地図を頼りに目的地までの道を歩いていたカズマは、その途中で見知った顔を見付けて目を細めた。ダストとキース、この間の初心者殺しシチュー騒動である意味中心となった面子である。二人は何やらこそこそと怪しい動きをしながらその先にあるだろう店の様子を伺っていた。
「……」
察した。どうやら自分と同じ店に用事があるらしい。それは分かったが、問題は二人がどの程度店のことを知っているかだ。常連だった場合、新規客の自分が何故サキュバスチケットでサービスを受けるのかを上手い具合に誤魔化す必要があるからだ。
かといって無視するわけにもいくまい。あの挙動不審具合からその心配は杞憂だろうと思いつつ、しかし油断は出来ないだろうと深呼吸をした。
「よお。お前らこんなところで何やってんの?」
「うおぉ!?」
「何だカズマか。脅かすなよ」
ビクリと跳ね上がった二人であったが、そこにいるのがカズマだと分かると安堵の息を漏らす。そうしながら、それはこっちのセリフだと返した。
「ん? 何だ、今日はお前一人か? 珍しいな」
ダストがそんなことをのたまった。まるで誰かしら一緒にいるのが当たり前であるようなその物言いに、カズマは思わず顔を顰める。そういう軽口の積み重ねがバニルの言っていた風説の流布に繋がるのだ。謎の抗議をしつつ、彼はダストをジロリと睨んだ。
「あ? 本当のこったろ? 保護者ちゃんか猫ガキが大抵隣にいるじゃねぇか」
「そういう思い込みやめてもらえますか?」
「敬語!?」
キースが思わずツッコミを入れたが、ダストは笑みを浮かべたたままだ。そうだな、思い込みだといいな。そう続け、彼は手をひらひらとさせた。
それで、とダストはカズマを改めて見る。お前こそこんなところで何やってる。先程の質問をそのままカズマに返すと、彼はその答えを待った。
「ん? ああ、俺はこの辺に喫茶店があるって聞いたから、そこで昼飯でも食おうかと」
「……ダスト、どう思う?」
「確かにあそこは表向きは飲食店として経営してるらしい。そっちの、表向きの情報を仕入れていてもおかしくはないな」
キースの視線がカズマを射抜く。対するダストは、その言葉を信じたのかはたまたどうでもいいのか、まるでキースを説得するようなことを言いだした。彼の表情は別段変わらず、だからキースもそうなのかと訝しげながらも引き下がる。
「大体、こいつがあの場所の真の目的を野郎共の誰かに教えてもらうと思うか?」
「そうだな、綺麗どころに囲まれてるこいつには縁のない話か」
はぁー、とキースが溜息を吐く。まったく羨ましいね、そんなことを言いながら彼はやれやれと頭を振った。対するダストは、そうは言ったものの、別段カズマのその境遇を羨ましく思っている素振りはない。この間も言っていたように、彼の周りにいる女性陣はダストにとってそういう対象ではないのだろう。
だからだろうか。ダストはそのまま彼へと視線を向け、その顔を見つめた。
「……なあ、カズマ。お前、そういうことに不自由してるか?」
「何をだよ」
「決まってんだろ。ナニをだよ」
手で輪っかを作ってそこに指を突っ込みながら笑うダストに、こいつ往来で何やってんだとカズマはジト目を向ける。が、まあ確かに言いたいことは分かったしそれについては同意するので、カズマとしては乗らざるを得ない。少しだけ場所を移動し、周りの目が気にならないようにしてから、改めてと話の続きを促した。
「まあ普通の冒険者は馬小屋生活が基本だろ? そんな場所じゃ色々溜まったものを処理も出来ない。お前と違ってな」
「あの面々が寝てる横で処理が出来るわけねーだろ……」
キースの言葉に反したカズマの声色は低かった。隣にコッコロが寝てる状態でアレをコレすることなど出来るはずもなし。やろうと思えば出来たかもしれないが、やった瞬間何かが終わること請け合いだ。本能的にそれを覚っていたカズマは、教会暮らしになるまでやらなかった。若い盛りの男が、数ヶ月の間一度もやらなかったのだ。
だから、キースの言葉は流せなかった。それを否定されるわけにはいかなかった。
「まあ、どっちでもいいけどな。でだ、そんな溜まってる状態でも、勿論寝てる女冒険者にイタズラは出来ないだろ? 気付かれて袋叩きか、あるいはダガーで切り落とされるかだ」
ダストは別段気にしたふうもなく話を受け継いだ。その表情は普段と変わらぬチンピラ的なそれで、彼が一体何を考えているのかは分からない。思えば、彼は最初からキースと違いこの話にカズマを関係ないと断じてはいなかった。そのことに気付いたカズマは、ほんの僅かだが警戒度を上げる。
「ところでカズマ。お前は口が堅い方か?」
「……おう」
「女冒険者には特に、絶対に漏らしてはならない。約束できるか?」
「おう」
頷く。口は堅いはずだ。なにせ、既にアキノが傘下に入れようとしている時点で女冒険者にバレバレだということを飲み込んでいるのだから。言ったら契約違反だ、絶対に漏らさない。
「なあ、カズマ。そんなことで俺を騙せると思ってんのか?」
そう決意した矢先、ダストが呆れたように肩を竦めた。何のことだとキースが首を傾げる中、彼はカズマを真っ直ぐに見る。もう分かってるんだぜ、と口角を上げる。
「お前、最初から分かってここに来ただろ?」
「マジかよダスト」
「ああ、奴の態度を見れば分かる。キースと同じようにこれからのことを想像して浮足立ってんのがバレバレだ」
「遠回しに俺も落とすのやめろ。お前も同じだろうがダスト」
カズマはポーカーフェイスを崩さず、二人の言葉に極力動揺しないよう努めていた。それがますます怪しさを増し、ダストの言葉が確信に変わっていく。
ぽん、と肩を叩かれた。そんな変に格好を付けなくてもいいんだぜ。そう言って、キースはカズマに笑みを浮かべた。
「ここに来るってことは、お前も同じなんだろ?」
よくよく考えれば、とキースは思う。クエスト発令前のダンジョンぶっ壊して大損害を与えるような紅魔族もびっくりなことをやらかす猫耳娘や、食うことにかけては頭のネジぶっ飛んでんじゃないかと思える腹ペコ娘。あれと付き合うのは流石に無理だ。なまじっか見た目が極上で性格も悪くないのが余計に質が悪い。
「なあ、ダスト。どうする? カズマも混ぜるか?」
「俺はどっちでもいいが」
お前は一人で行きたそうだな。そう言ってダストは笑った。その笑みが何を意味しているのか。全てを分かっていて、あえて見逃しているのか、それとも何かを企んでいるのか。
「こいつのこった、きっと人に言えないような要求するんだぜ? 察してやれ」
「あー」
「ちげーよ! 別にお前らと行っても何の問題もねぇから!」
気の所為だった。そんなツッコミを叫びながら、さっきまで悩んでいたのが馬鹿らしくなってカズマはこっそりと溜息を吐いた。
中に入ってまず目についたのは、いかにもなエロファッションだ。成程確かに男ウケはいいかもしれない。だが、そういうド直球のエロは、というかサキュバスモロバレのその格好はカズマ的にはいただけなかった。こういうのは、実はその正体は、みたいなのが背徳感を増すのだ。ド直球のエロに釣られてここまでやってきた男の戯言である。
ともあれ、店内で当初の目的を思い出したカズマは、とりあえず普段のサキュバスサービスの体験の他にも、改善案や女性冒険者の取り込みのアイデアを考える。そうしながら、ダストやキース達とテーブル席へと案内された。
店の説明をされ、サービスがどのようなものかを一通り伝えられた後は、渡されたアンケート用紙に記入をする。夢なのでどこまでも好きに設定出来るらしく、細かい指定が色々と可能らしい。そういうことの相手となる対象も、年齢とかその他諸々も夢なので問題ないという答えも貰った。それを聞いた時、カズマは思わずアキノの一言を思い出してしまい少し腰を落としたが、幸い二人には気付かれなかった。
「しかしカズマ。年齢も問題ないんだってよ」
「何で俺に言う」
「何でって、そりゃ……」
口にはしない。キースが一体誰のことを言っているのかそれだけで分かったカズマは、ゆっくりと拳を握るとそれを顔面に叩きつけるため振りかぶった。冗談だ冗談、と手をひらひらさせるキースと落ち着けというダストの言葉で、彼は鼻を鳴らしながら拳を下ろす。
「ま、保護者に欲情することはねぇわな」
「保護者じゃねぇ」
ダストの軽口にどこか不貞腐れたように言葉を返したカズマは、そんなことよりアンケートの記入をせねばと視線を戻した。そうしながら、細かい指定をするだけではなく、手軽なモードも用意しておくのはいいかもしれない、とポケットのメモ用紙に思い付いたネタも記す。
それはそれとして、今回のカズマのオーダーは年上だ。年下でも勿論いいが、今日はそんな気分なのだ。決してアキノ、ユカリ、ウィズの前でチケットを渡されたからではない。別に一つ上でもいいくらいなのだ、だから違う。美人でスタイルが良くて、恥ずかしがる系の世間知らずなお姉さんがオーダーだ。決してアキノではない。ピンポイントで指定している気がしないでもないが、『恥ずかしがる』が若干逸れていると思い込むので違うのだ。
謎の言い訳をしつつ、カズマは同じように記入をしていたダストやキースと一緒にアンケート用紙を提出する。後はもう支払いだ。一応飲食店という体を取っているにも拘わらず、結局それらを注文することがなかった。ここも要改善だな、そんなことを思いつつ、ダスト達が支払いをする横でカズマが取り出したのは一枚のチケット。
「そ、それは……!?」
キースが驚きに目を見開いている中、サキュバスは何かを納得したように頷くとそのチケットを受け取った。バニル様によろしくと伝えてください、ついでにそんなことを告げられる。
「お、おいカズマ! お前それは」
「貰い物だよ。今日来たのだってコレがあったからだしな」
「成程な。ったく、どういうツテを使ったんだか」
キースとは違い、ダストは呆れたように肩を竦めるのみだ。が、その目は間違いなくこう述べていた。今度は俺にもお零れをよこせ、と。
それをあえてスルーしながら、カズマは二人と共に店を出る。準備をするとそのまま帰っていくキースやダストを見ながら、カズマは丁度いい宿を探すべく歩き始めた。バニルの言っていたように、教会に戻ったら夢が見られない可能性があるからだ。ついでに、出来るだけ教会から遠い方がいい。今あの三人の誰かに出会うわけにはいかないのだから。
そうして潤っている懐に物を言わせ宿を取ったカズマは、公衆浴場で体を綺麗にすると、夕飯もそこそこに床についた。一体どんな夢を見られるのだろうか、そう考えると緊張して眠れない。寝よう寝ようと思っていても、裏腹にどんどんと目は冴えてきて。
「何かいい感じに眠れる方法はないか?」
少し外で体を動かすというのもありかもしれない。が、現状誰かに会うのは極力避けたい。よし、とベッドから抜け出たカズマは、その場で腕立てとスクワットをし始めた。汗をかかない程度に、軽くではあるが、そうやって体を動かしていると、心地よい疲れが広がってくる。
これならば眠れる。そんなことを思いながらベッドへと再ダイブ。そして。
「あれ? 起きてたんですね」
「――へ?」
唐突に聞こえた声に跳ね起きる。視線を動かすと、ペコリーヌがカズマを覗き込むように立っていた。何でここに、そんなことを思い、そして尋ねたが、彼女は首を傾げるのみだ。
「カズマくんが帰ってこないから、コッコロちゃんが心配してて。代表してわたしが捜しに来たんですよ」
「お、おう? それで何で部屋の中に?」
「カズマくんを見付けたからですけど」
何か変だろうか、と彼女は頬に指を当てながら考え込む仕草を取る。それによって彼女の胸がぎゅむと圧迫され、押し出されるようにマシュマロがこぼれ出た。
まあいいや、とペコリーヌはベッドに腰掛ける。カズマに密着するような体勢になった彼女は、彼に体を預けながらクスリと笑った。
「もう時間も遅いですし、わたしもここで寝ていいですか?」
「は? え? 何言ってんの?」
いくらなんでも無防備過ぎる。そうは思ったが、よくよく考えれば馬小屋生活の時も同じ空間で寝ていたのには違いない。ならば問題ないのか。何となく違うような気もするが、状況に流されるように彼の中でそれが納得へと変わっていく。
えい、とペコリーヌが横になる。宿屋のベッドはそこまで広くない。二人が寝るとなると、どうしても密着する部分が出てくる。特に、体の一部分の発育が良かったりすれば、尚更だ。
「いや、ちょ。……当たってるんですけど」
「……そういうことは、口にしないのが紳士ですよ」
むう、と唇を尖らせ、しかし顔を赤くしてペコリーヌが呟く。むにむにと当たるおっぱいの感触と、目の前の恥ずかしそうなペコリーヌの顔。それらの相乗効果で、カズマの中の渦巻いているそれがどんどんと上昇していく。これはひょっとしてあれか、ワンチャンあったりするのか。そんなことを思いながら、彼はゆっくりと彼女を抱き寄せるように自身に密着させて。
「……カズマくん」
「は、はい?」
声が上ずった。精一杯の勇気を振り絞って行ったそれを、嫌がる素振りを見せない彼女が無性に可愛くて。
「いいですよ……」
「え? い、いいって?」
「もっと触っても、いいですよ」
そう言って、顔を赤くしながらも彼女はカズマの手を取って自身の胸へと誘い。
「んっ……」
あ、夢だコレ。ようやく気付いたカズマは、しかし結局行き着くところまで行く前に時間切れとなり朝を迎えることとなるのであった。
「キャルちゃんキャルちゃん」
「んー?」
「わたしって、世間知らずなんですかね?」
「世間知らずかは知らないけど、常識知らずなのは間違いないわね」
いきなり何言い出してんだこいつ。そんなことを思いながら、キャルは帰ってこないカズマを心配し祈祷を始めるコッコロを止めるべく立ち上がる。
とりあえず、無断外泊したあのバカは後で殴ろう。彼女はそう決意した。
プリンセスコネクト