プリすば!   作:負け狐

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お風呂回(その1)


その53

「ふぃ~。いいお湯ですね~」

「おっさん臭い……」

 

 ペコリーヌがお湯でのんびりしている横、キャルはジト目で彼女を見る。湯船にぷかりと浮いている二つを見て、なんだこれ、と思わず呟いた。

 

「ねえ、ペコリーヌ」

「はい?」

「何食べたらそんなんなるのよ」

 

 そんなん、とキャルに指さされたそこに視線を向け、質問の意味を理解したペコリーヌはあははと苦笑する。多分母親に似たんだと思います、そう言って視線を空に向けた。

 

「あ、ちなみに何を食べているかと言えば」

「ごめんあたしが悪かったわ」

 

 話を打ち切る。ちゃぷ、とお湯をひとすくいすると、キャルはどこか懐かしそうにそれを再び湯船に落とした。

 んー、と横でペコリーヌが伸びをする。体の力をだらりと抜き、ぼんやりと夕方から夜に変わる空を眺め、どこかご機嫌に鼻歌を歌いながら。

 

「ここ、いい場所ですね」

「気のせいよ」

「その割には、キャルちゃん今ホッとしてません?」

「気のせいよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らして同じように空を見上げる。わだかまりは多々あるし、嫌な思い出だって腐るほどある。碌な場所じゃない、と自信を持って断言できる。

 でも、そうやって褒められると、不思議と悪い気がしないのは、何故なのだろう。

 

「あー、やめやめ。余計なこと考えてたら疲れちゃう」

「ふふっ、そうですね。せっかくの旅行ですしね」

「そうそう。あくまで旅行よ。……なんと言われようと、あたしはアクセルに帰るわ」

「勿論ですよ」

 

 視線をキャルに戻し、ペコリーヌは笑顔を向ける。そうしながら、勢いのまま彼女に向かってハグを決行した。

 現在地は温泉。勿論全裸である。

 

「やめろー!」

 

 全力で彼女を押し戻そうとしたが、いかんせん基礎ステータスの差はいかんともしがたい。が、流石にその辺りは考慮したらしく、ペコリーヌはそのまま素直に引き下がった。

 ふう、とそのまま暫し湯船に浸かりのんびりする。どこからか、カポーン、と音が聞こえたような気がした。

 

「ところでさ」

「はい?」

 

 そんな状態で、キャルがぽつりと呟く。ペコリーヌも疑問系で返事をしたものの、彼女が何を言いたいのか何となく察してはいた。

 つつ、と視線を横に向ける。女湯の隣にあるのは、混浴。男女構わず入浴できる場所だ。

 

「待って! だから、俺は大丈夫だから!」

「何をおっしゃっているのですか。従者として、主さまのお体を洗うのは至極当然のことでございます」

「いやだから! 背中はいい、百歩譲って許容する。けどな、前は駄目だろ! そういうのはそういう店でやってもらうことであって、コッコロにやってもらったらアウトだろ!」

「そういうお店、ですか……」

「あ、いや、そのだな。別に何か変な意味じゃ」

「では、そのお店のやり方で行えばよろしいのですね」

「絶対よろしくないです! 捕まるから! 俺児ポで捕まるから!」

「じぽ? とは一体何なのでございましょうか」

「コッコロは知らなくていいことです。そういうわけだから、前は自分で洗うんで大丈夫です!」

「……分かりました。では、頭を」

「あー……まあ、それくらいなら」

「かしこまりました。失礼いたします、主さま」

「あ、ちょっと待って。これ距離的に見えちゃわない……?」

「おや……。ふふっ、主さま、そこまで強く目を瞑らずとも、シャンプーは染みませんよ」

 

 多分違う理由で目を瞑ってる。それを何となく察したが、キャルはあえてそれを口にしなかった。隣のペコリーヌも、何とも言えない表情を浮かべて壁を見ている。

 

「あれ、ほっといてよかったのかな……」

「やばいですね……」

 

 

 

 

 

 

 はぁ、とカズマは息を吐く。何故自分は浪漫を求めに混浴へと向かってこんな疲れているのだろうか。そんなことを思いつつ、ちらりと横を見た。

 

「主さま。この温泉は、とても気持ちが良いですね」

「……そうだな」

 

 結果としてコッコロと一緒にお風呂である。あまりの衝撃に流されるまま混浴に入ってしまったのがそもそもの間違いだったのではないかと思ってしまうが、恐らく間違いはそこではないのだろう。

 混浴行くなら一人でこっそりと。カズマは次回の反省点を心に刻んだ。

 

「あの、主さま……」

「ん?」

 

 そんな決意を固めていると、コッコロがどこか不安げにこちらを見上げていた。にごり湯ではないので、視線は顔から動かさない。周辺視するとアウトだ。

 

「わたくしは、邪魔でしたか?」

「え?」

 

 しゅん、と項垂れながらそんなことを零す。どうやらカズマの態度を鑑みて、そういう結論に至ったらしい。温泉を堪能するのに、自分という存在は必要なかったのではないか、と。

 ここでそうですと答えるほどカズマは人間が腐っていないし、そもそも邪魔だと思ってはいない。ただ、色々とマズかっただけだ。年齢とか。もっと年齢が下なら、あるいはもう少し年齢が上ならば、彼としては違う反応になっただろう。なまじっか普段その辺の大人よりしっかりとしていたことも拍車をかけた。

 

「別にそんなことはないから、安心してくれ」

「……本当ですか?」

「ああ。コッコロみたいな可愛い子と一緒に温泉とか、むしろ自慢していいくらいだ」

 

 なお自慢すると警察がやってきて手錠が掛けられる。あるいはこの街ならばアクシズ教徒にボコされる。

 ともあれ、カズマのその言葉を聞いたコッコロはよかったと安堵の溜息を吐いた。次いで、可愛い、という単語を思い出して思わず顔が赤くなる。

 

「……あ、あの、主さま」

「どうしたコッコロ」

「わたくしは、可愛い、のでしょうか……?」

「え? 今更そこ聞く?」

 

 散々ぱら褒められているじゃん。そんなことを思いはしたが、彼女のことだから社交辞令程度にしか思っていなかったのかもしれないと考え直す。ペコリーヌも言っていた気がするが、彼女のそれはある意味あてにならない。

 ううむ、とカズマは悩む。ここははっきりとコッコロは美少女であると断言しておいた方がいいのだろうか。が、しかし。今ここでその話をした場合。

 温泉で全裸の男が年端も行かない全裸の美少女を口説くの図、になりかねない。間違いなく事案である。

 

「コッコロは可愛いよ」

「主さま……!」

 

 が、カズマは言った。ここで言葉を濁してコッコロに悲しい思いをさせるくらいならば事案を選ぶ。そういう漢であることを彼は選択した。

 

「カズマぁ!」

「うおっ!?」

 

 ただ問題は。今現在温泉に入っているのが自分達だけであったことと、混浴の会話は女湯にも聞こえていたことだ。

 

「ちょ、ちょっとキャルちゃん!? 駄目ですよそんな大声出しちゃ」

「しょうがないでしょ!? あいつ混浴でコロ助口説き始めたのよ! スケベなのは身をもって知ってたけど、ついに子供に手を出すなんて……」

「考え過ぎですよ。カズマくんは普通に褒めただけで――え? 身をもって?」

 

 女湯が静まり返る。お二人はどうされたのでしょうかと首を傾げるコッコロの横で、カズマは何かを悟っていた。何かが終わった気さえした。

 それはそれとして、壁を一枚を隔てた向こうに二人が全裸でいるという事実を改めて実感してほんの少しだけ鼻の穴が広がる。危うく体の一部がホットホットになるところだったので、慌てて心頭滅却を行うことにした。

 

「と、とにかく! カズマ、あんたコロ助に手を出したらぶっ殺すわよ!」

「出すかアホ! 前も言ったが、俺のストライクゾーンは自分の年齢マイナス二歳からだ!」

 

 空気を変えるようなキャルの叫びに、カズマが反論するべく声を張り上げる。当然横のコッコロと向こうのペコリーヌにもそれは聞こえるわけで。とりあえず自身はそういう対象ではない、ということを聞かされたコッコロはほんの少しだけ眉尻が下がる。

 

「あの、主さま」

「ん?」

「先程の発言ですが、それはつまり」

 

 キャルとペコリーヌはそういう対象である。そう言っているも同義であったので、コッコロに改めて言われると非常に答え辛いわけで。

 

「お二人との混浴の方が、望ましかったのでしょうか?」

 

 吹いた。予想していた疑問とはちょっと違うベクトルのそれに、カズマの思考が一瞬停止する。いや確かにそうだけど。そんなことを思いはしたが、向こうに会話筒抜けの状態でそれ言っちゃうのはどうなのと踏みとどまって息を吐いた。

 とはいえ、そんなことない、というのも何か違うわけで。

 

「いや、俺は若くて可愛い女の子との混浴ならそれで」

「成程。そうでしたか」

「こいつ……いや知ってたけど……」

「あ、あはは。ある意味素直で、いいんじゃないですか……?」

 

 駄目だったらしい。

 

 

 

 

 

 

 温泉から上がり、夕飯を食べる。勿論、という言い方はあれだが、宿屋の食事だけでは足りなかった人物が約一名いたので、腹ごしらえを兼ねて夜の観光を行うことと相成った。

 

「流石観光地ですね~。夜になっても賑やかです」

「アクセルもそんなに変わらないでしょ」

 

 ほぇー、と未だ明るい大通りを眺めながらペコリーヌの放った言葉に、キャルはしれっとそう返す。その横ではコッコロが田舎暮らしだった自分はどちらにせよ賑やかだと笑顔で語り。

 

「……ところで、カズマくん何でそんな離れてるんです?」

「お風呂での話なら夕飯の時にもういいってなったじゃない」

「どうかなさいましたか? 主さま」

 

 三人娘の少し後ろを歩いているカズマへと振り返った。三人の視線を受け、カズマはその表情を苦いものに変える。はぁ、と頭を掻きながら、あのなと言葉を紡いだ。

 

「さっきから周囲の視線が痛い」

「はい?」

 

 コッコロは首を傾げたが、ペコリーヌとキャルはなにか思い当たることがあったのかあははと苦笑した。この通りはアクシズ大教会から宿屋へと続いている道でもある。つまり、夕方前にキャルを搭載してえっちらおっちら運搬していたルートでもあるわけで。

 

「あたしのせい、かな?」

「あの時はミツルギさんもいましたけど、今はカズマくん一人だけですしね」

 

 ヘイトが集中している。何となくそんな気がして、カズマはどうにも居心地の悪さを感じていた。勿論店の店員や観光地の地元民はそこまであからさまに向けることはないと思うのだが。ここは観光地、様々な場所から人がやってくる。

 とりあえずどこかに入ろう。誰かがそう提案し、皆頷いて周囲を見渡す。客引きをしている食事処が目の前に二つあったので、まずはどちらにしようかとそちらに目を向けた。ペコリーヌがいる以上、どっちみち両方食い尽くすので早いか遅いかの違いしかない。

 

「って、エルフと、ドワーフか……?」

「何だかお互い仲が悪そうですね……。よく聞くイメージそのままって感じですけど」

 

 ちらりとコッコロを見る。そうなるとドワーフの店に彼女を連れて行くのは問題がある。そう二人は考えたのだ。

 一方のキャルは、目の前で仲が悪そうにしているエルフとドワーフを見て呆れたような表情を浮かべている。もう見飽きた、と言わんばかりだ。

 

「別に心配要らないわ。あれ、観光地用のパフォーマンスだもの」

「へ?」

「あ、そういうやつなんですか……」

 

 種明かしを聞いたことでペコリーヌが少しだけ拍子抜けした声を上げる。武者修行の旅に出ていた時もあの二種族がかち合う場面に出会ったことはなかったらしく、ほんの少しだけ期待していたその希望が打ち砕かれてしまったらしい。まあ、コッコロと一緒でも問題ないと分かったので良しとしよう。そう思い直すことにした。

 

「あ、でもコッコロ自体はどうなんだ? 村でドワーフと仲良くするなとか言われてたりするんじゃ」

「いえ、特にそのようなことは。……そもそも、エルフ族とドワーフ族は仲が悪いものなのでしょうか?」

「そこからかぁ……」

 

 三人の会話の意味がよく分からなかった。そんな感想を持っていそうなコッコロの表情を見て、カズマは何とも言えない顔になる。ペコリーヌに至っては一瞬だが何かを悟ったような表情になっていた。

 もういいや、と一行はドワーフの店へと足を進める。こちらに視線を向けた客引きをしていた髭のドワーフは、エルフのコッコロを見て一瞬悩み、次いでキャルを見てなんだと表情を戻した。

 

「なによその顔」

「久しぶりじゃないか。何だ、家出は終わりか?」

「はん! 誰があんな家に戻るかっての。あたしはもうちゃんと居場所あんのよ。ここには旅行よ、旅行」

「……そうかいそうかい。ま、じゃあ精々金落としてもらうとするかね」

「そっちこそ。食材の心配しなさい」

 

 かかか、と笑うドワーフに軽口を返したキャルは、行くわよと皆を促す。そんなやり取りを見ていた三人は、どこか優しい目で彼女を見ていた。

 

「……何よ」

「やっぱり、案外故郷のこと好きなんですね、キャルちゃん」

「照れ隠しでございましたか」

「ちっがうわよ! 総合的には碌なもんじゃないの。今日の騒動だって見たでしょ……」

「アクシズ教がアウトってことか」

「そうね……」

 

 カズマの一言がピンポイントだったので思わず項垂れる。アクシズ教の総本山であるからこの街はここまで栄えており、活気のある街自体は別に嫌いではない。が、アクシズ教の総本山だからこそ、キャルにとってこの街は碌でもない思い出が大量にある。総合的にマイナスの方が振り切っているだけなのだ。

 

「……ま、ゼスタのおっさんが落とされたし、これからは少しまともになるかもしれないけど」

「マナさまとラビリスタさまは、アクシズ教としてはまともなのですか」

「……あれで?」

「やばいですね……」

 

 アクセル変人窟も大概だが、あの二人もどっこいどっこいの気配を感じていた二人にとって、まとも基準のハードル低すぎやしないかと眉を顰める。

 だとしたら、まともじゃない方は一体どのレベルなのだろうか。そんなことを考えたが、想像すると気が滅入るだけなので即座に振って頭から散らした。そもそもキャルはあの二人の行動でかなりげんなり、というより精神に重症を負っていなかったか。そうも思ったが、考えすぎると闇が深くなりそうなのでやめた。

 

「よし、気を取り直して。とりあえずメニュー全部食べましょう!」

「そうしろそうしろ」

「お、カズマくん今日はノリノリですね。やばいですね☆」

 

 いぇーい、と拳を振り上げながら店内へと入る。キャルとコッコロもそれに続き、開いていた扉が閉められた。

 そんな姿を遠目で眺めていた一人の少女は、クスリと口角を上げる。相変わらず優しくて、元気そうだね。そんなことを思いながら、鼻歌交じりに踵を返した。

 

「あれ、ご機嫌ですね。どうしたんですか?」

 

 そんな彼女と合流したもうひとりの少女がそう問い掛ける。それはそうだよ、と彼女は少女に言葉を返し、視線を再度向こうの店へ、カズマが入っていった方向へと向けた。愛おしげに、慈愛に満ちた表情でそこを眺めた。

 

「弟くんが、この街に来てるんだもの♪」

 

 




見付けてた。

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