自分も思ってた……。
「あら? こんなところで何を?」
巡回という名の暇つぶしを行っていたアクシズ教のプリースト、セシリーが見かけたのは、閉鎖中の混浴温泉の入口で悩んでいる三人組だ。観光客は閉まっている温泉などにはくるはずもなく、だというのにわざわざこんなところに。
怪訝な表情を浮かべながらそちらに近付いていったセシリーは、その内の一人が振り向いて彼女を視認し嫌そうな顔をしたのを確認すると、途端に顔を輝かせた。一応念の為に言っておくが、嫌そうな顔をされたから喜んだわけではない。
「キャルさん!」
「げ、セシリー」
いやっほーい、と顔をだらしなく歪めながら即座にキャルへとダイビングするセシリーだったが、された方は拳を握り込むとカウンターで飛んできた彼女をぶん殴った。へぶ、とベクトルを逆にされたセシリーは盛大に吹っ飛ぶとバウンドする。
が、何事もなかったかのように復活し立ち上がった。
「どうしたの? こんな場所で?」
「ノーダメージかぁ……」
「躊躇いなく殴りましたね……」
溜息を吐くキャルの横でペコリーヌが若干引きながら呟く。この街に来て、ここで暮らす人達を見て。何だかんだキャルもアクシズ教徒であったのが何となく実感できるようになってきた。本人に言ったらきっと舌を噛むか首に縄を掛けかねないので決して口にはしないが。
ともあれ、ペコリーヌはキャルの奇行でクールダウンし過ぎて流れについていけてないコッコロに大丈夫かと問い掛けた。は、と我に返ったコッコロは、大丈夫ですと息を吐く。
「あの、キャルちゃん? そっちの人は、知り合いですか?」
「出来れば記憶から飛ばしておきたかったんだけど」
「それは無理ね。アクシズ教徒の絆が結び続けるのだもの」
「だからあたしはアクシズ教徒辞めたっつってんでしょうが!」
がぁ、と吠えながら、溜息混じりにキャルが二人に向き直る。セシリーの名前と、アクシズ教のプリーストであることを伝え、まあすぐに忘れていいと続けた。
「まあまあ。わたしは、ペコリーヌといいます。よろしくおねがいしますね、セシリーさん」
「ええ、よろしく。……可愛い系の女騎士、それでいて高貴さも感じられる……これは、相当の優良物件!」
「一応忠告しとくけど、そいつに何かやらかしたら首飛ぶわよ」
「飛ばしませんよ!? キャルちゃん最近わたしのこと誤解してません!?」
「成程、重大な秘密持ちというわけね……。くぅぅぅ、さいこー!」
一人悶えるセシリーを非常に冷めた目で見ながら、紹介打ち切ってさっさとどこか行こうかとキャルは迷う。なにせ、もうひとりはコッコロだ。アメス教のアークプリースト、その肩書はアクシズ教徒にとってどんな反応をもたらすか。
「ふう、ごめんなさい。それで、もうひとっ」
「はじめまして、セシリーさま。わたくし、コッコロと申しま――」
「あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!」
「コロッ!?」
突如目を見開き絶叫するセシリーにコッコロはビクリとなる。思わず数歩後ろに下がり、ついでにちょっとだけキャルの後ろに隠れた。
が、手遅れである。目を光らせたセシリーは即座に間合いを詰め、そのままコッコロを抱き締めるとその状態で女神に祈りを捧げ始めた。
「ああ、女神アクア様……! 感謝いたします、私の前にこのような、美しいロリっ子エルフを遣わしてくれるなんて……」
「あ、あの……セシリーさま? で、出来れば離してくださると」
「凄い、すべすべでもちもちで……これが天然のエルフ……! アルカンレティアのエセエルフとは大違い……! やぁぁぁぁん、さいこぉぉぉぉ!」
「せ、セシリーさま!」
「このクソプリースト! コロ助を離しなさい! ペコリーヌも手伝って!」
「え? あ、はい!」
それで、とセシリーは三人に問い掛ける。一体全体こんなところで何をしているのだ、と。
「いやそれこっちのセリフだから。あんた何でこんなとこうろついてるのよ。教会の仕事は?」
「昨日の今日だもの。引き継ぎと再編成でおしまい。マナさんとラビリスタさんが、ああもう新最高司祭だし様付けの方がいいのかしら、まあいいか。ともかくあの二人が色々やってるから暇なのよ」
そんなわけで適当にぶらついて信者の勧誘を行っているのだとセシリーは続けた。そうしながら、まあでも、と頬を掻く。
「トップが変わったおかげで大分厳しくなったのよ。警察に捕まるようなことをすると怒られるようになっちゃった」
「怒られるだけで済むのですか……」
「ああ、そりゃかなり厳しくなったわね」
「納得しちゃうんですか!?」
自分達が間違っているのだろうか、とコッコロとペコリーヌはお互い顔を見合わせた。肝心要のキャルがこの調子なので、どうにも自分達の感性に自信が持てなくなってくる。
とりあえず傍観者になっておいたほうがいいんじゃないかな。二人はそう結論付け、とりあえず聞き役に徹することにした。
だが無意味だ。
「そんなわけなので。そこの二人はアクシズ教に入信しません?」
「申し訳ありません。わたくしはアメス教のアークプリーストですので」
「わたしも今はどっちかというとアメス教寄りですかね」
「あ、バカ」
二人の言葉にセシリーが目を細める。が、その状態で暫し固まった後、聞いたことないなと首を傾げた。そして、とりあえずエリス教徒ではないのならまあいいかと考えるのをやめる。
「まあ、二人共、ドマイナー宗教を信仰していて寂しくなったらいつでもアクシズ教の門戸を叩いてちょうだい。アクア様はいくらでも受け入れてくださるから」
さて、と視線をキャルに戻す。結局ここにいる目的は何なんだ。話を元に戻したセシリーを見て、キャルははぁ、と溜息を吐いた。どうしようかと視線を二人に向けたが、別に誤魔化す必要はないだろうという意見を聞いてガリガリと頭を掻く。
「パーティーメンバーがシズルとリノに捕まったのよ」
「あの二人に? どうして?」
「……多分、そいつがあの二人の言ってた弟くんだかお兄ちゃんだかなんじゃないかってあたし達は結論付けたけど」
「え? 実在してたのあれ……?」
「そんなのあたしが聞きたいっての……」
どうやらアクシズ教徒の中でもそういう扱いらしい。そのことを認識したコッコロの目が据わっていくが、大丈夫ですからというペコリーヌの声で我に返る。セシリーが今一瞬猛烈な寒気がしたんだけれどと身を震わせていた。
「えっと? じゃあひょっとしてここに……?」
セシリーの言葉に三人が頷く。そこにある看板を眺めたが、どう見ても混浴温泉としか書いてない。休業中ではあるが、用途は間違いなくそれだ。男女で一緒に温泉に入る場所だ。
「誰もいない混浴温泉に……三人で……?」
段々とセシリーの息が荒くなっていく。この中でナニが行われているか、を想像したのだろう。ちょっと録画用の魔道具借りてこようかしらなどと言い出したのでとりあえずキャルがぶん殴った。
「あ、あの。弟くんとかお兄ちゃんとか言ってるんですから、流石にそういうことにはならないんじゃ……?」
「義理の、っていう言葉を省略してるのだけれど。本当にそう思う?」
「はい。わたくしはそう思います」
迷うことなく断言したコッコロに視線が集まる。どうして、と問い掛けたキャルに、彼女は少しだけ視線を遠くにやりながら言葉を紡いだ。
「あのお二人は、どこかわたくしと近しいものを感じました。ですから、主さまが望まないことは決してしないでしょう」
「……カズマが、望まなければ、か」
「カズマくんが望まないなら……?」
いや望むだろ。二人共に同じ結論に達したが、何だかここで言うのは違う気がして口を噤んだ。案外ヘタレだし、そこまでは突っ走らないかもしれない。そう思い直し、コッコロのそれにゆっくりだが頷く。
「あ、でも今休業中なんですよね? さっき聞いた話だと温泉の質が悪化しているだとか」
「ええ。アクシズの秘湯も被害に遭っていて、どうやらお湯が汚染されているみたいなの。まあ、温泉管理人に任命された元最高司祭様が浄化をしたから多少マシになっているとは思うけれど」
ここはどうだったかな。そんなことを思いながら首を傾げていたセシリーであったが、三人はそれよりも今の会話に気になる部分があって眉を顰めた。ちなみにキャルと残り二人は別の部分が気になっている。
「え? ゼスタのおっさん温泉の管理人になったの?」
「この騒動解決のための臨時らしいけれどね。だってほら、普段からやらせたら、ゼスタ様のことだから」
「あー……」
何かを想像し納得した。もはや肩書もなくなった以上、堂々と女湯を覗いたら間違いなく捕まる。能力だけは優秀なのが頭の痛いところだが。
それはそれとして。ペコリーヌとコッコロは、汚染されたお湯は浄化すれば大丈夫だという話を聞いて思い当たることがあった。
「キャルちゃん。向こうの二人は、冒険者のクラスを持ってるんですか?」
「へ? シズルがクルセイダーでリノはアーチャーだけど。あ、でもシズルはアークプリーストにも片足突っ込んでたわね。ユカリさんと似たようなタイプよ」
「と、いうことは……」
壁の向こうの温泉を幻視する。入るのには危険な汚染されたお湯。それをどうにか出来る手段があるのならば、きっとカズマは間違いなく実行する。そうすることで混浴を楽しめるのならば、彼はそれを躊躇わない。
「ひょっとしてその人、どうにかする方法を持ってるの? なら間違いなくシズルさんとリノさんは混浴してるわね」
耳ざとくそれを聞いたセシリーが、空気の読めない発言をぶちかました。
「凄い、流石は弟くん」
混浴温泉の湯船の汚染が取り除かれたのを見て、シズルはカズマに笑顔を向ける。いやこれくらいどうってことないし、と言葉では謙遜しつつ、彼はどこかドヤ顔であった。
「以前、湖の浄化をしたこともあったからな。それに比べれば、温泉の一箇所や二箇所くらいは」
「うんうん。ちゃんと経験に基づいてスキルを使ってるんだね。えらいぞ」
そう言ってシズルはカズマの頭を撫でる。彼女の身長はカズマより僅かに大きいため、背伸びして撫でられるとかそういう要素は一切なく普通に頭に手を添えられた。その事実にほんの少しだけカズマが落ち込む。
ちなみに、カズマが行ったのはいつものアメスの加護であるブーストだ。シズルをブーストさせ、浄化呪文を使用してもらったのだ。なので別にカズマの手柄というわけでもない。
ともあれ、温泉は使用可能になった。現状、流れてくる方は、源泉が被害に遭っていないようなので、入浴しても問題はあるまい。
「でも、これやっぱり温泉再開したらまた汚染されちゃうんですかね……」
リノの呟きに、シズルはそうだねと頷く。現状複数の温泉で同じ症状が出ており、そして施設自体に問題は見られない。そうなると、やはり何者かの介入が疑われる。閉めていた温泉を開放すると、その何者かが、犯人が再度やってくる可能性も当然ある。
「そうなると、ドロドロ女神ですね」
「『堂々巡り』って言いたいのかな」
確かに犯人を見付けない限り、事態は解決しないだろう。だが、それは別に自分達がやることではない。ここの調査と浄化も、貸し切りの混浴を使うための理由付けに近いものだ。
シズルはカズマを見る。視線を向けられた彼は、流石にそれは面倒くさいとばかりに首を横に振った。旅行に来ただけの自分がそこまでする義理もない。
「まあ、そうだね。私も別に、その辺りはどうでもいいかな」
「いいんですか!? こんな事するやつって碌なのじゃないですよ!?」
「勿論、こっちに何かしてきたら……弟くんに何かするようなら始末するけど」
「今始末するって言った?」
笑顔のままなので余計怖い。カズマが若干引いている中、シズルはそんなことよりと彼を見る。
今重要なのは、弟くんが楽しむことじゃないのかな。そう言って、彼女は彼に微笑みかけた。
「対策を立てるにしろ、調査をするにしろ。別に今すぐじゃなくても、ね?」
「ああ、お姉ちゃんの言う通りだ」
「お兄ちゃん……鼻の下伸びてますよ」
若干ジト目でリノがそう呟く。まったく、スケベなのは変わってませんね。しょうがないなぁと言った様子で溜息を吐いた彼女は、それじゃあお風呂に入りますかと言葉を続けた。
リノの言葉に頷いたカズマは、シズルとともに浴場から脱衣所へと移動する。温泉に入るには当然ながら服を脱がなくてはいけないからだ。現在この場にはこの三人しかおらず、わざわざ脱衣所で離れる理由もない。
つまり。
「ふふっ。弟くんとお風呂とか、いつぶりかなぁ」
カズマの目の前で、シズルが躊躇いなく服を脱ぎ始めた。思わず吹き出したカズマであったが、目の前で下着姿になる姉から目が離せない。ひょっとしてペコリーヌと同じくらいあるんじゃないだろうか。ゆさりと揺れるそれが完全に顕になるかならないかという状況を見ながら、彼も服を脱ごうと。
「……」
「どうしたの? 弟くん」
「ちょっと、向こうで、脱いできます」
ぎこちない動きで目の前の脱衣かごに置いたタオルを手に取ると、二人から見えない位置へとゆっくりと歩き始めた。不自然に腰を引き、一歩一歩を出来るだけ細かく、ゆっくり刺激を与えないように。
「……もう、別に私は気にしないのに」
「どうしたんですか? シズルお姉ちゃん」
そんなカズマの背中を見ながら、シズルはクスクスと笑う。そこに不思議そうな顔をして問い掛けたリノであったが、彼女の顔と向こうのカズマを見て何となく察した。
「ほんとに相変わらずなんですね、お兄ちゃん」
「あれ? リノちゃんはもう平気なの?」
「……ちょっと、恥ずかしい、です」
小さい頃は気にしなかったのに。そんなことを思いつつ、今のカズマをちらりと見る。ここからでは見えない兄を見る。
シズルの姿で彼はあの状態になった。なら、自分は? 姉は対象だが、妹はどうだ?
「お兄ちゃん、私のことどう思ってるんでしょうか……?」
「ふふっ。大丈夫、リノちゃんはちゃんと魅力的だから」
「シズルお姉ちゃんに言われても……」
小さい、というほどではないのだろうが、自身の胸部と目の前の姉の胸部とでは明らかに戦力差が倍以上ある。それでいて腰は自分よりくびれているのだ、この姉は。プロポーションは完全敗北なのだ。
「どちらにせよ。今は一緒にお風呂を楽しめばいいんだよ」
「うぅ……。そうします」
服を脱ぎバスタオルを身体に巻いたリノは、じゃあお先に行ってますねと浴場に向かっていった。そんな彼女を見送ったシズルは、さて、と視線を温泉の入口へと向ける。
「そんなに心配しなくても。弟くんが嫌がることはしないよ」
クスリと微笑むと、シズルは踵を返す。誰に言ったのか、誰かに聞こえたのか分からない言葉を紡いで、彼女は浴場へと向かう。
「さ、弟くんの背中を流そうかな♪」
混浴シーンこれカットされる流れ?