プリすば!   作:負け狐

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例のアレ


その32

 今日はコッコロはこちらの仕事はなく、キャルと共に買い物に行っている。わざわざそんな状態を作り上げた張本人によって、カズマは呼び出されていた。

 ウィズ魔道具店の扉を開けると、待っていたとばかりにオーナーであるアキノが笑みを浮かべる。そしてその隣には仮面をつけた怪しい存在、バニルが。

 正直帰りたくなった。が、相談、否、商談があるという話を聞いた以上、ただ黙って帰るのではチャンスを逃す可能性がある。

 

「で? 何の用だ」

「まあ焦るな」

 

 とりあえず座れ、と席についた三人は、ウィズの淹れてくれた紅茶を飲みながら会話を行う。本題は本題できちんとあるが、まずはその前に、とアキノがカズマをじっと見る。

 

「カズマさん」

「何だよ」

「悪魔はお好きですか?」

「意味分かんねぇよ。悪魔ってそこのバニルみたいなのか?」

 

 ちらりと見る。何を考えているか分からない、というより何かを見通して悪感情を得る方向に持っていこうとしている姿を認識し、その表情を苦いものに変えた。

 これを基準とするならば、悪魔は嫌いだ。そう結論付け、アキノへと伝える。それを聞いた彼女は、ふむ、と少し考える仕草を取った。

 

「もう少し具体的にしましょう」

「はぁ……」

 

 何が具体的なのかはよく分からないが、どっちみち悪魔なんだろ、とカズマは思う。だとしたら、彼としては答えなど変わるはずもなく。

 

「サキュバスは、お好きですか?」

「大好きです」

 

 即答だった。食い気味に答えた。思わずアキノが圧される程度にはぐいぐいと答えた。

 そうした後、カズマはふと我に返る。そうだ、そもそも自分の知っているサキュバスとこの世界のサキュバスが同じである保証がない。コホンと咳払いを一つすると、彼は少しだけ姿勢を正した。

 

「一応聞いておくけど」

「はい」

「サキュバスって、こう、きれいなお姉さんの姿して、エッチな夢を見せてくれる悪魔でいいのか? 実は正体は化け物とか、人を食べる凶暴な魔物とかそういうのじゃないよな?」

「ええ、後半部分のようなことはないですし、可愛い系もいますわ」

「大好きです」

「二回目!?」

 

 思わずツッコミをアキノが入れた。隣のバニルは爆笑している。どうやら驚いた彼女から少し悪感情が取れたらしい。

 それはともかく。一体全体何故そんなことを言い出したのか。そこを疑問に思ったカズマは彼女へと問い掛けた。そしてアキノは、これからが本題なのですと姿勢を正す。

 

「あら? そういえばカズマさんの反応を見る限り、知らないようですわね」

「それはそうであろう。この小僧はギルドでは有名なハーレム野郎であるからな。独り身の男が通う場所に縁などあるはずもない」

「おい名誉毀損やめろ。ハーレム野郎として有名とかホントやめて」

「フハハハハ、やめろと言われてやめたら仮面の悪魔の名折れであろう? まあちょっとした軽口程度だからそこは安心しておくといい。腹ペコ娘の驚異や猫耳娘の暴走も広まってしまっているからな」

「……どっちだ? 両方か?」

 

 若干不服そうにそう述べるバニルの言葉を聞き、カズマは心当たりを思い出す。デストロイヤーの報奨金を食い潰したことか、それともついこの間の初心者殺しのシチューか。

 キャルの方は単純にダンジョンをぶっ壊したことについてだろう。お前が原因の半分くらいだけどな。目の前の悪魔を見ながらそんなことを思いつつ、まあいいやと気を取り直した。コッコロは大丈夫だしな、と一人頷いた。

 

「我輩としてはあのエルフ娘が一番闇深いと思うのだが、まあいい。ともかく、汝は知らんだろうが、この街にはサキュバスが経営する店があるのだ」

「詳しく」

 

 食い気味にバニルに詰め寄るカズマを見て、アキノが若干引く。が、すぐに気を取り直すと、これならば丁度いいと笑みを浮かべた。

 曰く。この街のサキュバスと男の冒険者は共存関係にあり、男の溜まったムラムラをサキュバスが丁度いいレベルで吸い取ることでお互いに得をする生活を送っているらしい。そして、その手続き諸々を行っているのが一軒の店だ。

 

「へぇ……。で、それが俺を呼んだのとどう関係してくるんだ?」

「まあ待て、サキュバスと聞いて期待に胸を膨らませている小僧。汝の期待している話にちゃんと着地するのだ、安心しろ」

「べ、別に何も期待してませんけどぉ!」

 

 そもそもここの場に女性陣がそこそこいる状態でそういうことを言われると、カズマとしても非常に危ういことになってしまう。色々と、だ。後女性陣に軽蔑の眼差しで見られるのに興奮するほど彼はダクネスでもクウカでもないのだ。

 

「事の発端は、我輩がここで働くのを聞きつけたサキュバスが魔道具店に乗り込んできたことだ」

 

 何でもバニルの大ファンらしく、出来ることならば庇護を受けたいと申し出てきたらしい。実際はたまに店に顔を出してくれればそれで士気がぐんと上がるとかなんとか。

 

「まあ我輩としてはあの程度の小娘に興味はないので断ろうと思ったのだが。何の因果かオーナーが居合わせてな」

「冗談が上手いですわね、バニルさん。それも見通していたのでしょうに」

 

 おーほっほっほとお嬢様高笑いを上げたアキノは、バニルの説明を引き継ぐ形で話し始めた。それならばその店もこちらの傘下にしてしまえばいい。そう考えたのだ。

 当然ながらサキュバスは渋った。バニルならともかく、人間の、しかも女の貴族で冒険者の下につくなど、と。が、バニルがアキノに雇われていることを知ると、途端に手の平を返した。バニルの同僚、というキーワードは非常に魅力的であったらしい。

 

「そういうわけで、(わたくし)としても新たな商売を広げる好機だと思ったのですが」

「何かあったのか?」

 

 はぁ、と溜息を吐くアキノを見て、カズマはそんな問い掛けをした。問い掛けをして、あ、やっちまったと後悔した。これは罠だ。あるいは、本題に進めるスイッチだ。

 なにせ、バニルが面白そうに笑っていたのだから。

 

「そのお店がどのようなものなのか、こちらで判定が出来ないのです」

「……何で?」

「見ての通り、(わたくし)達財団の直属は基本的に女性ばかりで、バニルさんは悪魔なので。お店のサービスを体感できる男性冒険者がいないのですわ」

「つ、つまり?」

「カズマさんに体験してもらい、改善点や新規開拓のアドバイスを貰いたいのですわ」

 

 立ち上がり、ずびしぃ、と指を突き付ける。言っていることはなんだかそれっぽいが、要はちょっとサキュバスにヌイてもらってきて、である。状況が状況でなければ二つ返事で了承する場面ではあるが、しかし。

 

「何を悩む、一応はプライベートな空間が出来て馬小屋時代の鬱憤を晴らしている小僧よ。想像していた通りの体験が出来るぞ」

「やめろよそういうの! いやほんとやめてください、お願いします」

「まあ確かにあのエルフ娘が横にいては何も出来なかったであろうからな。我輩は理解を示してやるぞ」

「うるせぇよ! いいから話を続けてくれ」

 

 カズマの言葉に、続けるも何もとアキノは述べる。先程の依頼を受けるか受けないか、その返事待ちなのだから。

 そうでしたとカズマは息を吐く。先程も思ったが、別段断る理由はない。ないのだが、強いて言うならばこの空間が問題だ。ウィズ魔道具店。バニルはともかく、依頼をしたアキノも含めればこの場に女性が。

 

「……なあ」

「どうしました?」

「ずっと見ないふりをしてたんだけどさ」

 

 テーブルに座っているアキノとバニルから視線を外す。一応秘密の商談なので魔道具店を準備中に変え道具の整理を行っているウィズを経由して、そして。

 

「なぁにがさきゅばすよ~。もっとこぅ、カップル作りなさいよ。わらしも、おもちかえりしなさいよぉ……」

「あそこで簀巻きにされて転がってる酔っ払いは、何?」

「ただの酔っ払いですわ」

「うむ。酔っ払い以外のなにものでもないな」

「えぇ……」

 

 

 

 

 

 

「……なんだって?」

「ですから、『女性の婚期を守る会』ですわ」

 

 耳がおかしくなったわけではないらしい。それを確認したカズマは、それとそこの転がっている酔っぱらいが何の関係があるのかと尋ねた。尋ねようとした。

 何となく予想がついたので言葉を飲み込み頷いた。

 

「違うろよぉ……。わらしはぁ、別にそ~いうんじゃなくてぇ」

「じゃあどういうのだよ」

「さきゅばすよりも、おねぇさんをもってけー!」

 

 とりあえずユカリは無視することにして、とカズマは視線を再度アキノに戻す。これは極端でかつ関係ないタイプではあるが。そう前置きした彼女は、はぁ、と小さく溜息を吐いた。

 

「商売で儲けるのは勿論商人として当然なのですが、この街で男性冒険者と女性冒険者の不和を招いてしまうのは貴族であるウィスタリア家として看過出来ません」

「そういうわけだ。我輩としてはどちらでも構わないのだが、オーナーの方針に従うのは従業員の本分なのでな」

「つまり? サキュバスの店で儲けるためにその『女性の婚期を守る会』とやらの対策もしたいってことか?」

「そういうことですわ。理想としては男女ともにお得意様になることですが」

「……それは、難しいんじゃないか」

 

 出来ないとは言わないが、多大な労力を必要とするだろう。そして、カズマにとってはその労力は絶対にしたくないレベルのものだ。

 だが、しかし。しかしである。サキュバスサービスを何の後ろめたさもなく利用できるであろうポジションをみすみす捨ててしまうのも、男として違うのではないかと彼の心は問い掛けてくるのだ。

 

「とりあえず女性用のいい夢を用意するのは?」

「一応候補としては考えていますが。被験者に出来そうなのが」

「もう、飲まなきゃやってられなぃ! 麦しゅわだけがぁ、わらしを癒やしてくれるんら~!」

 

 自由になった片手で寝っ転がったまま器用に麦しゅわを摂取するユカリを一瞥し、無理ですからとアキノは続けた。夢を見させるという特性上、泥酔していると眠りが深いため不可能になったりするらしい。

 

「流石にキャルさんやペコリーヌさんを被験者にするわけにはいきませんし」

「まあ、そうだなぁ」

 

 婚期を焦っているようには見えない。そういう意味ではそこに転がっているへべれけも酒さえあれば独身でもいいような空気を醸し出してはいるが。

 

「あ、じゃあウィズはどうだ?」

「ふむ。たしかに婚期を焦っているという条件には合致するが」

「消し飛ばしますよ?」

 

 棚の整理をしながら、普段の彼女らしからぬ殺気をバニルへと飛ばす。対するバニルは自身に向けられた悪感情を堪能し満足してた。

 

「あの雇われ店主は仮にもリッチーだからな。サキュバスの能力が効かんのだ」

「訂正してないですよね!? やりますか!? 久々にやり合いますか!?」

「落ち着いてくださいウィズさん。そもそも、貴女くらいの美しい女性ならむしろ選ぶ側、焦る必要などありませんわ」

「え? そ、そうですか……?」

 

 チョロい。アキノの一言ですぐさま機嫌を直すウィズを見ながらカズマはそんなことを思う。ついでに、その選ぶ相手がいないんじゃないかなと心中で続けた。

 ともあれ、現状女性側も丁度いい人物がいないので、とりあえず男性側の意見だけでもきちんとまとめる必要がある。そういうわけらしい。当然その意見というのは、サービスの評価と、客目線から女性側と軋轢を産まないアイデアのことだ。

 

「めんどくせぇ……」

「無理に、とは言いませんわ。このことを他人に言いふらしさえしなければ、断って帰ってくれても構いません」

 

 アキノはそうはっきり述べる。ビジネスチャンスはものにしたいが、かといってカズマがそのために必要な唯一無二の存在でもない。早い話がそういうことなのだろう。

 そう言われてしまえば、普段のカズマならばじゃあ遠慮なくと断って帰っただろう。報酬も相応の額が貰えるだろうが、冬も近付いてきたこの季節を乗り越える程度には蓄えもある彼にとってそこまで重要でもなし。だから、彼の悩みは報酬云々とは全く関係がなく。

 モニターという大義名分を持った状態でサキュバスからエッチな夢を見させてもらえるチャンスを逃していいのかどうか、だ。

 

「ふむ。迷っているのならば我輩が一つ、見通してやろう」

「いらねぇ……。碌でもない結果出たらどうしていいか分かんなくなるだろ」

「遠慮をするな。――ほう、成程」

 

 ふむふむ、と頷いたバニルは、口角を上げた。楽しそうな表情を浮かべたことで、カズマは猛烈に嫌な予感が増していく。

 駄目だ。物凄く後ろ髪を引かれるが、これを受けたらきっと自分は酷い目に遭う。そう結論付けて、彼はアキノへと断りの返事を。

 

「ん? 依頼を受けると随分スッキリとした顔になるであろう小僧よ、その様子では断るのだな」

「受けます」

「交渉成立ですわね」

 

 待ってましたとばかりに一枚の書類を取り出し差し出す。ここにサインを、とペンを渡し、カズマが署名するのを待った。

 カズマはカズマでその書類に書かれている文章をきちんと読む。最終的に『同意します』にチェックを入れないと先に進めないとしても、一応規約は確認するに越したことはないはずだ。そういう考えである。

 

「うし、佐藤和真、と。……で、俺はどうすればいいんだ?」

「今日これからは大丈夫ですか?」

「へ? ああ、まあ」

 

 それは良かった、とアキノが回収した書類の代わりに地図と一枚のチケットを机に置く。地図はサキュバスの店へのルートが記されたもので、チケットはその店のサービス券だ。

 

「とりあえずは一回、体験してきてくださるかしら?」

「あ、はい……」

「美少女から淫靡な誘いを受けている錯覚に陥り興奮している小僧よ。これはお節介だが、サービスを受けるのならば教会に戻るのは得策ではないぞ」

「お節介焼くんなら前半を口にするんじゃねぇよ!」

 

 叫びながら視線をアキノに向けると、(わたくし)を夢の相手にするのはちょっと、とバツの悪そうな顔で頬を掻いているのが見えた。奇声を上げて机に頭を打ち付けたカズマは、そのままの体勢で暫し動かなくなる。バニルは勿論大爆笑だ。

 

「……で? 戻るのは得策ではない、だっけか?」

 

 机に突っ伏したままカズマが問う。うむその通りと答えたバニルは、彼に見えない状態ではあるが笑みを抑えた。カズマの住んでいる教会は、当然女神を祀っている。悪魔の天敵ともいえる存在のお膝元には、サキュバスも流石に向かえない。

 そう言いつつも、その教会がエリス教でもアクシズ教でもないことを踏まえ、念の為だがなと言葉を続けた。

 

「念の為?」

「なに、こちらの話だ」

 

 夢の女神アメス。他とは違い悪魔やアンデッドですら場合によっては受け入れるその教会ならば、ひょっとしたら問題ないかもしれない。それどころか、問題ないを通り越して。

 

「サキュバスも夢にまつわる悪魔ですしね、ひょっとしたら」

「自称永遠の二十歳の店主よ、急に割り込み分かったような口をきくな」

「じ、自称じゃありませんー! リッチーですから、本当に永遠の二十歳なんですぅ!」

 

 ギャーギャーと騒ぎ始めたウィズを横目に、カズマはとりあえず今日は帰らないことを心に決めた。夢を見るまで、戻らない。チケットを握りしめ、彼はそう決意した。

 




この素晴らしいプリンセスにコネクトを! ってひょっとして下ネタじゃないかと錯覚し始めた。

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