プリすば!   作:負け狐

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色々と無理矢理感溢れているかもしれません。


その46

「これはこれは、久しいな」

 

 顕現したその存在に、バニルが軽い調子で声を掛ける。ん? とアルダープから再度視線を動かしたその人影は、彼を見て目をパチクリとさせた。

 

「おや、バニル殿ではないか。お主、最近見ないと思ったらこんなところにいたのか」

「少々野暮用でな。それよりも、汝こそこんな場所に来ていいのか?」

「うむ。ちょっとノリで召喚に応じてみたものの、期待ハズレで少々げんなりしているところじゃ」

 

 はぁ、とその人影は息を吐く。見た目は美女だ。少し外ハネしている長い黒髪と、妖艶なボディ、ファーの付いたマントにスカートパーツ付きのハイレグアーマー、そしてゴスロリボンネット。格好こそ派手なものの、それを除けば一見人と変わりがない。

 が、アルダープが持っていた魔物を召喚するらしいアイテムで喚び出されたことと、何よりバニルが親しげに会話をしたことで一行の警戒心はマックスであった。

 

「何を余計なことを話している! 貴様はワシが召喚したのだぞ」

「そうじゃな。それで? わらわを喚んだのだ、願いがあるのなら、それ相応の対価を用意してもらうぞ」

 

 アルダープの言葉に彼女は軽く返す。召喚された身で生意気な、と彼は怒りを顕にしたが、彼女はふんと鼻で笑うと視線を外した。

 

「して、バニル殿。そちらの連中はお主の知り合いか?」

「うむ。今の我輩は貴族の令嬢に雇われている身でな。こやつらから面白おかしく悪感情を得ながら割と充実した毎日を送っておる」

「ほほぅ。何やら楽しそうじゃな」

 

 興味深そうにバニルの話を聞いていた美女であったが、隣で叫んでいるアルダープがいい加減鬱陶しくなったのか小さく溜息を吐くと再度向き直った。分かった分かった、若干呆れたようにそう言いながら、彼女はアルダープへと問い掛ける。

 

「では、問おう。お主の願いはなんじゃ?」

「決まっている。邪魔者を片付け、ララティーナをワシのものにするのだ!」

「別に構わんが、対価は払えるのか? わらわは基本先払いじゃぞ」

「先払いだと? 碌に実力も見せておらんのに口だけは一丁前か!?」

「……勘違いをしているようじゃから言っておくが」

 

 がし、とアルダープの顔を鷲掴みにする。ミシミシと力を込めながら、美女はその口角を三日月に歪めた。

 

「お主が出来たのは召喚だけじゃ。わらわが従う理由は何もない」

「フハハハハ、悪運だけの小物領主よ。残念だったな、汝は選択肢を選び間違えた。もう少し態度を改めておけば、今頃笑っていたのはそちらだったのにな」

 

 勿論こうなるのは知っていたが。口には出さず、しかしまあ彼女のことだから、とバニルは視線でペコリーヌ達に忠告した。離脱するか、最低限もう少し下がれ、と。

 離脱、は最悪アルダープを逃してしまう可能性がある。仕方ないと警戒しながら後ろに下がった四人は、アルダープを離した美女の動きを油断なく見ていた。

 

「まあ、お主がわらわの好む悪感情をよこすというのならば、少しは考えてやっても良い」

「がはっ、はぁ……悪感情……だと?」

「その通り。わらわが求めるのは敵わぬ相手の存在を認めなければならない諦めの感情。見上げなければならない敗北感。それらをよこすのじゃ」

 

 何を言っているのか、とアルダープは顔を顰める。マクスウェルと契約していた時に、本人から伝えられなかったので、彼は悪魔の対価がどういうものか知らなかったのだ。

 一方それらをある程度知っているペコリーヌ達はそれを聞いて怪訝な表情を浮かべる。悪魔は個々で好みの悪感情が違うという話は聞いていた。バニルは人をからかった際の怒りや羞恥が好み。そして目の前の美女の好きな悪感情が。

 

「……なあ、ペコリーヌ」

「どうしました? カズマくん」

「あの美人のお姉さんの言ってる悪感情ってさ」

「何かあるのですか? 主さま」

 

 コッコロもカズマの言葉に食いつく。二人が自身を見詰める中、彼は間違ってたら悪いけど、と前置きして口を開いた。

 

「要は、本心から褒めろってことだよな?」

『はい?』

 

 ぽかんとした表情の二人を見て楽しそうに笑ったバニルは、そういう小賢しいことは鋭いなとカズマを褒めた。嬉しくねぇ、と彼は顔を顰め、それを見てバニルは美味美味と笑う。

 

「まあ確かに、小僧の言う通り。あやつが好む悪感情は、言い換えれば称賛、賛美と呼ばれるものだ」

「それ、全然悪感情じゃない気がするんですけど」

「物は言いよう、ということだ腹ペコ娘よ。事実、相手を決して敵わぬ、自身より上だと敗北を認めたその時に負の感情が何一つ無いということなどあるまい? 特に汝ならば、それがよく分かるはずだ」

「……そう、ですね」

 

 バニルの言葉にペコリーヌが俯く。だからそれは我輩の好みではないのだが、とぼやいたバニルは、向こうで反応しこちらを向いている美女を見て肩を竦めた。

 カズマはそんなペコリーヌを見て、しかし触れてはマズいとあえてスルーした。そうしながら、おいバニルと眼の前の仮面の悪魔を呼ぶ。

 

「あの領主がそれ、出来るのか?」

「無理だろうな。矮小なくせにプライドだけはやたらと高い典型的な小物領主だ、イリヤ殿を満足させる称賛など不可能であろう」

 

 視線をアルダープへと向ける。恐らく同じ説明を受けたのだろう、ふざけるな、と激高している彼を見て、ああこれはもう決まりだと頷いた。

 とりあえずあの領主は向こうの美女と契約を交わすことはない。一行は半ば確信を持ってそう結論付けると、後はあの美女をどうすればいいのかを考え始めた。

 

「案外話は通じそうだが……交渉してみるか?」

 

 聞き役に徹していたダクネスがそんなことを呟く。相手は悪魔、エリス教徒としては討ち倒すべき相手のはずだが、ミヤコと行動を共にするうちに、どうやらそういう思考に染まってきたようだ。

 

「そうですね。戦わなくていいのなら、それが一番ですし」

「はい。主さまは、どうでしょう?」

「いやそりゃ上手くいくならそれでいいけど」

 

 出来るのか、とカズマは不安に思う。いつぞやのバニルのようにいけばそれでいいが、そうでなかった場合。

 

「ふむ。交渉するのはいいが、やるなら急いだ方がいいぞ」

 

 バニルがそんなことを述べる。へ、と視線を彼に向けると、ほんの少しだけ呆れたような顔で、向こう側の彼女を眺めていた。

 

「確かにあやつは我輩と同じくらいには話が通じる。が、こう言ってはなんだが、好みの悪感情の性質上――」

「ふん。ならば少しだけ見せてやろう。わらわの力を!」

「称賛をもらうため勢いで行動することも多々あるぞ」

 

 突き立てていた斧を引き抜く。げ、と一行が目を見開く中、彼女はそれをぶんぶんと振り回し。

 

「わらわは夜を統べる大悪魔、イリヤ・オーンスタイン! さあ、わらわを崇め、讃えよ!」

 

 膨大な魔力を収束させ、床へと叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

「うっひゃぁぁぁ! 何!? 何なの!?」

 

 アルダープの部下をボコしていたキャルは、突如屋敷の一部が吹き飛んだことでそんな声を上げた。ウィズも突然のことに目を見開き、ユカリはそれに加えて不穏な気配を感じ取って表情を強張らせる。

 

「キャルさん」

「な、何?」

「頭のモヤモヤは晴れまして?」

「え? ……あ、思い出せる。クソ領主に騙されてたことも、依頼内容も、全部思い出せる!」

「少なくとも、あのマクスとかいう悪魔は退けたようですわね」

 

 アキノはふう、と息を吐くが、しかしそうなると目の前の惨状が理解できない。恐らく奥の手だったであろうマクスを失ったアルダープが反撃など出来るはずもないのに。

 そこまで考え、ひょっとしてとクリスティーナを見た。彼女は彼女でアキノの思考を読んだのか、笑みを浮かべながらもゆっくりと首を振る。

 

「あれはボスの《プリンセスストライク》ではないな。これはこれは……楽しめそうじゃないか」

「言ってる場合かぁ!」

 

 キャルのツッコミなど聞いちゃいない。クリスティーナはすぐさま屋敷の崩れている方へと駆け出した。待ちなさいよ、とキャルもその後を追いかける。

 はぁ、とアキノは溜息を吐いた。こちらはとりあえず屋敷にいた人達の避難を。そうウィズとユカリに告げ、二人とは違う方向へと駆け出した。

 

「この辺りの人達も、悪魔の影響下から脱したみたいね」

 

 ボコされた部下と降参した部下を診ながらユカリが述べる。手加減をしていたので命に別状は無いが、屋敷がこの状況では放置しておくと危ないのは間違いない。

 大丈夫でしょうか、とウィズが呟いた。目の前の人達のことではない。向こうに行ったキャルや、アルダープをぶちのめしに行ったカズマ達のことである。クリスティーナとバニルは数に入れていない。

 そんな心配されている面々はというと。ふんぬ、と瓦礫を投げ飛ばしたダクネスが、無事ですかとペコリーヌに視線を向けた。彼女が盾になったので、ペコリーヌは勿論コッコロとカズマも汚れているだけで怪我はない。

 

「……地下室吹き飛んだぞ」

 

 ポッカリと空いた空を見上げてカズマが呟く。同じように上と、そして周囲を見渡した面々は、さてではどうするかと向こうを見た。

 はーっはっはっは、と高笑いを上げているイリヤが見える。その横では、一応守られたのか、無事なアルダープが呆然とした表情で半壊した屋敷を眺めていた。

 

「ほれ、どうじゃ? わらわの力は凄いじゃろう。褒め称えてくれていいのじゃぞ?」

「ふ……ふざけるな! ワシの屋敷をこんな……」

 

 だろうな、とカズマ達は聞こえてくるアルダープの叫びを聞きながらそう思った。ちゃっかり防御していたバニルが、激高するアルダープから悪感情を得てご満悦になっている。

 称賛を貰おうとしていたイリヤは、当然そんなアルダープの態度が気に入らない。邪魔者を片付けるのが願いなのだから、何も間違ったことはしていないだろう。そんなことを言いながら、細かいやつだと不満げに唇を尖らせた。

 

「馬鹿なことを言うな! そもそも、邪魔者は片付いておらんではないか!」

「お試しの披露なのじゃからかる~くで当然であろう? きちんと契約をして欲しかったら、はようわらわに対価を寄越すがよい」

 

 駄目だ、とアルダープは判断した。目の前のこの悪魔を使って願いを叶えることは不可能だ。そう結論付けた。元々契約はしていない。ならば、もう一度あの神器を使って召喚を行えば。

 ポケットの石を握り締める。今度こそ当たりが引ければ。そう願いながら、神器の発動を。

 

「ほぅ……何かと思えば、大層な奴がいるじゃないか」

「ん? なんじゃお主は」

 

 イリヤが視線を向けた先、半壊し露出した地下室への入口付近に、クリスティーナが満面の笑みを浮かべて立っていた。舌なめずりをしながら、手にしていた粗雑な剣を構え、足に力を込める。

 一足飛びで間合いを詰めた。入り口からカズマ達を経由し、即座にイリヤとの距離をゼロにする。その衝撃で、隣にいたアルダープは弾き飛ばされた。

 

「む。貴様、ただものではないな」

「オマエこそ。楽しい相手になりそうだ」

 

 クリスティーナの剣を斧で受け止めながら、イリヤは眉を顰める。対するクリスティーナは笑顔を更に強くさせた。一歩下がると、即座に彼女へと斬り掛かる。

 嘗めるな、とイリヤが斧に魔力を込めて振り上げた。当たれば間違いなく致命傷だ。だというのに、クリスティーナは気にすること無く突っ込んでいき。

 

「なんと!?」

 

 当たらない。計算されたのか、決まっていたのか。イリヤの斧は空を切り、そして逆にクリスティーナの攻撃は彼女へと叩き込まれる。

 とはいえ、相手はバニルが認める悪魔。その程度の一撃では倒れるはずもなし。

 

「いいな。凄くいいぞ。さあ、ワタシを楽しませろ!」

「嘗めるでないわ! 夜を統べる大悪魔の力を思い知るがいい!」

 

 人知を超えた何かが始まった。それを呆然と眺めていたカズマ達だったが、そこに駆けてきた人物の声で我に返る。何やってんのあいつ、というキャルの叫びだ。

 

「……なあ、ペコリーヌ」

「はい?」

「とりあえず、今のうちに領主ボコして捕まえようぜ」

「あ、はい。そうですね」

 

 弾き飛ばされた衝撃ですっ転んだままアルダープは動かない。自分達と同じように我に返ってしまえばまた厄介なことになる可能性もある。そうなる前に。

 取り囲まれたことでアルダープは正気に戻った。手に持っていた神器を発動させんと握りしめようとした途端、横合いから槍の柄で打ち据えられ取り落してしまう。

 

「こ、コッコロ?」

「ご安心ください主さま。峰打ちでございます」

「槍の峰どこだよ!」

 

 二人がボケとツッコミを交わしている隙に、キャルがアルダープの落とした神器を拾っていた。なるほどね、と呟き、それをペコリーヌに投げて渡す。返せ、と立ち上がったアルダープの顔面に、キャルは遠慮なくヤクザキックを叩き込んだ。

 

「ふん、よくも人を弄んでくれたわね。このクソ領主」

「……今度こそ、終わりですアルダープ。――ララティーナ」

「はっ」

 

 ペコリーヌの指示で、アルダープの両手ごと体に縄が掛けられる。自身を縛るその相手の名前を叫びながら、彼は抵抗し暴れた。まだ終わってはいない。なまじっかイリヤを喚び出せたことで希望が湧いたのか、マクスウェルを失った時とは態度が違う。

 

「往生際が悪いですね。素直に連行されてくださいませ」

「そうだそうだ。もう諦めろって」

「うるさい! まだだ、まだワシには悪魔が、あそこにいるワシの下僕が!」

「フハハハ。傲慢が過ぎて妄想に取り憑かれてしまった哀れな小物領主よ。そこまで向こうに縋っているのならば、自ら行ってくるがいい」

 

 バニルが手を広げ道を作るように指し示す。その先には、お互いが得物に力を込めそれを開放せんと振り上げる姿が。

 

「刮目しろ! 《ナンバーズ――」

「恐怖しろ! 《ヴァーミリオン――」

 

 え? あれやばくない? カズマがそんなことを言うが早いか遅いかのタイミングで、それが発動する。圧倒的な暴力が、二つ、顕現する。

 

「主さまっ!」

「逃げろぉぉぉ!」

「やばいですね!」

「ヤバいわよ!」

「殿はお任せを! 早く!」

「ま、待て! 待ってくれ! ワシを置いていくな! 助けろ、助け、助けてくれ! ララティーナ! ララティィィィナァァァァ!」

「――アヴァロン》!」

「――バイト》!」

 

 二つの攻撃のぶつかり合いによって、領主の屋敷のあった場所は綺麗サッパリ何もない更地となった。

 

 

 

 

 

 

「納得いかん! 納得いかんぞ!」

 

 アクセルのギルド酒場でジュース片手に管を巻いているのは一人の少女。ワンピースの上からマントを羽織り、つばの広い帽子を被ったその姿は非常に可愛らしい。少し外ハネした長い黒髪を揺らしながら、ドンとカップを机に叩きつけた。

 

「ま、まあ。その辺にしておいたらどうだ?」

 

 対面にいるダクネスがその美少女を宥めるが、彼女は気に入らない様子で頬を膨らませている。大体、とダクネスを睨み付けながら愚痴るように口を開いた。

 

「お主は何故あの攻撃の中で無事なのじゃ」

「何故と言われても」

 

 ポリポリと頬を掻く。自分はクルセイダー、人々の盾となるのが仕事なのだ。ならば、如何様な攻撃であろうと立っていることこそ、騎士としての本懐。

 まあそれはそれとして、あれだけの激しい攻撃から主君を守り全てを食らうというシチュエーションはダクネスにとって中々高ぶるものであった。だって食らったら讃えられるのだもの。

 勿論後半は言わない。対面の少女はやはり納得いかんとジト目でダクネスを見詰めていた。

 

「……それに、二人共本調子ではなかったのだろう?」

「それは、そうなのじゃが……」

 

 ぐぬぬ、と顔を顰める。あの時、あの瞬間。本気で攻撃をぶっ放しはしたものの、それが全力であったかといえば答えは否。

 アルダープの屋敷を破壊した一撃だが。クリスティーナが持っていた適当に用意した剣は勿論耐えきれずに刀身が消し飛んだ。おかげで威力は半減以下である。こんなことならば聖域剣アヴァロンを持ってくれば良かった、と笑う彼女は記憶に新しい。

 そしてもう一方。地獄の大悪魔イリヤ・オーンスタインであるが。

 

「まさか、こんな中途半端に召喚されておるとは……」

 

 アルダープの、追い詰められて咄嗟に使った程度の絞りカスのような力では、イリヤをきちんとこちらに喚ぶのは無理だったらしい。なんとか態勢は整えたものの、普段通りに力を使おうとすればあっという間にガス欠を起こすくらいにしか身体は作られておらず。

 何も考えずに力を使った結果、現在、非常にコンパクトな省エネモードを取らなければ顕現するのが不可能となった。

 

「別に一度帰れば問題ないのじゃが……その場合再びこちらに来るのが非常に面倒でな」

「そこまでしてここに残らずとも……」

「嫌じゃ。わらわもここで面白おかしく暮らしたい」

 

 バニルの言っていたこの街の生活は、イリヤにとって非常に魅力的であったらしい。ついでに、バニルと同じくどこかに所属するというのが楽しそうという理由で、彼女は丁度いい隠れ蓑を捜索中だ。

 はぁ、とダクネスが溜息を吐いた。このまま放置しておくと、間違いなく問題を起こすか、変人窟の生贄になる。どちらにせよ、アルダープがいなくなったことでアクセルの領主代行をしているダスティネス家にとっては厄介事以外の何物でもない。

 

「イリヤ」

「ん?」

「なら、私の仲間にならないか?」

 

 ほう、とイリヤがダクネスを見る。それはつまり、そういうことかと口角を上げた。

 

「この街の領主と契約した悪魔になれと、そういうことじゃな? まあ喚び出された理由はそれじゃから、わらわとしては異論はないが」

「いや、そんな固く考えなくともいいのだが……」

 

 頬を掻きながらダクネスは苦笑する。契約だとか、そういうものではなく。ただ単に放っておくと心配だからというだけだ。

 ともあれ、イリヤはよかろうと右手を差し出した。ダクネスはその手をしっかりと握り、よろしく頼むと彼女に返す。

 

「じゃが、ララティーナよ。わらわを囲い込むのならば、わらわ好みの悪感情を忘れるでないぞ」

「分かっている。お前を褒め称えてやるさ。……それはそれとして、ララティーナはやめてくれ」

 

 

 

 

 

 

 そんな酒場とは別の場所。アメス教会の一室で、キャルはぼんやりと窓から外を見ていた。ぼーっと、流れる雲を眺めていた彼女は、背後から声を掛けられたことでビクリと跳ねる。

 

「今日は、出掛けないんですか?」

「そっちこそ。バイトはいいの?」

「あはは。ちょっと疲れたので、暫くお休みです」

 

 振り返り、声を掛けた相手であるペコリーヌに言葉を返す。彼女の返事を聞いて、そう、と短く返すとキャルは再び空を見た。

 

「ねえ、ペコリーヌ」

「どうしました?」

「あたしは、処刑されないの?」

 

 捻じ曲げられようが、辻褄合わせの駒にされようが。領主の依頼を受けて、第一王女に危害を加えようとしたことは間違いない。なまじっか記憶を取り戻してしまったことで、キャルはその考えを強く持つようになってしまった。

 が、そんな彼女の言葉を、ペコリーヌはどうしてですかと軽い調子で跳ね除ける。

 

「だってキャルちゃんは何もしてませんよ?」

「は?」

「第一王女ユースティアナには、一切危害は加えてません」

「……隠し通す気? そんなことして」

 

 違いますよ、とペコリーヌは笑みを浮かべた。普段とは違う、スチャラカなペコリーヌの笑みとは違う、どこか黒い笑みを浮かべた。

 

「今回の事件は、全てアルダープ一人の仕業です」

「……は? へ?」

「散々色々と捻じ曲げて辻褄を合わせてきたんですから、その分捻じ曲げて辻褄を合わせられちゃっても、文句は言わせませんよ」

 

 任せろボス、と大笑いしていたクリスティーナの顔を思い浮かべる。今頃ジュンと二人で無茶苦茶やってるんだろうな、とペコリーヌは向こうの様子を想像し吹き出した。

 まあそういうわけなので、と彼女は振り向いたキャルに笑顔を向ける。いつものペコリーヌの笑顔で、安心してくださいと言葉を紡ぐ。

 

「幸いアルダープの養子は誠実な人格者ですし、落ち着いたらダスティネス家と共同で領主の仕事もやってもらいましょう」

「あんた……それでいいの?」

 

 自分を助けるために、無理矢理。そんなことを考えての一言であったが、対するペコリーヌはキョトンとした顔だ。まあ確かにそういう側面もありましたけど。そんなことを前置きし、彼女はチッチッチと指を振る。

 

「そもそも、キャルちゃんが危害を加えたのは冒険者のペコリーヌですからね。ユースティアナは関係ありません」

「こいつ……っ」

「というか、そこら辺厳密にしちゃうとカズマくんが……」

「あー……」

 

 これまでの奴の所業を思い出す。うん、間違いなく処刑だ。何かを納得したように頷いたキャルは、脱力したように肩を落とした。

 分かった分かった。そんな投げやりな言葉を述べた彼女は、再度視線を窓の外に向けた。

 

「……ペコリーヌ」

「はい?」

「また、これからも……と――仲間として……よろしく」

「――っ! 勿論ですよキャルちゃん!」

「だ、から! 抱きつくなー!」

 




カズマ「暇だな」
コッコロ「そうでございますね」

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