寒さも本格的にましてきた冬。クエストもほとんど存在しないため冒険者は休業して宿屋に籠もるようになる季節。
「なんじゃこりゃ……」
そんな季節のギルドのクエストボードは、山程の依頼で溢れていた。何の気なしにそれを覗いたカズマも、思わず目を見開いてしまう。貼られまくっているクエストは、そのどれもが街の中か、街を出てすぐ。
そしてその内容はほぼ全て、幽霊の浄化だ。
「え? 何? この街いつの間にゴーストタウンになったわけ?」
「ゴーストタウンの意味違うだろ」
ひょい、と同じようにクエストボードを覗いたキャルも思わずそんな感想を述べる。そんな彼女にツッコミを入れつつ、カズマはもう一度依頼を眺めた。見る限りそこまで凶悪なものではない。駆け出し冒険者でも準備さえ出来ればなんとかなる程度、プリーストならカモだ。が、量が問題である。エリス教会なりアクシズ教会なりのプリーストを総動員しても足りないのだろう。だからこそのクエストボードの依頼だ。
「ユカリさまも忙しそうにしておりましたね」
ひょこ、とコッコロが二人の横に立つ。どうやらこの幽霊大量発生の件は承知らしい。へー、とキャルはその言葉に相槌を打ちながら、ボードの端に追いやられている凶悪なクエストや塩漬けクエストを眺める。
「で、こっちは相変わらず目もくれられてない、と。ま、当然よね」
「ん? 何かあったのか?」
「これよこれ。元々冬はこういうひっどいクエストしかなかったんだけど、ただでさえ請ける物好きがいないのに、幽霊騒ぎで余計にって」
「ふーん」
ちらりと確認すると、成程確かに見るだけで凶暴だと分かる魔物のラインナップだ。雪精とかいうのだけ名前では凶悪か分からないが、まあ自身には関係ないので気にしないことにした。
顔を上げる。それにしても、ともう一度幽霊だらけのクエストボードを見た。
「何があったんだ?」
その呟きに答えるように、クエスト受けますかとカリンがやってくる。手には新しい幽霊の浄化であろう依頼書を持っていた。
「あれ? いつもはルナの仕事じゃなかったっけ?」
「ルナさんは今日はちょっとお休みで。ここのところずっとこれ関係の処理をしてたので体調を崩しちゃったみたいです」
そう言いながらペタペタとクエストを貼る。空きスペースがなくなるくらいの幽霊浄化依頼ボードを作ったところで、視線をカズマ達へと向けた。
「とりあえず二・三個請けません? カズマさん達ならそう難しくもないと思いますし」
「んー。そう言われてもな」
「わたくしは構いません」
「あたしは別に、どっちでも」
ちらりと横を見た答えはこれなので、しょうがないと適当に依頼書を剥がした。ペコリーヌも呼んでとっとと済ませるか。そんなことを思いながら、三人はクエストボードから酒場の方へと足を進めた。
よし、と浄化の終わった箇所を眺めながら、カズマは首を傾げる。どう考えても幽霊が湧いて出てくるような場所ではない。一応、幽霊というからには極論どこにでも現れておかしくないといえばそうなのだが、現状と照らし合わせると不自然極まりないわけで。
「何か原因があるんですかねぇ」
うーむと腕組みをしながらペコリーヌが呟く。なきゃおかしいでしょ、とキャルが溜息混じりにツッコミを入れ、そう言いつつも心当たりは何もなく難しい顔を浮かべた。
そうなると、とカズマは発想を転換させる。幽霊騒ぎになりそうなものを考えるから出てこないのだ。
「最近の出来事をとりあえず適当に言ってきゃ当たるんじゃないか?」
「最近の出来事ねぇ……」
何かあっただろうか、とキャルは思考を巡らせる。初心者殺しシチューのインパクトが強過ぎて、小さな出来事はほとんど記憶に残っていなかった。コッコロはコッコロで自身の中で一番強烈に記憶に残っていることなど一つしかなく。
「主さまが、一晩帰ってこられず、わたくしは……」
「すいませんでしたー!」
「もう一週間経ってんだからいい加減許してやんなさいよ……」
「いえ、そういうつもりではなかったのですが」
「まあ、コッコロちゃんにとってそれだけ重要な事件だったって話ですね」
うんうん、と頷きながら、じゃああんたは何かあるのというキャルの言葉にペコリーヌは暫し考える。そう言われると確かに大したことはなく、平和な日常が続いていたからだ。
しいていうならば、自分の趣味である食べ歩きくらいだろうか。そんなことを思いながら、最近の食べ歩きを記憶から引っ張り出す。
「そうですね。カズマくんと新規開拓のご飯を食べたくらいでしょうか」
「ごふっ」
「主さまぁ~!」
致死ダメージを受けたカズマがよろける。コッコロとペコリーヌの両方が、カズマの触れてはいけない部分を容赦なく抉っていった。勿論本人にその気はなく、というかそもそもそれがカズマにとって問題であったことも知らない。
「ま、まあ、あれだ。とりあえず最近も大したことがないってやつだな」
「何か強引にまとめたわね」
「うるせぇぞ意見無し」
「あんただってそうでしょうが! ぶっ殺すぞ!」
「はぁ? 俺はちゃんとありますぅ! ここ最近の出来事だろ? そんなもん」
「何よ」
勢いでそこまで言ってから固まった。サキュバスサービスにまつわるあれこれは確かにあった。言ったらほぼ自殺である。
「早く言いなさいよ。何かあるんでしょ?」
「よし、酒場で情報集めるか」
「おい」
なかったことにした。こいつ、とジト目で睨んでいるキャルを尻目に、カズマは討伐の報告もあるからとギルド酒場へと足を向ける。
中に入り、報告と報酬を受け取り、そして。
「……考えてみれば、ここで情報集まるならとっくに原因分かってるよな」
「バカじゃないの?」
テンパり過ぎて相当駄目なムーブをかましてしまったらしい。はぁ、と呆れたような溜息を吐くキャルを見て、カズマは恨みがましげに彼女を見やる。それを受けてふふんとドヤ顔を浮かべながら、キャルはついでだし何か食べようかとメニューを眺める。
「じゃあ、プリンでも」
「は?」
「何よ」
「いや、お前そんなん食うタイプだったっけ?」
「あんたあたしのこと何だと思ってんの。女子よ女子。スイーツくらい食べるわよ」
同意を求めるようにコッコロへと視線を向けたキャルは、お菓子は女の子に必要なものですからと返され満足気にカズマを見る。聞かれなかったペコリーヌは、あれ、と一人首を傾げていた。
「あーはいはい。じゃあコッコロも食べるのか? プリン」
「はい。せっかくですので、わたくしもいただこうかと」
「よし。じゃあ」
注文をしようとメニューを見たカズマは、そこで怪訝な表情を浮かべた。プリン二つ、その程度で終わるだろうと思っていたのだが、そこに載っていたのは予想外のもの。
一ページ全てがプリンで埋め尽くされているメニュー表であった。味付けやトッピングにバリエーションが有り、スイーツ専門店みたいな扱いになっている。
「なあ、ペコリーヌ」
「はい?」
「ここって、酒場だったよな?」
「そうですよ? どうかしました?」
何か変だっただろうか、と首を傾げている。どうやらこの充実したプリンに何の疑問も抱いていないらしい。視線をキャルに向けるが、いきなり何言ってんだという表情をしているので、恐らく彼女も同じだろう。
「どうされましたか? 主さま」
「いや、流石にこのメニューはおかしいだろ」
「……おや? プリンがとても充実しているのですね」
カズマに見せられたオールプリンのページを見て、コッコロは目をパチクリとさせる。同じページを見ているはずのキャルは先程の反応からすると疑問に思っていないようで。
成程、自身の主であるカズマの言いたかったことはこれなのだ。それを理解したコッコロは、小さく笑みを浮かべると大丈夫ですと彼の手を取った。
「わたくしは、主さまの味方です。信じてくださいませ」
「コッコロ……」
ぎゅ、と彼女の手を握る。慈愛の笑みを浮かべる彼女を見ながら、ありがとうとカズマはお礼を述べ。
いや流石にそういう場面じゃないだろと我に返った。
「まあとにかく。こいつらは変に思ってないんだよな?」
「何の話よ」
「何かありました?」
これだよこれ、とページをトントンとする。が、キャルもペコリーヌも何かあったのかとやはり首を傾げるのみだ。
「明らかにプリン多いだろ」
「何で? プリンなんだから多くて当たり前じゃない」
「ちょっと何言ってるか分かんない」
本気で言っているらしいキャルを見て、カズマは背筋に冷たいものが流れる。これは一体どういうことだ。自分が知らないうちに、この世界の常識は書き換えられてしまったのか。そんな若干紅魔族のような思考を巡らせ。
「ちょっと前から、プリンが流行ってるんですよ」
ペコリーヌが軽い調子でそんなことをのたまった。はい? と彼女に視線を向けると、そうなんですよと笑みを浮かべる。
「何でも、急にプリンの需要が高まったみたいで。飲食店はどこもかしこもプリンを出すようになっちゃったんですよ」
「流行、でございますか……」
「噂によると、プリンマイスターなる謎の存在がアクセルでプリンを広めているらしいとか」
「お前だろそれ」
「違いますよ~。食べ物関係は何でもわたしのせいにするの良くないと思います」
そう言われてもな、とカズマは胡散臭げにペコリーヌを見る。一体全体この街でこいつ以外の誰がそんな食べ物に情熱を燃やすのだ。アクセル変人窟といえども、そうそう同じタイプの変人がいるはずがない。
そんなことはなかったと即座に否定した。ああそうだ、この街にはベクトルの違うドMが二体いるんだった。物凄くげんなりした顔で、彼は盛大な溜息を吐いた。
「まあいいや。つまり、プリンがあるのはおかしくないってことか」
「そうですね。わたしも色々食べ歩きしましたが、お店によってそれぞれ特色があって楽しいんですよ」
「そういえば。この間ウィズさまの魔道具店でも、プリンに関する商品を扱おうかとおっしゃっていました」
「へー……いや待て」
流しかけたが、それは流石におかしいだろう。コッコロへと向き直ると、今の話もう少し詳しくと彼女に述べる。かしこまりましたと迷うことなくコッコロは言葉を紡いだ。
アキノの傘下の飲食店でもプリンたい焼きを販売し始めたことを受け、ウィズもその波に乗ろうと提案をしていたらしい。それはいいアイデアですわね、と同意するアキノの横で、何かこの先を見越したらしいバニルが忍び笑いをしていたのが印象的だったのだとか。
「とりあえずバニルが止めないってことは店に不利益はなさそうだが……やっぱり変だよな」
「あの時は流してしまいましたが、確かに少々不思議な感じはいたしました」
「魔道具店のプリンですか。どんな味がするんですかね」
ペコリーヌをスルーしつつ、二人はキャルを見る。今のやり取りを聞いていて、なにか意見はないのか。そんな思いを込めた視線であったが、当の本人はわけわからんと目を瞬かせていた。
「プリンなんでしょ? 当たり前じゃない。むしろ何がおかしいのかこっちが聞きたいくらいよ」
「コッコロ」
「《セイクリッド・ブレイクスペル》!」
「あひゃぁぁぁぁ!」
瞬間、キャルが光に包まれた。酒場の冒険者がいきなりのそれにギョッとして注目する中、やがて光が収まりキャルが呆然と動きを止めているのが見えて。
「ちょ、ちょっと! いきなり何すんのよ! 滅茶苦茶ビックリしたじゃない!」
「キャルさま。何かお変わりはありませんか?」
「へ? 何か、って何が?」
「キャル、魔道具店でプリンは常識か?」
「はぁ? そんなの――あれ? おかしい? 正しい?」
混乱し始めたキャルを見ながら、カズマとコッコロはお互いに頷く。これはつまりそういうことなのだと確認し合う。
「ん? じゃあ何でウィズもかかってんだ?」
「恐らく、これはプラスの状態変化扱いなのでしょう。状態異常を無効化するリッ、ウィズさまの特性では意識しなければ弾けなかったのではないでしょうか」
成程、とカズマは頷き、もう一人へと視線を動かす。ならばこいつはどうだろう。キャルほど弄くられていないようだが、多少プリンに毒されている気がしないでもない。
「え~っと。一応断っておきますが、わたしはそこそこ正気ですよ?」
「本当かよ。……ん? そこそこ?」
「二人の今の会話を聞いて、そういえばおかしいかなって思うくらいには正常です」
「ペコリーヌさま、それはあまり正常ではないような……」
「いや、通りすがりのプリンマイスターがアクセルにプリンを広める、くらいはありそうじゃないですか」
「ねぇよ。お前の脳ミソ何詰まってんだよ」
「わたくしは田舎者ですので、その辺りはノーコメントとさせていただきます」
そんなぁ、と肩を落とすペコリーヌを見ながら、とにかくとカズマは話を元に戻す。
果たしてこれが本当に繋がっているのかは分からないが、とりあえず分かりやすい異常事態だ。ここで幽霊の大量発生と全然違う事件だった場合無駄足になるが、解決しなければ色々と問題になりそうではある。
「とりあえずギルドに話して依頼にするか」
「きちんとした調査にしておかないと、面倒ですしね」
そう言って立ち上がったカズマの背後から、待ってくださいと声が掛かった。振り向くと、なんだか久しぶりのような気がする面々が立っている。緑のベレー帽を被ったエルフと、黒髪をリボンで結んだ紅魔族の少女。リーダーとカズマを呼ぶこの二人は紛れもなく。
「どうしたBB団。俺は今忙しいんだが」
「幽霊騒動ですよね!」
ぐぐい、とベレー帽のエルフ、アオイが詰め寄る。相変わらず距離感の掴めてなさが酷い、と思いながら、カズマはまだ分からんと返した。プリンと幽霊に一体何の関連性があるのかさっぱりだからだ。
「あ、あの、リーダー。実は私達、BB団の団員から今回の事件についてを聞きまして」
「団員? あー、そういやこないだ言ってたな」
もう片方。紅魔族の少女ゆんゆんの言葉にいつぞやの記憶を思い出す。そうして、確か両方とも人間じゃなかったような気がしたんだがと顔を顰めた。そこを突っ込んでも面倒だし、とりあえずまあいいやと忘れることにした。
「で、その事件ってのは?」
『それは、私がお話します』
スゥ、と突如ゆんゆんの隣に女性が現れる。二十代半ばと思われるプリーストらしき格好をしたその女性は。
『はじめましてリーダー。私、この二人に勧誘されBB団の団員となったレジーナ教徒のプリースト、ルーシーと申します』
「リーダーはやめろっつってんだろ」
ペコリと頭を下げた女性、ルーシーは体の半分が透けていた。ついでに言うと若干浮いていた。
Q:ウィズ本当にバフ系ならかかるの?
A:ノリで。