その41
「サトウカズマ、キャル。お前達には国家転覆罪の容疑が掛かっている!」
「は?」
ベルディアの討伐も終わり、冬の最中にクエストを請けることもなし。コッコロは魔道具店の手伝い、ペコリーヌはウェイトレスのバイト、そしてカズマとキャルは毎度毎度のダラダラ生活を続けていたその時である。
突如ギルドにやってきた一人の女性が、そんなことを告げて二人を拘束に掛かったのだ。
「いや、待った。何で? 俺何かした? そもそもどちら様?」
女性の連れてきた騎士が取り囲むように立っているが、カズマは別段テンパること無くそう問い掛けた。とりあえずアクセル変人窟と比べればこの騎士は普通だ。
ふむ、と女性は頷き、名を名乗った。王国検察官のセナというらしい彼女は、現在二人に魔王軍の手の者ではないかという疑いが掛けられているのだと述べる。
勿論カズマは何言ってんだこいつという目で彼女を見るが、セナは動じること無く、加えて、と言葉を紡いだ。
「お前達には、王女暗殺未遂の容疑も掛かっている」
「は? 王女暗殺?」
「その通り。第一王女を亡き者にしようとした疑いだ。これらを総合し、お前達には国家転覆罪が適用された」
「いやそんな事言われても、俺そもそも第一王女の名前も顔も知らないんだけ――」
「違うわよ! あれはそんなつもりはなくて、ただの事故だったの!」
動きを止めた。隣で思い切り火サスの犯人ばりの自供を始めたキャルを見て、カズマはこいつ何言ってんのと目を見開く。視線を動かすと、どうやら本当だったようだと言わんばかりの表情でセナがカズマとキャルを見ていた。
「いや待った。俺はこいつの自供とはなんの関係も――」
「カズマ! カズマも知ってるでしょ!? あれは事故よね!? あたし、暗殺とかそんな大それたことやってないわよね!?」
「何ナチュラルに俺巻き込んでんのお前!?」
「ふぅ……決まりだな」
おい、とセナが指示を出す。騎士はカズマとキャルを拘束し、そのままギルドから連れ出そうと足を進めた。見ている冒険者はあまりにも唐突なその光景に思わず動きを止めてしまう。何か文句を言うとか、止めに入るとか、そういうことすら頭から抜け落ちてしまっていた。
「待ってください! カズマくんもキャルちゃんも、そんなことはしていません!」
それが出来たのはただ一人。ウェイトレス姿のペコリーヌだけだ。セナは駆けてきた彼女を見て怪訝な表情を浮かべると、いきなり何を言い出すのかと問い掛けた。
対するペコリーヌは、少なくとも王女暗殺の容疑は絶対に間違いだと言い切った。その言葉は自信に溢れていて、間違いないと確信を持っているようにも思える。
「証拠はありますか?」
「え? わた――第一王女様は、今も元気でピンピンしてるじゃないですか」
「何を言っているのやら。……そもそも、もし、例えば。暗殺されかけた張本人が無事だとしても、それで暗殺者の罪が消えるわけではないのですよ」
「う……」
苦い顔を浮かべ、後ずさる。確かに今回の場合、本人が訴えたわけではないため、当人同士での解決が出来るわけでもない。何より、この場に突如第一王女が現れ二人を許すというやり取りを行わない限りその解決方法は不可能だ。
「あ、じゃ、じゃあ魔王軍の手の者っていうのはどうなんですか? そっちは絶対間違いですよ。だってカズマくんもキャルちゃんも、魔王軍の幹部を討伐したんですから」
「その魔王軍幹部を、こちらに誘致した疑いが出ています」
「はい?」
「件の幹部ですが、色々と報告に不明瞭な点があります。特に、討伐したという明確な証拠が出てきていないのが致命的ですね。にも拘わらず、討伐されたと処理された。……もし偽装を施したのならば、そこで深く関わった者、貢献度が高い冒険者を疑うのは当然でしょう?」
「だったらわたしやコッコロちゃんだって」
「そこの二人は、第一王女暗殺未遂の容疑が掛かっている上でこの話が浮上しました。怪しいものが重なれば、それは必然かもしれないでしょう?」
「ぐ……」
「ちょ、ペコリーヌ!? 頑張って、もう少し頑張ってくれ! なあ、頼みますから、ペコ姉さーん!」
「あ、あははは……もうダメだぁ、おしまいよぉ……」
ともかく、暫く事情を聞くために連行します。そう述べ、ペコリーヌが手を伸ばす中。
カズマとキャルは、警察署まで連れて行かれることとなった。
ガシャン、と音を立てて牢屋の鍵が閉められた。何もないその空間に、カズマとキャルは一緒くたに押し込められる。マジかよ、と落ち込むカズマの横で、魂の抜けた顔をしたキャルが体育座りをしていた。特に意識しなくとも下着が見える。
「おいキャル、その座り方やめとけ。もしくはスカートをちゃんと巻き込め」
「何よ……どうせもうお終いよ。このまま裁判で死刑になってスッパリとギロチンされて終了よ……」
「早い早い早い。もうちょっと足掻けよ。まだそうだと決まったわけでもないだろ」
横にいる相手があまりにも絶望しているからか、カズマは逆に冷静に、少し前向きになっていた。これが一人だったのならば悲観に暮れ日本に帰りたいなどとぼやいていたかもしれないので、そういう意味では助かってはいるが、しかし。
「なあキャル。お前、何であんな反応したんだよ」
「……何がよ」
「だから、第一王女の暗殺未遂だったか? それの時だ。あれじゃあまるで本当に」
「……本当だもの」
「は?」
今こいつなんつった。思わずキャルをまじまじと見てしまったカズマは、彼女が泣きそうになっているのに気が付いた。ついでに変わらずパンツが見えるのにも気が付いた。
「第一王女に、モンスターをけしかけるって……依頼を受けてたもの」
「は? え? 何お前? ガチで魔王軍の手下だったわけ?」
「違うわよ! あれは、えっと……あれ? おかしいな、思い出せない……」
「ちょっと何言っちゃってんの?」
「依頼人の名前が思い出せないのよ……。でも、あたしは確かにそれを受けて、モンスターを操ることが出来るっていう魔道具を受け取って」
そうして地下にカエルを潜ませて、襲おうとした。そこまでを述べると、彼女は項垂れ押し黙る。そんなキャルを見て、カズマは盛大に溜息を吐いた。
恐らくキャルの言っているのは、ペコリーヌとキャル、二人に初めて会った時の話だろう。あの時カエルが見付からなかったのは理由があったのだ。キャルがそうさせていたのだ。
「で、だったら何でお前カエルに追われてたんだよ」
「魔道具が途中で壊れた……。だから依頼人に報告にも行けないで、そのままバックレて……もう個人で依頼を受けられないから、キャベツで稼いで田舎でも行こうと思って。でも上手くいかなくて。……だけど、そのおかげで」
そのおかげで、カズマ達のパーティーメンバーになれた。そこまでは言わなかったが、多分そう続けたかったのだろう。そんなことを察して、カズマは少しだけむず痒くなった。
ともあれ、キャルの説明で大体のことは把握した。つまりはキャルは鉄砲玉、本当の暗殺未遂の犯人がいるわけだ。ついでに言うならば彼女は第一王女にモンスターをけしかけることすら出来ていない。実行犯としては失格で、カズマにとっては朗報だ。
「まあだったらそれを言えばこの話は終わりだな」
「そうね、終わりよ。……あーあ、思えばこれまで碌なことなかったな……。あんな街に生まれたこともそうだし、そこで巫女だなんだって無駄に担ぎ上げられたこともそう。嫌になって街を出て、大した才能もないのに、一人で、地べた這いずり回りながら修行して、依頼を受けて。やっとアークウィザードになれたと思ったら、変な仕事受けたばっかりに立ち行かなくなって」
「おいキャル、キャル。何で人生振り返ってんの? 何で走馬灯見てるみたいになってんの?」
「あー……でも、この一年は楽しかった。あたしと、ペコリーヌと、コロ助と、カズマ。四人でパーティーを組んで、色々とやらかして。ずっとこんな日々が続けばいいのになって、思わず考えちゃうくらいに」
どこか遠い目でキャルは天井を見上げる。そのままコテンと横に倒れると、大の字になったまま涙を流した。完全に人生を諦めている。
「続けたかったよぉ……あたし、ようやく自分の居場所を見付けたって思ったのに……もっとみんなと過ごしたかったぁ……死にたくないよぉ……」
「キャル! キャル! 戻ってこい! それもう死ぬやつだから! まだ助かるから!」
カズマが必死で呼び掛ける。が、それでも駄目だったので、肩を掴んで揺すった。起こされ、されるがままになっていたキャルは、やがて焦点を目の前のカズマに合わせると、そっと流していた涙を大粒に変えてそのまま抱きつく。
「カズマぁ、カズマぁ……やだぁ、あたしこんな終わりやだぁ……!」
「だから落ち着けっつってんだろ! ……あの、本当にちょっともう少し冷静になってくれません? 思い切り抱きつかれてるせいでですね、その、色々と問題が」
ペコリーヌとは比べ物になるはずもないが、それでも一応キャルには二つの小山が備わっている。それが抱きつかれているせいで思い切りぐいぐいとカズマに押し付けられているのだ。ついでに、彼女の顔は彼の顔のすぐ横、吐息というか嗚咽が耳元で聞こえてくる。弱々しい声はある意味扇情的で、このままの体勢を維持し続けられた場合、キャルほど混乱していないカズマのカズマさんがおはようしてしまいかねない。
「っ!?」
した。案外早かった。急なその違和感にキャルの動きがピタリと止まる。引っ込んだ涙に合わせるように、ゆっくりと彼女はカズマから離れた。
「一応言わせてもらうがな。モテない思春期の男子がな、女子に抱きつかれてこうならないはずがないんだよ」
「……」
キャルは無言でカズマを見る。顔を、である。下は決して見ようとしない。そうしながら、普段はそんなことないじゃないと途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「耐えてるの! コッコロの前でこんなんなったら終わりだろ。でも今いないじゃん。気が緩んでたし、お前は何かパニクってるしで余裕がなかったんだよ」
「そ、そう。……なんか、ごめん」
「はぁ……もういいよ。とりあえず落ち着いたんなら、それで」
言ってることはいいが、その過程が割と最低である。キャルは落ち着いてもカズマのカズマさんが落ち着かないと話にならない。ちょっと鎮めるから、とカズマはキャルに背を向けた。
「何する気!?」
「しねぇよ! 気分を鎮めるっつー意味だよ」
なんだこれ。そんなことを思いながら、カズマは背を向けたまま、ある程度話が出来るようになったのならばとキャルに述べる。先程言いかけた、王女暗殺未遂の件だ。直接王女に危害を加えていない上に依頼人は別、そしてその意図も無し。これらを総合すれば、極刑になるのは免れるだろう、そう彼女へと語った。
「そう上手くいくもんかしらね」
「駄目なら最悪死刑だろ? だったらやるしかないじゃねーか」
「ええ。その通りですわ」
二人とは違う声が響いた。え、とその方向に目を向けると、牢屋の外に三人の女性が立っている。その内の二人は見覚えのある顔で。
「アキノさん! ダクネス!」
「すまない。遅くなってしまった」
「色々と手続きが必要だったものですから。それに」
そう言ってアキノがちらりと視線を横に向ける。やってきた面子の三人目、カズマの見覚えのない女性を見て、彼女との話し合いもありましたからと言葉を続けた。
それを聞いて女性は肩を竦める。何を言っているのやらと笑みを浮かべた。
「そっちが勝手に警戒したのだろう? ワタシはきちんとボスからのお願いをされてきたと言ったのになぁ」
「普段の行いを鑑みてください」
「おやおや、随分な物言いじゃないかダスティネス」
す、と女性は目を細める。その瞬間、この空間の温度が数度下がったような気がした。本能的な恐怖で、思わずカズマのカズマさんが縮み上がる。丁度いい感じに元に戻った。
すぐにその空気が霧散した。冗談だ、と言いながら、女性は視線をダクネス達からカズマ達へと向けた。ウェーブの掛かった金髪をアップにした髪型と、胸元が大きく開いている上きわどいスリットの入った黒いドレス。いかにも大人のお姉さんといったその姿にある意味アンバランスな鎧のパーツと手甲。見た目だけでは一体どんな人物なのか見当もつかない。ただ、先程の殺気を考えるとどうせまた碌な人物ではないのだろうとカズマは思う。
「ふぅむ……。魔王軍幹部を倒した、という割にはそこまでの覇気がないな。実戦で力を発揮するタイプか? どうだ坊や、ワタシと少し殺り合わないか?」
「遠慮します」
「つまらんな。ならそっちのお嬢ちゃんでもいいぞ」
「無理です」
即答した二人に、女性は小さく溜息で返した。やる気を無くしたようで、近くにあった椅子に座ると後は任せたとばかりに手をひらひらとさせる。
アキノはそんな彼女を見て相変わらずですわねと溜息を吐いた。そうしながら、気を取り直すように二人を見ると苦笑する。
「
「お前達が捕まったと聞いてな。慌てて準備を済ませたのだ」
その言葉に疑いは欠片もない。少なくともこの二人は、カズマ達がそんな罪に該当しないと信じているのだ。この状況で、それは何よりありがたかった。酒場でのペコリーヌもそうであったように、自分達をきちんと信頼してくれている者が、こうして。
「あ、そうだ。コッコロは!?」
失念していた。この状況で、一番自分を信頼してくれているであろう人物のことを尋ねるのが、こんなに遅れてしまった。カズマはそれを悔やみながら二人に尋ねると、揃ってバツの悪そうに視線を逸らす。
「……魔道具店で、知らせを聞いた途端倒れましたわ」
「コッコロ……!?」
「その後だが、警察署に殴り込みに行こうとしたのをペコリーヌさんが必死で宥めてな。今は教会で祈祷を続けているらしい」
「コッコロ……」
思っていたのと違うぞ。そんなことを考えはしたが、間違いなく味方であるのは確かだろう。彼女が味方でなくなる時が、佐藤和真の異世界での死だ。
それはそれとして。そんなわけで、こういう事態に役に立てそうな面々として自分達が選ばれた。アキノもダクネスもそう続けた。裁判までもつれ込んだ場合には弁護人も務めてくれるらしい。
「それはありがたいんだけど……」
ちらりとキャルはもう一人を見る。やり取りを眺めている女性と目が合い、彼女は思わずビクリとなった。
「何だ? ワタシが気になるのか?」
「そ、そりゃあ……まあ」
ビクビクしながら答えるキャルを見て、女性はクツクツと楽しそうに笑った。別にそう取って食うわけではないぞ。そう言いながら、立ち上がりもう一度二人の前まで歩いてきた。
「そう心配するな。ワタシはこう見えて職務に忠実だぞ。ユースティアナ様に頼まれたからには、オマエ達の無罪を無理矢理でも勝ち取ってやろうじゃないか」
差し当たっては、告発人の始末だな。そう言って笑った女性は、冗談だと口では言っているものの、その目はやる気に満ちていて。
「告発人ではなく、陥れた犯人、でしょう?」
「同じ可能性もあるだろう? ならば、手当り次第に血祭りにあげる方が手っ取り早く、面白い」
「……ユースティアナ様、何故よりによって彼女を」
心底疲れたようなダクネスの言葉が聞こえたのは、牢屋の中にいるカズマとキャルの二人のみだったらしい。
宴が始まる……?