翌朝。スッキリしたのかモヤモヤしたのかよく分からない状態になったカズマは、とりあえずレビューを報告するためウィズ魔道具店へと向かっていた。コッコロが店内にいないことを念の為確認し、彼はゆっくりと中に入る。
来たか、とカズマを見て笑みを浮かべたバニルが、先日と同じように待っているであろう相手がいる場所を指差した。今回はシラフらしいユカリとアキノ、そしてその横のテーブルには。
「なあバニル」
「我輩から伝えることはない。ほれ、向こうで直接聞くがいい」
そう言ってカズマを押しやる。観念したようにそこに向かうと、相も変わらずドヤ顔で報告を聞こうとしているアキノが笑みを浮かべた。彼女以外にもいる面々が面々のため正直話し辛い。が、そう言ったところで何も変わることはないため、彼は諦めたように口を開いた。
「の前に、そっちは?」
横のテーブルに居る二人を見る。薄着、というよりもほぼ下着のようなその服装は紛れもなくサキュバス。片方はいかにもなサキュバスであったが、もう片方は若い、というよりも幼い容姿をしていた。カズマに目を向けられると、年上の方は苦笑し、若い方はしゅんとうなだれる。
「こちらは昨日のカズマさんの夢の担当者ですわ。そのことで少し話もありますが、とりあえずは先に報告から」
気にはなるが、どのみち後になれば分かる。そう判断し、彼は店内で思ったことを記していたメモ帳を片手に、サキュバスの店でのことを話し始めた。サキュバス達の格好やサービスの内容の多面化、そして別の方面のあり方など。満足気に聞いていたアキノも、傍らで聞いていたバニルも感心するように頷いている。
「一回でそれだけの洗い出しを行うとは。やはり、
「ふむ。こちらで出していた案と一致する部分もあるな。オーナー、それらは即座に実行しても問題あるまい」
「ええ。差し当たっては服装ですか」
サキュバスがサキュバス感を全面に押し出していたら、ほぼ間違いなくいかがわしいお店だ。実際にいかがわしいお店であることも間違いではないのだが、顧客を広げようとしている現状では枷にしかならない。バニルも同意するように口角を上げ、そして視線をカズマに移す。
さて、ではどんな服装がお望みだ。そう言ってバニルは笑った。
「そりゃ、あれだろ。一見すると普通に見えるけど、スカート丈は短くて下着が見えそうだったり、前は清楚な感じなのに背中はバッチリ見えてたりとか」
「成程。汝は腹ペコ娘の服装が好みか」
「いやちげーよ!?」
少し参考にはしたが、基本的にはカズマの知識の中にある、ウェイトレスの服装がエロいファミレスとかその手のイメージだ。言い訳に近い追加説明を聞いていたバニルは笑みを浮かべたまま、まあそれならそれでいいとだけ述べる。
そしてアキノはそれを聞き終わったあたりで、もう一つの方はどうなのかと問い掛けた。すなわち、女性を顧客にするためのサービス、ひいては『女性の婚期を守る会』への牽制となる施策についてだ。
「そっちの方は、いまいちネタが出なかったんだよな……」
うーむ、と頭を掻きながらカズマが述べる。アキノとしても即座に意見を出せずとも仕方ないと思っていたので、そうですかとそれは流した。最初の部分だけでも十分な仕事をしてくれている。これ以上を望むのは酷であろう。そう判断したのだ。
なにより。
「では、もう一つ。カズマさんの見た夢についてですが」
「……あ、はい。えーっと、そうですね。とても素晴らしかったと思います」
「軽い気持ちでオーダーしたら実際に知り合いが出てきて非常に気まずい思いをしている小僧よ。そこは素直に話した方がいいぞ。こちらもその点では落ち度があったのでな」
「だから言うんじゃねぇよ!」
「あ、いえ。その辺りのことは既にこちらも承知していますから」
アキノのフォローでカズマは死んだ。奇声を上げながら椅子ごと後ろにひっくり返る。バニルはそんな彼を非常に楽しそうな顔で眺め、ユカリはあーあと頭を押さえた。
「アキノさん。あのね、男の子ってそういうの気にするから、黙っててあげる方がいいの」
「そうなのですか? でも、話が進みませんし」
「それはそうなんだけどね。……カズマくん? 大丈夫? 生きてる?」
死んでます。と短く答えたので、これはダメかもしれないとユカリは小さく溜息を吐いた。そうしながら、じゃあ死んだままでいいから話を聞いてねと言葉を続ける。
「実は、そこのサキュバスによると、カズマくんに夢を見させる際に問題があったらしいの」
「……問題?」
ゆっくりと起き上がったカズマは、ユカリの言葉を反芻しながらサキュバス二人組みを見る。申し訳ありませんでしたと年上のサキュバスは頭を下げた。
「実は、お客様のオーダーに則った夢を見させるため事前に精神を少し繋いだのですが」
「……夢に、制限がかけられていまして」
「は?」
若いサキュバス曰く、何かの加護らしきもので精神汚染の元となりそうなものはシャットアウトされるようになっていたらしい。そのため、淫夢を見せようにも条件を満たさなければならず、バニルに関係するお客であることも手伝ってなんとかオーダーを完遂しようと手を尽くし。と、少し無茶をしてしまったのだとか。
「というわけなので、お客様には多大な迷惑をおかけしてしまって」
「え? 何? どういう迷惑?」
今の説明で自分が迷惑をかけられているという理解にならない。むしろそこまでしてくれたのかと感謝の念の方が強く出てくるほどだ。バニルが物凄くいい笑顔をしていることだけが気になるが、ともあれカズマとしてはその辺りを聞かない限り判断が出来ない。
「えっと。そもそもですね、その制限の一つが、『実在の人物を出す際には現状可能性がゼロの相手は不可』というものでして」
「んん?」
「お客様のオーダーに則した相手ですが、年上で制限を満たす対象が二人しかおらず、そのうちの片方は」
ちらりと横を見る。あはは、と苦笑しながら頬を掻いているユカリの姿が見えて、カズマは思わず鼻の穴を広げた。可能性がゼロの相手は不可、その制限をすり抜ける相手の片方が、つまり。
「モテ期を予感している小僧よ、言っておくが、ゼロでなければ制限をすり抜けるだけで、一%以下であることも考慮せねばならんぞ」
「分かってるよ! ちょっと夢見ただけだろ!」
先程からどんどんと腹を満たしている仮面の悪魔を睨み付け、カズマはサキュバスへと続きを促す。それで一体何がどうなる。そう問い掛けられたことで、若い方のサキュバスがビクリと震えた。
「それで、どちらがより条件を満たすのかを確認するために、少しだけ接触を……」
「ちょっと待て。え? 何? 俺のオーダー知られたの?」
「い、いえ! そうではなくて、ちょっと占いというかアンケートというか、そういうものをさせてもらっただけです」
なまじっか満足させようと張り切ってしまったために、そのような事態になったらしい。そうして調査した結果、『美人でスタイルが良くて恥ずかしがる系の世間知らずのお姉さん』であるペコリーヌを選んで登場させ、普段の夢より精度を上げたのだとかなんとか。
「まあ、確かになんというか夢だって気付くの相当後だったけどさ……」
あれが普段のサービス内容でないなら、自分のレビューはあてにならない。どうしたものかと腕組みをし天を仰いだカズマは、そこで気付いた。あてにならないレビューなら言う必要もないし、自分の恥ずかしい姿を語らなくて済むな、と。
そう結論付け頷きつつ、ついでに少しアイデアが浮かんだのでそれでさらにお茶を濁そうと口を開く。
「その精度を上げるのは俺相手じゃなくても出来るんだよな?」
「え? あ、はい。ある程度会話なりで顔を合わせる必要はありますが」
「だったら、新しい商売でこういうのはどうだ?」
男性の夢に出す相手を調査し、性的欲求だけでない人物を洗い出す。同様に女性も気になっている相手を探し、お互いに矢印が向いている者同士を引き合わせるのだ。
「そうして、お互いの夢をくっつけて、夢の中でイチャイチャさせる。起きたら、同じ夢を見ていたって嫌でも意識するだろ?」
「ロマンを演出するわけですわね」
「あ、なんかいいかもそれ……」
うんうんと頷くアキノと、へーと感心するユカリ。成程、とバニルは呟きサキュバスへと視線を向けた。出来るか? と問い掛けると、可能だと思いますと返事が来る。
「そうすることで、カップルを成立させる手助けをして、『女性の婚期を守る会』を懐柔するわけですね」
「あくまで可能性のある相手同士なので、独り身の方は変わらず通常のサービスをご利用してもらう、と」
「俺の故郷にあったマッチングアプリってのを参考にしたんだが、まあ大体そんな感じだな」
聞いていたサキュバス達も、そういうことならばと前向きに検討し始めた。すぐには無理だが、先程の改善案も組み込んでいくことで、新たなサキュバスサービスが出来上がるはず。そんなことを考え、うんうんと頷いた。
「元々は生活に必要な分だけあれば、と思っていましたが。バニル様とともに商売人となった以上、全力で支援させていただくためにもこれは必要なことですね」
「はい、バニル様のために!」
ぐ、と拳を握ったサキュバス二人であったが、しかしそうは言ってもと首を捻った。こうして直接話を聞いた自分達は問題ないが、現状維持を望む者も少なくないであろう店の他のサキュバス達にこの熱意が伝わるだろうか、と。
「その辺りは徐々に説得をするしかないですね」
ううむと若いサキュバスが難しい顔を浮かべるが、そんな二人を見てバニルは笑った。まあ心配するなと言ってのけた。
「見通す悪魔である我輩が宣言してやろう。汝らの店にはすぐに転機が訪れるであろうとな」
報告も終わり、カズマはそのまま街を一人ぶらつく。一仕事終えたので自由にはなったが、このまま教会に帰るのは何となく気まずかった。が、帰らないわけにもいかない。コッコロが心配しているのは確実だからだ。キャルはどうでもいい。
「はぁー……どうすっかなぁ」
とりあえずどこかで昼飯でも食って、その後戻ってコッコロに土下座しよう。そんなことを思いながら、しかしギルド酒場で食べるわけにもいかず、どこか適当な店でも探そうと足を進める。
そんな彼の背中に声が掛かる。ん? と振り向くと、一人の少女が手を振りながらこちらへとやってくるところであった。
「カズマくん、おいっす~☆」
「お、おう……」
ペコリーヌである。昨日夢で抱きしめておっぱい揉んじゃった娘である。笑顔でこちらに話しかけてくる彼女を見ると、カズマは物凄くいけないことをしてしまったのではないかという罪悪感に苛まれそうになる。が、アレは夢だしチョイスも向こう任せだったからノーカンと必死で自分に言い訳してその気持を飲み込んだ。ここでゲロってしまう方が百倍マズい、と判断したからだ。
「昨日はどうしたんですか? 帰ってこなかったですけど」
「え? あ、ああ、ちょっとな。一人で依頼を受けてて、戻れなかったんで宿に泊まったんだ」
「ああ、そうだったんですね。でも、駄目ですよ、ちゃんと連絡はしてくれないと。コッコロちゃん、心配してましたよ」
「だよなぁ……。帰ったら土下座しとくよ」
「迷いなく言いましたね」
あはは、と笑ったペコリーヌは、それで今からはどうするんですかと彼に問う。元々適当に昼でも食べてから帰ろうとしていたカズマは、そんな彼女の質問に誤魔化すことなくそう答えた。
「あ、じゃあ一緒にお昼食べません? 今から新しく情報を仕入れたお店に行くんですよ」
「ん? まあ、別にいいけど」
その答えを聞いてやったと笑顔を見せたペコリーヌは、こっちですよと彼の手を取る。昨日の夢がフラッシュバックして目を見開いたカズマは、午前中にサキュバス達に伝えたマッチング夢サービスの成功にどうでもいいタイミングで自信がついた。
そうしながら彼女に案内されて歩いていく先。目的地に近付いているらしい足取りになるにつれて、カズマの顔から表情が抜け落ちていく。この道は、見覚えがある。というか、昨日通った。
「ここです。何でも知る人ぞ知る秘密の喫茶店らしいんですよ」
知ってます。そう言いたいのを必死で押さえながら、カズマは店の外観を見る。どう見てもサキュバスの店であった。一応表向きは喫茶店ということになっているので、確かにその答えに行き着いても不思議ではない。が、しかし。
「どうしたんですか?」
「あ、いや。やっぱり俺あんまし腹減ってないんで食べるのやめようかな、と」
「そうですか……。せっかくの新規開拓ですし、一緒にご飯、食べたかったんですけど」
そういうことなら仕方ないですね。少しだけ悲しそうに笑みを浮かべたペコリーヌは、それじゃあ行ってきますと店の扉に向かう。そんな彼女の背中を見ながら、彼はそっとその場を後に。
「や、やっぱ飲み物くらいは飲んでこうかな」
「ほんとですか!?」
ぐりん、と振り向いてカズマに駆け寄る。彼の手を握り、それじゃあ一緒に行きましょうと満面の笑みを浮かべるペコリーヌを見たカズマは、思わず言ってしまったことを後悔しつつもしょうがないと諦めるように小さく溜息を吐いた。どうせなら開き直って、昨日は分からなかったそちらの方のレビューもしてやろうじゃないか。半ばやけくそ気味にそんなことを思った。
「いらっしゃいま……」
扉を開け入ってきた客を見たサキュバスが固まる。明らかにこの店に来るはずもない人物がやってきたのだ、そうなるのもある意味必然だろう。
男女二人組。この店使う意味あるの、と思わず聞きたくなるような組み合わせだ。若干動揺しながら、ここがどういう場所かを尋ねてみると、飲食店ですよねと女性側が答えたことで少しだけ合点がいく。
「なんか、すいません……」
男性側の方は知っているらしい。少し悩んだが、ここで断るなりチャームで追い出すなりをした場合後々のトラブルが発生する場合もある。店のリーダーであるサキュバスが現在不在なので、変に刺激するよりは穏便に帰ってもらおう。他のサキュバスとも相談した結果そういうことになったので、二人をテーブルへと案内した。
「では、ご注文は」
「はい、ここからここまで全部ください」
「はい?」
思わず聞き返した。どう見ても可憐な少女の注文は、店のメニュー全制覇だ。サキュバスでなくとも耳を疑うであろう。が、残念ながら聞き間違いではなく、少女は、ペコリーヌはもう一度メニューを指差しここからここまで全部と笑顔で言い切る。対面に座っているカズマの目は死んでいた。だよな、そうなるよな。口にはせずとも顔が物語っていた。
かしこまりましたとそこから離れたサキュバスは、スタッフルームに大慌てで注文を告げる。何言ってんだこいつという目で彼女は見られたが、本当なのだと伝え、メニューを一通り全部用意するよう必死で説得した。どうしてこうなった、と若干涙目である。
「カズマくんカズマくん」
「はいはいこちらカズマ。どうした?」
「ここのウェイトレスさん、もう冬の初めなのにあんな薄着ですよ。やばいですね☆」
「お、おう。そうだな」
その会話広げるとボロが出るので別のにしません? そんなことを思ったが口は出来ず、適当な相槌で濁しながら注文の品々が来るのを待った。どんな味なんですかね、とワクワクするペコリーヌに対し、カズマはすぐにでも帰ってコッコロに土下座して謝った後甘えたい衝動に駆られる。
おまたせしました、とテーブルいっぱいに並べられる料理の数々を見て、ペコリーヌは目を輝かせた。いただきます、と手近な料理を一口食べ、ふむふむと飲み込み。
「うん、美味しい~! 他の店とは違った味付けですね。ベルゼルグ王国じゃなくて、もっと遠くの国でしょうか」
パクパクと料理を平らげていく。最初こそ気付いていなかった男性客達も、その大量の料理と声で何だ何だと視線を向けていた。そうしてそこにいるのがペコリーヌだと知ると、数人は思わず動きを止める。慌てて持っていたアンケート用紙を見られないよう隠した。
そんな男性客の視線も、そしてドン引きするサキュバスの視線も気にせず、彼女は美味しそうに料理を食べる。これも美味しい、こっちも美味しい。そんなことを言いながら、彼女は次々と口に運び。
「どうしました?」
「あ、いや。美味そうに食べるな、って」
飲み物をちびちびと飲みながら彼女を見ているカズマへと視線を向け、首を傾げた。彼は彼でこれどう収拾つければいいんだろうと考えながら、まあとりあえず目の前のこいつが食い終わってからでいいやと投げやりになっていた。
ずい、と突然そんなカズマの眼前にフォークが突き出される。
「へ?」
「美味しそうだって言ってたじゃないですか。カズマくんも食べてみてください」
「え? え?」
「ほらほら、遠慮せずに。あーん」
何やってんのこの腹ペコ。周囲の突き刺さるような視線を感じながら、カズマは必死で回避する方法を考えた。が、笑顔のままフォークを突き出すペコリーヌを見る限り、逃れる術はないようで。
「あ、あーん」
「はいどうぞ」
もぐ、とそれを食べる。成程確かに、普段食べている料理とは違う味付けで中々の味わいだ。これならこっちも商売の一つにするという作戦は悪くなかったと納得しつつ、とりあえず帰ろうと飲み物に口を。
「こっちもどうです? はい、あーん」
「……あーん」
諦めた。これはもう明日の朝日は拝めないかもしれない。性欲と直結していない男女のそれを、よりにもよってこの店で見せ付けられたことで心にダメージを負った男性冒険者が多数いるのを横目で見ながら、カズマはもうどうにでもなれと投げた。
「……方針転換、出来そうですね」
「……ええ。すぐにでも動けそう」
「フハハハハハッ。だから言ったであろう? 転機はすぐに訪れるとな。いやしかし、今日は良質な悪感情が食べ放題で我輩少し胃もたれしそうだ」
翌日からサキュバスサービスは新装開店の準備で暫くの間縮小営業になったそうな。
帰宅。教会にて。
「カズマ! あんた連絡も無しにどこ行ってたのよ! コロ助なんか心配しまくりで宥めるの大変だったんだから」
「……ああ、うん」
「ったく。ほら、さっさとコロ助に土下座なりなんなりしときなさい。行った行った」
「…………キャル」
「何? どうしたの?」
「お前は、ほんと、変わらないよな……安心した」
「え? 何? 何でそんなスッキリした顔してるの? 気持ち悪っ!?」
マッチングの実験で同じ夢を見させられたカズマとペコ(サマー)が海で水を掛け合い、今度はみんなで本当の海に行きましょうって笑う場面を予定していましたが、尺の都合と普通にラブコメっぽくなりそうだったのでカットしました。