プリすば!   作:負け狐

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このすば感が薄い


その5

「はい、では、ジャイアントトードが全部で……十三匹?」

 

 受付でクエスト達成報告をしたカズマは、昨日と今日との合計数を計算して目を丸くするルナを見ながら、どこか満足げに立っていた。初心者の、それも最低職である冒険者たるカズマが、初のクエストでそれだけの戦果を上げたのだ。いくら讃えてくれても構わない。そんな気持ちで。

 

「何ドヤ顔してんのよ。あんたの活躍なんかほんのちょっとじゃない」

「あぁ? 何口出ししてんだトレイン猫娘。大体、お前が鼻水垂らしながらこっちに突っ込んでこなかったら平穏にクエストは終わってたんだっつの」

「は、鼻水は垂らしてないでしょ!? そりゃ、悪かったとは思うけど……」

「はぁぁぁ? きーこーえーまーせーん!」

「ぶっ殺すわよこのクソ野郎!」

「ほ~ら本性表しやがった。見知らぬ冒険者を危険に晒した罪を認めず、反省の色も見当たらない。これはもう、警察に突き出すのが妥当じゃないですかねぇ」

「んぐっ……! ……ご、ごめん、なさい」

「聞こえないな。もっと大きな声で言いなさい」

「んんんん! むっかつくぅぅぅぅ!」

 

 きしゃー、と尻尾と猫耳を立てながら地団駄を踏む少女を満足気に眺めたカズマは、ギルドが用意した報酬を受け取りながら視線を横にいた二人に移動させた。あはは、と苦笑しているペコリーヌと、二人のやり取りを優しげな表情で見ているコッコロへと。

 

「仲がいいんですね、カズマくんとキャルちゃん」

「どこをどう見ると仲良いように見えるのよ! あんた目腐ってんじゃない!?」

「主さまが生き生きとされていて……わたくしも大変嬉しく思います」

「そしてあんたは何なの!? 保護者!?」

「ああ、そうだぞ」

「迷いなく言い切った……。え、ちょっと、本気? 引くんだけど」

「はぁ? お前コッコロ馬鹿にしてんのか!?」

「あんたの! 立ち位置に! 言ってんの!」

 

 言い争いリターンズ。いい加減面倒になってきたのか、その辺りでルナが声を掛け騒ぐなら向こうの酒場でと追い払った。割とガチギレ気味だったので、カズマもキャルも素直に応じてテーブルへと向かう。四人がけのテーブルに座った一行は、そこでふうと一息ついた。

 

「改めて。お疲れさまでした」

「はい、お疲れさまでした。ペコリーヌさまには、随分と助けられてしまいましたから」

「いえいえ。コッコロちゃんの支援と槍さばきも凄かったですよ。それに、キャルちゃんも」

 

 ね、とペコリーヌが隣に座る猫耳娘、キャルに視線を向ける。話を振られたことでビクリと肩を震わせたが、どこか恥ずかしそうにそっぽを向くと別にそんなことはないと呟いた。

 

「元はと言えば、あたしのせいだから……。頑張るのは当然じゃない。二人が前衛にいたから、魔法もやりやすかったし」

「またまたぁ。凄かったですよ、キャルちゃんの魔法。ひょっとしなくても、上級職だったりしません?」

「……一応、アークウィザード。……成り立てだけど」

 

 そっぽを向いたままそう答える。凄いですね、とそんな彼女を褒めながら、ペコリーヌはよしよしと頭を撫でていた。

 そんな二人の絡みを見ながらカズマは注文した飲み物を呷る。ぷはぁ、と息を吐くと、ところでお前らいつまで一緒にいるんだと述べた。その言葉にコッコロが少しだけ首を傾げ、ああ成程と手を叩く。

 

「主さまは、お二人とパーティーを組むおつもりなのですね」

「うぇ? いや、どっちかというと逆――」

 

 何かよく分からん厄ネタ抱えた大食い娘と、ド直球でトラブルを運んできたギャーギャーうるさい猫耳娘。はっきり言って異世界ファンタジーの仲間としては微妙だ。もっとこう、正統派な面々と堅実な冒険がしたい。そんなことをカズマは思ったりもしていた。

 が、それを言おうとしてふと思い留まる。先程のカエル討伐の時に二人の力は見た。他の冒険者がどのくらいのレベルなのか確認してはいないが、少なくとも彼女達は初心者ではない。仮に、同じくらいのレベルの冒険者とパーティーを組もうと思ったら、どれほどの労力が必要なのか。とんでもないババを引かされる可能性もあるのではないだろうか。

 

「いや、そうだな。コッコロ、お前の言う通りだ」

 

 コトリ、とカップを机に置く。そうした後、カズマは目の前の二人に視線を向けた。コッコロに、お口が汚れていますと拭かれながらキメ顔をした。

 

「なあ、俺達のパーティーに入らないか?」

「いいですよ」

「嫌」

 

 即答なのは同じであったが、返事は真逆であった。ペコリーヌはご飯のご恩もありますから、と笑顔で了承し、これからお願いしますねとカズマの手を握りブンブンと振っている。柔らかくて温かかった。彼は後にそう語る。

 そしてもう一方。キャルは心底嫌そうな顔を浮かべカズマを見やる。何でお前らの仲間にならないといけないのだ。完全に表情がそう物語っていた。

 

「そもそも。あんたさっき言いかけたのはパーティー勧誘じゃないでしょ。さっさとどっか行けって顔してたもの。……そういうの、分かるの」

「失礼な。この俺がそんな心無いことをするように見えるのか?」

「全身からそういうオーラ漂わせてるわよ! とにかく、あたしはお断り。元々こっちは一匹狼の傭兵冒険者よ。今だってちゃーんと依頼を受けてるんだから」

「猫なのに一匹狼……ぶふっ」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 ばん、と机を叩いて立ち上がったキャルは、ふんと鼻を鳴らすと踵を返した。手をひらひらとさせながら、それじゃあと言い放って酒場を出ていく。振り向くことは一切せず、名残惜しさを感じていないようにも思えて。

 

「あらら、フラレちゃいましたね、カズマくん」

「その表現はおかしい」

「主さま。我慢なさらなくとも、いいのですよ」

「違うから! あ、でもそれはそれとして後で膝枕はしてください」

「……やばいですね」

 

 劣情とは違うから、まあクレアよりはマシかな? そんなことを思いながら、ペコリーヌはウェイトレスにメニューを上から順に全部頼み始めた。

 

 

 

 

 

 

 カズマ達から別れたキャルは、通りを一人で歩きながらぶつぶつと文句を呟いていた。文句、とは言うものの、その表情はどことなく楽しそうで。

 はぁ、と息を吐くと近くのベンチに腰を下ろす。さっきはああ言ったものの、受けていた依頼は失敗確定な上貸し出されたアイテムを破壊してしまったので戻るに戻れない。このままバックレても追っ手が来るような仕事ではないのが不幸中の幸いだが、かといって放置していては間違いなく評判が落ちる。パーティーも組まず一人行動しているような魔法使いに、悪評まで加わってしまえばそれこそ食い扶持がなくなるわけで。

 

「あー……そういえば、そろそろキャベツの収穫時期ね」

 

 空を見上げながらそんなことを呟く。緊急クエストが発生したら、そこで狩れるだけキャベツを狩ってどこか遠出でもしようか。ぼんやりと予定を立て、よし、と彼女は立ち上がった。とりあえず今日の宿を決めなくてはいけない。野営でもいいが、流石にそれは最終手段に取っておいて、適当な馬小屋で寝よう。そう結論付け、キャルは歩き出す。

 宿で空いているか尋ねると、ちょうど今ちょっと変わった連中が寝泊まりしているのでスペースが空いているという話を聞く。値段も手頃だったのでじゃあと即決すると、今日の疲れを休んで癒そうと馬小屋の方に。

 

「おや、キャルさま」

「え?」

 

 その入口の前で、パタパタと米を炊いているコッコロの姿が目に入った。目をパチクリさせたまま固まっていると、馬小屋からはどうしたんだという声とともに一人の少年が姿を表す。

 

「なんだ、トレイン猫娘か」

「何だとは何よ! 後その呼び方やめろ、あたしはキャルってちゃんとした名前があるんだから」

「おう、じゃあキャル。何か用か?」

「何もないわよ。あたしもここで寝るってだけ」

「あ、そ。……待て、今なんつった」

 

 どうでもいい、とばかりな反応をしたカズマだったが、ふと何か重大なことに気付いて足を止めた。ギリギリと軋んだ音を立てながら振り向き、キャルを見る。

 

「だから、あたしも今日はここで寝るって言ったの」

「……馬小屋、ここしかないんだけど」

「そうみたいね。スペース貰うわよ」

「……お、おう」

 

 冒険者としては当たり前のことなのだろうか。別段気にしたふうもないキャルを見て、カズマは思わず喉を鳴らす。ファーストコンタクトがアレだったおかげで意識していなかったが、胸はともかくキャルも分類的には相当の美少女だ。しかも猫耳、尻尾まで完備。その手の需要があればバカ売れ間違いなしの優良物件。

 それが今日、カズマと同じ空間で寝るらしい。

 

「あ、言っとくけど」

「な、何でございましょうか」

「何よその口調。……手を出したらぶっ殺すから」

「はんっ! 誰がお前みたいな貧乳に欲情するか! 大体俺の年下の許容範囲は二つまでだ。最低限十四以上は」

「……あたし、十四なんだけど」

「……」

「……」

 

 うん、何となく分かってた。胸はあれだけどそれ以外はちゃんとある程度育っているものね。うんうんと脳内で納得をしてから、カズマはゆっくりと視線を逸らす。わざとらしい咳をすると、さてコッコロのご飯たーべよ、と何もなかったかのようなムーブを始めた。

 暫し目を瞬かせていたキャルは、ゆっくりと杖を構え。

 

「キャルさま。よろしければ、キャルさまもどうでしょうか?」

「へ?」

 

 コッコロの声で我に返った。炊き込みご飯らしきものが木の器に盛られ、ほかほかと湯気を立てている。美味しそうなその出来栄えに、思わずキャルの喉がごくりとなる。

 

「べ、別にいいわよ……お腹すいてないし」

 

 お約束と言うべきだろうか。そのタイミングで腹が鳴る。ぐぐーぅ、と盛大なそれを聞いて、コッコロは優しく微笑んだ。

 そして。

 

「ぶあっははははは! 何お前、完璧な前フリから完璧な腹の音とかどういうこと? 何なの? 芸人でも目指してんの? 冒険者じゃなくて大道芸身に付けたらいいんじゃね? 花鳥風月とかいうのがおすすめらしいぞ」

「こ、の……っ!」

「主さま、少し言い過ぎです。微笑ましいではないですか。お腹が空くのは、健康な証拠でございますし」

「あんたは優しく諭すんじゃない! お母さんか!」

 

 そういうわけでご飯は一緒に食べた。コッコロの炊き込みご飯は非常に美味しく、しかし猫舌のキャルは二回ほど熱くて悶えたことをここに記しておく。

 

「ダチョウ倶楽部かよ! やっぱり芸人じゃねぇか!」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 そしてこんなやり取りがあったことも記しておく。

 

 

 

 

 

 

「へー。じゃあ一緒にご飯を食べたんですね。いいなぁ」

「もしよろしければ、今度はペコリーヌさまもご一緒に」

「はいっ! ご飯はみんなで食べると、とっても美味しくとっても楽しいですからね!」

「言っとくがお前の食う分は自分で払えよ。俺はびた一文奢らんからな」

「ふふっ、分かってますよ」

「フリじゃねぇぞ。違うからな!」

 

 翌日。昨夜は飲食店全メニュー制覇をはしごしていたペコリーヌと合流し、ギルドでそんな会話をしていた時である。

 突如大音量のアナウンスが響き渡った。どうやら魔法か何かで放送のようなことをしているらしい。そして、それによると緊急クエストが発令されたのだとかなんとか。

 

「緊急クエスト? モンスターの襲撃でもあったのか?」

「どう、でしょうか? あまりみなさまは慌てておられないようですし」

「……んー。多分、キャベツじゃないですか?」

「ああ。成程、そうでしたか」

 

 どことなく不安なカズマとは対照的に、ペコリーヌは涼しい顔である。首を傾げていたコッコロも、彼女の言葉を聞いて安堵したように息を吐いた。

 一方のカズマ、ハテナマークが更に浮かぶ。キャベツ? キャベツって何だ? そんな名前のモンスターでもいるのか? そんな疑問が頭をぐるぐると周り。

 

「ああ、そうでした。申し訳ありません主さま、主さまはこちらのことが疎いのでした」

「え? そうなんですか? 随分と遠い場所から来たんですねぇ」

 

 頭を下げるコッコロにいや全然大丈夫と首を横に全力で振ると、周囲の人間から新しく白い目で見られるのを防ぐべく頭を上げさせた。そうした後、説明よろしくお願いしますとこちらが頭を下げる。

 

「頭を上げてくださいませ、主さま。わたくしはガイド役、主さまの疑問にお答えするのは当然のことでございます」

「お、おう。正直もう少しくだけてくれてもいいんだが……とりあえず、説明を」

「はい。キャベツなどの野菜は、収穫の時期になると畑を飛び出し、世界中を駆け抜け、人しれぬ場所で朽ちていく習性を持っていると言われております。ですので、野菜を食べるにはその前に捕獲しなくてはいけません」

「……へー」

 

 カズマは考えることをやめた。コッコロが嘘を吐くような人間ではないことはよく知っている。つまりは本当のことなのだろう。が、だから何だというのだろう。それを聞いて何か気合が入るだろうか、いや、ない。

 

「よーっし、やるわよ」

「……何か気合入ってんな、あいつ」

「あ、キャルちゃん。おいっす~☆」

 

 シラけた目で周囲を眺めていたカズマの近く、やたら気合の入った猫娘の姿が視界に映る。今朝別れたばかりの、昨日結局同じ空間で寝てしまった相手だ。

 

「げ」

「キャルちゃんもキャベツの収穫ですか? よかったら一緒にやりません? その後は、みんなでおつかれさまーって打ち上げするんです」

「嫌よ。そんなことしたら取り分が減るじゃない。あたしはこのクエストでしこたま稼いで、悠々自適な生活をしながらスローライフが出来る土地に引っ越すの。だから、邪魔しないで」

 

 ふん、と鼻を鳴らすと、キャルはペコリーヌ達から離れていく。ざんねん、と肩を落としている彼女を見ながら、まあ今回はこの三人でやろうとカズマが述べた。

 

「お、カズマくんもやる気出ましたか?」

「流石は主さまです」

「いや、そういうわけじゃないが……なんというか」

 

 既に見えなくなった背中を幻視する。さっきの発言といい、その後にこの場から去っていくムーブといい。

 

「フラグにしか見えねぇんだよなぁ……」

 

 ポリポリと頭を掻きながら、カズマはそんなことを呟いた。そうしながら、もし本当にそうだったら盛大に笑ってやろう。ついでにそんなことも考えた。

 




キャルは泣く

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