「さて、残るはあれだけだが」
ゴブリンを倒し終わったカズマ達は、とりあえず放置しておいた初心者殺しに視線を向けた。クウカは先程見たときと変わらず、それがかえって異常さを跳ね上げさせている。こころなしか、初心者殺しも困惑しているようであった。
あれ、と言われてもとリーンもキースも苦い顔を浮かべている。初心者殺しはその名の通り、駆け出し冒険者では相手にならない。ある程度の実力を兼ね備えたレベルの冒険者ならば倒すことが可能だが、そんなものは一握りだ。大抵は中級レベルまで成長してから挑む相手と言えるだろう。
そんなわけで。こちらの戦力では目の前の初心者殺しをどうにかするのは難しい。ならば撤退を選択するのかといえば。
「いやクウカ置いてっちゃダメでしょ!」
「それはそれで喜びそうだけどな」
「その可能性は否定できないけど。でもクウカが戻ってくるっていう保証がないじゃん」
だよなぁ、とキースがぼやく。これで平然とアクセルに帰ってくるという確信を持っていればその選択肢を取ってもよかったが、流石に彼女はそこまでの実力がない。そのうち初心者殺しが飽きて帰るかもしれないが、クウカ自身で撃退することはまず無理といっていいはずだ。
「……じゃあ、しょうがねぇな。俺たちで倒すぞ」
「参りましょう、主さま」
カズマの言葉にコッコロが槍を構え立つ。そんな彼女の姿を見て、リーンも及び腰ながら杖を構えた。キースも、こうなりゃヤケだと言わんばかりに弓を構える。
「あ、み、皆さん。ゴブリン倒し終わっちゃったんですね……残りはこの初心者殺しだけ……。ここでクウカが離れたら、被害が出るかもしれませんし、構わずやっちゃってください」
「余裕だなおい」
「い、いいえ……。初心者殺しの爪と牙が絶え間なくクウカを苛んで、どんどん、とイケない気持ちになってきてしまっているので……ぐふふ」
「とりあえず魔法ぶっ放しとくか?」
リーンに視線を向ける。いいのかなぁ、と苦笑しながら、彼女はクウカを中心とした範囲魔法を放った。多少ダメージを受けたようではあるが、初心者殺しはその程度では当然倒れず、魔法をこちらに撃ってきた連中の方へとギロリと視線を向ける。
「狙うなら、クウカを!」
その視界にクウカが割り込んだ。邪魔だ、と彼女を追い払おうとするものの、先程の攻撃でも倒れなかったクウカが少し追い払おうとする程度のそれにどうにかなるはずもなし。
「クウカさま! 大丈夫でしょうか!?」
「く、クウカは大丈夫ですぅ……。ですから、気にせず、どんどん攻撃を」
「一応言っとくが、お前を攻撃するわけじゃないからな」
カズマのツッコミに答えるものはおらず、本当に分かっているのかという空気を感じながらカズマも初心者殺しに攻撃を加えようと武器を構える。が、ショートソードでどうにか出来るような相手ではないし、何より近接攻撃をした結果ついでのように攻撃されあっさりと死ぬ可能性だってなきにしもあらずだ。素直にこっちかとキースと同じように弓を構えると。
「……いや、待てよ」
矢を放つ前に構えを解いた。そうして、二人へ、リーンとキースへと声を掛ける。遠距離攻撃で、どのくらいあいつを弱らせられるか、と。
「え? あたしの魔力だとあと二・三発が限界かな。そう大したダメージにはならないかも」
「俺もまあ、矢があるだけあいつに叩き込めば多少はいけるかもしれねぇけどよ」
そう言いながら、何を考えているのだと二人はカズマに目を向けた。初心者を好んで獲物にするというのは、別に弱い相手にしか勝てないからではない。もしそんな考えでそのアイデアを出していたのならば。
そもそもの問題として、今はクウカが攻撃を引き受けてくれているが、そこまでこちらから攻撃すれば嫌でも初心者殺しはターゲットを変更してくる。
「まあ、とりあえず見ててくれ。駄目なら、もう適当なタイミングで逃げるぞ」
そんなことを言いながら、カズマは改めて弓を構えた。一本の矢をつがい、クウカがちっとも倒れないことでジリジリと後ずさっている初心者殺しに向かって、それを放つ。
「狙撃っ!」
飛来してくる矢に反応した初心者殺しは、咄嗟に体を捻って躱す。急所を狙って放たれたそれは、相手の足を傷付けるだけで終わってしまった。
ああ、とリーンが声を上げる。外した、と頭を抱え、先程のカズマのを言葉を思い出しもう逃げるしかないのかなとぼやき始めた。
「何言ってんだよ。ほれ、さっさと魔法撃ってくれ」
「さっき外したじゃん! 追撃なんかでき――」
あれを見ろとばかりに指を差したその先。初心者殺しが痙攣して動けなくなっているのを見たリーンはそこで言葉を止めた。何事、とカズマに視線を戻すと、うまく行ったとばかりに笑みを浮かべている姿が見える。
「おいカズマ、お前さっきガス欠だって」
「複合スキルは使えないからな。普通に狙撃した。麻痺毒矢を」
効いてよかったよかった。そんなことを言いながらサムズアップした彼を見た二人は、《冒険者》ってなんだっけと思いながら言われた通りに追撃を行い始めた。
ゼーハーと肩で息をしながら、リーンは目の前の初心者殺しを睨む。残っている魔力を使って放った魔法では、倒すことが出来なかった。同様に、ゴブリン討伐で矢の大半を使い切っていたため、キースの攻撃を加えても倒しきれていない。
「もう、ちょっとな気がするんだけど……」
「駄目だ、もう俺達は打つ手がねぇ」
初心者殺しの麻痺もそう長くは続くまい。相手が動けないうちに、ここはさっさと退避した方が得策か。そんなことを考え、二人はしょうがないとカズマ達に向き直る。
コッコロが初心者殺しに突撃していくのが見え、思わず目を見開いた。
「ちょ、コッコロちゃん!?」
「ダメ押しはお任せください」
クルクルと槍を振り回し、初心者殺しに斬撃と刺突を叩き込む。切り刻まれ声を上げる相手を見つつ、コッコロは一歩下がり振り返った。
その視線の先は、カズマ。まあ分かってたとその視線を受けた彼は、大きく深呼吸をするとショートソードを腰から抜き放つ。
「カズマ!?」
「おい、何をする気だ!?」
「決まってんだろ」
顔が強張っている。明らかに近付きたくないと顔が述べている。が、コッコロにお膳立てされたのに出来ませんと弱音を吐くのは、それ以上にしてはマズいことなのだ。彼女の期待を裏切るのは駄目だ。いや、駄目なら駄目で向こうはそれを受け入れてしまうので、問題はないのだが、問題がないからこそ駄目なのだ。
「やってやろうじゃねぇか!」
叫んで自分を誤魔化しつつ、カズマは初心者殺しまで駆けた。まだ麻痺毒の残っている、満身創痍の初心者殺し。とはいえ、恐らくこの攻撃で倒しきれないと麻痺も解け逃げるチャンスも大幅に減る。ちょっとやってみる程度では間に合わない。
す、とコッコロが槍を構えた。くるりと一回転させながら詠唱を行い、そして。
「主さま。お護りします」
彼女を中心に魔法陣が現れる。ふわりふわりと光が生まれ、くるくると回る。
「舞い上がれ――《オーロラブルーミング》」
その光がカズマに降り注いだ。戦闘時にかけられたバフを上回るほどの強化が、彼の中を駆け巡る。あれ、これひょっとして俺のスキルいらないんじゃないの? そんなことを思うほどだ。
ふう、とスキルを使用したコッコロが槍を支えにしてうずくまる。どうやら相当の魔力を使うものだったらしく、文字通りの切り札なのだろう。それを、カズマの攻撃のために使ったのだ。
「あーちくしょう! 物凄いプレッシャーかかってんですけどぉ!」
うぉぉぉ、と雄叫びを上げながらカズマは初心者殺しへ突貫する。手にしたショートソードを、後のことなど何も考えずに、全力でその眉間へと叩きつける。一発で駄目なら、二発三発。君が死ぬまで殴るのをやめないとばかりに。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
もうダメだ、とへたりこんだ。初心者殺しはもう動いていない。冒険者カードを取り出し見てみると、討伐履歴の部分の最新が初心者殺しになっていた。
「お、お疲れさまです」
「……おう」
そうやって小さく笑みを浮かべているのはクウカ。さっきまで散々ぱら初心者殺しにボコされていたのに、彼女の体には怪我らしい怪我がない。むしろどこか満足げである。
「ふ、ふふ、ふへへへ」
「あ、ははははは」
そんな二人を見たからか、キースとリーンが急に笑い出した。コッコロも、声を上げてこそいないが微笑みの表情でカズマを見詰めている。
倒したー、とリーンが叫ぶ。それを口にしたからか、リーンもキースも駆け寄りカズマ達とハイタッチを交わした。
「倒しちゃったよ。初心者殺し!」
「ほんとだぜ。初心者殺しに出会って生きてるどころか、ぶっ倒しちまうなんて」
「く、クウカもちょっと驚きです。てっきりこのまま、応援を呼んでくるまで放置されて、一人孤独に魔物の攻撃を受け続けるものだと……」
最後は何となく聞き流しつつ、カズマはまあ俺一人の戦果じゃないけどなと苦笑した。リーンをキースを、なんだかんだでクウカを見て。
コッコロを、見る。
「やったぜ、コッコロ」
「はい! 主さま、お見事でございます」
サムズアップしたカズマの背中を、お前さっき自分だけの戦果じゃねぇっていったじゃねえかとキースが叩く。そうしながら、笑いながら、テンションを上げながら。
がさりと離れた場所の茂みが揺れたことで、一気に我に返った。何だ何だ、とそこに視線を向け。同タイミングで後ろの茂みから音がしたことで一気に緊張感がマックスになる。
「な、何!? まだ何かいるの!?」
「もう矢も魔力もねぇぞ……!」
「主さま……」
「いや逃げる一択だろ」
「と、とりあえず後ろの囮はクウカが――」
「あれ?」
「ちょっとペコリーヌ! 目の前にいるじゃない!」
ば、と振り返ったそこから出てきたのはカズマにとって見慣れた顔。ペコリーヌはあははと頭を掻いており、キャルはそんな彼女をジト目で見ている。
なんでお前らが。緊張とテンションの乱高下は今日のクウカで若干慣れたカズマがそう尋ねると、二人はそっと視線を逸らした。
「……ちょっと、散歩に」
「あの作戦マジで実行したのかよ……」
その一言で察したカズマが溜息を吐く。コッコロも成程そういうことでしたかと安堵の息を吐いていた。残り三人は事情が分からず首を傾げたが、心配で追いかけてきたのだろうと予想を立てていた。
がさりともう一つの茂みが揺れる音で、そんな空気が霧散した。そういえばあっちはなんだ。視線を再度戻すと、つい先程まで四苦八苦しながら討伐していたものと同じ形をしたモンスターが一体。
「しょ、初心者殺しがもう一体!?」
「う、そ、でしょ……」
絶望の表情で後ずさりをするキースとリーン。クウカはある意味平常運転で、もう一度囮になりましょうかと一人悶えていた。悶えてはいたが、しかしその間に逃げてくださいと仲間を心配するような言葉も発している。
「……いや、大丈夫だ」
「カズマ!? 何言ってんの!? もう魔力もすっからかんなのに」
「ええ。大丈夫ですリーンさま。ここには」
視線を向ける。笑顔で任せてくださいと胸を叩くペコリーヌがそこにいた。たぷんとその拍子に双丘が上下に動き、こんな状況なのにキースとカズマが思わず目を見開く。
一方、やりたくないオーラを全開にしながら、ペコリーヌの隣で杖を構える少女もいた。なんだかんだで、隣の彼女と一緒ならば倒そうと思えば倒せる相手ではある。が、しかし。
「あー……どっちみち初心者殺しもうここに倒されてんのよねぇ……」
「どうかされましたか? キャルさま」
「ちょっとね。今日の夕飯が不安なだけよ」
「はぁ……?」
どういうことなのだろう。そんなことを思いながら首を傾げるコッコロをよそに、ペコリーヌは皆より前に出た。初心者殺しに立ちはだかるように剣を構え、そして真っ直ぐに相手を見る。
「うんうん。カズマくん達が倒したやつと、目の前の。二匹いれば、酒場の人達にも振る舞えそうです。やばいですね☆」
『今なんて言った?』
知っていたキャルと、予想がついたカズマ。二人の声はキレイにハモった。
クエストを終えたリーン達のパーティーと、散歩がてら食材を調達してきたらしいペコリーヌとキャル。そんな集団はギルドに戻ってくると、それぞれ思い思いの行動をしながら、しかし若干名を除いて非常に疲れた表情をしながら夕食を待つ。
「はい、出来ましたよ~!」
おお、と酒場で歓声が上がった。ペコリーヌが調達した食材で皆に料理を振る舞うという話だったので、ギルド酒場にいた冒険者達は皆楽しみに待っていたのだ。
「お、普通に美味そうだな」
「あれ? ダストさん、信用してませんでした?」
「そりゃあ……な」
どこか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたダストは、しかし次の瞬間元のチンピラに空気を戻し、とりあえず食べてみるかとそのシチューをスプーンですくう。大きめな肉は、赤身に近いようではあるが、そこそこ脂も乗っているようで。
「まあ、タダ飯にありつけるんなら多少は――って、美味いなこれ」
「はい。ありがとうございます」
さあみんなもどんどん食べてください。そう言ってペコリーヌはウェイトレスに戻る。あのダストが普通に褒めるんだから大丈夫だろう。そう判断したのか、他の連中もシチューに手を付け、そして予想外の旨さに舌鼓をうった。
一方、リーン達である。
「……美味しい、らしいよ」
「……ああ。そうらしいな」
リーンもキースも中々最初の一口が踏み出せない。持って帰るために下処理をしていた光景を思い出し、そして肉になる前のそれが何だったのかを思い浮かべ。
「い、意外と、クセのない味なんですね……」
「躊躇いなくいったなぁ……」
もぐもぐとシチューを堪能しているクウカを見て、リーンはもうどうでもいいかと諦めの境地に入り始めた。ちらりと横のテーブルを見ると、同じように食べるのを躊躇している二人が見える。
「主さま。召し上がられないのですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「……コロ助は平然と食い過ぎなのよ」
はぁ、と溜息を吐きながらキャルも諦めたようにスプーンでシチューをすくう。よくよく考えればこの間ブルータルアリゲーター食べてた。そんなことを思ったからだ。
ふとこちらを見ていたリーンと目が合った。少しだけ苦笑すると、まあ死にはしないわよと言葉を紡ぐ。
「むぐ……ほんと、あいつの料理無駄に美味しいのよねぇ」
「俺はコッコロの料理も好きだ」
「ありがとうございます、主さま」
一度口に入れてしまえば、迷っていた理由も消え失せる。カズマ達はシチューを平らげ、どうせだからとおかわりまでし始めた。
はぁ、とリーンもシチューを口に運ぶ。予想外の旨さに目をパチクリさせた彼女は、まあこれならいいかと受け入れる態勢に入った。
「キースも食べなよ。美味しいし、それに」
多分経験値も結構入るよ。そう言って笑みを浮かべたリーンは、向こうでギルド職員に何の肉を使ったシチューかを説明しているペコリーヌを見やる。
は、と呆気にとられた表情を浮かべているルナを含むギルド職員を見て、まあそりゃそうだよねと苦笑した。それなりにしっかり関わるのは今回が初めてだったけど、そんなことを呟きながら、現在パーティー勢揃い禁止の面々を眺める。
「やっぱり、アクセルの住人なんだなぁ……」
「美味しいですよね、初心者殺し」
「そういう問題じゃありません!」
そんなルナの鶴の一声で、勢揃い禁止が三日伸びた。
キャル→ペコリーヌのやらかしコンボ。