「すいませんすいません! ごめんなさい!」
アメス教会、カズマ達の拠点。そこでペコリーヌが平謝りをしていた。目の前では若干ボロっているバニルとウィズの姿が見える。ウィズの方はあははと苦笑しているが、バニルは仮面越しでも分かるくらい呆れた顔をしていた。
「腹ペコ娘よ。汝の関係者はこんなのばっかりか?」
「違うんです! 彼女が特殊で、他はまだ……」
そこでペコリーヌは妹をどうにも怪しい目で見ている女騎士のことを思い出し言葉を止める。大丈夫だと良かったんですけど、と物凄く後ろ向きな返答に変えた。
バニルはそんなペコリーヌをみて鼻を鳴らす。まあその慌てている悪感情でチャラにしておいてやろう。そんなことを言いながら、用意されていた椅子に座った。
「ウィズさんも、ごめんなさい」
「あ、ははは。私は大丈夫ですよ。というか、その、彼女には以前にも襲撃されたというか」
「まさかリッチーになっているとはな。いつのまにかワタシの方が年上になってしまったじゃないか」
そういってはははと笑うクリスティーナ。何だかツヤツヤとしていて、どことなく満足そうであった。そんな彼女を、ペコリーヌは恨みがましげに睨む。
これからの相談ということでアキノ、ダクネス関連の面々に集まってもらった顔合わせ時、ペコリーヌの助っ人であるクリスティーナがウィズとバニルに襲いかかったのだ。暴れられるタイミングがここくらいだからと彼女は述べたが、それが理由になっているかどうかは誰にも分からない。むしろなっていないが大多数であろう。
「クリスティーナさん……あなたという人は」
「そうがなるなウィスタリア。ああ、それとも、昔のようにアキノちゃんと呼んだ方がいいか?」
「好きに呼べばよろしいでしょう……。それよりも、報告ですわ」
「分かった分かった。まったく、少しは余裕を持つべきだぞ☆ なあ、ララティーナちゃん」
「私は断りなしにそっち呼びなのか!? さっきまではダスティネスだったのに……」
話が進まないでしょうが、とアキノが再度軌道修正を行った。笑いながら肩を竦めたクリスティーナは、姿勢を正すとペコリーヌへと向き直った。牢屋での二人への聞き取りを述べ、そこで貴族組二人が出していた意見を途中まで告げる。
「……つまり、キャルちゃんを嵌めた相手がいるんですね」
「ああ、その通りだボス。そして、ここからが重要なんだが」
認識の捻じ曲げ。突き詰めると出会いの最初から起こされていたそれを話し、だから自分がこうして報告しているのだと言った辺りで。
「……」
ペコリーヌが一言も発さずに自身を見ているのに気付いた。予想通り、と口角を上げたクリスティーナは、それを踏まえて犯人だと思われる最有力候補の名を口にする。
アレクセイ・バーネス・アルダープ。アクセルの街の領主である貴族の男だ。
「理由は知らんが、目的は大体予想できるぞ。大方、そこにいる貴族の家のどちらか、あるいは両方を没落させて自分を上に押し上げようとでもしたんだろう」
「だとするならば、恐らく狙いはダスティネス家だ。……あの男は、私に並々ならぬ執着をしているからな」
「立場を上にすることで、手篭めにされても受け入れる土台を作るつもりですわね」
クリスティーナに認識の捻じ曲げを指摘されたことで、二人もある程度は会話に参加できる。だが、それはまだ軽い辻褄合わせで済んでいたからだ。もっと以前から弄くられていた人物は、根本をどうにかしない限り開放されない。
「……クリスティーナ。一つ、尋ねます」
「――はい、なんなりと」
声色が違う。そのことを感じ取ったクリスティーナは、人を喰ったような態度を改め騎士としての言葉を返した。皆がその急な変化に固まっている中、当の本人は、ペコリーヌは彼女へと問い掛けた。
「今回の件は、最初から仕組まれていたんですか?」
「いいえ。恐らくは、始末しそこねて放っておいた捨て駒が上手く使えそうだから再利用した、程度にしか考えていないでしょう」
「……そう」
短くそう述べると、ペコリーヌは深呼吸をする。先程の雰囲気を霧散させた彼女は、しかしその表情だけは普段らしからぬしかめっ面で。机の上の拳を、力一杯握りしめていた。
「決めました」
そう言って、ペコリーヌは皆を見渡す。どうやら何を言うのか分かっているようで、その場にいる全員、質は違えど一様に笑みを浮かべていた。
「領主を、ボコボコにしましょう」
カズマとキャルが揃って取調室へと入れられると、そこには昨日二人を連行した検察官セナが待っていた。そしてその対面、カズマ達が座るであろう場所より少し後ろに、クリスティーナが楽しそうに座っている。
「遅かったじゃないか坊や達」
ほら座れ、と促されるままにそこに座ったが、これで大丈夫なのかと若干二人は不安になる。こういう取り調べというのは、普通個別にやるものじゃないのか、と。
セナはそんな二人の様子に気付いたのか、机の上に置いてあるベルを指差した。
「これは嘘を看破する魔道具で、発言に嘘が含まれてると音が鳴る仕組みになっている。いちいち個別に聞かずとも、これがあれば問題ないというわけだ」
そう言いながら、セナがちらちらとクリスティーナを見る。何でここにいるのかを伝えていないらしく、そもそも無理矢理ここに押し入ったらしい。
「ワタシのことは気にするな。オマエ達に危害を加えるつもりもないぞ♪」
――チリーン。
ベルが鳴り、調書を取る役であろう騎士がビクリと震える。当の本人はそんな騎士の反応を見て笑っていた。分かっていて言ったらしい。
「で、では事情聴取を開始します。まずはサトウカズマ。年齢は十六、職業は冒険者、就いているクラスも《冒険者》か。……最初に、出身地と冒険者になる前は何をしていたかを聞こうか」
クリスティーナがいるおかげなのか、セナの態度やプレッシャーも最初に警察署に連行した時と比べると随分と少ない。ビクビクする必要もなくなったので、幾分か落ち着いて話が出来るとカズマは安堵の息を吐いた。
「えーっと、出身は日本で、一応、学生、かな?」
一瞬ベルが震えたが、音は鳴らなかった。本人が自信のない発言は魔道具でも判定が難しいのかもしれない。そんなことをカズマは思う。
ほう、と横合いから声がした。クリスティーナが物珍しそうにカズマを眺めていた。
「何だ坊や、学生だったのか。この国は魔王軍の最前線、学校らしい学校は建てられんからもっぱら個人授業か私学だが……」
暗に、お前はこの国の人間ではなかったのかと言っているのだろう。まあそんなところですとクリスティーナに返しつつ、他の国なら学校あるのかと一人頷いていた。現状アクセルの街しか知らないが、そういう施設があるような世界とは思えなかったからだ。
「隣のブライドル王国ではその手の施策に力を入れているらしいぞ。何でも『聖テレサ女学院』とかいうお嬢様学校が有名だとか」
「お嬢様学校、ねぇ……」
タイが曲がっていてよとかやるんだろうか。そんなことを考えていたカズマの耳に、オホンオホンと咳払いが届く。視線を戻すと、セナがなんとも言えない表情でこちらを睨み付けていた。続けていいですか、という声に、はいすませんとカズマは返す。
「では、同様に。キャル、年齢は十四、職業冒険者でクラスは《アークウィザード》ですね。出身地と以前の経歴を」
「誰も知らないような村よ村、そこで適当に暮らしてたわ」
――チリーン。
あ、とキャルがベルを見る。こいつ完全に忘れてやがったな、とカズマが彼女をジト目で眺め、そんな二人を見てクリスティーナが爆笑をしている。
ジロリとセナがキャルを見た。うぐ、とその視線に耐えられなかったのか、盛大に溜息を吐き、観念したように猫耳をペタンと倒すとゆっくりと口を開く。
「……出身は、アルカンレティアよ」
「え?」
セナの動きが止まった。調書を取っていた騎士もペンを止め思わずキャルを見る。見られたキャルは、だから言いたくなかったのにと不貞腐れていた。
「……ということは、その」
「元アクシズ教徒よ! そうよ、冒険者になる前はアクシズ教徒やってたわよ! なんか文句あるの!?」
「い、いえ。そういうわけでは……」
キャルの剣幕に思わずたじろぐ。ベルが鳴らないということは本当なのだろう。つまり目の前の彼女は、あの、悪名高い頭のおかしい水の女神アクアを信奉する連中の一人だということになる。
そこまで考え、元アクシズ教徒という発言や冒険者になる前という言葉から、今はそうではないのだと理解した。理解はしたが、あれに関わっていたという時点で何かしら警戒をするべきだろうとキャルの要注意度が上がる。
「では、冒険者になった動機は?」
「コッコロと一緒だったから」
「あの街から逃げたかったから」
セナの表情が強張る。両極端のそれを聞き、部屋の空気もなんとも言えないものへと変わった。ベルは鳴らないので真実なのだということも拍車をかける。
クリスティーナの無言のプレッシャーも段々と強くなり、これ以上細かいことを聞いていると自分も調書を取っている騎士も参ってしまう。そう判断したのか、セナは本題に入りましょうと姿勢を正した。
「魔王軍幹部をアクセルに誘致したというのは?」
『真っ赤な嘘です!』
ハモった。そしてベルは鳴らない。それを確認したセナは、分かりましたと息を吐いた。
魔王軍の手先という疑いが晴れれば、後は出来てもいない勘違いの暗殺未遂が残るのみ。これで一安心だ、そう思ったカズマだが、クリスティーナが目を細めているのを見て表情を変えた。自分達は何かを間違えた、あるいは、まだ安心するのは早い。
調書を書いている騎士とセナがなにか話している今のうちに、その部分を見付け出さなくてはいけない。隣のキャルは二重の意味で当てにならないからだ。
そうして考えて、程なく答えは出た。そうだ、魔王軍の手先ではないということがはっきりしてしまうと、もう一つの。
「では、王女暗殺未遂についてですが」
魔王軍ではない何者かに頼まれて実行したのか。セナの質問がそう切り替わった。え、とキャルが思わず零し、こいつ、とカズマの表情が苦いものに変わる。視線を横に動かすと、クリスティーナがくだらなさそうにセナを見ているのが見えた。どうやらビンゴ、認識を捻じ曲げられたのか、あるいは元々辻褄合わせをするよう細工されていたのか。どちらにせよ、その方向に持っていかれた。
「えっと……じ、実行はしてないわ。というか、そもそも暗殺の依頼なんか受けてないもの」
「……」
ベルはかすかに震えるが音は鳴らない。それを見ていたセナは、緊張を解くように息を吐いた。これで容疑は晴れますね、そう言って、表情を緩めると頭を下げた。手荒な真似をして申し訳ありませんでしたと謝罪をした。
「まったくだな。ここは誠意が必要な場面じゃないか?」
そう言いながらクリスティーナが笑う。しかしその目は笑っておらず、視線は何かを気にしているのか動かない。
「確かにその通りです。……ただ、念の為確認しますが。二人共、第一王女ユースティアナ様に危害を加えたことは一度もありませんね?」
「顔も知らないんだから、出来るわけない」
「……ないわ」
何かに反応したのだろう。ベルが振動し、音を鳴らそうと揺れる。
そのタイミングで、机の上のベルが弾け飛んだ。え、とセナが目を見開いているが、対面のカズマとキャルも何が起きたのか分からず固まってしまっている。横で見ていたクリスティーナだけは、ふんと鼻を鳴らし立ち上がった。
「事情聴取は終わりか? 容疑が晴れたのなら、ワタシは坊や達を連れて行くが」
「あ、ま、待ってください! 事情聴取は終わりましたが、どちらにせよ裁判自体は行われます。公の場で先程の主張をしてもらい、判断をするように要請が出ていますので」
「まったく、堅苦しいことだ。それで、一体どこのどいつだ? そんな回りくどいことをしようとしているのは」
クリスティーナの言葉にセナは視線を逸らす。今回の裁判に告発人はいません。バツの悪そうにそう言って、彼女は自分のメガネをカチャリと指で戻した。
「……ほぅ。つまり、今回の告発者は王国そのものだと?」
「いえ、そういうわけでは……ある、んでしょうか……」
「話にならんな。そんな曖昧な告発者では納得できんぞ。ほれ、ワタシを納得させる理由を持ってこい」
ぐ、とセナが呻く。目の前の相手は犯罪者でもなければ、チンピラでもない。この国で五指に入る大貴族の当主だ。たとえ王国が相手でも主張が出来てしまう数少ない存在だ。そんな相手に、こんな曖昧な手札では対抗することなど出来はしない。
ちらりとクリスティーナはカズマを見た。へ、と間抜けな声を上げた彼は、しかし向こうの言いたいことを覚り頭を掻く。
「あー、セナさん?」
「はい……」
「俺達は別に構わないし裁判までここにいるんで、せめて牢屋だけやめてもらっていいすかね?」
「あ、はい。そういうことでしたら」
適当な部屋を用意します。そう言って騎士に指示を出すセナを見ながら、カズマはこれでいいかとクリスティーナを見た。上等上等、と笑みを浮かべた彼女は、二人に顔を寄せると言葉を紡ぐ。
こちらはこちらで動くので、裁判まではわざと監視されておけ。そう言って、二人の背中をどんと押した。
「それはいいけど。相手は認識捻じ曲げるんだろ? 裁判でもそれをされたら」
「ふん、ワタシを誰だと思っている。クリスティーナお姉さんだぞ☆」
丁度良くボスが集めた面々の中にからくりを知っている者と辻褄合わせが通じない者がいたからな。そう続けると、後は仕上げを御覧じろとばかりに話を打ち切った。
「さて、ではアキノちゃんとララティーナちゃんの様子でも見に行くとしよう」
そう言って踵を返し取調室から出ていこうとしたクリスティーナに向かい、キャルが声を掛ける、まだ何かあったのか、と振り返った彼女に向かい、おずおずとキャルが問い掛けた。
「あたしにも、何か出来ることは」
『おとなしくしてろ』
「なんでカズマまで一緒になって言ってんのよ! ぶっ殺すぞ!」
ベルはクリスティーナさんがぶっ壊しました。