「どなどなどぉなぁどぉなぁ……」
「おいそれはやめろ。ただでさえ輿――っていうか檻に入ったお前を運んでる時点で注目集めまくってんだから……」
「キャルちゃん……」
「キャルさま……」
水と温泉の都アルカンレティア。そこで目が死んでいる猫耳少女が膝を抱えて檻の中に入っていた。荷車に乗せてそれを引っ張っているカズマ達も、いたたまれなさに何とも言えない表情になっている。
「なあ、もういい加減出てこいって。あの、マナさん? だったかもとりあえずアクシズ教徒としての仕事は終わりでこれから好きに生きればいいって言ってたんだし」
「そうですよ。何だか証みたいなのも貰ってたじゃないですか」
「これで、何の憂いもなくわたくしたちのパーティーに残れるのですし」
口々にそうフォローするが、キャルは虚空を見詰めたままである。時折思い出したかのように視線をキョロキョロさせる辺りが涙を誘った。
「やだ」
「キャルちゃん?」
「外の世界怖い……この中が安全……」
そう呟く彼女を見て、三人ははぁ、と溜息を吐く。とりあえず落ち着くまではこの状態のままかもしれない。果たして落ち着く時が来るのだろうかとカズマは若干不安になっているが、ペコリーヌとコッコロは信じているらしい。
いやコッコロはともかく、ペコリーヌと違ってこいつ割と繊細だからな。口にはしないがそんなツッコミを入れたカズマは、とりあえず宿へと向かってから考えようと足を。
「……何をやっているんだい君達は」
「ん?」
横合いから声。視線をそちらに向けると、いつぞやに見た格好の少年が呆れたような目でこちらを見ていた。顔の造形のレベルはともかく、人種的にはカズマと同じであろうその少年は。
「あれ? お前確か、カツラギ?」
「ミツルギだ! 御剣響夜! まったく……相変わらずだね、佐藤和真」
やれやれ、と肩を竦めるその仕草も絵になる。け、とそんなキョウヤに向かい吐き捨てるような仕草をしたカズマは、何でこんなところにと問い掛けた。アクセル所属のカズマと違い、彼は確か王都で活躍しているはずだ。そこで出会うなら分かるが、ここはアルカンレティア、まったくもって関係がない。
「何でも何も。ここは女神アクア様の総本山だ。彼女に転生させてもらった身としては、定期的に訪れても不思議ではないだろう?」
「……あー、成程な」
どっぷりというわけではないが、要はこいつもアクシズ教徒と同じというわけだ。そんな結論を弾き出したカズマは、分かったじゃあなと話を打ち切った。
当然ちょっと待ったとキョウヤは止めるわけで。
「何だよ。俺はお前と話すことなんぞ何もないぞ」
「僕はあるんだよ。色々と聞きたいこともあるからね」
「えー」
「そこは頷いて!?」
どうしよう、と視線を二人に向ける。キャルは現状ノーカウントなので、ペコリーヌとコッコロの意見次第だ。とはいえ、この状態で彼女達が首を横に振るわけが。
「あの、今キャルちゃんがこんな状態なので」
「あまり悠長にお喋りをするのは、いかがなものかと」
「あれ?」
予想外の答えにカズマの方が思わず目を見開いた。しかしよくよく考えてみれば至極当然である。大事な仲間、友人がドナドナ状態なのだから、そっちを優先するに決まっている。
「そういうわけだ。悪いな」
「欠片も悪いと思わない笑顔で言うのはやめてくれ。せめて表情は取り繕おう?」
「素直をモットーにしてるからな」
「絶対ウソだ!」
盛大にツッコミを入れたキョウヤは、肩を落とすとキャルを搭載している荷車を持つ。運ぶのを手伝うよ、そう言いながら、視線をカズマへと向けた。これで話が出来るだろう、とそういうわけらしい。
同意を求めるようにカズマは視線を動かす。まあそこまでするのなら、と二人共苦笑していたので、しょうがないと渋々彼は了承することにした。
「で、何だ話って」
「彼女が何故こうなったかは……まあ、聞いちゃいけないことだろうから止めておくとして」
「そうして差し上げろ」
多分説明したらキャルが舌を噛んで死ぬ。そう確信を持っていたので、キョウヤの言葉にカズマは迷うことなくそう述べた。そうしながら話の続きを促すと、彼は少しだけ笑みを浮かべながらカズマの方へと視線を向けた。
「以前僕が言っていたこと、覚えているかい?」
「パーティーメンバーと二股をかけたい、だったか?」
「欠片も微塵も合ってない!」
え、とコッコロが若干引くのを見てキョウヤは慌てて否定をする。ついでに、そういえばカズマのパーティーメンバーの中で彼女とだけは初対面だったことをここで思い出した。
つまり第一印象が最悪になったわけである。
「違うから! 僕はちゃんと一人の女性を愛するタイプだから!」
「おいふざけんな。お前典型的な異世界チートハーレム主人公じゃねーか。あれだろ? パーティーメンバー以外にも色んな場所でヒロイン湧いてくるんだろ?」
「湧いてたまるか! そういう君はどうなんだ佐藤和真。こんな綺麗な人達をパーティーメンバーにしてるんだ、それ以外でも沢山の美人と仲良くなっていたりするんじゃないのか!?」
「はぁ? 俺がそんなうらやまけしからん状態なんかに」
言葉が止まった。アクセル変人窟はほぼ例外なく性格や行動がアレだが、確かに見た目は皆さん素晴らしくいいと言えなくもない。性格や行動がアレだが。
「心当たりがあったようだね」
「ねぇよ。何勝ち誇っちゃってんのお前?」
クスクスとコッコロが笑う。仲がよろしいのですね、と述べると、カズマは非常に嫌そうな顔でどこがだよとキョウヤを指差した。
「ですが、主さまは随分と自然体でお話をされているので」
「そうですね~。なんていうか、ノリがダストさんとか、キャルちゃんと同じ感じというか」
『ダストを含めんなぁ!』
「うわっ」
同時のツッコミ。カズマはともかく、先程まで目が死んでいたキャルまでもそこには反応する辺り、いかに同一直線状に並べて欲しくないかが分かるというものだ。
そういうとこだぞ、というツッコミをしてくれる人物は、ここにいない。
「で、何の用なのよあんた」
「何で檻の中でふんぞり返ってんだよお前……」
「外怖いもん! もうちょっとここにいたいもん!」
復活したと思ったが、そうでもなかったらしい。自身の言葉にそんな返しをしたキャルを見ながら、カズマは視線をキョウヤへと向ける。そういうことらしいぞ、と言葉を紡いだ。
「何がそういうことなのかは分からないが……まあいいか。佐藤和真、あれから随分と強くなったんじゃないのかい?」
「なってねーけど」
「何で!? 確か、魔王軍の幹部を一人討伐したんだろう?」
「トドメさしたの俺じゃねぇし。精々こんなもんだ」
言いながら冒険者カードを取り出す。最近てんやわんやで碌に確認していなかったそれを一瞥し、ほれ見ろとキョウヤに渡し。
「……結構レベル上がってるじゃ――あ、うん」
「おいその可哀想なものを見る目はやめろ」
確かにレベルは上がっている。スキルポイントもまだ未使用なものが残っている。
が、ステータスは悲しいくらい貧弱であった。《冒険者》であることと、カズマの素のステータスも相まって、同レベル帯の他の職業に遠く及ばない。
「でも、スキルの多さは流石だね。スキルポイントも潤沢、成程、そういう戦い方か」
「ちげーよ。何なの? クリスティーナさんといいお前といい、人を戦えるやつ扱いすんのやめてくれない?」
「カズマくんは、戦えてますよ」
ペコリーヌが言葉を挟む。え、とそちらに振り向くと、笑顔でこちらを見ている彼女の姿が。それに同意するように、勿論です主さまとコッコロも力強く頷いた。
そして檻の中にいるキャルも、その二人の言葉に小さく頷いていた。
「まあ……何だかんだ、あんたがいると便利なのよね」
「……ふふ」
「おいニヤつくなぶん殴るぞ」
生暖かい目でこちらを見ているキョウヤを睨むと、冒険者カードをひったくるように取り戻し仕舞い込む。そうしながら、それが一体どうしたんだと不貞腐れたようにカズマは言葉を続けた。
「いや、今のところはちょっとした確認だよ。君が魔王を討伐する勇者足り得るか、のね」
「だから無理だって言ってんだろうが」
「そうかい? 事実、君達は魔王軍幹部を退けた」
「あれはアクセルがおかしいんだよ。あの連中がいるならともかく、俺一人だったら瞬殺されるっての」
「数さえ集めれば大丈夫というのも相当だと思う」
ちょっとだけ真顔でそう返したキョウヤは、それならそれでもいいとこの話を終えた。今のところは、だ。あくまで彼の中でそうなっている。
女神アクアに選ばれた自身と、女神アメスに選ばれた彼。二人の女神に選ばれし勇者が揃っているのだ。きっと、何かが。
悲しいかな、キョウヤは現在も絶賛勘違い中であった。そこには何の意味もないし、アクアは始末書を書いているし、アメスはそんな彼女の書類を代わりに片付けている。いいのあれ、とアメスが尋ねても、別にいいでしょとアクアは流すのみだ。
「そういえば、君達はどこまで行くんだい?」
「わたくしたちは、この先の宿屋に予約がとってあります」
「この先って、確かアルカンレティアでもトップクラスの」
「はい、旅行券さまさまです。やばいですね☆」
へぇ、とキョウヤが驚いたような声を上げる。お前は違うのか、とカズマが尋ねると、彼はああそうだよと頷いた。どうやらアクシズ大教会の宿泊施設を利用しているらしい。カズマ達とはここに来た目的が違うからだろう。
「まあ、確かに旅行ならそっちの方がいいだろうね」
よしついた、と足を止める。目の前にある建物は温泉街の旅館というよりは立派なホテルのような外観で、いかにもな高級感を醸し出していた。
それじゃあまた、と去っていくキョウヤを尻目に、ようやく檻から這い出てきたキャルを伴ってホテルに入る。従業員は流石にアクシズ狂信者ムーブはしないらしく、極々普通に手厚い歓待を受け、そのまま部屋へと案内された。隣同士になっている二部屋に自身の荷物を置くと、さてではどうするかと体を伸ばし。
「カズマくーん」
「ん?」
「今日はもう夕方ですし、観光とかは明日にしません?」
扉越しにペコリーヌの声。まあ確かに、今日一日でえらく疲れたので彼女の言葉にカズマは反論することなく同意を返した。ついでに、別に入ってきてもいいぞとつい口を滑らせる。
あ、じゃあ遠慮なく、と三人がそのまま部屋へと足を踏み入れた。
「こっちの方が若干狭いわね」
「そりゃ、俺一人だけだからな」
ふーん、と適当な返しをしたキャルを横目に、それでお前達はどうするんだとカズマは問う。
そんな彼の問い掛けに、ペコリーヌはふっふっふと脇に置いてあったそれを掲げた。
「じゃじゃーん。今から温泉に行きます」
「お、おう」
ノリ悪いですよ、と謎のお説教をされつつ、カズマはそういうことなら俺も行こうかと着替えを荷物から取り出す。そうしながら、ふと気が付いた。
あれ、さっきペコリーヌが掲げたの着替えじゃね、と。
「わ、何よ急に振り返って」
「……いや、何でもない」
ひょっとしたらあの時の、白のレースを確認するまたとない機会だったかもしれない。そんな後悔をしつつ、再度視線を戻すと取り出した着替えを手に持った。それはそれで惜しかったが、大事なのはこれからだ。ノリが悪い、と言われたのも、覚られないように若干緊張していたからだ。
ここにやってきた時、受付の案内板に見えたのだ。宿屋の温泉には、男湯と、女湯と、そして混浴があることを。
「よ、よし。行くか」
「あんた、何か変じゃない?」
「気のせいだろ」
キャルがジト目で見てくるが、カズマは極力言葉を少なくすることでその追求を躱した。行きましょう、とペコリーヌがノリノリなのも追い風となった。
そうしてやってきた温泉入り口。案内板通り右から、男湯、混浴、女湯の順に入り口が並んでいるのが視界に映る。
「じゃあ、後で」
迷うことなくキャルは女湯を選んだ。え、というカズマの言葉が耳に入ったのか、射殺さんばかりの視線で即座に彼の方へと振り向く。
そんなやり取りを見てクスクスと笑ったペコリーヌも、それじゃあと女湯を選んだ。普段距離が近くとも、流石にそこまでは恥ずかしいのかもしれない。
ともあれ、まあその辺は予想してたとカズマは頭を掻く。出来ることならば見たかったが、彼としては混浴に入っている他の女性客でもありっちゃありなのだ。若い女性客限定である。
「よし、じゃあ俺も行くかな」
彼の目の前に広がるのは混浴の入り口。これから彼は賭けに出る。若い女性客が無防備に温泉に浸かっているのを目撃できるかどうかの賭けをする。
「はい、では参りましょう」
「――え?」
そんな彼の思考が一瞬にして元に戻った。視線を横に向けると、普段と変わらぬ表情でそこに立っている一人の少女が。
どうかしましたか、と首を傾げている彼女に向かい、カズマはおずおずと話しかけた。
「あ、あの……コッコロさん?」
「はい、何でしょうか、主さま」
「温泉、入りますよね?」
「はい」
「キャルとペコリーヌ、もう行っちゃったけど」
何を言っているのだろうかとコッコロは再度首を傾げる。そんなことは分かっていると彼女は述べる。
分かっていて、彼の隣に、混浴の入り口に立っているのだと言葉にした。
「主さまは混浴に入られるのですよね?」
「え、あ、はい」
「なので、わたくしもお供いたします」
そう言って柔らかな笑みを浮かべる彼女は、ある意味非常に男らしかったと後々カズマが語ったとかなんとか。
混浴イベント……?