飯食ってんじゃん、とツッコミを入れる勇気もなく、カズマはされるがまま、彼女の炊いたご飯で作られたおにぎりを頬張る。

 異世界に来たはずなのに、何故こんな日本的な朝飯を食っているのだろう。そんなことが頭をよぎったが、慣れない食事よりかはよっぽどホッとするので気にしないことにした。一人暮らしの人間が帰省したらこんな感じだろうか。そんなどうでもいいことも考える。

 

「それで、今日はどのようにいたしましょう?」

「あー、そうだな」

 

 クエストの達成条件はジャイアントトード五匹を三日以内に討伐すること。昨日の時点で既に三匹は倒しているので、今日明日で二匹始末すれば問題ない。それこそ、昨日と同じようにコッコロに頼ればすぐに終わるだろう。

 

「……ギルドに行って、誰かにスキルを教わろうと思う」

「なるほど。それは素晴らしいですね」

 

 笑顔でカズマを褒め称える。そんな彼女の笑顔から、カズマはそっと目を逸らした。

 言えない。昨日と同じことをした場合、間違いなくそれが癖になりヒモ一直線になるだろうと予測してしまったことなど。なんとかしてヒモを脱出するために、何かスキルの一つでも覚えておかないと本気でまずいと考えたことなど。

 

「新たな力を得た主さま、それはきっと、とても頼りになる存在となるに違いありません」

「お、おう……」

 

 百パーセント信頼しきったこの笑顔の前に、そんな情けないことは言えない。ほんのちっぽけの、カスみたいなプライドだが、カズマも一応男なのだ。

 そんなわけで宿の馬小屋を出て、ギルドまで向かう。まだ朝だからなのかそれほど人はおらず、ギルドの受付も昨日の美人職員二人だけで、二つは空席であった。

 

「すいませーん」

「はい」

 

 間の悪いことに昨日登録をしたルナの方に人がいたため、カズマはもう一人の眼鏡の女性職員へと声を掛ける。昨日のアレの後にも拘らず笑顔で対応をしてくれる彼女に、彼は職員の矜持を見た。

 ともあれ、カズマは彼女に相談をする。冒険者で何かスキルを身に着けたいと。それを聞いた眼鏡の女性職員は、成程と頷き視線を巡らせた。

 

「あ、クリスさーん」

「はい?」

 

 酒場のテーブルで朝食を摂っているらしい少女に声を掛けた。どうしたのカリンさん、とその少女と、同席していた騎士らしき女性がこちらにやってくる。

 

「実は、この人が」

 

 やってきた二人にカリンと呼ばれた眼鏡の女性職員が事情を話し、どうでしょうかと問い掛ける。ふーむ、と暫し考えていた様子であったが、クリスと呼ばれた少女がカズマと、その隣にいたコッコロを見るとほんの少しだけ目を見開いた。

 

「あ」

「はい?」

「……あ。あー、っと。そう、昨日の! 昨日の騒ぎの二人だね?」

「うぐっ」

 

 昨日の騒ぎ、という単語でカズマが苦い顔を浮かべる。出来ることなら忘れていたかったあれである。今日から俺はロリのヒモ状態のあれである。

 

「い、いやー、みんなすっごい見てたからね」

「あ、あの、それは」

「ああ、そうだな。あれは素晴らしかった」

 

 何かを誤魔化すような勢いでクリスが尚も捲し立て、それにカズマが何かを言おうとした矢先。彼女の隣の女性騎士がそんなことを言いだした。はい? と思わずカズマは視線をクリスの隣に移す。

 

「あの視線! 皆が蔑むような視線、視線、視線! ああ、何故あそこの中心にいたのが私ではなかったのか!」

「だ、ダクネス……」

 

 ダクネス、と呼ばれた女騎士はクリスの言葉など聞いちゃいない。いかにあの時のカズマの状態が素晴らしかったのかを全力で語り続ける。どう考えても異常性癖だ。半ば死んだ目になった彼は、そこでハッと気が付いた。こんな話を隣に聞かせては。

 

「なるほど……都会というのは、中々に」

「違うから! あれ特殊だから! ただの変態だから!」

「ああ、初対面の相手に変態となじられたっ! はぁん!」

「ちょっと黙ってろ変態騎士! 存在自体がコッコロの害だ!」

「はふぅ!」

 

 

 

 

 

 

「……連れが、迷惑をかけました」

「いや、そんな……」

 

 そんなことはない、とは言えなかった。事実コッコロに誤解が生じる寸前であったからだ。母性を内包しているとはいえ、まだ彼女は年端も行かない少女。まだ知らないことも沢山あるだろう。その一つが、変態の存在だ。そして出来ればもう二度とそんなものとは関わってはいけない、関わって欲しくない。

 

「主さま。あの方は少々特殊な趣味をお持ちだったのですね」

「そうそう。まあ、あんなのはそうそういないだろうから、忘れてもらっても――」

「もう一人います」

「は?」

 

 ピシリ、とカズマの動きが止まった。今何つったこのメガネ。ぐりん、とカリンの方へと視線を動かすと苦笑しながら実はもう一人、同じような冒険者がここにはいるのだと言葉を紡いだ。

 

「何でだよ! 駆け出し冒険者の街にドMが二体とかどういう確率だ!?」

「そう言われても……」

 

 いるものはいるのだからしょうがない。彼女の表情はそう述べており、つまりもう諦められているということの証左であった。クリスもあははと乾いた笑いを浮かべていることから、既にここでは当たり前のことなのかもしれない。

 

「ま、まあ。あの二人が揃うと鉄壁も鉄壁だから、そういう意味では凄いんだよ? 本当だよ?」

「絵面を想像したくねぇ……」

 

 攻撃を受けて楽しそうに悶えるドMが二人。絶対に見る機会を作らないでおこう、クリスのフォローらしき言葉を聞いたカズマはそう誓った。

 ともあれ、用件はドMの生息地を知ることではない。冒険者でも有用な新たなスキルを覚えることだ。脱線していたレールを元に戻すと、クリスは分かったと笑みを浮かべた。

 

「ダクネスのお詫び、といってはなんだけど。あたしの盗賊スキルをいくつか教えてあげる。取得に必要なスキルポイントも少ないから、お得だよ」

「おお、それは助かる」

 

 昨日の討伐でとりあえずカズマのレベルは三に上がっている。もらえたスキルポイントはそれほど高くないため、手軽に覚えられるというのは渡りに船であった。

 ギルドの建物を出て、裏手の広場に向かう。とりあえず使えそうなもの、ということで、クリスが提示したのは《敵感知》《潜伏》そして《スティール》の三つ。成程確かに役に立ちそうだとカズマが頷いている中、コッコロは彼の成長を見守るように笑みを浮かべていた。

 

「あたしのおすすめはスティールだね。スキルの成功値は幸運依存、確かキミ、幸運やたらと高かったよね?」

「おお、成程。それは確かに」

 

 相手を倒す役に立つかは不明だが、サポートとしては中々のものではないだろうか。よし、と早速その三つのスキルを見せてもらい、持っていたスキルポイントでスティールを覚える。残り二つはポイントが残り一だったのでひとまず保留だ。

 では早速、と実践形式でクリスとのスティール合戦を行ったわけだが。

 

「コッコロちゃんに害が、何だって……?」

「……あ、はい。調子乗ってました」

 

 向こうが石ころを抱え込んでハズレを増やしたことにムカついたカズマの全力スティールは、見事に彼女のパンツを盗み取った。手にしたそれを天高く掲げ、高笑いを上げながら勝利宣言をしつつクリスを煽りついでに有り金を奪い。

 その辺りでこちらをじっと見ているコッコロの存在を思い出したのだ。冷や汗をダラダラと流しながら彼女の方を見ると、目をパチクリとさせたまま固まっている。そんな彼の背中に向かい、パンツを穿き直したクリスがぽつりと述べたのが上記の一言だ。

 さてどうすれば今の行動を誤魔化せるだろうか。そんなことを考えたカズマであったが、どうしようもなく変態の所業なので弁明のしようがない。間違いなく変態、へんたいふしんしゃさんだ。

 

「主さま」

「は、はい!」

 

 駄目だ詰んだ。そんなことを思っていたカズマに声が掛けられる。ビクリと震え、そして姿勢を正した彼は、コッコロの次の言葉を待った。恐らく死刑宣告となるであろう、彼女からの侮蔑の言葉を待った。

 

「スキルを覚えられたのでしたら、討伐の続きをいたしましょうか」

「はい、まことに申し訳――はい?」

「どうされましたか?」

 

 こてん、と首を傾げてカズマを見る。取り繕っている、というわけでもなさそうだ。多少気にはしているかもしれないが、精々その程度。彼の想像していた汚物を見るような視線はどこにもない。

 

「あ、あの……コッコロさん?」

「? どうされたのですか、主さま。そんなにかしこまって」

「いや……怒ってないの?」

「怒る、ですか? ああ、先程の、クリス様の下着を盗んだことでしょうか」

 

 ぽん、と手を叩く。コッコロからその一言が飛び出したことで、カズマは悶えながら思わず土下座をしようと。

 

「主さまはお年頃なのですから、ああいったイタズラをするのも仕方がない。そんな風に思っていましたので、怒ることなど」

「何かすっごい優しい目で見られたぁぁぁぁ!」

「あ、でも。エッチなのはほどほどにしておいてくださいませ」

「諭されたぁぁぁぁぁ!」

 

 気分は完全に掃除の途中にエロ本を母親に見付けられた中学生である。机の上にそっと置かれているあれである。カズマの精神に致死ダメージが加えられたのは言うまでもない。

 

「な、成程……ああいう責めも、時にはありか」

「ダクネス、ステイ」

 

 尚、カズマの復活には二時間ほど掛かったので討伐は午後からと相成った。

 

 

 

 

 

 

 草原である。昨日の討伐の舞台となった場所である。そこにやってきた二人は、今日も同じようにカエルを倒そうと意気込んでいた。正確にはカズマ一人が空回りしていた。

 

「主さま。やる気があるのは大変よろしいのですが、少し、落ち着いたほうがよろしいかと」

「お、おう。大丈夫だ、問題ない」

 

 深呼吸を一つ。そうして気を取り直したカズマは、よし、と辺りを見渡した。午前中のアレをなるべく記憶の彼方に吹き飛ばし、一刻も早くなかったことにするのだ。

 そのためにも、ここで少しは活躍せねば。そんなことを思いながらショートソードを構え、そして。

 

「……なあ、コッコロ」

「はい」

「スティールって、カエルに効くのか?」

「……どう、でしょうか?」

 

 流石のコッコロも歯切れが悪い。どう見ても何も持っていなさそうなジャイアントトード相手に何を盗めるというのだろう。体の一部をもぎ取ったとしたら、確かに有用だろうが御免こうむる。

 よし、とカズマは頷いた。無かったことにしよう、と心に決めた。

 

「そういや一応、昨日コッコロに見せてもらったスキルも表示されてはいるんだよな」

「何か有用なものはございましたか?」

「いや、あるんだけどポイントがな」

 

 一ポイントでは何も覚えられない。ヒールとスピードアップ辺りが欲しいが、そのためにはレベルをもう二・三回上げる必要がある。仕方ない、とカードを仕舞うと、カズマは残りのカエルを始末するために視線を巡らせた。

 が、あるのは草原ののどかな景色だけだ。昨日跳ね回っていたカエルの姿が、どこにもいない。

 

「全滅したのか?」

「まだ一日も経っておりませんし、流石にそれは」

 

 うーむ、と暫し悩んだカズマは、とりあえず探すかと歩みを進めた。それに追従したコッコロと共に、草原を歩き回りカエルの痕跡を探す。

 痕跡自体は見付かるのだが、肝心のカエルがいない。どこかに隠れているのだとしたら、その場所を探す必要があるが、その方法もとりあえず思い付かない。

 

「んー」

「主さま」

「ん?」

「少し、休憩いたしましょう。主さまはお昼もあまり食べておりませんでしたから、わたくし、お弁当を用意しました」

「……さんきゅ」

 

 では、あそこの丘で。そうしてコッコロの指し示した場所まで向かい、草原を一望出来る場所によっこらせと座り。

 

「……」

「……」

「お腹……ペコペコ……」

 

 そこで行き倒れている少女を、発見した。カエルはいない。

 




いやほら、ダクネスいるし、ね

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