どこに持っていたんだとツッコミを入れたくなる量のおにぎりが、これまたどこに消えていくんだという勢いで少女の腹に収まっていく。はぐはぐむぐむぐと猛烈な勢いでおにぎりを食べた少女は、九割方食い尽くすとぷはぁと息を吐いた。
「んまーい! ごはんは命のエネルギー!」
「……」
「……」
いやそりゃそうかもしれないが。そんなことを思いながら、カズマは少女の食べっぷりを眺め続ける。一応自分の分のおにぎりも食べているが、ぶっちゃけ見ているだけでお腹いっぱいになってきた。
「いやぁ、助かっちゃいました。見ず知らずのわたしにご飯を恵んでくれるなんてっ。一生恩に着ます!」
ぱん、と手を合わせペコリと頭を下げる。その拍子に、彼女の豊満な双丘がたゆんと揺れた。思わずそちらに視線を向けてしまい、そのままそこに固定した状態でそうかそうかとカズマは述べる。
そうしながら。今一生恩に着るっつったな、確かに言質取ったからな。そんなことを思いながら、ついでにそれを口にしようと身を乗り出しながら。
「あの、このような場所でどうしたのです?」
コッコロがそれよりも先に口を開いたことで踏み止まった。同時に我に返る。いかんいかん、ちょっと目の前の女の子が可愛くて胸がでかいからって安易なことを口にしてはいけない。コッコロの手前カッコつけたいというのも勿論あるが、ひょっとしたら何かしらの厄介事である可能性も十分あるのだ。
そんなことを思いながら少女をもう一度じっと見詰めたカズマは、先程の意見を修正した。ちょっとくらい可愛くて胸がでかい、ではない。とんでもなく可愛くて胸がでかい。美人というよりも可愛い系に近いが、金髪のロングヘアーと澄んだ碧眼は、まさしく正統派といっても過言ではない。光の加減でオレンジに見えるような気がしないでもないが、金髪だと言われているので金髪なのだ。
猛烈な勢いで食べていたにも拘らず、どことなくその所作には気品が感じられたような気もして。シチュエーションさえ違えばどこの貴族のお嬢様だと言っても信じてしまいそうな、そんな雰囲気がどこかにあった。
「いやぁ、色々あって旅をしていたんですけど、久しぶりに故郷に帰ろうとしていたら、お腹ペコペコになり過ぎちゃって……」
えへへ、と笑いながら頭を掻く美少女。説明を聞いて若干ぽかんとしていたコッコロも、まあそういうことでしたらと頷いていた。
「ちょうど、この辺にはジャイアントトードがいたはずだから、少し寄り道してお昼にしようとやってきたんですけど」
「……ん? あんたもカエル目当てだったのか」
「はい。とりあえず二匹くらいでいいから、食べれば晩御飯まで持つかなって思ってたんですけど」
笑顔でさらりと何だかよく分からないことをのたまう美少女。ジャイアントトードは山羊を丸呑みに出来るサイズである。それを二匹食えば夕飯までの繋ぎになると言い放ったのだ。とてもじゃないがそんな量が腹に入るとは思えない。あのおっぱいに全部詰め込まれるのだろうか。割と真剣にカズマはそんなことを思う。
「それで、見付からずに行き倒れてしまった、と」
「はい、やばいですね☆」
こつん、と自身の頭を叩きながらテヘペロと美少女は笑う。大分ピンチだったのにも拘らず、軽く流すところからして、彼女にとっては割と日常茶飯事なのかもしれない。
そうしながら、あれ、と美少女は何かに気付いたように二人を見る。
「あなたも、って言いました?」
「はい。わたくしたちは、討伐クエストを請け、ジャイアントトードを五匹狩るためにこちらにきたのです」
「あ、そうだったんですね。ごめんなさい、獲物、横取りするところでした」
「いえ、それは大丈夫なのですが……」
コッコロの様子に、どうしたのだろうかと美少女は首を傾げる。視線をカズマに向け、何かあったんですかと問い掛けた。問われた方のカズマは視線を胸から美少女の顔に戻すと、言っていいものか一瞬だけ迷った後それを口にした。肝心のカエルが見付からないのだ、と。
「あれ? そっちでもなんですか?」
「ああ。昨日は確かにいたはずなんだが」
そう言いながら、カズマは美少女の様子をうかがう。何か嘘を吐いていないか。そして、リアクションをして胸が揺れないか。
残念ながらどちらもなく、彼女はそれはおかしいですねと首を傾げるのみだ。腕組みをしたのでおっぱいは強調されたからカズマ的には良しとする。
「あ、何かスキルで探したりとかは出来ませんか?」
「いえ、わたくしはアークプリーストなので、その手の有用なものは」
「……ん?」
「どうしました?」
美少女がそうだと手を叩く。胸が揺れる。それを見ていたカズマは、ふと思い出して冒険者カードを取り出した。そういえば今朝教えてもらった盗賊スキルの一つが確か。
「敵感知……あるじゃねぇか!」
「おお、いいじゃないですか」
「流石です、主さま」
幸いスキルポイントも残してある。ここでケチっても意味がない。即座にスキルを習得すると、善は急げとばかりに発動をさせた。
「…………んん?」
「どうしました?」
「いや、何か真下辺りから大量に反応が……」
「っ!? 主さま!」
コッコロが即座に反応し、カズマを抱えて飛び退る。間一髪と言うべきか、地面から生えてきたカエルが皿代わりにしていた葉っぱごと二人のいた場所を呑み込むところであった。
「うぉぉぉ!? なんだぁ!? こいつら埋まってたのか!?」
「隠れて獲物を待っていたみたいですね」
すとん、と同じように攻撃を回避した美少女が二人の横に立つ。そうしながら、そんな習性あっただろうかと考え込む仕草をした。まるで何か、あるいは誰かが操って指示でも出しているかのような。
「ペコリーヌさま! 危ないっ!」
「へっ? お、っとと」
コッコロの声で我に返った美少女は、カエルの舌をステップで躱すと視線を彼女に向ける。今何かすごい名前で呼ばなかったかと目をパチクリとさせた。
「あ、はい。まだお名前を聞いていなかったので、お腹ペコペコのペコリーヌさま、と仮に呼ばせていただきました」
「ペコリーヌ、ですか……。うん、可愛いあだ名、いいですね!」
「いいのかよ……」
「はいっ! では今からわたしはペコリーヌということで」
「なんだよ『ということで』って! 名前隠すとか絶対厄ネタじゃねぇか!」
「いいじゃないですか。気に入っちゃったんです。あ、お二人の名前を聞いてなかったですね」
「よくねぇよ!」
「わたくしはコッコロと申します。こちらは主さまの。カズマさまです」
「コッコロ!? そこ流しちゃうの!?」
「コッコロちゃんと、カズマくんですね」
ぐ、とカズマは押し黙る。美少女が笑顔で自分の名前を君付けで呼んだのだ。何か一瞬ときめいてしまったのを責めることは出来ないだろう。そしてそこで言葉を止めてしまったことで、お喋りはここまでだ的な雰囲気を醸し出されてしまう。
「ひーふーみー。わ、五匹います。お腹いっぱい食べれそうですね」
「食うなよ! 俺たちは討伐クエスト請けてんだっつの!」
「しかし主さま、わたくしたちは後二匹で達成です。全部を狩らずとも」
「追加料金貰える的なこと言われてただろ。やれるんならやった方がいい」
「なるほど……分かりました、主さま。ペコリーヌさま、申し訳ないのですが」
「んー。そういうことなら仕方ないですね。ご飯のお礼もありますし」
コッコロが槍を構え、ペコリーヌは腰のポーチ型の鞘に収めていた大剣を抜き放つ。輝くその刀身は間違いなく業物。一介の冒険者が持っていていいような代物ではないようにも思え。
「じゃあ、指示をお願いしますね、カズマくん」
「主さま、ご指示を」
「何で!?」
突如司令塔にされたカズマが盛大にツッコミを入れたタイミングが、戦闘の始まりである。
「……思ったより、制御難しいわね、これ」
草原でカズマ達がカエルと戦っている場所から少し離れた位置。三人に見えないように気を付けながら、一人の少女が手に持っているアイテムを操作し四苦八苦していた。モンスターを制御下に置く、という話であったが、いざ使ってみるとそんなお手軽なものなどでは全然ない。やっとのことでジャイアントトードを地面に潜ませることに成功したが、彼女の想定とは違うタイミングで暴れだしたことで半ば諦めかけていた。このこの、と操作を試みるが、戦闘中のカエルは全く言うことを聞かず、ターゲットとは違う相手にも次々襲いかかっている。
「あー! もう! つっかえないわね! 何が『自分が持っている伝説の神器に匹敵するアイテム』よ! あんのクソ領主! そもそも万全を期すならその持ってる方渡しなさいよ、そうすりゃあたしだってもっとしっかり依頼をこなしてやったわよ。……というか、アレ大丈夫なのかしら。死んじゃわないわよね? 死んだら間違いなくあたし処刑よね? ……あれ? そもそも何でこんな胡散臭い依頼請けたんだっけ……?」
ぐらり、と意識が遠のき、体勢が崩れる。その拍子に持っていたアイテムを落としたことで、彼女はハッと我に返った。尻尾がぴんと立ち、ついでに頭の猫耳がピクンとはねる。
「――今は、そんなことはどうでもいいか。じゃ、なくて! そうだ制御アイテム! なんとかしてやりすぎないように……」
手に持っていないことを気付いた彼女は、視線を地面に向ける。ぐらついた拍子に、どうやら手から落としたそれを踏み潰してしまったらしい。とある依頼主から渡されたそれが砕け散ったことで、少女はその相手に顔を出せないことを覚り目を見開いた。それが、とかげの尻尾切りの
それよりも。
「や、ヤバい。ヤバいわよ! これ壊れちゃったら、確か反動であたしが狙われやすく――」
ぬ、と彼女の頭上に影が差す。恐る恐る顔を上げると、そこには大口を開けているジャイアントトードが。
「か、カエルって、よく見ると可愛いわよね……」
にへら、と笑顔を向けてみるものの、ジャイアントトードの無機質な瞳はまったくもって細められることはない。涙目になりながら、足に力を込めると彼女は全力で走り出した。
刹那、ばくりと彼女のいた空間に向かってカエルがかぶりつく。
「いぃぃぃやぁぁぁぁ! ちょ、待って! 食われる! あたし魔法使いよ! 近接戦闘は専門じゃないの! だから出来れば距離をもう少し取ってもらえるとあひゃぁぁぁぁ!」
横っ飛びでカエルを躱す。ゴロゴロと転がりながら、猫のように体勢を立て直すと彼女は全力で走る。かぶりつかれる、避ける、逃げる。かぶりつかれる、避ける、逃げる。そんなことを何度も繰り返し、彼女はとにかく走った。走って、走って、走りまくった。
この草原で、別段遮蔽物も見当たらない空間で、脇目も振らず走って逃げた。
「主さま。何やら向こうから……え?」
「どうしました? コッコロちゃん……あれ?」
「どうした? って、うおぉ!?」
「だぁぁれぇぇかぁぁぁ! たぁぁすけてぇぇぇ!」
カズマの目に飛び込んできたのは、ジャイアントトードおかわりを引き連れた猫耳少女。恐らく普通にしていれば間違いなく美少女の類であろうその顔は恐怖と涙でぐっちゃぐちゃ。女をかなぐり捨てている勢いで走っているおかげで色気も感じない。ついでにいうと胸もそこまでない。揺れない。
「助けて、って言ってますね」
「そうだな」
「主さま。わたくしはまだ平気ですので、ご指示を」
「……え? 助けるの?」
ターゲットはあの猫耳娘だけのようなので、こちらが彼女の逃げる道を譲ってやればきっと通過していくだろう。そんなことを考え、もうこれ以上カエルはいいかなとカズマは一人結論付けていたところだったのだ。さらば名も知らぬ猫耳娘よ、来世はきちんとツンデレするんだぞ。心の中でそう黙祷を捧げ、彼はそっと合掌を。
「こっち来ますね」
「え?」
「どうやら向こうのジャイアントトードに気付かれたようです」
は、と顔を上げると、おかわりのカエル五匹のうち三匹ほどが既にこちらにターゲットを変更している。あ、やば、と猫耳娘がこちらを見て目を見開いているところから、向こうとしても押し付けるのは本位ではなかったのだろう。
「おっ前ふざっけんなよ! 何いきなりトレインしてMPKかまそうとしてんだこらぁ! ネトゲ初心者でも今日日やらんわ!」
「何言ってるか分かんないけど、こっちだってやりたくてやってんじゃないわよ! しょうがないじゃない! 生きるか死ぬかギリギリだったんだからぁ!」
二匹になったことで少し余裕ができたのか、猫耳少女はカズマの抗議に叫びながらそう返す。そうしつつ、悪かったわよと言葉を続けた。
「ついでと言っちゃ何だけど。手伝って! あたしだけじゃキツイのよ!」
「はぁぁ!? 何だその態度、人にものを頼むにはそれ相応の誠意ってのがだな」
「いいじゃないですか。とりあえず倒しちゃいましょう。お話はその後、ってことで」
「よくない。こっちが一方的に被害食らってんだぞ。やるにしても向こうからそれなりのものを引き出して」
「とはいえ、あの方が食べられてしまったら何も得られません。ひとまずは落ち着くのが先決かと」
「……はーい。おいお前! よかったな! ここにいるコッコロ様に多大なる感謝をしておけよ!」
コッコロにそう言われては仕方ない。はん、と明らかな上から目線で猫耳少女にそう述べたカズマは、迫りくるジャイアントトードを見てショートソードを構えながら後ろに下がった。
「よし、じゃあコッコロ、ペコリーヌ、そして名も知らぬ猫耳少女よ。頼んだぞ」
「あんた戦わないの!?」
「いいんだよ、今の俺は司令塔だからな」
「意味分かんない……」
「かしこまりました、主さま」
「了承しちゃうの!?」
「いやぁ、まあ今回は、しょうがないってことで」
「そこ納得しちゃ駄目でしょ、特にあんたは!」
カズマの目の前に並んだコッコロ、ペコリーヌ、そして猫耳娘は。それぞれ自身の得物である槍、大剣、杖を構えながらそんなことを口々にのたまった。
カズマが順調にヒモと化していく