プリすば!   作:負け狐

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ここで終わらなかった。


その30

「あ、あの……」

「ん?」

 

 ゴブリンが住み着いたらしい場所へと向かう道中、カズマへおずおずといった様子で話し掛けるのは一人の少女。見た目だけならば美人で、そしてエロい。そんな感想を持ってもおかしくないその人物に話し掛けられたことで、彼は思わず警戒した。

 

「……何か用か?」

「い、いえ……。どうして今回のクエストに参加したのだろう、と思いまして」

「いや、ちょっとレベル上げをしようと思ってたんだが、今俺達のパーティーでクエスト受けるの禁止されててな。どうしようかと思ってたら、ダストが」

「な、成程。ダストさんの代わりだったんですね……」

 

 誰だこいつ。カズマは思わずそんなことを思った。彼の中で彼女は、クウカは基本的に妄想を叫びながらアヘ顔を晒している変態で、意思疎通の出来るような生物ではないと考えていたからだ。

 

「そーそー。ダストのせいでカズマ達には迷惑かけちゃった」

「まあ、こっちとしては戦力増えたしラッキーって感じだけどな」

「クウカとしても、戦力が増えるのは大歓迎ですし……。やれることも、増えますから」

 

 そう言って微笑むクウカは見た目通りの美女であった。ひょっとしてさっきまでのあの痴態は幻覚だったんじゃないかと思ってしまうほどであった。

 

「戦力も充実しているのだから、クウカは捨て駒のように前に出され、そして魔物に蹂躙される中……範囲魔法のターゲットにされ、クウカを中心に放たれた呪文は……っ! 身を焦がし、凍てつかせ……じゅるり」

「あ、気の所為だったわ」

 

 さ、と素早くコッコロの視界からクウカを消し去り、カズマはどこかホッとしたような表情を浮かべる。よかった、やっぱりこいつはドMだったわ。そんなことを思いながら胸を撫で下ろした彼は、いやそれはそれでダメだろと心中で一人ツッコミを入れた。

 

「ところで。討伐対象のゴブリンは、どのくらいの数なのでしょう?」

 

 コッコロが話題を変えるようにそんなことを述べる。クエストの概要を見ていないカズマ達は、その辺りを知らないのでその質問は至極当然とも言えるが、リーンもキースも彼女のその問い掛けに難しい顔を浮かべた。

 

「それがさ、何かよく分かってないみたいなんだよね」

「数が多いって話は聞いてんだけどな」

「何か、秘密があるような気がします……」

「成程。直接確認せねばならないのですね」

「サラッとみんな流してるけど振り幅大き過ぎて俺ちょっとついていけねーわ……」

 

 さっきまでヨダレ垂らしながら妄想に耽っていたクウカが普通に会話に参加していることに、カズマの許容範囲が仕事を放棄し始める。ダクネスも度を越した変態ではあったが、こいつはこいつで大分ヤバい。なまじっか意思疎通出来てしまうところが余計に。

 はぁ、と溜息を吐きながらも足を進めていたカズマであったが、そこでふと足を止める。何気なく発動していた敵感知、それに反応があったのだ。

 

「なあ、この山道は一本道っつったよな?」

「うん。どうしたの?」

「敵感知に反応があった。何かでかいのが一体、こっち来るぞ」

「でかいの? ゴブリンじゃ……なさそうだな」

「この道で遭遇を回避するのは難しいですね。主さま、どういたしましょうか?」

「何なら、クウカが囮になりますが……。未知の強敵に嬲られ、仲間には見捨てられ、あぁ、一人になったクウカはそのまま……ぐふふ」

 

 ガン無視である。近くに隠れられる場所は無いだろうかと視線を巡らせ、ちょうど良さそうな茂みを見付けたカズマは、潜伏スキルを使ってやり過ごそうと提案した。コッコロは勿論賛成で、リーンとキースも反対する理由はないので頷く。

 そういうわけだ、と多数決で決まった案を実行すべくクウカの手を取り、カズマは茂みまで彼女を引っ張った。

 

「あ……茂みに連れ込まれて……手を、掴まれて……そして、こんなに、近くに」

「ちょっと黙れ。大人しくしてろ」

「はぃ……」

 

 トロンとした目でカズマを見詰めていたクウカは、彼に言われるがまま口を閉じ、その場にうずくまる。やけに素直だな、と少しだけ怪訝な表情を浮かべていたカズマであったが、今はそれどころではないと潜伏で気配を消し近付いてくる何かを待つ。

 そうしてやってきた大きな体躯を持ったネコ科の猛獣のようなモンスターは、大きな牙を揺らしながら地面の匂いを嗅ぎ、そして周囲を暫し見渡した後ゆっくりとカズマ達が来た方の道へと消えていった。

 あれは確か、と記憶を辿る。

 

「初心者殺し、だっけか……」

「うん……怖かったよぉ……」

 

 ふひぃ、と息を吐くリーンと、マジかよ、と顔を青ざめるキース。名前の通り、駆け出しの街の冒険者では荷が重いモンスターだ。それを知っているからこその反応であり。

 

「ゴブリンは、あの魔物が獲物を呼び寄せるための餌、ということでしょうか……」

 

 コッコロの言葉に、あ、とリーンとキースが声を上げる。ゴブリン退治がメインであるが、その言葉を肯定するならばどこかであの初心者殺しともう一度邂逅する可能性が浮上してきたからだ。

 かといって、自分達が来た方向に歩いていった以上戻ることも出来ない。何とか逃げ切るか、出会わないように祈るか。あるいは。

 

「主さま」

「……いや、まあ、言いたいことは分かるが」

 

 いけるか? そんなことを思いつつ、無茶はしないことが大前提なのを思い出し。

 自分からはいかない。そう結論付けた。そうですね、とコッコロもそれに同意した。

 

「ところでドえ――じゃない、クウカ?」

「は、はい……」

「お前、どうしたんだ?」

「いえ、その……男の人に手を握られるのに、慣れて、いなくて」

 

 顔を真っ赤にして目を逸らしたクウカは、まるで恥ずかしがり屋の美少女のようで。

 

「何でだよ……」

 

 ツッコミする気力すら無くなるほどの高低差の激しさで、カズマは耳鳴りがしている気がした。

 

 

 

 

 

 

「結構遠くまで行ってるのね」

「みたいですね」

 

 あくまで散歩と言い張るキャルの横には、バイトを早上がりしたペコリーヌがいる。『散歩』に行くならついていきますよ、と笑顔で同行を申し出たのだ。

 二人の視線の先には、カズマ達の臨時パーティーの姿が見える。流石に向こうに気付かれるような距離だとマズいので、出来るだけ遠くで、物陰に隠れながら進んでいた。散歩とは何だったのか。

 

「にしても、ゴブリンってこの辺にそんなにいたっけ?」

「あまり聞きませんね。何か理由があるんじゃないかと思――」

 

 会話の途中で言葉を止める。カズマ達の気配が消えたのだ。視線を動かしても見付からず、どうしたんだろうと首を傾げる。ああそうか、と潜伏スキルのことを思い出したのは少し経ってからだ。

 そうなると、次は何故潜伏を使用したのかが疑問になる。何かから隠れるのが普通なので、その相手が何かを考えるわけで。

 

「ひょっとして、わたし達からですか?」

「気付かれた? そんな素振りもなかったけど」

 

 あの時言っていたように、やはり途中で加勢すると問題が起こるからだろうか。ううむと二人して腕組みをして考えていたが、その疑問は程なく氷解した。

 二人の目の前にノシノシと、大きな体躯の猫型モンスターがやってきたからだ。

 

「初心者殺し!?」

「成程、これから隠れてたんですか」

 

 ばったり出会ってしまった二人は、カズマ達のように隠れることも出来ない。やれることは、逃げるか、戦うか。

 即座に逃走の構えを見せたキャルであったが、ペコリーヌが剣を抜き放っているのを見て足を止めた。本気なの、と思わず彼女に問い掛ける。

 

「ゴブリンはバニルさんに止められましたけど、初心者殺しなら」

「食べる気!?」

「シチューとか、どうですか? 案外美味し」

「美味しそうとか言うなぁ!」

 

 初心者殺しが一歩下がった。目の前の連中が得体のしれない何かだと本能的に感じ取ったのだ。この魔物は元々ゴブリンやコボルトを寄せ餌にして獲物を狩るような知能を持っている。何も考えずに襲いかかって、あっさりと返り討ちになるような能無しとは違うのだ。

 

「あ、逃げました」

「……初心者殺しが逃げるとか相当よね」

 

 山道の片側、崖のようになっている場所を器用に降りていく初心者殺しを眺めながら、キャルはそんなことを呟いた。勿論彼女は実力がどうたらとかいう次元の話をしていない。

 ペコリーヌが頭おかしいから逃げたのだ、と確信を持った上での言葉である。

 

「むう。仕方ないですね、キャルちゃんと初心者殺し料理を食べるのは、次の機会にしましょう」

「願わくば二度とその機会がないことを祈ってるわ」

 

 はぁぁ、と盛大な溜息を吐いたキャルは、潜伏を解除したことで確認出来るようになったカズマ達を見やる。このまま散歩を続けると碌な結果にならないような、そんな予感があった。

 

「……行くわよペコリーヌ。あいつら見失っちゃう」

「散歩じゃないの隠すことすらしなくなりましたね」

「うるさい。いいから追い掛ける!」

「はいは~い」

 

 

 

 

 

 

 目的地に近付いたカズマは、改めて敵感知を発動させる。少し道を下っていった先、そこに大量の反応を見付け、彼は思わずうげぇと唸った。

 

「どうしたの?」

「おい滅茶苦茶いるんだけど……え? 何? ゴブリンってこんな群れるもんなの?」

「主さま、正確な数は分かりますでしょうか?」

「十や二十じゃ足りないな」

「マジかよ……」

 

 カズマの言葉を受け、キースも千里眼で件の場所を睨む。木々に囲まれているものの、ちらりと見えたゴブリンの量は尋常ではなかった。

 どうする、と誰かが問い掛ける。このまま突っ込んでいっても、数の暴力に曝されるだけだ。何かしら作戦を考えなければ、苦戦は免れない。何より、時間を掛けた場合、あの初心者殺しが戻ってくる可能性だってあるのだ。

 

「で、では……クウカが先陣を切りますので、みなさんは、クウカが嬲られている間に敵を」

「それで済む量じゃねーんだっての。人の話聞いてたか?」

「は、はぃ。ですから、リーンさん」

「あたし?」

「クウカを対象に、広範囲の魔法をかけてください。そうすれば、敵の数を減らせると思いますので……」

 

 それは大丈夫な作戦なのか。思わずそんなことを言いかけたカズマは、しかしリーンもキースもその手があるかという態度を取っていたことで言葉を飲み込む。

 

「あ、あの……。クウカさまは、それで大丈夫なのでしょうか?」

 

 一方、コッコロは言った。彼女のその言葉を聞いたリーンとキースはまあ大丈夫だろうと軽い調子で述べてしまうので、思わず目をパチクリとさせてしまう。

 カズマを見た。だよなぁ、とコッコロと同じ意見を持っているかのような態度を取っていたので、彼女はほっと胸を撫で下ろした。

 

「だ、大丈夫です。クウカはその程度ではへこたれませんので……。むしろ、魔法の中心にされたことでどんどんと昂ぶっていきますから……でゅふ」

「よーし。で、こいつどうやって向こうに投げる?」

「主さま!?」

「あぁ……! 縛られるのですか!? 縛って投げ捨てられるのですね! 身動きが取れないクウカに集まってきたゴブリンが剣と弓でクウカを攻め立て……そしてそこに初心者殺しが鋭い牙でこの体をズタボロに……! みなさんはそんなクウカに見向きもせず、クエストの達成だけを済ませると放ったらかしで家路に……じゅるり」

「うるせぇ行くならとっとと行け!」

 

 あはぁん、と悶えていたクウカを遠慮なく蹴り飛ばしたカズマは、ゴロゴロと坂道を転がりながらゴブリンがいるであろう場所へと突っ込んでいく彼女を眺めてよしと頷く。そうしながら、先程言っていたようにリーンにクウカを魔法で吹き飛ばしてもらおうと声を掛けた。

 

「主さま……今のは、流石に」

「コッコロ。分かっている。俺もそれは分かってる。けどな、あのままじゃ話が進まなかったんだ。余計な時間を使うわけにはいかなかったんだ」

「……分かりました。申し訳ありません、主さま。余計なことを言ってしまって」

「いいんだ。コッコロのその優しさに、俺はいつも救われてるんだからな」

「ねえもう魔法撃っちゃってもいい?」

 

 あ、はい。とカズマは答える。途中から茶番染みてきたので引きずることもなく、彼はすぐさま敵の方へと視線を向けた。コッコロも同じように槍を構え突撃の準備を済ませている。

 

「《フリーズガスト》!」

「あぁぁん! 凍えるような冷気がクウカを蝕んで!」

「あいつの音声ミュートに出来ないかな……」

 

 ゴブリンが氷漬けになる中で一人ピンピンしているクウカを見ながら、カズマは追撃とばかりに弓を構える。予想した通り、ゴブリンの数は三十を超えていた。視線を動かすと、自身と同じように弓を装備したゴブリンの姿も見える。

 

「クウカ、お前毒は大丈夫か!?」

「ど、毒、ですか? それはそれで気持ちイイですが、今の状況だとダウンしかねないので、出来れば普通にいたぶってもらえると……あぁ、でも! こんなクウカの要望など無視して構わず毒を打ち込まれるのも……イイ!」

「狙、撃っ!」

 

 聞かなかったことにした。弓を構えているゴブリンに向かって矢を放ったカズマは、そのまま視線をコッコロに向ける。コクリと頷いた彼女は、ゴブリンに矢が着弾すると同時に駆け出した。

 

「うぉ!? なんだぁ!?」

「弓を持ったゴブリン達が……え? 毒?」

 

 バァン、と矢に仕込まれた《ブービートラップ》で撒き散らされた毒によって倒れていく弓ゴブリン。遠距離の心配がなくなったことで、コッコロも遠慮なくゴブリンの群れへと突撃する。

 は、と我に返ったキースが弓でコッコロのサポートを行う。リーンはリーンでゴブリンに集られているクウカへと魔法をぶっ放していた。

 

「よしカズマ! さっきのもう一回頼んだ!」

「いや、ガス欠なんで」

「は?」

「こちとら冒険者だぞ。そんなバンバンスキルぶっぱ出来るわけねぇだろーが!」

「逆ギレ!?」

 

 そんな一幕はあったものの、大量にいたゴブリンは結局こちらにそう大した損害もなく討伐し終えることが出来た。残すところ僅かとなり、カズマ達もほんの少しだけ気が緩む。

 いけない、とクウカが立ち上がった。全力で駆け出すと、カズマを突き飛ばす。何だ、と目を見開いた彼は、そこで見た。

 

「クウカ!?」

 

 いつの間にか潜んでいたのだろう、そしてこちらが油断するのを待っていたのだろう。初心者殺しが、その巨大な牙をクウカへと突き立てているところであった。普通の人間ならば、まず間違いなく即死だ。あんなもので貫かれれば、助からない。たとえ冒険者であっても、極々普通の駆け出しでは、無理なのだ。

 

「うぅ、チクチクと初心者殺しの牙が体にっ……! 魔法で凍えた肌にさらなる刺激がクウカを襲って……! はぁ……こ、このまま、クウカは初心者殺しの巣へと運ばれ、保存食になるべく吊るされ干からびるのでしょうか……じゅるり」

「……とりあえず残りのゴブリン倒すか」

 

 暫く放っておいても大丈夫そうだな。普通の人間の範疇に入っていないクウカを一瞥し、カズマはそう結論付けた。

 




次回、VS初心者殺し?

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