プリすば!   作:負け狐

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調査パート


その58

 翌日。宿で朝食を取り終えたカズマ達がロビーでのんびりとしている時のことである。物凄くわざとらしい咳払いとともに、キャルが今日は個人行動にしましょうと言い出したのだ。

 

「ほら、昨日はカズマだけ一人であたし達は一緒だったじゃない? だから今日はいっそみんな一人で行動するのよ」

「……ふむふむ」

「個人行動、でございますか」

「ふーん」

 

 ペコリーヌもコッコロもカズマも、そんなキャルをじっと見やる。どう考えても納得していないとばかりの表情の三人を見て、彼女はぐぬぬと顔を顰めた。

 別にやましいことは考えてない。墓穴を掘るというべきか、あるいは勝手に袋小路に迷い込んでいるというべきか。三人とも別に何も言っていないのに、キャルはぶんぶんと手を振り回しながら何故か言い訳を始めてしまう。

 

「至って普通のことよ。昨日のカズマじゃあるまいし」

「おいちょっと待てそれは流石に抗議するぞ」

「何よ。シズルやリノとお風呂入ってたじゃない」

「何言ってんだお前。一昨日はコッコロとも入ったぞ」

「その反論おかしい」

 

 一回目はコッコロ。二回目はシズルとリノ。混浴で一緒になった女性が変わったから何なのだ。むしろやましさが倍々ゲームではないのか。そんなことを思いキャルはジト目でカズマを見たが、当の本人は自分は無実だと言わんばかりに堂々としていた。そのあまりにも自信に満ちた態度に、思わず彼女は反論された気分に陥る。

 

「キャルちゃんキャルちゃん。それで、結局何で単独行動したがってるんですか?」

「え? だからあたしはただちょっと温泉の異常を調べようと思っただけで――」

 

 混乱している隙を突かれた。キャルは思わず動きを止めたが、ペコリーヌはペコリーヌで言っちゃうんだという顔で彼女を見ている。とどのつまりバレバレで、しかも放っておけば聞かずとも言っていたことは想像に難くないのが優しい顔でキャルを見ているコッコロの姿で大体把握できた。

 

「ち、違うわよ!? 別にあたしは、この街のことなんか分かってるし別に何とも思ってないから? ちょっと、アルカンレティアと関係ないことでもしようかなって、そう、何も関係ないことを! やろうかなって!」

「キャルさま」

「な、なによ」

「承知しております。わたくし達で出来ることでしたら、なんなりとご協力お申し付けくださいませ」

「だから別に関係ないって言ってるでしょうが!」

 

 慈愛に満ちたコッコロの姿を見てキャルが吠える。カズマはそんな彼女を白けた目で見ながら、なあペコリーヌと横の少女に声を掛けた。笑顔でその光景を見ていたペコリーヌは、彼の言葉にどうしましたと視線を向ける。そうしながら、あの様子だと素直に同行は出来なさそうですねと苦笑した。

 

「だったらいっそ俺達は俺達で調査するか」

「あれ? カズマくん意外と乗り気なんですか?」

「……いや、暇だし?」

「カズマくんも案外キャルちゃんのこと言えないですよね」

 

 そう言ってクスクス笑うペコリーヌのほっぺたをぐにぃと引っ張りながら、だってしょうがないだろうとカズマはぼやく。目の前のあいつを放っておくとどうなるか分からないし、と。それに。

 姉と妹が調査をしているのだから。そっぽを向きながら、彼はそんなことを呟いた。

 

「ふふっ。そうですね、わたしも妹が頑張ってるなら協力してあげたくなっちゃいますし」

 

 とは言っても、実際は自分は必要ないのだけれど。少し自嘲気味に笑いながら頬を掻いたペコリーヌは、表情を元に戻すとカズマを改めて見た。それなら尚更、皆で行動する必要があると述べた。

 

「闇雲に調査するより、この街に詳しい人がいた方が絶対いいですから」

「それもそうか。おいキャル」

「なによ! あんた達も協力するとか言い出すわけ? あたしは――」

「俺達温泉の異常の調査するから、手伝え」

「――は?」

 

 目をパチクリさせる。キャルの横でそれを聞いていたコッコロは、成程そんな方法がと手を叩いていた。

 そんな彼女を尻目に、キャルは言葉の意味を理解するのに暫し時間がかかる。ようやっとそれに気付いた彼女は、何言ってんだという目でカズマを見た。

 

「聞こえなかったのかよ。俺達の調査を手伝え」

「聞こえてるっての! そうじゃなくて。何言い出してんのよあんた」

「温泉に問題が出たら、この街の楽しみがほぼ無くなるだろ」

「迷いなく言ったわね……」

 

 とはいえ、ならば反論するかというとそんなことはない。ここでアルカンレティアにもいいところは沢山あるのだなどと力説を始めたら最後、横にいるペコリーヌとコッコロに生暖かい目で見られること必至だからだ。つまりは詰みである。本人がそう思っているだけだが。

 

「……まあ、いいわ。あんたがどうしてもって言うなら、手伝ってあげる」

「あ、じゃあいいや」

「なんでよ! そこは素直に協力を求めるところでしょ!?」

「キャルちゃん。わたしは、どうしてもキャルちゃんに手伝って欲しいです」

「はい。キャルさま、是非ともわたくし達に協力をお願いいたします」

「ほらこれ! これよ! 何であんたはこれが出来ないわけ!?」

 

 グイグイとくるペコリーヌとコッコロを指差しながらキャルはそうカズマに述べるが、当のカズマは小指で耳をほじりながら何言ってんだお前という目で彼女を見ていた。

 そもそもお前何だかんだであの流れは協力する気だっただろ。言ってはいけないことをはっきりと口にしたカズマのそれを聞いて、キャルの動きがピタリと止まる。

 

「ち、ちっがうわよ! お願いされなきゃ絶対に協力なんかしてやらなかったし! あたし一人で調査して、犯人を突き止めちゃったりなんかして? こう、華麗に事件解決してあんたの吠え面を見てやろうとか思ってたんだから!」

「あーはいはい。で、まずは何を調査するんだ?」

「き、き、な、さ、い、よぉぉ!」

「あんな雑な会話の切り出し方したのに即頼めばオーケーとか言い出す時点で手遅れだ。諦めろ」

「ぐふぅっ……」

 

 痛いところを突かれた。顔を真っ赤にしてプルプル震えるキャルを見ながら、カズマはほんの少しだけ言い過ぎたかもしれないとちょっとだけ反省をした。今後に活かすかは不明である。

 

「あ、カズマくん」

「ん?」

「……さっき言ってたカズマくんの理由のもう一つ、コッコロちゃんには内緒にしておいてくださいよ?」

「へ? あ、はい」

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで調査開始である。とはいえ、現状では何も分かっていないに等しい。温泉のお湯が汚染されていたということくらいしか情報がないのだ。

 

「どうする? 片っ端から温泉調べるか?」

「そうですね……。キャルちゃん、この街って温泉どのくらいありますか?」

「大小合わせて一つ一つ全部回ってたら一週間は掛かるわね」

「となると、総当たりはあまり現実的ではありませんね」

 

 コッコロの言葉にカズマ達も頷く。そうしながら、ならば頼りになるのはと視線をキャルに向けた。

 温泉に何かを混入させた犯人がいると仮定した場合、それが狙う場所は一体どこなのか。その判断をしてもらおうと思ったのだ。

 

「……一応言っとくけど、街の連中の顔ぶれとか記憶とかそういう大まかなのはともかく、温泉施設みたいなのはこの数年で結構変わってるから完全にあてにされても困るから」

「分かってるって。で、どうだ?」

「そうね……」

 

 ばさりと宿で貰ったアルカンレティアの地図を広げる。観光スポットが記されているそれを眺めながら、分かりやすく大きい場所を数点、中規模の温泉施設を数件丸で囲った。

 

「おっきな場所は全部ってわけじゃないんですね」

「この辺は温泉の数も多い分、メンテナンスの回数も多いのよ。だから混入させても被害になりにくい。逆に大きいけど温泉の数が少ない場所は」

「成程。あまり温泉を閉めるわけにもいかないので、メンテナンスの期間が長くなるというわけでございますね」

「そういうことよ」

 

 ここから一番近い場所をピックアップし、早速向かおうと足を進める。そんなキャルを見ながら、何だかんだ滅茶苦茶乗り気じゃねえかとカズマは小さく笑った。

 そうして向かった温泉地であるが。どうやら既に調査済みであったらしい。シズルとリノが同じような話を聞いていたと言葉を返された。だが、逆に言えばキャルの推論とアクシズ教の調査の方針がきちんと一致したということでもある。

 

「てことは、他の場所も当たりの可能性があるな」

「そうですね~。次、どこにしましょう?」

「あのお二人は大きな場所を調査しているようですし、こちらは小さめの温泉を調査してはいかがでしょうか?」

「そうね、コロ助の意見を採用しましょう」

 

 次の場所はここだ、と地図を指し示し目的地へと向かう。辿り着き、早速話を聞こうとしたのだが。

 つい先程、魔剣の勇者候補キョウヤが同じ話を聞きに来たという答えが返ってきた。

 

「何でピンポイントで引き当てるんだよお前」

「あたしが悪いんじゃないわよ! 同じ場所を調査する奴らが悪いの!」

「悪いとか、そういう問題じゃなくないです?」

「……そうだけど」

 

 ペコリーヌの純粋なツッコミでキャルの勢いが落ちる。尻尾もへにゃりと垂れ、肩を落として項垂れていた。

 しかしそうなると、とカズマは地図を見る。他の調査している連中よりも早く新たな情報を仕入れるのは無理がありそうだ。そう判断し、新たな指針を作り上げる。いっそ向こうに合流してしまうか、あるいは。

 

「とりあえず同じだろうが気にせず情報を集めて、犯人だか何だかと戦闘になってたら加勢するか」

 

 別に自分達が先に真相に到達する必要はない。何か報酬がかかった勝負をしているわけでもないのだ。キョウヤ辺りを矢面に立たせ、自分達は安全な場所から支援でもするのが妥当だろう。うんうんと頷いているカズマを、キャルは非常に胡散臭げな顔で眺めていた。

 

「何考えてるかはよく分かんないけど、碌でもないだろうってのは分かるわ」

「失礼だな」

 

 別に間違った行動でもなし、非難されるいわれはないはずだ。そんなことを思いつつ、カズマはそれで次はどこに行くんだと問い掛けた。

 大きい場所はシズルとリノが、小さな場所はキョウヤが調べている。それを踏まえ、自分達だけで何か特別な調査をしようとするならば。そこまで考え、違う違うと頭を振った。言い方はアレであったが、カズマの提案も一理はある。そもそも自分達は元来何の関係もない連中だ。正式な調査員の知り得ない情報を手に入れたところで、だから何だで終わってしまう。

 

「このまま怪しい場所の調査を続けるわよ」

「了解」

「分かりました」

「かしこまりました」

 

 ここで念押しをしておく。キャルが、間違いなくそう発言をしたのだ。

 

 

 

 

 

 

「後追いばっかりで埒が明かないわ」

「……」

「何よその目」

 

 承知で調査してたじゃん、という目である。ペコリーヌもコッコロも、カズマほどではないが若干苦笑気味であった。

 とはいえ、その理由はカズマと二人で少し違う。

 

「しかし、まさか全ての調査箇所が後追いになるとは」

「逆に凄いですよ。やばいですね☆」

「嬉しくない!」

 

 印を付けた場所を巡った結果がそれである。そうは言っても何だかんだで一つくらいは一番乗りの場所があるだろうと高を括っていたが、結果はまさかの全敗。だからキャルが文句を言いたい気持ちは分からないでもないのだが、しかし。

 

「あー、でもそうだよな。向こうに俺達が調査してるって情報が全然入らないのか」

 

 加勢しようとしても、唐突に湧いて出た連中扱いされるのが関の山だ。シズル達もキョウヤも勿論そんな扱いをするはずもないのだが、気分的には大体そんな感じへと傾いている。

 

「まあ、とりあえず調査してる人達と同じ情報を持ってはいますから」

「犯人の目的、あるいは次の犯行現場を推理するのでございますね」

 

 ペコリーヌとコッコロのフォローらしきそれを聞いても、キャルの気分は落ち着かない。むしろ、ならば今度こそ自分が一番乗りしてやると闘志を燃やす始末だ。三日経ったことで、どうやらほぼほぼ昔の気質を呼び起こしたらしい。

 

「よし、じゃあ……えっと、犯人らしきやつは」

 

 調査の結果、一人の男が浮かび上がってきた。浅黒い肌の茶色い短髪の男。筋肉質で背も高かったため従業員の記憶に残っていたらしいその男が、異常のあった温泉でことごとく目撃されていた。ただの風呂好きである可能性は否定できないが、見付けて話を聞いて見る価値はあるだろう。

 問題は。

 

「別に同じ温泉に何回も来てるわけじゃないのよね……。となると、残りの温泉か」

 

 チェックをしていないそれらを見る。広げた地図上の温泉があることを示すマークを目で追いながら、調査を始める前に言っていたことを改めて反芻した。

 全部巡ったら一週間掛かる。そして相手の温泉を巡るルートなど知るはずもない。

 

「下手したら、一生会わなそうですね」

「そうよねぇ……」

 

 ならばどこか一つに目星をつけて張り込むか。そう考え地図とにらめっこを開始したキャルであったが、相手が全部を巡る可能性は高くなく、こちらも場合によっては絶対に会わない。

 

「詰んだな」

「詰んでない! これだ、って場所があるはずなのよ!」

「しかしキャルさま。向こうの方達も同じ結論に達しどこかで張り込んでいるという可能性もありますので」

「何よコロ助。またあいつらと場所が被るって言いたいわけ?」

「い、いえ! 決してそのようなことなど」

「おいキャル。コッコロいじめんな」

「違うわよ!」

 

 尻尾をピンとさせながら吠えるキャルを見つつ、カズマは暫し考え込む。コッコロの発言の意味がキャルの言ったようなことではないならば、違う思惑がそこに込められているわけで。

 答えてくれる相手がすぐそこにいるのだから、別に無理に考える必要もない。彼はすぐさまそう結論付け、なあコッコロと声を掛けた。

 

「現状調査をしているのはシズルさま達とミツルギさまの二チームですが、向こうも同じことを考えた場合、同時に三箇所張り込めることになるのでは、と」

「ああ、そういうこと? でも、どっちみちこの量じゃ……」

 

 うーむ、と腕組みして地図と、今日の調査表を眺める。やはり向こうと連絡を取れていないのが痛い。前提条件として認知されていないのがまず問題なのだが、結論は同じなので彼女は気にするのをやめた。

 

「んー。何かこう、丁度いい場所っていうのがあればいいんですけど」

「丁度いい場所っていったって……」

 

 地図を睨む。そうしながら、何かいいアイデアを。

 

「なあ、俺ちょっと思ったんだけど」

 

 そんな矢先、カズマがキャルの後ろから地図を覗き込みそんなことを呟いた。どうしたんですか、というペコリーヌに、大したことじゃないんだがと言葉を紡ぐ。

 一箇所ずつ汚染していてもきりがない、犯人がそう判断する可能性だ。

 

「温泉を汚すなら、直接やれば早いだろ?」

「……成程。確かにそれなら、犯人かどうかも一目瞭然ですね」

「ちょっと待ったカズマ、直接って……」

「源泉、でございますね」

 

 アルカンレティアの地図を見る。街の全体図から離れた場所、それでも記載しておくべき場所。

 ここ、アルカンレティアの温泉の大本。

 

「確かに源泉を汚せば街全体の温泉に影響が出るけど。そう簡単に源泉の場所に行けるもんじゃないわよ」

「だったら丁度いいじゃねーか。そこに怪しい奴が来たら犯人でギルティだ。ぶっ飛ばそうぜ」

「……それも、あり、かな?」

「いや無しですよ」

「キャルさま……」

 

 とはいえ、どの選択肢を選んでも犯人に、あるいは容疑者に会うことが難しい以上、そんな選択肢を選んでも構わないかもしれない。ペコリーヌ達も結局そう結論付け、その方向で行動しようとカズマの意見に賛同した。

 次の目的地は、アクシズ大教会の裏手。この街を水と温泉の都足らしめている重要な場所。

 アルカンレティアの、源泉だ。

 

 




次回からボス戦かな。

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