プリすば!   作:負け狐

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例のアレ、導入編。


その47

「ダクネスがぁ……ダクネスがぁ……」

 

 ギルド酒場で自棄酒を浴びながら机に突っ伏しブツブツと呟いているのは一人の盗賊の少女。その名はクリス。敬虔なエリス教徒として知られており、その信者ぶりはたまに他の冒険者が引くほどだ。

 そんな彼女がなぜやさぐれているのかというと。

 

「別にそこまで気にすることないのに~」

「気にするに決まってるよ! 元エリス教徒なんだから分かるでしょ!」

 

 がぁ、と対面の酔っぱらいに吠える。対するへべれけは、そりゃ分かるけど、と目の前に置いてある五杯目の麦しゅわをグビグビと飲んだ。

 

「何か街が危険にさらされてるわけでもなし。大丈夫なら、大丈夫よぉ」

「大丈夫じゃない! だって悪魔だよ!?」

「正直ぃ、ミヤコちゃんの方が、起こした問題は酷かったと思うんらけどなぁ」

「悪魔は存在そのものが害悪なの! 何で分かってくれないのさ!」

 

 どん、と机を叩くが、対面の酔っぱらいは微塵も動じない。そもそも話をまともに聞いているかも定かではないが、とりあえず彼女はクリスに向かって笑みを見せた。そこら辺は分かんないなぁ、と言ってのけた。

 

「だって私ぃ、もうアメス教徒だも~ん」

「ユカリぃぃぃぃ! 何で!? 何でなの!? ――そんなにエリスは駄目でしたか!? アメスと比べて、エリスは貴女を引き留めるだけの力がありませんでしたか!?」

 

 余程ショックだったのだろうか。クリスの口調が若干怪しい。普段の盗賊少女然としたものではなく、どこか神官のような丁寧さで。

 そんな彼女を見ていたユカリは、追加の麦しゅわを飲みながら、別にそういうわけじゃないと返した。エリスが駄目だ、などということはない。そう続けた。

 

「ただ。今の私の立ち位置には、女神アメスの教義の方が合っていたってだけ。女神エリスが嫌になったからって理由じゃないわ」

 

 実際、同僚がリッチーや大悪魔だったり別部署の人員がサキュバスだったりしているので、間違いなくエリス教徒はやってられない。とはいえ、彼女は聖騎士。理由がそうでもきちんと信仰心は持ち合わせているし、アメス教会アクセル支部の責任者としてしっかりと活動もしている。

 だからこそ、クリスは彼女がこちら側にいないのを嘆いた。

 

「まあ、クリスもぉ、もう少し軽く考えたらい~んじゃない?」

「軽く……?」

「そ~そぉ。ダクネスのところで悪さしてないんだから、これはエリス教徒の力が強いぃってことで、いいんじゃない?」

「……誤魔化されてる」

 

 目の前の酔っぱらいに説得される時点で相当だ。それが分かっているからこそ、クリスも言うのは捨て台詞のような文句だけだ。が、それでも。ダクネスが、女神エリスの信徒が、クリスの親友が、彼女達と共にいるから。そう言われたのならば。

 納得はしない。が、多少は溜飲を下げることは出来たかもしれない。はぁ、と溜息を吐いたクリスは、ありがとうとお礼を言いながら対面の彼女へと視線を。

 

「すぴゃぁ~……はひゅぅ」

「……この、酔っぱらいめ……」

 

 ジョッキを持ったまま寝息を立ているユカリを見て、クリスは先程よりも深く大きい溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 そんな騒ぎも過ぎ去り、やはりというかなんというか住人がイリヤをあっさりと受け入れたアクセルの街もそろそろ冬が終わる。今年の冬は大分色々あった、と思い出話に花を咲かせる者もいるが、普通はそんな軽い調子で済ませる事態は殆どない。

 とはいえ、だからこそこの街は平常運転でいられるし、だからこそ悪魔や幽霊がその辺をうろついていても気にしないでいられるのだ。

 勿論それは冒険者や平民など、特別な立場を持たない者達の話である。立場ある人間は、後始末に東奔西走真っ只中であった。

 

「バルター! そちらの書類は終わっているか!?」

「ああ、はい。これでいいでしょうか、ララティーナ様」

「……流石だな。あんなことさえなければ、すぐさま領主の座を譲って冒険者に戻るのに……」

「ダスティネス卿にも色々と考えがあるのでしょうから、それは」

 

 バルター、と呼ばれた青年が苦笑する。それに溜息で返したダクネスは、別に冗談ではないぞと続けた。

 

「アルダープ本人には国家転覆罪は適用されたが、それだけだ。領主として、新しいアレクセイ家として、今後やっていけるようにとユースティアナ様が尽力してくださった結果だ」

「……はい。ユースティアナ様には感謝してもしきれません」

 

 だからこそ、貴族としての責務は全力でこなす。そんなことを言いながらバルターは新たな書類に取り掛かる。それを見ながら、だからさっさと首を縦に振ってくれないだろうかと思いながらダクネスも書類仕事に戻った。

 さっきはああ言ったが、目の前の青年が領主の座に返り咲くと意思表示さえすれば、ダクネスの父親、ダスティネス家当主イグニスは迷うこと無く王家に進言するだろう。よくぞ立ち直ってくれたと喜ぶであろう。養父の所業が許せず、それを止められなかった自身を責める。領主代行の手伝いであるこの仕事も、とりあえずはそのサイクルを脱するためのリハビリを兼ねているのだから。

 尚ダクネスがここに押し込まれているのは別の理由である。

 

「ダクネスよ。この書類の不備は直さなくともよいのか?」

 

 明らかに領主の仕事の場に似つかわしくない少女が、書類をヒラヒラとさせながらそんなことをのたまう。何、とそれを受け取ったダクネスは、書かれている数値が間違っていることを確認しあからさまに顔を顰めた。

 

「……助かった。流石だな、イリヤ」

「ふふん、そうであろう? これでも公爵級の大悪魔じゃからな。このくらいお手の物よ」

 

 ワンピース姿の美少女が高笑いを上げるのを見ながら、バルターは口角を上げる。養父が悪魔と契約し暴虐の限りを尽くしていたという話は聞いている。だから、最初はそれと同じ存在であるというこの少女と、そしてそれを引き入れたというララティーナを警戒していたのだが。

 

「そうですね。イリヤさんがいてくれて、本当に助かっています」

「うむ。良い心がけじゃぞ。しかし、どうせならもっとわらわを称賛すれば良いと思うぞ?」

 

 どうやら、ダスティネス家のご令嬢が信用するだけあって、この悪魔は大分人が良いらしい。称賛、賛美の感情を欲するという理由でこうして仕事の手伝いを行ってくれる彼女を見ていると、種族の違いなど些細なことのように思えてしまう。

 

「ダクネス~。おやつのプリン、ダクネスの分も食べておくの」

「ああ、好きに食え。その代わり、こっちの邪魔はするなよ」

「言われなくても分かってるの。ミヤコをその辺の浮遊霊と一緒にするななの」

 

 にゅ、と扉を貫通して出てきた少女に別段驚くこともなく、向こうもそれが当たり前のような動きで再度扉をすり抜けていなくなる。

 

「この空間は、ある意味アクセルの縮図ですね」

 

 バルターの呟きに、ダクネスは苦い顔を浮かべた。好き好んで、積極的に人外を集めているわけではない、と。たまたま囲い込んだ厄介事が幽霊と悪魔だっただけだ。彼女はそう続けた。

 

「ああ……だが、そういって疑われ罵倒されるというのもそれはそれで……」

「その反応はわらわの欲しい悪感情とは違うのぅ」

「あはは……」

 

 はぁ、と溜息を吐くイリヤと苦笑するバルター。この瞬間は、人間も悪魔も思いが重なっていた。

 そんなことをしながら書類仕事を続けていたが、ふとバルターが思い出したように呟いた。そういえば、と言葉を紡いだ。

 

「僕は結局、この街におられるというユースティアナ様にお会いしたことがないんですよね」

「ああ、そうか。そういえばそうだったか」

 

 ペンを置き、ダクネスがふむと考え込む仕草を取る。そうしながら、彼女はユースティアナ第一王女の現在の姿を思い浮かべた。

 

――ダクネスちゃん、ご飯食べません?

――ここのメニュー、とりあえず全部ください。

――いらっしゃいませ~。こっちの席にどうぞ。

 

 駄目だ。とりあえず酒場のウェイトレスをしている姿を見られるのだけは絶対に駄目だ。あれは自身の父であるイグニスでギリギリだ。バルターが出会ったら卒倒してしまうこと間違いなしだ。むしろ普段の姿でアウトな可能性すらある。

 

「……ユースティアナ様の現状はお忍びの冒険者だ。第一王女としてのあのお方に、こちらから会いに向かうのはご迷惑になる」

「成程。そうですね。確かにその通りだ」

 

 よし通った。内心で拳を振り上げながら、ダクネスはなるべく平静を保ったままそういうわけなのでやめておけと続けた。続けようとした。

 ならば、冒険者としての彼女に接触するのは大丈夫なのか。その直前に、彼からそう言われたことで動きが止まった。

 

「やめておけ」

「え?」

「悪いことは言わん。やめておけ。これはダスティネス・フォード・ララティーナとしての言葉ではない。冒険者ダクネスとしての忠告だ」

「は、はぁ……」

 

 有無を言わさぬ迫力があった。横で見ているイリヤはケラケラと笑っている。しがらみが多いと大変だな。そんなことをのたまいながら、彼女は書類に不備なしと承認印待ちの棚へそれを置いた。

 そのタイミングで扉が勢いよくノックされる。何事だ、とダクネスが用件を尋ねると、至急お耳に入れたいことがと返事が来た。許可を出し、執事を部屋に入れると、彼女はその内容を問い掛ける。

 

「実は……トランザム家の当主が倒れたとの報告が」

「なっ!? ついこの間前当主が亡くなられたばかりなのに……! そ、それで、当主殿の容態は!?」

「幸い命に別条はないとのことですが……」

 

 執事はそこで言い淀む。そうした後、とある冒険者パーティーが何かをしたのではないかと疑われているという話を告げた。

 何でも、アクセルの聖騎士として有名なアークプリーストに指名依頼を出したところ体調不良で断られたため、代理としてもう一人の有名なアークプリーストが所属するパーティーへと依頼を出したのだとか。

 

「……アクセルの、有名な、アークプリーストがいる冒険者パーティー?」

「はい」

 

 そうしてやってきた四人を迎えたトランザム家新当主のエイブラムは、対面時に突如顔を真っ青にして泡を吹き倒れた。そういうことらしい。

 

「何故……! バレバレの時はこの間のように変装をするとかの工夫をしなかったのですか……!?」

「お、お嬢様!?」

「ああ、いや、こちらの話だ。……このことは、お父様に?」

「はい。イグニス様に伝えたところ、お嬢様の方で解決するように、と」

 

 まあそうなるな。がくりと肩を落としたダクネスは、とりあえずトランザム家にこれ以上事を大きくしないよう伝達を、そして。

 

「その冒険者パーティーは、今どこに?」

「とりあえず事情を聞くためこの屋敷に呼んでおりますが」

「分かった、至急そちらに向かおう。イリヤ、バルター」

 

 すまないが、残りを一旦任せる。そう告げて、ダクネスは立ち上がると一目散にその場所へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

「気を抜き過ぎです! いいですか!? 私はこの胃痛はちっとも気持ちよくないのですから!」

「おいどさくさ紛れでヒデェ事言ってるぞあのドM」

「しっ。今のあたし達は部外者なの。説教が終わるのを黙って見てましょう」

「ですが……」

 

 コッコロはキャルの言葉に眉尻を下げる。そもそも、今回の騒動の原因が本当にペコリーヌなのか、それが彼女は分かっていないのだ。カズマもそれは同様だが、そこを知ると碌なことにならないのを察していたので、キャルの言葉に別段反論しない。

 

「うぅ……ごめんなさい」

「アルダープの一件で貴族は今少し過敏になっています。くれぐれも、くれぐれも! 余計な行動は慎むように、お願いします」

「はぁい……」

 

 しょんぼり、と項垂れるペコリーヌ。そんな姿を見て溜息を吐いたダクネスは、せっかくなのでどこか旅行にでも行ってはどうかと進言した。後始末が終わるまでまだ二週間は掛かる。その間、同じようなことが起こらないとも限らないのだ。

 一方、それを聞いたカズマ達はわりと他人事のように聞いていた。旅行と言われても、特に当てもない。そもそもカズマはこの街以外の世界を殆ど知らないのだ。

 

「なあ、コッコロ。この辺に旅行出来そうな場所ってあるのか?」

「旅行、でございますか……」

 

 ううむとコッコロも考え込む。いかんせん彼女も田舎の村で暮らしてきた身。そういう広い世界のことは分からないことだらけだ。

 となると、と視線をキャルに向ける。そんな目で見られても、と彼女は顔を顰め頬を掻いた。

 

「あたしだって別にそういうの知ってるわけじゃないわよ。まあでも、アクセルからちょっと旅行ってなると……紅魔の里とか?」

「紅魔の里ですか~」

 

 いつの間にかこちらの会話を聞いていたらしいペコリーヌがそんなことを呟く。成程確かに一風変わった場所で、かつ観光地としてもある程度考慮されている。選択肢としては問題ないだろう。

 

「後は、まあ王都とか」

「……確かに、いっそ王都に行くのもありかもしれませんね」

 

 何かを考え込むような仕草を取った彼女は、キャルの言葉に頷き、とりあえず候補はそんなところかと述べた。

 そこまでぶっ飛んだ場所がでなかったことで、ダクネスも胸を撫で下ろす。あくまで提案であり、無理強いをしているわけではない。そのこともきちんと伝え、ただ大人しくしているならばそれでもいいと言葉を続けた。

 

「まあ、ここのところバイトもお休みしてますけど」

 

 かといって拠点でじっとしているのも性に合わない。だからこそ久々の依頼で気合を入れていたのだ。結果として空回りの大問題になったのだが。

 あはは、と頭を掻く。視線をカズマ達に向けると、そういうことなんですけどと述べた。

 

「ま、いいんじゃねぇの? 旅行ってのも」

「はい。ワクワクいたします」

「好きにすれば? どうせ暇なんだし」

 

 三者三様の答えを聞いて、ペコリーヌは笑顔を見せる。じゃあ旅行の計画を立てましょう。そう言って元気よく腕を振り上げた。とても元気よく、彼女の胸部も上下に揺さぶられる。

 そんなこんなで事態の解決をとりあえず済ませたダクネスは、彼女達を屋敷から見送ると、二人に任せきりだった書類を再開しようと踵を返した。そうしながら、ふと気になったことを呟く。

 

「旅行、といえば……まず真っ先に出るのはあの二つよりも水と温泉の都だと思ったが」

 

 意図的に避けていた。というよりも、思い出さないようにしていたような気がする。そんなことを思いつつ、まあ気の所為かとダクネスは頷いた。

 

「まさかキャルがアルカンレティアに関係している、などということもないだろう」

 

 ただの杞憂だ。彼女はそう結論付けた。

 

 




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